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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第30章 世界の管理者、東へ西へ。
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#439 ノキアの闇、そして脱出路。





「ふん、イプティマスの奴やられやがったか……。使えん奴め。小娘一人に振り回されおって……」


 男は思念の切れた召喚獣に毒づいた。城のバルコニーに出ると、冷たい風とともに険しい山々の間に建ち並ぶ街並みが見える。ノキア王国の王都シェンバラは、山岳地帯に囲まれた天険の要塞であった。城下町のいたるところで黄色い長三角の国旗がたなびいている。

 男はこの国の全軍を率いる総司令官を任された軍務卿であった。身にまとう黒衣の長袍ちょうほうと、首から下げられた、金銀珊瑚、瑪瑙などで作られた玉飾りがその地位を表している。

 年の頃は二十代半ば。赤髪で背は高く、顎髭はないが口髭が生えている。城下を見下ろす垂れ目がちな両の眼は澱んだ光をたたえていた。

 ガチャリと扉が開かれて、一人の男が部屋へと入ってくる。男は背筋の曲がった小男で、青いほうを着ていた。これは武官の地位を表している。つまり軍務卿である男の部下だ。


『お呼びでしょうか、カナザ様……』

「イプティマスがやられた。パフィアがブリュンヒルドを味方につけたようだ。忌々しい奴よ。諦めて我の人形となればいいものを……」

『ブリュンヒルドなど恐るるに足りませぬ。「エルクスの遺産」を受け継いだカナザ様の足下にも及びますまい』

「ふん、当然だ」


 青い袍の小男は唇を全く動かさずに声を発した。発した声はこの男の声ではない。カナザが取り憑かせた悪霊スペクターの声である。

 すでにこの小男の意識は無く、憑依術師たるカナザの操り人形と化していた。


「ゼベータ。お前がイプティマスの仕事を引き継げ。パフィアを攫ってこい。できなければ殺せ」

『御意』

「それとベッドの上の女を片付けろ。いつも通り奴隷商人に売り渡してこい」


 ちらりとゼベータと呼ばれた小男が、ベッドの上で白目を剥いて気絶している全裸の女を見遣る。この女は伯爵令嬢……だった娘だ。カナザの手によりこの娘の父である伯爵は多大な借金を背負い、自殺した。

 確かその借金を肩代わりする名目で、娘を手に入れたはずだが。


『もうよろしいので? 手に入れるのに苦労なさったのでは?』

「言うことのきかぬ女などいらぬわ。一晩で充分だ」


 もう興味はないとばかりにカナザが言い放ち、部屋を出て行く。

 部屋に残されたゼベータがよく見ると、女の身体のあちこちに鞭で叩いたような痕がある。おそらくかなり抵抗したのではないだろうか。

 カナザの憑依術は心の強い人間にはきかない。この娘は父の借金を背負いながらも心は折れていなかったのだろう。

 ゆえに、心を折ろうとカナザが無茶をした成れの果てがこの娘の姿だった。


『相変わらず人間の心の隙を突くのが下手なお方だ。もう少し人心を堕とすすべを身につければ、稀代の憑依術師になれように』


 主人の批判を口にしながら、ゼベータはベッドの上に横たわる女を宙に浮かび上がらせた。全身傷だらけである。元伯爵令嬢とはいえ、これは安く買い叩かれるな、とため息をついた。



          ◇ ◇ ◇



「ほほう。ここがノキア王国の王都でござるか」


 キョロキョロと物珍しそうに八重が周囲に目を配らせる。

 ノキアの王都、シェンバラは雰囲気としてはミスミドの王都、ベルジュに似ていた。しかし建物は日干しレンガではなく、木の柱と漆喰でできており、どちらかというとイーシェン寄りにも思える。様々な家が立ち並び、そこらかしこに長三角の黄色い国旗がはためいていた。

