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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
465/637

#465 ダンスホール、そして黒仮面。

■発売日に合わせたかったのですが、体調崩して寝込んでました。申し訳ありませぬ。





 緩やかな旋律が流れ始めると、ダンスホールにいた男女たちがゆっくりと踊り出す。元々貴族の子女が多いこの舞踏会では、踊れない者の方が少ない。ブリュンヒルド(うち)の出席者はほとんどが貴族の子女ではないが、踊れるように基礎だけは叩き込んである。

 『舞踏会』とはいうが踊る踊らないは自由で、別に踊らなくてもいいのだ。ただ、誘われた時に踊れないというのは楽しめないし、相手に恥をかかせることもある……と、ユミナやルーが言うので、うちの出席者には最低レベルのダンスは踊れるようになってもらった。

 今踊っているのは最初に踊ってもらうように依頼しておいた、各国における数名のダンスの得意な貴族子女たちである。それ以外のほとんどの参加者はホール周辺や庭園にいて、まだ様子を窺っているといったところだろう。

 仮面を付けているため、相手と話してみないことには始まらないからな。気が合えばダンスに誘うもよし、庭園を散歩するもよし。

 だけどまずは同じ国の者同士で固まっているみたいだ。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれないけど。


「それでもちらほらと話しかけている者たちがいますよ。あっ、あれはうちの者ですね」


 僕の隣にいたリーニエ国王が、ダンスホールの二階からハンドルのついたオペラグラスで階下を覗き込んでいた。リーニエだけではなく他の国もだが、各国自分のところの参加者にはなにか目印を付けているようだ。揃いのブローチとかカフスボタンだとか。

 

「クラウド様……あまり覗き見するのはどうかと思いますよ? 皆、一生の伴侶を見つけるのに頑張っているのですから」

「あ、いや、そういうつもりじゃなかったんだ。ちょっと気になったものだから」


 僕の反対側にいた婚約者に窘められると、リーニエ国王クラウドは手にしていたオペラグラスを慌てて僕に返してきた。

 パルーフ王国の第一王女、リュシエンヌ・ディア・パルーフ。現パルーフ国王であるエルネスト少年王の姉であり、数ヶ月後にはリーニエ王妃となる。派手さはないが落ち着きのある優しい女性だ。

 リュシエンヌ王女はああ言ったが、実際のところリーニエ国王と同じように、何名かの者が二階のこの回廊ギャラリーから階下のダンスホールを眺めていた。

 参加者の中には自分たちの息子や娘、兄弟姉妹がいる者も多い。気にするな、という方が無理である。

 視線を二階に戻せば、回廊の奥にある大広間では各国の重臣たちがシャンパン片手に挨拶回りをしていた。僕ら国王組も先程軽く自己紹介と挨拶を交わしたところである。

 裏世界……西方大陸の代表らとはまだ付き合いが浅い人たちもいる。西方大陸で一番多くの国と関わっているのは間違いなく僕だ。その間を取り持ち、互いに挨拶しやすいように立ち回らなきゃならなかった。正直めんどい……が、これもお仕事。ちゃんとやりましたよ。

 ま、とりあえずひと通りの挨拶は終わったので、ちょっと休憩していたわけで。

 リュシエンヌ王女が大広間の方に視線を向ける。


「久しぶりにエルネストも同年代の子たちに混ざって楽しそうですわ」

「いつもは大人たちの中に混ざってますからね。やっぱり僕らよりは向こうの方が気負いなく話せるのかな」


 リュシエンヌ王女の視線の先には、弟であるパルーフの少年王とその婚約者レイチェル、ミスミドのレムザ第一王子とアルバ第二王子、ハノック王国のライラック第一王女にミルネア第二王女、そして元・ガルディオ帝国第一皇子……今はレーヴェ辺境伯となったルクレシオン少年が話し合っていた。

 全員十歳前後の少年少女たちである。やはり同年代の方が話しかけやすいのか、炎国ダウバーンの新国王アキームと、同じく氷国ザードニアの新国王フロストは、レスティア騎士王のラインハルト義兄さんと話し合っていた。新国王仲間だね。まあ、僕もお隣のリーニエ国王も新国王おなかまだが。

 ユミナたちも王妃様たちの中に混じり、楽しそうにおしゃべりをしている。王妃としての心得的なものを聞いているのかもしれない。こういった場に不慣れなエルゼやリンゼ、八重に桜は明らかに笑顔が固かったが。ま、今は仕方がないよね。そのうち自然に振る舞えるようになるだろう。

