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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
467/637

#467 五大マイスター、そして少年の葛藤。





 ゴレムに関しては専門家を呼んだ方が早い。

 てなわけでバビロンからエルカ技師を引っ張ってきた。ついでに博士まで付いてきてしまったが、これは仕方がない。フェンリルはメンテ中だったのでお留守番だ。

 二人を連れてリーフリースの医務室へと戻ってくると、ガルディオ帝国の若き皇帝陛下とレーヴェ辺境伯であるルクレシオン少年、それにリーフリース皇王が待ち構えていた。周りにはお付きの騎士たちもいる。

 真白きベッドの上にはイメルダ嬢(に、そっくりのゴレム)が横たわっている。パッと見はやっぱり人間にしか見えないよなあ。

 エルカ技師がイメルダ嬢の目を開かせて覗き込み、喉元を指でつつつ、となぞる。


「確かにこの子は擬人型のゴレムね。それもかなり精巧な。『フルラージュ』シリーズかな? ああ、やっぱりそうだ」


 エルカ技師が鎖骨と鎖骨の間を濡れたハンカチで擦ると、うっすらと花のような印章が浮いてきた。ファンデーションのようなもので見えないようにしていたのか。

 次にエルカ技師はイメルダ嬢の手首を取った。取り出した小さな針のようなもので手首の一点を刺すと、パシュッと、小さな音を立てて彼女の手の甲が蓋のように開いた。

 中には小さな光が流れる何本もの透明な糸や、丸い水晶体のようなものが見える。これで間違いない。彼女はゴレムだ。

 一応、他の参加者も琥珀たちの眷属に頼んで確認してみたが、擬人型のゴレムはいなかった。ゴレムには人の匂いがなく、それで判別できるんだそうだ。複数が送り込まれてなくてよかったよ。


「本当にゴレムだったなんて……」

「これは一体どうなっている? 何の目的があって人間そっくりのゴレムをこの会場に送り込んだのだ?」


 驚いたままのルクレシオン少年と難しい顔で腕を組み、ガルディオ皇帝陛下へと視線を向けるリーフリース皇王陛下。教皇猊下の魔眼で、皇帝陛下は関わっていないことがわかったが、それでもこのイメルダ嬢はガルディオ帝国の参加者だ。


「それについては本国で現在調査中です。帝都ガルレスタにあるトライオス伯爵家へ調査の者を向かわせました。すぐに連絡が……」


 とガルディオ皇帝陛下が話しているタイミングで向こうから連絡がきたらしい。僕らから少し離れると、皇帝陛下は懐からスマホを取り出し、本国にいるのであろう相手と話し始めた。

 博士の造った量産型スマホはそれぞれの国家代表とその家族、重臣などに与えられている。やっぱりこういった場合の連絡とかに使えるから便利だよな。

 スマホを渡したことで王様や重臣たちの仕事が忙しくなったとの話もよく聞くけど、まあそれは仕方ないので諦めてもらいたい。

 電話を終えた皇帝陛下が戻ってくる。


「トライオス伯爵家のイメルダ嬢が自室のクローゼットの中から発見されたそうです。幸い命に別状はないようですが、まだ昏睡状態だとか。まだはっきりとは言えませんが、そのゴレムはトライオス伯爵家とは関係なく入れ替わっていた可能性が高いです」