 時空神たる時江の転移術で、冬夜の婚約者フィアンセである、ユミナ、ルー、エルゼ、リンゼ、八重、ヒルダ、スゥ、リーン、桜の九人と、案内役であるパフィア王女に侍女のリシア、それに熊のぬいぐるみが一匹、ノキアの王都へと足を踏み入れた。

 パフィア王女は追われる身であるから、その姿をフード付きのマントで隠している。もっとも他の者も同じ姿なのであるが。

 ノキアはほとんど鎖国状態の国なので、あまり他民族がいない。そのため、服装からして目立つのである。まずはこの国の服を手に入れる必要があった。

 パフィア王女もノキアの民族衣装は二、三着しか持っておらず、サイズも合わないので、現地で買うことにしたのである。


「あそこに入りましょう」


 王女の侍女であるリシアが指定した服飾店にぞろぞろとみんな揃って入店する。店内はかなり大きく、色とりどりの様々な衣装が棚やハンガーに並べてあった。服だけではなく、帽子や襟巻き、アクセサリーといったたぐいのものまで揃っている。


「ノキアの服って色がカラフルですわね」

「そうです、ね。町の人たちを見て思いましたけど、一色で統一するより、いろんな色を身に付けるのがオシャレみたい、です」


 並んでいる服を手に取りながらルーがそうつぶやくと、小さく頷いてリンゼが答えた。もちろん、色の組み合わせにセンスを問われるのであろうが。ただたくさんの色を身につければいいというものではないはずだ。


「服と合わせるアクセサリーもいっぱいあるのう。ジャラジャラたくさん身に付けるのはあまり好きではないんじゃが」


 スゥが壁に設置してある棒にぶら下がるたくさんのネックレスを見ながら眉をしかめた。


「それぞれ身に付ける宝石や石によって意味があるんです。例えば男女共通だと、瑪瑙は独身者を表し、翡翠は既婚者を。男女別だと、虎目石は長男を表し、紫水晶は長女を表したりといった風に」

「なるほど。一目でその人の人物像がある程度わかるわけですか」


 リシアの説明にユミナが感心したように頷く。とはいえ、馬鹿正直に敵地でプロフィールを語る必要はないので、アクセサリーの方はパフィア王女が適当に組み合わせることにした。

 帯はこの色が、帽子はこっちの方が、と賑やかにコーディネートを楽しむ。この場に冬夜がいたのなら、長い待ち時間に間違いなくげんなりとしていたことだろう。

 一人さっさと自分の服を決めた時江は着衣に手間取っているスゥを手伝っていた。


「はい、これでいいわ」

「おばあちゃん、ありがとうなのじゃ!」


 スゥは笑顔で時江に抱きついた。スゥはすっかり時江に懐いてしまっている。もともとスゥはおばあちゃんっ子の気質があったので、優しくて品のいい時江をいっぺんで好きになった。リンゼとメルたちが習っている編み物を自分も習おうと考えている。

 他のみんなもあらかた着替え終わったようだった。ちなみにパフィア王女とリシアだけは未だにフード付きのローブを着たままである。

 その下には同じような衣装を身につけているが、王女ということがバレてはマズい。どこでカナザの目が光っているかわからないからだ。リシアも知り合いがいないとは限らないので、念には念を入れてフードをかぶっている。

 冬夜がいれば、無属性魔法の【ミラージュ】で姿を変えるところだ。光魔法の【インビジブル】でパフィアたちだけが姿を消してしまうと、こちらからは認識できないので、それもまた面倒なのである。それに【インビジブル】は人の密集した場所とは相性が悪い。

 全員が着替え終わるとユミナたちは代金を払って店を出た。賑わう通りでも、どこか風変わりな一団と見られる感はあるが、特に注意を引かれることはなかった。


「さて、ここからが問題よね」


 エルゼが買ったばかりの服の襟を正しながら、遠くに見えるノキアの王城に視線を向けた。

 ノキアの王城は小高い山の上に、さらに高い白壁でそびえ立つ白亜の宮殿である。山の上に建てられたというより、まるで山そのものが宮殿のような様相を見せていた。

 もともとノキアの宮殿は古代遺跡のあった場所に建てられたもので、パフィア王女の話では、王宮の地下にはいくつかのダンジョンが今でも存在するらしい。彼女が使った合成魔法もそのダンジョンで見つかった魔法書から会得したものだという。


