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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第31章 ウェディング&ハネムーン。
448/637

#448 結婚行進曲、そして新郎新婦入場。

長くなりました。

バージンロードのシーンは九人もいるので、初めのエルゼリンゼ以外は端折ろうと考えていましたが、きちんと一人一人書いた方がいいと指摘されたので書き直し、少し時間がかかりました。






「どうかな? おかしくない?」

『実に立派です。あるじ

『うむ。よく似合っておいでです』

『男振りが上がったわぁ』


 琥珀と珊瑚、それに黒曜の言葉を受けて、少し気恥ずかしい気持ちになる。目の前にある姿見の中にはこの日のためにあつらえた、純白のタキシードを着た僕がいた。

 なんとも妙な気分だ。上着の襟のボタンホールには、ブートニアとして白い薔薇が飾られている。なんとも似合わない気がするけど、一生に一度くらいは許されるんじゃないかな。


「はあ……。さすがに緊張してきた」

『主でも緊張することがあるんですね』

「そりゃあるよ。人生の一大イベントなわけだし」


 さりげなく失礼だぞ、瑠璃。

 はぁー……。本音を言えば式なんかすっ飛ばして、『結婚しました』ってハガキを送るだけでいいんじゃないの? と思わなくもない。

 しかし、仮にも一国の王としてそれは許されないし、みんなの一生に一度の晴れ姿を見たい気持ちもある。彼女たちの人生に結婚式という彩りを与えてあげたいじゃないか。

 逃げることは許されない。こればっかりは誰かに代わってもらうわけにもいかんしな。

 この世界の結婚式は、ほとんど両方の家族を交えてのパーティですませる。神に誓いを立てて、などということはあまりしない。精霊に誓うことはたまにあるそうだが。

 僕としては神(世界神様)に誓いを立ててもいいのだが、僕が信奉する神は必然的にラミッシュ教国の神と同じになる。捉え方によっては、ブリュンヒルドがラミッシュ教国の傘下に、なんて話になりかねないのでやめておいた。

 その代わり、大精霊を呼んで立会人になってもらうことになっている。ただ僕は精霊を束ねる精霊王となっているので、言ってみれば自分の部下に結婚を誓うというわけのわからないことになっているんだが……ま、深く考えるのはよそう。

 コンコン、と部屋の扉がノックされ、ガチャリと開いて執事のライムさんが入ってくる。


「陛下。神之助様がいらっしゃいました」

「あ、通して下さい」


 ライムさんに促されて、世界神様のあとに数人がぞろぞろと入室してくる。昨日言っていた降臨した神々かな?

 っていうか世界神様、紋付袴ですか。もともと着物を着てたりしたからバッチリ似合ってるけど。しかもその家紋って望月家うちのだし。九曜紋。いや、僕の祖父役なんだから当たり前なんだけど。

 一礼してライムさんが部屋から出て行くと、僕の姿を見て世界神様が目を細めた。


「ホッホッホ、よく似合っとる。見違えたのう」

「なんか落ち着かないんですけどね」


 見違えたとは、普段どう見えているのか気になるな。とはいえ褒められると悪い気はしないのだが。


「とりあえず紹介しておこうかの。こやつらが降りてきた神々……右から舞踏神、剛力神、工芸神、眼鏡神、演劇神、人形神、放浪神、花神、宝石神じゃ。今日の結婚式に友人枠で出るからよろしく頼むよ」

「どうも。望月冬夜です。今日はよろしくお願いします」


 世界神様の紹介に合わせて一人ずつ挨拶を交わしていく。一応降臨する神のリストはもらっていたが、改めて聞くとツッコミどころが多すぎるな。眼鏡神ってなんじゃい。いや、眼鏡の神様なんだろうけども。眼鏡かけてるし。

 見た目はみんなパーティーに出席するにふさわしい正装の恰好をしている。剛力神様だけは服がぱっつんぱっつんではち切れそうな感じだが。相変わらずすごい筋肉だ。

 十人(?)の神々のうち、舞踏神と花神、宝石神は女神様であった。残りは当然男神だったのだが、演劇神だけはその……中間というか。黒曜と同類っぽい。

 かなりのイケメンでモテそうなのに、妙に身をくねらせて女口調で話す。深くは突っ込むまい。こちとらそれどころではないのだ。


「結婚式が終わったら彼らは好きに世界を見て回ることになっとる。冬夜君を困らせるようなことは控えるように言ってあるから安心したまえ」


 そこは『控える』じゃなくて『絶対にするな』と言っといて欲しかったが。この世界の常識をある程度は学んでいないと、地上に降りる許可を出さないそうなので、よっぽどの奇行に走ることはないと思いたい。

