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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第31章 ウェディング&ハネムーン。
444/637

#444 マリッジブルー、そしてカタログリスト。





「招待状はこれでOK……っと」

「では【ゲートミラー】にて送っておきます。城下の方々には騎士団の方から直接手渡すということで」

「よろしくお願いします」


 分厚い封筒の束を持って、執事のライムさんが深々と頭を下げる。はぁ、肩が痛い。封蝋をこんな一気に押したのは初めてだ。こればっかりはメールでお知らせ、というわけにもいかないしな。

 当初の予定では、この招待状の返信で参加不参加の返事をもらって、当日に各国やその本人のところへ僕が【ゲート】を開く予定だった。けれど、なにも新郎がする必要はないと、代わりに時江おばあちゃんがやってくれることになった。空間転移関連なら僕よりも上だし、これ以上の適役はいまい。ありがたや。

 懐からスマホを取り出して、例のチェックリストを引っ張り出す。


「あとは……引出物かな?」


 この世界には引出物という習慣はない。だけど、ちょっとしたものをお礼に渡すという土地柄もあるらしく、まったくしないというわけでもないらしいので、僕らはあえて取り入れることにした。日本じゃ普通だし。

 とはいえ、引出物っていってもなにを配ればいいのやら。僕らの写真が入った皿とかマグカップとか贈っても使わないだろうし、嫌がらせにしかならない気もする。


「ひーきーでー、もの……っと……、ああ、カタログギフトって手もあるのか」


 スマホで検索をかけてみるといろんなカタログ紹介のサイトが出てきた。

 意外といいかもしれないな。カタログで選んでもらって、各々(おのおの)欲しいものを決めてもらえばいい。

 ただ招待客は王侯貴族や金持ちが多いから、バッグとか食器とか、普通の商品をカタログに載せてもあまり欲しがらないかもしれん。

 となると珍しいものをピックアップして載せた方がいいな。マッサージチェアとか?

 食べ物ってのもアリか。……レトルトカレーとか……いや、引出物にレトルトカレーってのはどうなのか。あ、竜の肉とかは喜ばれるかも。

 それとも剣とか鎧とかの方が喜ばれるのだろうか。あるいは魔法を付与したアクセサリーとか? 身分のある人たちなら解毒とか防御付与のついた魔道具は欲しいだろうし。

 ううむ、まとまらないなあ。


「ちょっと気分転換するか」


 僕はスマホを懐に戻し、部屋を出た。そのままぶらぶらと城を歩く。仕事はないのかと突っ込まれそうだが、今のところ急ぎのものはない。もともと小さな国の上に、優秀な人材が揃っているからね。

 廊下を掃除するメイドさんたちに挨拶をしながら外に出る。相変わらず訓練場では騎士団のみんなが訓練に明け暮れていた。木剣を打ち合う者、黙々と筋力を鍛える者、各々の技の確認をする者と、みんな頑張っている。


「あれ?」


 訓練場の隅にあるベンチに一人腰掛けて、空をぼーっと眺める少女がいる。エルゼだ。ベンチ横のかたわらには水筒とガントレットが置いてある。休憩中かな?

 こちらに全然気がついていないようなので、ちょっと驚かせようとこっそりとベンチの背後へと回る。

 僕は後ろからエルゼの両目を塞ごうと、そーっと近寄っていった。


「だーれ、だ……ぐふッ!?」

「え!? あれっ、冬夜!?」


 目を塞ごうとした僕の顔面をエルゼの裏拳が襲った。パァンッ! っていい音がしたよ!? 鼻が折れたんじゃなかろうか。


「ごっ、ごめん! 思わず反射的に……! わ、わざとじゃないのよ!?」

「わかってる……。僕が悪い……」


 甘い恋人同士のような、きゃっきゃうふふの展開は望むべきではなかったのだ。あら、鼻血が出てる……。自分の血を見るなんて久しぶりなんじゃなかろうか。けっこう頑丈になったつもりだったけどなァ……。


「【光よ来たれ、安らかなる癒し、キュアヒール】……」


 顔面に回復魔法をする羽目になるとは。これからはエルゼを驚かすときは注意しよう。


「ん、止まったわ。ごめんね」

「いや、僕が驚かそうとしたのが悪いから。なんかぼーっとしてたからさ。なんかあった?」

「なんかあった……ってわけじゃないんだけど……。あたし、結婚するんだなぁ……って思ったら、いろいろと、ね……」


 苦笑するように大きくため息をつくエルゼ。その隣に座る僕はといえば、ちょっとドキリとしていた。

 こっ、これってよく聞く『マリッジブルー』ってヤツなのでは……!