 各国の国王たちもそれぞれいくつかのグループに分かれ、歓談を楽しんでいるようだった。こっちは問題なく進みそうだ。さて、向こうはどうなっているかな。

 数曲終わったところで、僕はリーニエ国王らと別れ、バルコニーの方へと足を向ける。

 バルコニーからは下の中庭で話し合う参加者の姿が見えた。しどろもどろになりつつも女性に話しかける男性や、野外に置かれたテーブルでお茶を楽しむ女性たちなど、みな思い思いに楽しんでいるようだ。こっちもいい感じだな。

 まあ、それはそれとして。

 意外と言ったら失礼なのだが。ミスミドの獣王や、フェルゼンの魔法王、ラーゼ武王国の武王、イグレット王国の太陽王など、武芸に秀でた王様連中が揃ってこのバルコニーにいるのがなんとも不思議だ。あまり他人の恋愛事には関心がないタイプだと思うのだけども。

 先ほどからなにやら楽しそうに階下の参加者たちを眺めている。……なにか企んでやしないだろうな?


「お。公王陛下も見物に来たのか?」

「見物?」


 バルコニーに足を踏み入れた僕を、ミスミドの獣王がシャンパン片手に出迎えた。

 見物ってなんだ? なにかのパフォーマンスをする予定はなかったはずだが。まあ、恋の行方を見物といえば見物かもしれないが。

 辺りを見渡すとなぜかバルコニーにはリーフリースの回復師たちがいる。誰か気分が悪くなったのかな?


「えっと、なにかあったんですか?」

「なにかあった、というか、これから起こるかも、というか、な」


 苦笑混じりにフェルゼンの魔法王がミスミド獣王と顔を見合わせる。


「こういった席には付きもののやつさ。そろそろかな、と思うのだが」


 わけがわからん。首をひねっていると、イグレット国王がポン、僕の肩を叩いた。いつものネイティブアメリカンな民族衣装ではなく、シックなタキシード姿ってのはなかなかにレアな姿だな。ビシッと決まっている。もともと男前なので、なにを着ても似合いそうだけど。そりゃ七人も奥さんがいるはずだ。


「公王は独身時代、こういったパーティーにあまり出席した経験がないのではないか?」

「そりゃまあ……冒険者でしたし。身内とか同盟内でのパーティーには参加したりしましたけど」

「彼らは若い。若いが故、自分を曲げぬ。曲げぬ者同士、時にはその主張がぶつかることもある。故に……」


 イグレット国王の言葉を遮るように中庭から言い争う声が聞こえてきた。なんだ?


「おっと、始まってしまったか」

「始まった?」


 イグレット国王とともにバルコニーから中庭を見下ろすと、二人の男性が仮面を被ったまま睨み合っている。二人とも一触即発といった雰囲気で、周りの人たちはそれを遠巻きに眺めていた。


「ケンカか?」

「まあ、そうだな。こういった席ではよくあることだ。大概は親や主君が出張ってきて矛を収めようとするが、そうじゃない場合もある。決闘とかな」

「決闘!?」


 ちょ、決闘って殺し合いじゃないの!? さすがにそれはマズいだろ!


「慌てるな。さすがに命のやり取りなどさせんよ。こういった場合、ルールを決めて勝負をさせるだけだ。どっちが勝っても負けても遺恨を残さないことを条件にな。それを破れば恥知らずと罵られることになる」

「ルールを決めて? ……それって駆けっことかでもいいわけ?」

「うーむ、それはあまり聞いたことがないが……。馬での速さ勝負をしたという話は聞いたことがあるぞ。どうだ、平和的だろう?」


 確かにずいぶんと平和的な決闘だな……。まあ、命のやり取りよりは遥かにマシだけど……。こういった揉め事は当事者だけで決着を付けるのが一番いいというのはわかる。平和的な勝負で決まるのならそれにこしたことはない。


「大概は殴り合いだけどな」

「平和的とはいったい……?」


 ダメじゃん! 思いっきり暴力的じゃん! いつの間にか横にいたフェルゼン国王陛下がカラカラと笑う。


「若いころはそれぐらいの方がいいのよ。変に溜め込むより、発散させてやった方がいい。そのためにちゃんと回復師たちも控えているしな」


 それでか! なんでこんなところにいるのかと……! 準備よすぎるだろ……こういったパーティーでは日常的によくあることなのか? 人が集まれば揉め事も増えるのは仕方のないことたけど……。