 ふむ。だけど伯爵家が罪を逃れるために自作自演をした、という可能性もあるよね。だとしても目的がよくわからないけどなあ。


「そのトライオス伯爵家というのはどういった家なんです?」

「代々帝国に忠義を尽くしてきた由緒ある家系です。現当主もそれにふさわしい人格者で、帝都における教育機関のひとつを任せております」

「ぼ、僕……いえ、私も皇太子の時にトライオス伯爵には何度もお会いしたことがあります。真面目で優しい方でした。たぶん、このゴレムとは無関係かと思うんですけど……」


 僕の質問に答えたガルディオ皇帝陛下に、ルクレシオン少年からのフォローが入る。どうやらトライオス伯爵家はシロのようだ。まだ全ての疑いが晴れたわけではないが……。

 眠ったように横たわるイメルダ嬢の顔をエルゼがじっくりと観察する。


「これって本人そっくりなの? 擬人型ゴレムの顔って好きに整形できるんだ?」

「ある程度は。普通に化粧なんかでも女は化けるでしょ? 人間と違って骨格や体型、肉付きなんかも少しは変形させることができるわよ」


 エルカ技師の言葉に桜とエルゼが、ジッとイメルダ嬢の盛り上がった二つの水蜜桃を睨みつける。


「……ズルい」

「ズルいわよね……」


 いや、それはご本人と同じかどうかわからんけど。あかん。これはよくない流れだ。僕は話題を逸らそうと、ガルディオ皇帝陛下に話を振った。


「そ、それにしても話し方とか行動とかで偽物かわからなかったんですか?」

「トライオス伯爵家のイメルダ嬢はあまり社交の場に出ない方でして。私も五年ぶりでしたし、身長も伸びて、成長したんだな、としか……。なんとなく面影はありましたし」


 社交嫌いか。そこらへんも狙われた理由かもしれないな。あまり知り合いのいない人物の方が入れ替わるなら好都合だったに違いない。


「さて。となると、このゴレム本人から情報を得ないといけないわけだけど」


 咥えたアロマパイプをぴこぴこと動かしながらバビロン博士が横たわるイメルダ嬢を見やる。


「この子、再起動させて大丈夫かな。襲ってきたりしない?」

「その可能性もないことはないけど、『フルラージュ』シリーズの擬人型はそんなに強くないからね。心配なら一応縛っとく?」


 博士が不安を漏らすと、エルカ技師は持参した工具箱から丈夫そうなロープを取り出した。なんでそんなの入ってんだろ……。


「あのさ、その前にこの子の契約者マスター権限を上書きしたらいいんじゃない?」


 僕はさっきから考えていたことを博士とエルカ技師に提案してみた。誰かが新しい契約者マスターになってしまえば、縛る必要もないし、どうしてこんなことをしたのか理由も聞けるし。


「ふむふむ。つまり冬夜君はこの子からGキューブを取り出せと」

「え? まあそうだけど……」

「気持ちはわかるけどねえ。ボクも擬人型ゴレムのおっぱいはどうなっているのか非常に興味があるし」

「違うよ!? お前と一緒にすんな!」


 ゴレムの胸部ハッチを開くには、当然ながら服を脱がせなければならない。だけどそれは手段であって目的じゃないからな!?


「ちょっと向こうで話しましょうか、旦那様?」

「王様、わたしたちの前でそれはいけない……」

「ちょ、待って! 違うから!」


 両サイドから奥さん二人にガッチリと固められ、連行されそうになる。

 それを見て、エルカ技師が博士の頭に軽くチョップを入れた。


「こら、レジーナちゃん。新婚さんをからかわないの」

「いやあ、新婚生活における適度なスパイスをピリリと加味しようかと」


 冗談じゃない。あんたのはスパイスじゃなくて毒に決まってる。間に合ってるから余計なことすんな!


「ま、じゃあ仮って事で私が契約者マスターになっておくわ。今ならフェンリルがいないから、感応阻害ジャミングも起こらないしね。ほら男性陣はあっち向いた、あっち向いた」


 エルカ技師に促され、僕、リーフリース皇王、ガルディオ皇帝、ルクレシオン少年、それからお付きの男性騎士たちだけが一斉に壁の方を向く。変態博士が契約者マスターになるよりはマシか。

 部屋を出た方がいいのかなとも思ったが、すぐ終わるみたいだし別にいいか。

 ごそごそと衣擦れの音がする。博士たちがイメルダ嬢の服を脱がせているのだろう。あ、やっぱりこれ外に出てた方がよかったな。ドアは反対の背中側だし、今から出て行くのはちょっと難しい。