「まずは父様と姉様になんとか連絡を取らないと……」

「ですが王宮にはそのカナザという黒幕の軍務卿がいるんですよね?」

「そやつの操り人形と化した人たちも、でござる。王宮はまさに魔窟と化しているでござろう」

 

 パフィア王女の言葉にヒルダと八重が答える。

 王宮ともなるとパフィア王女を知っている人間も多いだろう。それだけカナザに発見されるリスクも大きくなるし、あまり事を荒げると、無関係な犠牲者が出るやもしれぬ。カナザに操られている人間とて決して悪人というわけではないのだ。


「冬夜さんがいれば転移魔法を使ってもらって忍び込めるかもしれません、けど……」


 ちらりとリンゼが同じ転移魔法を操る時江に視線を向けると、優しげな老婆はにっこりと微笑みながら口を開いた。


「確かに私ならみんなをあのお城の中へと送れるけれど、貴女たちはそれでいいのかしら? 冬夜君にあれだけ自分たちの力で、と言っておいて、すぐに私の力を借りてはちょっと格好がつかないのではなくて?」

「……確かにちょっと情けないです、ね」

「ですわね。ここは時江様のお力添え無しでいきましょう。わたくしたちならできるはずですわ」


 ルーの言葉にみんなが小さく頷く。その中で桜がビシッと手を上げた。


「私なら【テレポート】で城内に入れるかもしれない。【ゲート】と違って【テレポート】は阻害されにくいから」

「確かに【テレポート】は【ゲート】のように一度行ったところじゃないと転移できないというわけじゃないけど、貴女、ダーリンみたいに複数人連れて跳べる?」

「……むう。一人、二人ずつなら、なんとか」

「転移先がわからないから、最悪そのカナザの真正面に転移するかもしれないわよ?」

「ぬぐう……」


 【テレポート】は方角と距離を設定して転移する魔法だ。その設定は術者の感覚によるものが大きい。例えていうなら離れたゴミ箱に空き缶を投げ入れる行為に近い。

 運良く入ればいいが、ズレると狙ったところには入らないのだ。もちろん練習次第でピンポイントに投げ入れることができるようになるが、転移先がわからないということは、これに目隠しをされるようなものである。

 【テレポート】が長距離転移に向かないのはそういった感覚頼りな部分があるからである。もちろん見えてる範囲でそこまでズレを気にしないのなら、かなり使える魔法なのは言うまでもない。


「下手に転移して見つかり、警戒を強めてしまうのは避けた方がいいかもしれませんね」

「とりあえず連絡が取れればいいのじゃし、ユミナ姉様か桜が召喚獣を呼び出して、王宮に行ってもらうってのはどうじゃ?」

「私は王様にもらった指輪の魔力がニャンタローに直結しているし、ニャンタロー以外を呼び出すと自身の魔力が持たなくなるかもしれないからダメ。そしてニャンタローは隠密行動には向いていない。……猫のくせに」

「私も隠密行動向けな召喚獣は契約してません。新たに、となると、狙った子が来てくれるかどうか……」

「あ、そうか。冬夜が簡単にやってたからてっきり勘違いしてたわね……」

「召喚獣って本当は何が召喚されるかわからないものだから、ね。冬夜さんは自由に呼び出してる、けど」

「むむむ、どうするでござるかなあ」

「あ、あのう……」


 井戸端会議のように話し合いをしている外から、躊躇いがちにパフィア王女の手が挙がり、みんなの視線が集まる。


「その、王族の者しか知らない、秘密の通路があります。そこを使えば王宮内に人知れず潜入できるかも……。す、すみません、なんか言い出すタイミングが掴めなくて……!」


 先に言えよ、とばかりの九つの視線と沈黙に、パフィアが小さくなる。


「……こほん。で、その秘密の通路とは?」


 咳払いをひとつして、ルーが尋ねた。


「城内まで敵に攻められたときの脱出ルートです。ほとんど……というか一切使われたことはないので、私も詳しくはわからないのですが」


 建国以来、天険の要塞としてほぼ鎖国を続けてきたノキア王国である。長い歴史の中で幾度となくユーロンに攻められたが、王都まで攻められたことは一度たりとてない。脱出路が未使用というのも頷ける……というか大抵が使われる時は国が終わる時なので、ほとんどの国でもそうだろう。