「あの仮面はそう簡単に取れたりはしないんだろう?」

「え? ああ、そうですね。ぶつかったりで外れたら元も子もないんで、あらかじめ決められた言葉キーワードを唱えないと外れません」

「てことは、王子だろうと貴族の三男坊だろうと、身分とか関係なしにやれるわけだ。本来なら同じ身分じゃなけりゃ仲裁が入って終わりだからなぁ」

「うむ。男同士の戦いに身分など無用。己の拳で信じる道を突き進むのみ」


 ミスミドの獣王とラーゼの武王が笑みを浮かべて眼下の二人を見下ろす。いいのかそれで……。

 その後二人の間に立会人が入り、殴り合いが始まるかと思いきや、二人とも立会人とともに庭園の奥へと消えていく。それに伴い何人かのギャラリーもその後についていった。


「さすがに周りの迷惑になると気がついたか。場所を変えるようだな。どれ、ワシらも行くとするか」

「結局は野次馬じゃないですか……」

「ハハハ! 今日見るべきは色恋よりも男の意地の張り合いだ!」


 呆れる僕の前から脳筋国王らが風のように去って行く。いや、色恋が今日のメインだろ……。


「ったく……」


 あの人らのように野次馬にいく参加者もいるようだが、ほとんどの人たちは中庭に残って、会話を楽しんでいたりした。すでに狙いを決めて動いている者も多い。

 一人の女性が複数の男性を、また逆に一人の男性が複数の女性の相手をしているグループもある。容姿など仮面の効果でわからないのに、モテる人はモテる要素が滲み出ているのかねえ。

 会話の内容や仕草、物腰、状況の対応……そういったところで人となりというものは出るんだろうな。


「……あれ?」


 ふと、眼下の中庭にいる一人の人物に目が止まる。パーティーを楽しむ人たちから離れて、その女性は一人中庭の木にもたれ、俯いていた。

 それだけならいわゆる『壁の花』と言われる、パーティーで自分から動けない消極的な女性だと思っただろう。

 しかしその人物は絶対にそれには当てはまらないと思う。

 なぜなら俯いているその視線は手元のスマホに向けられていて、なにかをブツブツとつぶやきながら高速で打ち込んでいたからだ。

 博士が造った量産型スマホを持っている者は少ない。同盟国のトップとその重臣、あとは僕の友人などに限られる。二階の別会場にいる人たちならともかく、パーティーの参加者だとブリュンヒルド(うち)の人間を除けば数える程だ。

 っていうか、アレ絶対リリエル王女だろ……。

 鬼気迫るオーラを放ちながら、止まることなくその指はスマホの上で踊り続ける。いや、向こうで踊れって話だが。間違いなく原稿を書いているな……。

 こんなところリーフリース皇王に見られたらまた取り上げられるぞ。まったく反省していないじゃないか。


「おう。こんなところにいたのか、冬夜殿」

「っとお!?」

「っとお?」


 噂をすれば影とばかりに父親登場。振り向くとそこにはグラスを手に持ったリーフリース皇王と、ベルファスト国王、エルフラウ女王が立っていた。


「とっ、とうとう始まりましたね! いやあ、楽しいなあ!」

「うん? いや、まあ楽しんでくれているならけっこうだが……」


 誤魔化すように笑いながら僕は早足で前に出る。なんてったって父親だ。あの姿を見たら仮面を被っていてもリリエル王女だとわかる。僕でもわかったくらいだし。


「えっと、あっ、そっ、そういえばリディス王子は?」

「ああ、リディスなら向こうで……」

「向こうですか! あ、婚約祝いの品を贈りたいのですが、連れていってもらえませんか!?」


 我ながら強引だと思うけど、とにかくここから皇王陛下を引き離さないといけない。リリエル王女の弟、リディス王子とミスミドのティア王女との婚約発表はずいぶん前だが、祝いの品を送ってはいない。国としては送ったけど、個人としてはまだだ。