 パチッとなにかを外すような音がする。


「わ……!」

「うおう。こりゃなかなかのモノをお持ちで。フローラに迫る大きさだね。ふむ、柔らかさも本物そっくりだ。ほらエルゼ君、触ってみたまえ」

「うわっ、すごっ……! これなにでできてんの!? 作り物とは思えないわ……!」

「重い……! うぬう……。勝てない。これは勝てない……」


 背中から聞こえてくる女性陣の会話になんともいたたまれない気持ちになる。やっぱり出て行くべきだったか。

 僕らはまだいいとしても、ルクレシオン少年には目の……いや、耳の毒だ。見ろ、耳まで真っ赤になって俯いているじゃないか。


「悪いけど早くしてくれ。皇王陛下たちはパーティーに戻らないといけないんだからさ」

「はいはい、わかりましたよっと。【オープン】」


 エルカ技師の言葉に続き、パシュッ、と空気が抜けるような音がした。胸部ハッチを開いたらしい。

 カチャカチャと内部をいじる音がする。Gキューブを取り出して契約者マスター権限を上書きしているのだろう。

 上書きされたGキューブを元に戻しても、僕が【クラッキング】で閉ざした神経回路ナーヴラインを開かない限り、イメルダ嬢は目覚めることはない。


「これでよし、っと。あとは服を着せないと。うーん、面倒だからブラはいいか」

「おい……」


 面倒くさそうなエルカ技師に、僕は背中を向けたまま突っ込む。横にいるルクレシオン少年が、赤面したまま目をつぶって無心に何かをつぶやいていた。これ以上少年の心を乱すな。


「はいはい。少年にこの凶器は目の毒だからね。ちゃんと着けますよっと。むう……やっぱり重いなあ……」


 だからそういう感想はいらんというに。

 やっと作業を終えた女性陣から許可をもらって振り向くと、胸元のリボンやネックレスなどが外されて、いささか着崩れてはいるが、元どおりベッドに横たわるイメルダ嬢がいた。


「んじゃ、冬夜君。神経回路ナーヴラインを開いてもらえる?」

「わかった」


 イメルダ嬢の首の後ろに手をやり、【クラッキング】を発動させて、閉じていた神経回路ナーヴラインを開く。

 イメルダ嬢はビクンッ、と一瞬大きく痙攣し、カッ、と目を開いた。

 しかしその瞳には光がなく、キョロキョロと視線を落ち着きなく動かしておきながら、どこも見ていない感じがする。全身が細かく痙攣し、まるで何かの発作を起こしているみたいだ。


「だ、大丈夫なんだよな?」

「閉ざされていた神経回路ナーヴラインが急に開かれたから、溜められた情報を処理しているだけよ。じきにおさまるわ」

 

 ならいいけどさ。人間そっくりのゴレムがこんな状態だとちょっと心配になるよ。

 やがて動きを止めたイメルダ嬢が上半身を起こし、その口から全く別の機械音声が聞こえてきた。


『型式番号FR-006、個体名ハイドランジア、機能停止状態ヨリ復帰シマシタ。稼動状態問題無シ。マスター登録変更ニヨリ、前マスターノ記録ヲ……』

「っ!? しまった! 冬夜君、その子の回路をもう一度閉じて!」

「えっ? わ、わかった!」


 叫ぶエルカ技師に慌てながら、僕は急いでイメルダ嬢の首に触れ、再び【クラッキング】を発動させた。カクンと首が落ち、またイメルダ嬢は気を失ったように動きを止める。なんなんだ、いったい?


『記録ヲ消……キョシ……マァシィ……』


 動きを止めてもまだ間延びしたような音声が漏れていたが、それも止まった。


「やられたわ……。まさかQクリスタルの方に細工をしていたなんて……! よく考えてみればこの子は斥候。偵察任務ならこうなることを見越して保険をかけておくのは当たり前よね。ミスったわ」


 悔しそうにエルカ技師が舌打ちをする。え、どういうことよ?


「基本的に古代機体レガシィのゴレムにおける記憶はね、頭にあるQクリスタルに記録されているの。細かな結晶体のブロックでできたこの頭脳には、いくつかの層にわけて記憶をするところがあって、ゴレムとしての基本的行動……契約者マスターに従うとか、自己の防衛とか、そういったものはそこに焼き付けてあるから基本、消せないの。だけど、契約者マスターが誰で、どんな命令を受けていたか、その他、日常的な一時的記憶とかは別のブロックに記憶されていて……」

「ははあ。この子の契約者マスターはそれを消去するようにしておいたってことかな? おそらくマスター権限が書き換えられたら発動するようになってたとか」


 言葉を継いだバビロン博士にエルカ技師はこくりと頷く。え、それって記憶をリセットされたってこと!?