 王宮から王族などが逃げ出すため、緊急時の脱出路などは必ず作られるものである。ベルファスト王国の城にもあったし、そのベルファスト城をモデルにしたブリュンヒルドの城にも一応存在する。

 パフィア王女の提案とは、この避難通路を逆手に取って、王宮内へ忍び込もうというものだった。


「王様の脱出路でござるか。それって我々に話してもよいので?」

「もはやそのような状況ではないので。それにもともとこの通路はダンジョンの一部を利用して作られているので、脱出路には向きません。全てが片付いたら作り直します」


 国王たる父に相談してから、というのが本来なら正しいのだろう。が、すでに国を乗っ取られているも同じような状況である。そのような些事にこだわっていたら動くこともできないとパフィアは判断した。どのみちこのままではノキアはカナザの手に落ちてしまう。順番を間違えるわけにはいかない。まずは床に伏せる父王と姉の安全を確保しなければ。


「それでその脱出路はどこにあるんです、か?」

「王都の北に王家所有の鉱山があります。その中に」

「なるほどのう。よし! じゃあそこへ向けて出発じゃ!」

「待って、スゥ。王家所有の、といったでしょう? それなりに警備の者もいるはず。ここは夜まで待った方がいいわ」

「確かに。昼間にそのような場所をこの人数でウロついていたら怪しさ大爆発ですわね。それに王宮も夜の方が人が少ないでしょうし」


 勢い込んで飛び出そうとするスゥをユミナとルーが止める。不満気ではあるが、スゥも納得したので黙って従った。


「となると、夜までどうする?」

「宿をとって夜に備えて寝る」


 エルゼの言葉に桜が即答する。ある意味、正しい答えだった。体力温存は基本である。


「その前に食事にしませんこと? せっかく来たのですから、ノキアのお料理を味わってみたいですわ!」

「いいでござるな! 腹が減っては戦ができぬ。何事もまずは腹ごしらえでござる!」


 ルーの提案に八重がすぐに賛同した。食に関してはこの二人、抜群のコンビネーションを発揮する。

 城でも試験的に作ったルーの料理を食べる機会は八重が圧倒的に多い。ルーはたくさんの試行錯誤をしてみたいが、食材を無駄にするのはやはりはばかられる。

 しかし大食らいの八重がいれば料理は無駄にならない。明らかな失敗作でなければどんな料理も八重は喜んで食べるからだ。その上、きちんと味に対しての意見を述べるてくれるので、ルーとしてはありがたかった。

 そんな二人がノキアの料理を欲するのは当然の成り行きとも言える。

 他のみんなも食事をすることについてはなんの文句もないので、反対の手は挙がらない。


「では羊肉などはどうでしょう。薄切りの羊肉と新鮮な野菜を甘辛なスパイスで炒めた料理や、小麦の皮で羊肉を混ぜた具を巾着のように包んだ料理などがありますが」


 フードを被ったままのパフィア王女の侍女、リシアが口を開く。パフィアは王都で生まれ暮らしても、そこのレストランや食事処に入ったことなど一度もない。その点、リシアは学生時代に王都で何回かは外食をしていたので、いくらかは明るい。もっとも彼女も貴族の出身なので、まだマシ、というレベルではあるのだが。

 とにかくみんなで食事ということに決まったので、移動することにした。その後は宿を決め、夜まで雌伏の時を過ごす。

 決行は今夜。長い夜が始まる。









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