 

「ではワシらはこれで。頑張るんじゃぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 気を使ったのか降臨せし神々は挨拶をしただけで引き下がっていった。正直十人も紹介されてもなかなか覚えきれない。剛力神と演劇神はインパクトがあったので覚えたけど。

 しかし、会場に二十人近くも神がいるってちょっとおかしいよな……。

 僕が何度目かのため息をついたタイミングで、開かれていた窓からバサバサと紅玉が帰還する。


「おかえり。どうだった?」

『はい。すでに招待客が次々と集まっておりました。問題はなさそうです』


 紅玉には式場の様子を見にいってもらっていた。式場といっても城内ではなく、中庭を一部改装した場所が僕らの結婚式の舞台となる。つまりはガーデンウェディングなわけだ。

 城内の謁見の間などでも人が入りきらないという理由と、こちらの世界ではたいてい外で結婚式を行うのが通例らしいのでこうなった。

 式場となる中庭は、バビロンの『庭園』を管理するシェスカと庭師のフリオさんが気合いを入れて作り上げた会場である。平凡な中庭が、様々な花が百花繚乱に咲き乱れ、華やかな雰囲気を醸し出す美しい庭園に生まれ変わった。

 こう言ったらなんだが、あのエロメイドにあんな才能があるとは。仮にも『庭園』の管理人なんだから当たり前なのかもしれないが、なんか納得いかん。完成した時のドヤ顔が特にウザかった。……まぁ、一応感謝はしておく。

 今日だけはバビロンシスターズも全員降りてきて会場入りをしている。もちろんバビロン博士もエルカ技師もフェンリルもだ。

 ドラクリフ島から銀竜の白銀しろがねとメイドゴレムのルビー、サファ、エメラの三体もやってきて、執事のライムさんの下で働いている。

 なにせ人手が足りないからな。騎士団のメンバーのうち、主に女性は臨時のメイドとして会場で働いてもらっている。もちろんあとでボーナスは弾むつもりだ。椿さん配下のくのいち三人娘も今日だけはメイドさんである。

 扉をコンコンとノックする音がした。

 返事をすると、再びライムさんが扉を開けて入ってくる。


「陛下、お時間でございます」

「……はい、わかりました」


 よしっ、いくか! 気合いを入れるために両の手で頰を叩こうとして直前で思い留まる。両頬にモミジのあとが付いた新郎など、変な噂が立ちかねない。危ない危ない。

 大きく呼吸を吸ってゆっくりと吐く。落ち着いたところで、琥珀たちを伴ってライムさんのあとを付いて歩き出した。……な、なんか歩きにくいな。


あるじ。右手と右足が同時に出ております』

「あっ」


 琥珀からの言葉に思わず立ち止まる。やばい。全然落ち着いてないじゃないか。


「思ったよりも緊張してるみたいだ」

「誰でもそんなものでございますよ。ベルファストの国王陛下も結婚式の際は緊張しっぱなしで、会場入りの前に何度も水を飲んでおられました」

「へえ」

「そのせいでトイレが近くなり、式の最中ずっと我慢する羽目になったとか。おかげでお祝いの言葉もろくに覚えていないそうです」


 そうか、ライムさんはもともとベルファスト国王陛下の世話役だったんだもんな。結婚式のことも覚えているか。

 しかし王様だってやっぱり結婚式は緊張するんだね。ちょっと親近感。


「ベルファスト国王陛下はこの話をよく臣下の前で話し、緊張し過ぎるとろくなことはない、と常々申しておりました。どんなときも肩の力を抜き、自然体でいろと。その方がどんな状況にも対応できるから、と」


 自然体、か。……特別な式だから、いつもと違う僕を見せなきゃ、とか気負い過ぎてたのかな。普段どおりの僕でいいんだよな。うん。


「いくらか緊張は解けましたか?」

「はい。気を使ってもらってすみません」

「いえいえ。年寄りの思い出話でございますれば」


 ライムさんが再び歩き出す。確かにさっきよりは気が楽になった。もう大丈夫だ。……と思う。

 やがて中庭に造ったガーデンウェディングの会場へと出る扉の前までやってきた。扉を開けるために両側にニコラさんとノルエさんの騎士団副団長がいる。二人ともさすがに今日は鎧姿ではなく、パーティー用の正装だ。