 結婚を控えた者が結婚生活に不安や憂鬱を覚え、最悪の場合、婚約破棄に至ることもあるという……!

 どっ、どっ、どっ、どうすればいいんでっしゃろかいな!?


「な、なにか不安なことでも……?」

「不安なこと? そりゃいっぱいあるわよ」


 いっぱいですか!? いかん、変な汗が出てきた。


「曲がりなりにも王妃という肩書きがつくんだもの。恥になるような行動は慎まなきゃいけないし。それに、その、こっ、子供とか生まれたら、王子、王女としてきちんと教育させなきゃって……。あたしにそんなことできるのかなって……ね。いろいろ考えてたら、なんか不安がどんどん大きくなってきてさ……」

「とうっ」

「あいたっ!?」


 エルゼの頭に軽くチョップをかます。


「考えすぎ。王妃だからって気負わなくてもいい。国王が僕だよ? なにをいまさら気取る必要があるんだ。エルゼはエルゼらしい王妃になればそれでいい。子供だって、一人で育てるわけじゃない。僕がいるし、他に八人もお母さんがいるんだ。なにも心配しなくてもいい。大丈夫。全部うまくいく。必ず幸せになる。いろんな神様のお墨付きだ」


 頭を打たれたエルゼはしばらくぽかんとしていたが、やがて小さく笑い出した。


「ふふっ、なにそれ。神様を出されたら不安になりようがないわ。ズルいわよ、冬夜」


 ズルくてけっこう。好きな子の不安を消し去れるなら神様も許してくれる。

 エルゼにはいつも明るく笑っていてほしい。その笑顔が僕の背中を押してくれるのだ。


「とにかく一人で悩まないでくれ。これから僕らはずっと一緒にやっていくんだから」

「そうね。なんか吹っ切れたわ。あたしらしくやればいいのよね。みんな一緒ならなにがあっても怖くないわ」


 エルゼがベンチから立ち上がり、大きく伸びをする。振り返り、僕が見たかった笑顔を見せてくれる。


「ありがと、冬夜」

「奥さんの悩みを聞くのも夫の務めだからね。それで解決するならなんてことはないよ」

「おっ、奥さん、って……!? な、なに言ってるのよっ! まっ、まだ結婚してないから違うでしょ! もうっ!」


 顔を真っ赤にし、エルゼはくるりと僕に背を向けて、足早に去っていってしまった。ありゃ、ちょっと調子に乗りすぎたか。

 ま、怒っているわけではないだろうから、大丈夫だろ。


「あ、引出物のこと相談すればよかったな。しまった……」

「おろ? 冬夜殿。日向ぼっこでござるか?」


 失敗したな、とベンチで反省していると、目の前に八重とヒルダのコンビが木剣を持って現れた。相変わらず仲がいいな。どうやら二人で訓練に来たようだ。

 さっきのエルゼのこともある。二人もなにか抱え込んでいないか聞いてみよう。


「結婚で不安に思っていること……」

「で、ござるか?」


 二人で顔を見合わせて、うーん、と少し悩んでいる。いや、ないならないでいいのよ、君たち。その方が安心だし。

 考え込んでいた二人だが、やがて八重がポンと手を打った。


「あ、そういえばひとつ気になることが」

「え、な、なに?」

「結婚式に出る料理……。新婦は食べられないのでござろうか……」


 そこかい。まあ八重っぽいといえば八重っぽい悩みだけど。

 次いでヒルダがあっ、と小さく声を出した。


「わっ、わたくしは、そのっ、こっ、子供を授かった場合、妊娠中は激しい運動をしてはいけないでしょうから、身体がなまるのではないかと、ちょっと心配です……」


 気が早い。確かにあまり激しい運動は控えて欲しいところではあるが。

 まあ、この二人はエルゼほど悩んではいないようだ。ちょっと安心した。


「しかしなぜそんなことを?」

「結婚する前っていろいろ考えてしまうみたいだからね。問題があるなら今のうちにと思って」

「結婚に関してはこれからですわ。おそらくいろいろな艱難辛苦が我々を襲うことでしょう。しかし愛の力と強き心があれば、全て乗り越えていけるとわたくしは信じております」