 

「普通はやらないわ。だってそれって人間で言ったら長年積んできた経験を失うってことだからね。そもそも古代機体レガシィのQクリスタルに手を加えられる人なんてほんの一握りだし、したくてもできないのよ」


 古代機体レガシィのゴレムは遺跡などから発掘されたりする。幾星霜も機能停止に陥ると、大抵のQクリスタルはこの部分を失うため、発掘されたゴレムには過去の記憶がないのが普通だ。

 しかし『王冠』シリーズなど、ハイスペックな機体なら記憶を残していることもある。ユミナの白の『王冠』アルブスなんかがそれだな。

 そういやアルブスにも適応者以外がハッチを開いたりすると、『リセット』能力が発動するようなトラップがあった。あれと同じもんか。


「……ってことは、黒幕の手がかりが消えたってこと?」

「ごめんなさい。私のミスだわ。ちょっと考えれば可能性のひとつとして気がついたかもしれないのに」


 うーん、書き換えようって言ったのは僕だしなあ。なんか責任を感じるぞ。


「でもある程度、犯人を絞り込めるかもしれない。Qクリスタルをいじれるゴレム技師のなんて本当に何人かしかいないから。まあ、脅しで協力させられているとかの可能性もあるけど」

「となると……やはり五大マイスターですか?」


 エルカ技師にガルディオ皇帝陛下が尋ねると、彼女は小さく頷いた。五大マイスター? 聞き返した僕にルクレシオン少年が教えてくれる。


「私たちの世界……ええと、西方大陸で有名なゴレム技師、及び製作者たちのことです。エルカ技師も『再生女王レストアクイーン』っていって、そのうちの一人なんですよ。あ、五大といっても最近一人亡くなったので、実質四人なんですけど」

「そうなのか?」

「なに言ってんの。冬夜君がその原因でしょうが」

「え!? 僕!?」


 呆れたようなエルカ技師の声に僕は心底驚く。え、なんかしたっけ!?


「ほら、アイゼンガルドの魔工王。あの爺さんもそのうちの一人だったのよ」


 ああ、そういう……。あんなんでも裏世界で五指に入る技術者だったわけか。確かにあの性格は置いといて、巨大ゴレム……決戦兵器ヘカトンケイルを現代に甦らせたその実力は認めざるを得ない。あの爺さんも擬人型ゴレムを影武者に使っていたしな。


「魔工王とエルカ技師を除いた、残りの三人の所在は?」

「一人は『教授プロフェッサー』ね。冬夜君も会ったことあるでしょう?」


 ああ、あのユーロンの暗殺者集団に囚われていた爺さんか。確かにわずかな材料で五体もの簡易的なゴレムを造ってしまったその腕はとんでもないよな。あの事件のあと、旅に出てしまったらしいが今はどこにいるんだろ? また捕まったりしてないよな?


教授プロフェッサーはこの件に関わってないと思うわ。今はブラウの定期メンテのため、パナシェス王国の王宮に滞在しているそうだから」


 あ、カボチャパンツのとこにいるのか。

 パナシェス王家の持つ青の王冠『ディストーション・ブラウ』。そのメンテのため、王宮に迎えられているらしい。

 基本的に古代機体レガシィ、その中でも最高峰の『王冠』シリーズともなれば、扱えるマイスターは限られてくる。当然といえば当然か。ニアもルージュが壊れた時、エルカ技師に修復を頼んでいたな。


「残り二人は?」

「これがどっちとも行方知れずなのよね。『指揮者マエストロ』は人間嫌いだし、もう一人……一人っていうか集団なんだけど……『探索技師団シーカーズ』の夫婦は風来坊だから、どこにいるのやら……」


 そのどちらかがイメルダ嬢のすり替えに関わっている可能性が高いってことか。騙されたり、脅されてやらされたかもしれないが。


「手がかりはそれだけか……。目的はわからんが、今回は被害がなかっただけよかったと考えるべきなのかもしれんな」


 リーフリース皇王が残念そうにつぶやく。一応、エルカ技師から特徴を聞いてスマホで検索してみたが、見つからなかった。探索型のゴレムから逃れるために、護符のようなものを持っているのだろうとのこと。

 どっちとも目立ちたくはないらしい。五大マイスターの腕は、どこの国でも欲しがるものらしいからな。しつこい勧誘を避けるためなんだろう。


「仕方ない。この件は後で調べることにしよう。パーティーをほったらかしにもできんしな」

「あ、あのう……」


 リーフリース皇王が切り上げようとしたとき、おずおずとルクレシオン少年が手を挙げる。ん?