「ほほう。冬夜殿の贈り物か。また何か変わった物なんだろう?」

「ええ、それはもう。新婚旅行で買った世にも珍しい品物です。リディス王子にも喜んでもらえるかと」


 横から飛んできたベルファスト国王の声に頷きながら、三人を再び回廊ギャラリーの方へと誘導する。

 んもー、なんで僕がこんなフォローをしてるんだろ……。

 すぐさまリディス王子とティア王女を見つけたので、【ストレージ】から地球でいくつも買ったお土産の中から目的のものを取り出す。


「これは……!」

「わあ! 綺麗……!」


 僕が取り出したその水晶球のような中には、小さな家とトナカイのミニチュアが液体とともに入っており、キラキラとした小片がその中をまるで雪のように降っていた。

 これは『スノーグローブ』、日本では『スノードーム』と呼ばれるものだ。お土産屋さんで売っていたものをいくつか買っておいてよかったな。

 二人にスノーグローブを手渡すとすごく喜んでくれた。ひっくり返したりしながらキラキラと降り注ぐ景色を眺めている。


「これはエルフラウのお土産かな?」

「あーっと、いえ、違う国の、ですね」


 まさか別世界の、とは言えず、ベルファスト国王陛下の質問を適当に躱す。【プログラム】の魔法をかけて、ひっくり返さなくても中の雪が舞うようにしたものも二人に渡した。


「ふむ……。確かにこれは素晴らしいものですね。雪国の美しさをよく表しています。これは……売れますね」


 手渡した二人以上にスノーグローブを眺めていたエルフラウ女王の目がキランと光る。その表情は姪のギルドマスター、レリシャさんとよく似ていた。

 のちにスノーグローブがエルフラウ王国の特産品として世に出されていくのを僕は予感した。



          ◇ ◇ ◇



「ああもう、なんでこんな時にこんな催しに出なきゃならないのよ……!」


 私はスマホで文字を打ちながら、小さな声で愚痴を漏らした。締切は明日の朝まで。なんとか今日中に完成させて、部屋に置いてある魔道具で印刷した原稿を朝イチで担当者に渡さなければならない。

 時間がない。ただでさえスマホを取り上げられていた時間を無駄にしている。更にこのパーティーの衣装合わせやら、同じリーフリース貴族への挨拶やらで貴重な時間を消費しているのだ。

 気ばかり焦り、打ち間違いが増える。その都度修正してまた間違いがないか確認する。イライラと気持ちがどんどんささくれていくのが自分でもわかるが、どうしようもない。

 

「すみません、お一人ですか?」

「……一人ですが、なにか?」


 またか。ちらりと顔を上げると黄金の仮面をつけた男性がシャンパンのグラスを持って立っていた。

 声をかけられるのはこれで四度目だ。それが鬱陶しくてホールからこっちへと移ってきたのに。仮面を被っているのに、なぜ他の人じゃなく私の方へ声をかけてくるのだろう。


「よろしければお話をと」

「間に合ってます。他へどうぞ」

「ははっ、つれないなあ」


 今までの三人はこれで撃退できたのに、その男は馴れ馴れしく横へとやってきた。そして私の方を覗き込んでくる。もう、なんなの。


「それってブリュンヒルドで造られているっていう魔道具だよね? ひょっとして君、ブリュンヒルドの人?」

「違います。これは……あっ」

「へえ……」


 しまった、と思った時には遅かった。ブリュンヒルド公王の造ったスマホの所有者は、関係者でなければ他国の王族、もしくはその重臣に限られる。これでは自分でその身分を明かしたようなものだ。

 そうか、今まで声をかけてきた男性たちもスマホ(これ)を見て声をかけてきたのか。


「もういいでしょ。あっちに行ってくださらない?」

「そんなこと言わないでさ。向こうに美味しいお酒があるんだよ。そっちで一緒に飲まないか? きっと楽しいからさ」


 しつこく食い下がる男に嫌気が差し、スマホの電源を切ってドレスのポケットに入れる。向こうが立ち去らないなら、こっちから離れるだけだ。

 そう思い歩き出した私の腕を、男の手が無遠慮にがっしりと掴む。


「やめてよ! 放して!」

「放したら一緒に飲んでくれる? 一杯だけ! 一杯だけでいいからさ────」


 にやりと笑うその男を見て、私の身体中にぞわりとした不快感が走る。上半分を覆う仮面で直接の表情はあまりわからないが、そのぶんその下心や野心といった感情が透けて見える気がした。

 怖い。乱暴に掴まれた腕が震える。ここで身分を明かして誰かに助けを求めれば、無事にすむのかもしれない。けれどそれはこのパーティーを台無しにするということだ。主催者であるお父様の顔に泥を塗ることにもなりかねない。


「とにかくここじゃなんだし、あっちへ行こうよ。大丈夫、なにもしないから」

「いやっ……!」


 ぐいっと引き寄せられる力に私は抵抗もできず、連れて行かれそうになる。やめて! 放して!