 扉の外ではバビロン博士が設置したスピーカーから音楽が流れ始めていた。ウチには楽団なんてシャレたものはないからな。

 曲はもちろん定番中の定番、メンデルスゾーン作曲、『結婚行進曲』だ。『結婚行進曲』といえばワーグナー作のものもあるが、僕はメンデルスゾーン派である。トランペットのファンファーレが華やかだし、弾むようなリズムが気分を高揚させてくれるので。

 それにワーグナーの方はもともと『ローエングリン』という歌劇オペラの一曲であり、この物語は悲劇の結末で終わるのだ。メンデルスゾーンの方も『真夏の夜の夢』というシェイクスピアの作品が元になっているが、こちらの話は円満なハッピーエンドを迎える。

 縁起を担ぐわけではないが、僕もできればハッピーエンドがいい。

 ファンファーレが最高潮になったと同時に扉を二人の副団長が開く。

 正面に見える祭壇までの道に、ズラリと並んだ招待客のみんなが拍手をしながら迎えてくれる。普通、国王の結婚式となればもっと厳かなものらしいのだが、僕らの場合、みんなと話し合って、あえて砕けた感じの式に決めた。その方が招待客のみんなも楽しめると思ったからである。

 参考にと地球での結婚式の動画を見せたら、このバージンロードを歩く儀式を取り入れたいとみんなに言われた。似たような形式がこちらにもあるらしいので。こちらでは新郎が母と新婦が父と左右の道から進み、向き合ってから今度は新郎新婦のみで祭壇へと進む、といったスタイルらしいが。地球式でもあり、異世界式でもあるスタイルを取ったわけだ。

 どこからか舞う花吹雪の中を琥珀たちを連れて歩き出す。

 地球ではバージンロードと呼ばれる道を祭壇へと向けてゆっくりと歩いていく。祭壇といっても少し高く設置された広い舞台というだけであるが、その上はシェスカによって色とりどりの花でドーム状に飾られている。百花の祭壇だ。

 僕は祭壇を上がる小さな階段の手前で立ち止まり、横へとずれた。ここで花嫁さんを待つのだ。

 やがて再び扉が開き、三人の男女がそこに現れた。中心には昨日トラウマから解放……というかトラウマを封印されたジョセフさん。そしてその両脇に腕を組んでエスコートされているのが、彼の姪であるエルゼとリンゼである。


「おお! これは……!」

「まあ! なんて素敵な……!」


 招待客から感嘆の声が漏れる。

 ウェディングドレス自体は見ていたが、着ている姿は初めて見る。エルゼもリンゼもプリンセスラインと呼ばれるウエストから裾に向かってふんわりと広がるドレスであった。やはり双子だからなのか、同じようなものを選んだらしい。違いといえば、持ってるブーケの色が違うことぐらいだ。どちらも美しく、二人を輝かせていた。

 性格の違う二人だが、どちらも魅力的な女の子だ。リフレットの裏路地で彼女たちに出会ったことが昨日のように思い出される。あの時はまさか二人と結婚するなんて思ってもみなかったな。

 エルゼは勝ち気な性格でありながら、その実、繊細な女の子だ。悩みを内に抱えやすい。弱みを見せることができないんだな。そんな彼女の支えになってあげたいと思う。

 リンゼは逆に大人しく見えるが、芯が強い。真面目で努力家だし、他人のことを第一に考える優しさを持っている。彼女の献身さには頭が下がりっぱなしだ。真摯なその気持ちを大切にしたい。

 純白のドレスに身を包んだ二人を連れて、ジョセフさんがゆっくりと歩く。やはり緊張しているようだが、以前に比べたらはるかにマシだ。両脇を固めるエルゼとリンゼも緊張しているように見えるが、ウェディングヴェールがそれを覆い隠していた。

 やがて祭壇のところへ辿り着いたジョセフさんが僕に対して一礼する。


「二人をよろしきゅ頼みまっしゅ」

「必ず幸せにします」


 おそらく緊張のあまり、見事に噛んだジョセフさんに同じように僕は一礼して、まずはエルゼの手を取って祭壇へと上らせる。

 次いでリンゼの手を取って、同じように祭壇へと送った。

 ジョセフさんが祭壇下の左手から消えると、再び扉が開かれて、今度は八重とその父である重兵衛さんがエルゼたちと同じように登場した。

 八重がウェディングドレス姿であるのに、重兵衛さんが紋付袴ってのはちょっと妙な気もするが、ま、些細なことだ。

 ちなみに入場の順番は彼女たちと出会った順番になっている。八重とはエルゼ、リンゼと初めて旅をした道中で出会ったんだよな。あの時は男たちをばったばったと倒す彼女を見て、すごい女の子だなと思ったけど。