「そ、そうだね」


 フンスと鼻息荒くヒルダが目を輝かせている。この子、試練とか逆境とかのほうが燃えるタイプだからなぁ。マリッジブルーには無縁かもしれない。


「拙者はみんなを信じてござる。きっとどんな問題もみんなで解決できるでござるよ」


 八重の考えは僕と同じようだ。この子は何よりも人の和を大切にする。彼女の中ではもうすでに僕らは新しい家族として存在するのだろう。常に自然体。それが八重のいいところだ。

 こうなるとエルゼの双子の妹さんの方はどうなんだろう。ちょっと気になるな。


「リンゼはどこにいるかな?」

「リンゼ殿でござるか? 最近は時江殿とよく一緒にいたはずでござるが」


 そういえばよくバルコニーで編み物を教わっていたな。

 二人の訓練の邪魔になるし、リンゼのことも気になるので【テレポート】を使い、いつものバルコニーへと跳ぶ。

 そこには椅子に腰掛けて、一心に編み物を続けるリンゼの姿があった。

 僕が近くにいるというのに気が付かないほど黙々と編んでいる。すごい集中力だな。

 声をかけそびれて、しばしリンゼの打ち込む姿に僕は見惚れていた。何かを一生懸命に頑張るその姿を見て、なぜか美しいと感じたのだ。


「……? あっ、冬夜さん? いつの間に?」

「あっ、ごめん。なんか声をかけ辛くて……」


 見惚れていた、とはさすがに言い出せず、僕に気が付いたリンゼに対し、お茶を濁してしまった。

 リンゼのいるテーブルの向かいに座ると、彼女は小さく首を傾げた。


「どうかしました、か?」

「ああ、いや、大したことじゃないんだけど……」


 いや、大したことかもしれないけど。結婚することでなにか不安になったりはしてないかと、ストレートに尋ねてみた。


「不安、ですか。それはいろいろありますけど、今はそれよりもわくわくする気持ちの方が強いような気がします、ね」

「わくわく?」

「ええ。冬夜さんたちときちんと家族となれることや、子供たちが生まれたらみんなでいろんな思い出を作ろうとか……。未来へのわくわく、です」


 不安よりも未来への期待の方が大きい、ということなんだろうか。


「でも、なんでいきなり? ……ははあ、お姉ちゃん、ですね?」

「え? あれっ、なんで……」

「最近、どこか上の空でしたから。お姉ちゃん、考え込むと長いんです。けれど、一度決めたらもう尾を引くことはないんで大丈夫ですよ」


 さすがは双子の妹。姉のことをしっかりとわかっているようだ。

 ところでさっきから気になっていたんですが。テーブルに積まれている、そして今も編んでいる『それ』ってひょっとして……。


「あ、はい。こっちがレッグウォーマーでこれがニット帽です、ね」


 僕はテーブルにあった小さな帽子を手に取った。柔らかで肌触りの良い糸で編まれたそれは、どう考えても赤ちゃん用であった。他にもロンパースや靴下、ベビースタイ、ベビーニットとちょっと多くね!?


「九人分です、から」

「いやいや。にしたって早すぎるでしょ……」

「早いに越したことはないと思います、よ?」


 いや、まだ『そういうこと』もしてないわけだしさ……。同時に生まれるわけでもないだろうし。

 なんだろう。リンゼの場合、『お嫁さん』をすっ飛ばして『お母さん』になっているような。もうすでに母性本能が活発に働いている? 働き過ぎな気もするが。

 まあ、悪いことではないけれど。

 あ、そうだ。引出物のことをリンゼにも聞いておこう。


「引出物……? 招待客に配る贈呈品でしたか? どんなもの、と言われても……。お菓子、とか?」


 お菓子ね……。ちょっと地味な気もするが、まあ、アリっちゃアリか。高級な食材を使った豪勢なケーキとかなら喜ばれるかもしれないし。


「あとはどういったものがいいかな?」

「うーん……。あ、今日はスゥのお泊まりの日ですから、その時にみんなに聞いてみればいいんじゃないですか?」


 リンゼが名案とばかりに手を叩く。んー……じゃあそうするか。

 みんなで同じ部屋に眠る『お泊まり』もだいぶ慣れてきた。まあ、僕だけいつもソファで寝てますけど。もう結婚するまではこのスタイルを貫く所存でございます。ヘタレと笑わば笑え。ちゃんとおやすみのキスは全員としているから自分的には満足だ。