「わ、私なら、その、もう少し情報を得られるかもしれません」

「情報を……? あっ、そうか!」

「追憶の魔眼か!」


 ガルディオ皇帝陛下と僕はお互いに顔を見合わした。

 ルクレシオン少年……元、ガルディオ帝国皇太子の彼は魔眼持ちだ。『追憶の魔眼』という、物体に残る人の残留思念を認識できる魔眼を持っている。一種の物質感応能力者サイコメトリストだ。

 その能力を使えばイメルダ嬢に関わっていた人間が誰だかわかる。見えるものは断片的なものらしいが、それだけでも充分にありがたい。


「早く言ってくれれば良かったのに……」

「その、私の魔眼は誰かが強い思念をもって触れた場所じゃないとなかなか発動しないので……。こ、この場合、イメルダ嬢に触れなければならないと思うんですけど、そうなると……」

「ああ、おっぱいに触らないといけないわけだね。なるほど。若いねえ、少年」

「き、君に言われたくないな!?」


 見た目だけなら自分より年下のバビロン博士にニヤリと笑われて、ルクレシオンが真っ赤になって反論する。あー……少年。一応そいつ、この中で一番年上だ。

 ルクレシオン少年の歳ならギリギリセクハラにはならん……かな。まあそれ以前に相手は人間じゃないし。いや、ゴレムにも感情ってのはあるらしいから、やはりセクハラになるんだろうか。

 だが、ガルディオ皇帝陛下がいささか難色を示していた。立場上、彼はルクレシオン少年のことを前皇帝から頼まれているので、教育上よろしくないことはちょっと……というわけだ。堅いなあ。


「それならこうすればいいわ」


 エルゼが長い髪をまとめていた幅広のリボンを解き、ルクレシオン少年の背後に回って目隠しをする。

 魔眼とはいうが、実際の視覚で見ているわけではない。要は触れさえすればいいのだから目隠しをしていても問題はないはずだ。

 これならまあ、とガルディオ皇帝陛下も許可してくれた。


「はいはい。そっちの男どもはあっち向いてー」

「またかよ……」


 後ろを向いた僕らの耳に『うわ、柔らかい……』と、おそらくは博士たちに先導されて胸に触れたであろうルクレシオン少年の声が届く。

 これいいんかな、ホントに。目隠しの方がいろいろと想像してしまって、少年に悪影響な気がしないでもない……。


「あ、見えてきました。……これは……!」


 ルクレシオン少年がなにか掴んだようだ。その時の想いが強ければ強いほど、残留思念ってのはそこに焼きつくらしいから、さっきの博士たちの思念は見えないと思う……いや、待てよ。邪念でいっぱいだったかもしれん。そんな思念に触れて、彼は大丈夫だろうか……。


「……全部が見えたわけではありませんが、ある程度はわかりました」


 僕が要らぬ心配をしている間に、ルクレシオン少年のサイコメトリーは終わったらしい。

 衣服を直して横たわるイメルダ嬢の前で、ルクレシオン少年は目隠しを外す。


「で、なにが見えた?」

「見えたというか……私の魔眼は思念に触れるものなので、瞬間的な映像とその映像とはまったくズレた心の声のようなものが把握できるんです。見えたのは山積みになったゴレムのパーツと、旗に描かれた交差した二つのハンマー……」

「なにっ!?」


 その言葉にガルディオ皇帝が驚き、ルクレシオン少年が小さく頷く。


「ハンマーの旗?」

「ちょっと……。冬夜君、一国の王様なんでしょ? 他国の国旗ぐらい覚えときなさいよ」

「すみません……」


 エルカ技師から呆れたような声をいただいた。あれ? 一応ざっと見た記憶はあるんだけどな。


「ハンマーが交差した旗は世界で一つしかない。我らガルディオ帝国の隣に位置する、魔工国アイゼンガルドに次ぐ重魔工業王国……」

「鉄鋼国ガンディリス……」


 ガルディオ皇帝の言葉を継ぐようにルクレシオン少年の搾り出すような声が部屋に響いた。








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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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