 意外と天然だったり、うっかりなところもあるが、家族思いの優しい女の子だとすぐにわかった。そのおおらかな性格にいつも助けられる。朗らかな彼女の笑顔はみんなを幸せにしてくれるんだ。

 僕の下へとやってきたいつもの和装とは違う八重にドギマギしながら、その手を取る。


「娘をよろしくお頼み申す」

「はい。任せて下さい」


 一礼して重兵衛さんも去っていき、エルゼたちと同じように八重を祭壇へと上らせる。

 続いてスゥがオルトリンデ公爵殿下と現れた。

 僕らは八重と出会ってすぐにスゥと知り合った。彼女と出会わなければユミナとも出会わなかったろうし、ユミナと出会わなければこうして一国の王にもならなかったかもしれない。

 出会った時は子供にしか見えなかったスゥだが、いくらか背も伸びて女の子らしくなった。彼女は最年少の十二歳だが、この歳で結婚というのはどうなんだろうと未だに思う。だけどいつかは必ずお嫁さんにはもらうつもりだったし、一人だけ結婚式を延ばすというのも仲間外れのようで嫌だ。やはりこうして一緒に式を挙げることができてよかった。

 好奇心旺盛で行動力のあるこの子にはいつも驚かされる。ワガママなところもあるけどそこが可愛いところでもあるのだ。

 そんな小さなスゥの手を取って祭壇へと誘う。


「いろいろと心配な子だが……よろしく頼むよ」

「大丈夫です。けっこうスゥはしっかりしてますから」


 オルトリンデ公爵が苦笑しながら一礼して離れていく。スゥが『父上は心配しすぎじゃ』と少しむくれながら祭壇へと上がった。

 扉が開き、五人目のユミナがベルファスト国王陛下とともに現れる。

 その大胆ともいえる行動力で、僕のもとへ押し掛け、いつの間にか隣にいるのが普通になってしまった彼女。本当にいつの間にか目を離せない存在になってしまった。今はユミナの気持ちを受け入れることができて本当に良かったと思っているが。

 僕と出会った時にはすでにこうなることを予想して、より良い方向へとなるように動いていたという。ときたま、彼女の掌の上でうまく転がされているような気にもなるが、それもまたユミナの魅力なんだと思う。

 二人はしずしずとバージンロードを歩き、僕の目の前で止まる。


「冬夜殿……よろしく頼む」

「はい」


 ベルファスト国王陛下に短く答えてユミナの手を取る。ゆっくりと彼女は祭壇へと上がった。

 次の番であるリーンの場合、すでに両親は妖精族が最期の時を過ごすという妖精界アヴァロンへと旅立ってしまっているため、代役としてミスミド獣王陛下が付き添っていた。今日ばかりはポーラは招待客の席にいる。

 華やかなウェディングドレスを着た彼女はどことなくはにかんでいるようにも見える。唯一、僕よりも歳上である彼女だが、子供っぽいところがあったり、いたずら好きだったりする。そういった面も含めてリーンという女の子なのだ。年齢は関係ない。

 彼女に後押しされなかったら僕はバビロンを探そうともしなかったろうし、フレームギアも手に入れることもなく、世界はフレイズたちに蹂躙されたかもしれない。そう考えると、結果的には彼女の好奇心が世界を救ったとも言えるのかな。

 そんな世界の救世主たる彼女の手を取る。


「我らが盟友を幸せにしてくれ、冬夜殿」

「わかりました。必ず」


 にっ、と笑って獣王陛下が一礼し、背中を向ける。

 祭壇へと上がったリーンに代わり、今度はルーがレグルス皇帝陛下にエスコートされて僕の下へやってきた。

 一時は死の淵にあったレグルス皇帝陛下だが、ずいぶんと元気になった。近々帝位をルーの兄である皇太子に譲り、退位する予定だという。

 ルーとの出会いはレグルスで起きたクーデターの最中だった。あのとき……もしも駆けつけるのが少しでも遅かったらルーは胸を貫かれ、死んでいたかもしれない。

 ルーはウチに来て、料理という才能を開花させた。だがその裏で、血の滲むような努力を重ねたのを僕は知っている。彼女は負けず嫌いで、その努力をひけらかしたりはしない。目標を定めたら一直線。そんな一途さを僕も見習いたい。