 とりあえずみんなの意見を聞いて、カタログリストを作ろう。金額的にはどれくらいがいいのかな……。これは高坂さんあたりに聞かないとダメか。まったく忙しい。結婚式って大変だな……。





「簡単な魔道具とかでもいいんじゃないかしら? ほら、スマホの音楽機能だけをオルゴール的な物に付与するとか」

「それいい。欲しがると思う」


 黒いパジャマを着たリーンの言葉に、桃色パジャマ姿の桜が賛同する。音楽プレーヤーってとこか。貴族とかには喜ばれるかな。いや、自前で楽団とか持っているレベルの貴族はあまり欲しがらないかもしれないが。とりあえずスマホにメモっておこう。

 あいも変わらず、僕らは巨大なベッドの上で話し合っていた。ちなみにベッドの下では、琥珀、珊瑚&黒曜、紅玉、瑠璃、ポーラ、アルブスの従者団が、僕の作ってあげた地球のボードゲームで遊んでいる。ニャンタローは桜のお母さんであるフィオナさん付きなので来ていない。


『ぬっ!? 瑠璃! 貴様、そこは私が狙っていた土地だぞっ!』

『知らんよ。早い者勝ちさ。じゃあここに村を建てて、と』


 島を開拓して村や都市を造り、先にポイントを集めた者が勝利者となるゲームの大人数用だが、なかなか白熱しているようだ。しかし器用にサイコロとか振るなぁ。

 一応これもカタログリストに載せておくか。

 エルゼに端を発したマリッジブルーは、幸いなことに他はスゥがちょっとホームシックになっているだけで助かった。

 ホームシックというか、結婚したら親であるオルトリンデ公爵夫妻や生まれたばかりの弟エドワード、さらにずっとお世話をしてきた執事のレイムさんとも離れることになるため、寂しくなるといったものだ。

 転移門でいつでも好きな時に里帰りしてもいいと伝えてはあるので、そこまでの不安ではなかったようだが。


「わらわはみんなと新しい家族を作るのじゃ。寂しくなんかないぞ」


 強がりでもそう言ってくれたスゥがとても愛しくて、思わず抱きしめてしまった。この子を寂しくなんかさせないぞ。オルトリンデ公爵にも申し訳ない。


わたくしなら豪華な調理セットなど欲しいですけど」

「うーん、でもそれってコック長とかが欲しい物では?」


 ルーとユミナがそんな話をしている。確かに王侯貴族で料理が趣味という者は少ないと思う。しかし、僕らの結婚式には貴族とかだけではなく、一般の人……例えば『銀月』のミカさんやドランさん、『武器屋熊八』のバラルさん、喫茶店『パレント』のアエルさんなんかも招待している。

 彼らなら欲しがる可能性は高い。実用的だし、仕事に使えるかもだし。一応、入れとこう。


「ちなみに『ちきゅう』ではどんなものを送るんです、か?」

「ん? 見てみる?」


 僕はリンゼの質問に、スマホで検索したカタログの一部を空中に投影させた。

 主に料理とか食材が浮かんでいる。当然のように反応したのは八重とルーであった。


「おおー。この肉料理、美味そうでござるな……」

「本当に! 一度食べてみたいですわ!」

「新婚旅行で向こうに行ったら食べような」


 世界神様に許可はもらっている。あくまで新入りの神とその眷属の研修旅行という体裁を取ってはいるが。

 その夜、遅くまで僕らはカタログギフトのリスト作成にいろいろと話し合った。婚約者との夜の過ごし方としては、いささか色気がないことは否めない。

 もう少しいちゃいちゃしてもよかったかと、少し反省している。むう。








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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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