「その方は嫌がっているようですが」

「あ?」


 不意にかけられた声に黄金仮面の男と私は前を向く。そこにはシンプルな黒い仮面に黒いタキシードを着た男性が立っていた。


「なんだお前……? 邪魔すんなよ」

「いえ、邪魔するつもりはなかったのですが。そちらの女性が嫌がっているように見えましたので。余計なお世話でしたか?」


 私の方を向いて、黒仮面の男性が尋ねてくる。私はそれにぶんぶんと首を横に振り、掴んでいた男の手を必死に振り払って、黒仮面の男性の方へと走り寄った。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……」


 まだ手が震え、とても大丈夫とは言えなかったが、とりあえずそう答えることができた。


「こちらの方は気分が悪いようなので、どうぞお引き取りを。他の方をお誘いした方がよいと思いますよ?」

「横からしゃしゃり出てきて、勝手なこと抜かすな! このっ……! ぐっ!?」


 私の時のように金仮面の男の手が乱暴に伸びる。しかし黒仮面の男性はそれをスッと避け、腕を取って相手の背中に回り、ねじり上げてしまった。慣れた動きだ。騎士だろうか。


「……これ以上やるなら本気でお相手致しますが?」

「くっ、そ……放せ、この野郎!」


 金仮面の言葉に黒仮面の男性がパッと手を放す。解放された金仮面は腕をさすりながら、『ちっ!』と大きな舌打ちをして去っていった。

 男が去ったことに私はホッと安堵の気持ちを覚えた。先ほど騒ぎがあった男たちのように、決闘のような争いが始まってしまうのではと思ったからだ。

 安心したら急に力が抜けてしまった。


「おっと」

「あ……」


 地面にへたり込みそうになる私を黒仮面の男性が支えてくれた。同じように腕を掴まれているのに、先ほどの男のような嫌悪感は感じない。それどころか不思議な安堵感を感じた。なんだろう、この気持ちは。

 近くのベンチに腰を下ろし、気分を落ち着かせる。


「大丈夫ですか? 冷たい水を持ってきましょうか?」

「い、いえ。大丈夫です。助けて下さり、ありがとうございます……」


 あらためて礼を述べると、黒仮面さんはわずかに微笑んだような気がした。仮面のせいでその笑顔が見れないのが少しもどかしい。……なんで?


「では、私はこれで。失礼致します」

「あっ、あの! も、もうちょっとだけここにいてもらえます……か? その、さ、さっきの人が戻ってくるかもしれないので……」

 

 一礼して立ち去ろうとする黒仮面さんに、私はなぜか慌てて声をかけてしまった。焦ったせいで声が変に裏返ってしまい、恥ずかしくなる。


「そうですね。ではもう少しだけ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 そう言って黒仮面さんは私の横に腰を下ろしてくれた。

 しばしの沈黙。なにか話さないといけないと思いつつも、なにも頭に浮かばない。仮にも作家、なにか話題はないのかと必死で言葉を探すが、出てくるのはとても初対面の男性と話せるような話題じゃないものばかり。えーっと、えーっと。


「きっ、今日は暖かいですねっ!」

「そうですね」


 しまった……! 天気の話題って! それ一番つまんないやつだから!

 つ、次! 次の話題をなにか……! なにかないか、なにかないか。頭の中がぐるぐると回り、わけがわからなくなってきた。なんで私、こんなところにいるんだっけ?

 普通に話もできないなんて……みっともない。……自分の情けなさに涙が出てきた。

 そんな私に横から真白いハンカチが差し出される。


「無理しないでいいですよ。貴女が落ち着くまでここにいますから」

「すびば、せん……」


 たぶん、さっきの男のことで泣いていると思われたんだろう。そのことを訂正する気にもなれず、私は借りたハンカチで涙を拭いた。

 やがて気持ちも落ち着いて、黒仮面さんが立ち去った後も、私はそのベンチで青い空を一人見上げていた。

 








■『異世界はスマートフォンとともに。』第12巻発売されました。よろしくお願い致します。


挿絵(By みてみん)

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新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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