 僕のもとへと歩んだルーを見送り、皇帝陛下が軽く頭を下げた。


「娘をよろしくお願いする」

「もちろんです」


 ルーを同じように祭壇へと迎え、次に扉が開いて現れた二人を見て思わず苦笑してしまった。

 ボロボロ泣いているゼノアスの魔王陛下を『従えて』、ヴェールで見えにくいがウンザリとした感じで桜が現れたのである。

 桜はどうしても母親であるフィアナさんの方にエスコート役をしてもらいたかったようだが、魔王陛下が土下座までして頼み込んだらしい。さすがに不憫とみたのか、フィアナさんもこれを承諾、しぶしぶと桜も受け入れたというわけだ。

 ぐいぐいと歩く桜の歩調がいささか速い。さっさと済ませてしまおうという考えがよくわかる。まだ打ち解けてないのか、あの二人……。

 桜は初めて出会った時には記憶を失っていた。ユーロンの暗殺者に殺されかけて、瀕死の状態だったのだ。バビロンの技術がなかったらどうなっていたことか。

 普段は無口で感情をあまり表すことのない桜だが、音楽を聴いていたり、歌っている時は別人の顔を覗かせる。その歌声はこれからも人々を楽しませ、幸せにしていくことだろう。その横で僕も彼女の手助けをしたいと思う。

 みんなより早めに僕のところへ辿り着いた桜はさっさと祭壇へと上がってしまった。

 僕が桜らしいと感心しながら苦笑していると、力強く肩を魔王陛下に掴まれた。


「むっ、娘を幸せにせんと許さんからな!」

「ど、努力します」


 なにこれこわい。やめて、顔を近づけないで! 涙と鼻水が! せっかくの白いタキシードが汚れるから!

 泣きながら走り去っていく魔王陛下を見て、ちょっと義父として付き合っていけるか不安がよぎった。国王としては威厳のある人なんだけどなあ。

 ちょっと気が抜けたタイミングで、最後にヒルダがレスティア前国王とともに現れた。

 ヒルダは婚約者となった順番は七番目であるのだが、出会った順番でいうと最後になる。

 いつもは騎士道精神を貫く、凛々しい姿を見せているが、今日だけは凛々しさよりも可憐さが先に立つ。剣の代わりに小さなブーケを持ち、鎧の代わりに純白のウェディングドレスを纏ったヒルダがゆっくりと僕の前へとやってきた。

 責任感が強く、常に真摯な姿勢を貫く彼女を僕は尊敬している。ただ、いささかその責任を果たすために無理をしてしまうところもあるのだ。そこがヒルダらしいといえばヒルダらしいのだが。そんなところも含めて彼女を支えていけたらな、と思う。


「娘をよろしくお願いします。二人に幸あらんことを」

「ありがとうございます」


 レスティア先王陛下からヒルダの手を受け取り、祭壇へと上げる。これで祭壇に九人の花嫁が揃った。

 先王陛下が立ち去ってから皆に一礼し、僕も祭壇へと上がる。エンドレスで流れていた『結婚行進曲』がやっと終わり、辺りに静寂が訪れる。


「【精霊王の名のもとに。来たれ、精霊たちよ】」


 小さな声で精霊言語を使い、大精霊たちを呼び出す。今では精霊言語をわかる人も何人か式場にいるので聞かれるのはマズいからな。

 すぐに祭壇の上空に巨大な火柱が立つ。次いで水の柱が立ち、宙に竜巻が巻き起こる。その風に乗って砂と石が舞い上がり、最後に光の玉と闇の塊が出現した。


「おお……!」

「すご……! 見ろ、あれを!」


 招待客が驚くのをよそに、突然現れた時と同じように、火も水も全てが塵のように一瞬で雲散霧消する。そして全てが消え去ったあとに人間ではない六人の少女が宙に浮いた状態で現れた。

 彼女たちこそ、火の精霊、水の精霊、風の精霊、大地の精霊、光の精霊、闇の精霊の六大精霊であった。









結婚式、次回も続きます。


■『異世界はスマートフォンとともに。』全巻の重版が決定しました。アニメ化決定から四度目の重版になります。ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。


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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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