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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第30章 世界の管理者、東へ西へ。
435/637

#435 ノキアの王女、そして思惑。





 ショートカットにされた栗色の髪に切長の目、そして自信に溢れたような笑みを浮かべた口元。可愛いというよりは美人系の顔立ちだ。

 ノキア王国第二王女、パフィア・ラダ・ノキアと名乗った少女は、僕に対して臆することなくその目を向ける。こちらを値踏みするかのような視線だな。決して蔑んでいるような目ではないので嫌悪感はないが、あまり気持ちのいいものでもない。

 

「お話は承りましたわ。パフィア王女殿下。けれど、このことに限っては公王陛下一人では決めることはできませんの。婚約者たるわたくしたち九人の同意がなくては」


 微笑みを浮かべて口を開いたのは、僕の隣に控えていたリーン。外交モードなのかいつもと言葉遣いが違う。


「失礼ですが、あなた様は? 口ぶりから公王陛下の婚約者様であるお一人とお見受けいたしますが」

「これは失礼を。元妖精族の長にしてブリュンヒルド公国の宮廷魔術師筆頭、そして公王陛下の婚約者であるリーンと申します」


 優雅にリーンがスカートの端をつまみ、カーテシーによる挨拶を送る。宮廷魔術師筆頭って、今のところリーンしかいないんだが。


「リーン様。先ほども申しました通り、なにとぞわたくしも末席にお加え下さりませんでしょうか。決してこの国に損はさせません」

「さて……。損はさせぬと申されても、そもそも損得で公王陛下はわたくしたちを娶ろうとしているわけではありませんので……。返答に窮しますが」

「ではいかなる基準にてお相手をお決めに? 文武、容姿、家柄、どれを取っても決して劣らぬと自負しておりますが」

「それはそれは。よほど自信がおありのようですわね。ですがノキア王国はあまり外国と交流がないと聞きます。殿下が思うより、世界は広いと思いますよ?」


 え、なにこの応酬。さっきからリーンとパフィア王女の間にバチバチとした火花が見えるんだけれども。


「……突然の申し出にて、すぐにはこちらとしても返答できませぬ。しばし時間をいただきたいが……いかがかな、ヤンチェ大使?」


 高坂さんがリーンとパフィア王女のやり取りに、オロオロとして目をキョドらせていた大使に声をかける。渡りに船とばかりに、ヤンチェ大使はぶんぶんと首を縦に振った。


「そ、そ、それはもう! ごゆっくりとお考え下さい! 色好い返事をお待ちしておりますゆえ」

「メイド長、大使と姫君たちをゲストルームへご案内して差し上げろ」

「はい。どうぞこちらへ」


 控えていたメイド長のラピスさんが歩み寄り、三人を促す。

 ラピスさんに従って去る際に、パフィア王女がこちらにちらりと視線を向けたが、その瞳にはある種の決意のような光が感じられた。

 三人が立ち去ってから、僕は大きくため息をついた。あー、しんどい。


「何かと思えば政略結婚の申し出かよ……」

「意外と言えば意外でしたな」


 顎髭を撫でながら高坂さんがつぶやく。まあねえ。今まで付き合いのある国なら言い出したりはしなかったからねえ。


「これってブリュンヒルドというよりは、僕の力が目当てなんだろうな……」

「まあ、普通ならば。金ランクの冒険者にして世界を救った英雄。数百もの巨人兵を操り、いくつもの王国とよしみを結ぶ調停者……。世間的に見て、その力を欲しない者はおりませんよ」


 高坂さんの言う通り、僕の力を狙っての婚姻だと普通は考えるよな。親類縁者になればその力を利用できる、とか考えてんのかしら。


「そのへん、どうも引っかかるのよね。ノキア王国ってほとんど鎖国状態の国なんでしょう? わずかに魔王国ゼノアスと交流がある程度で、何度かの世界会議の招待にも参加しなかったし。変異種との戦いの時もダンマリだったほどの国が、なぜ急に外国との交流を持つ気になったのか。そしてなぜそれがブリュンヒルドなのか」


 リーンが腕組みしながら独り言のようにつぶやく。あれ、思ったよりも冷静だな。


「私たちがこんな展開を想定してなかったとでも? いつかはこういった色仕掛けがあるんじゃないかと思っていたわ」

「色仕掛けって。仕掛けられた覚えはないけど」

「これからかもよ。寝る時はきちんと部屋の鍵をかけて、夜這いされないようにね。転移系の魔法や魔道具アーティファクトを使われるかもしれないから、阻害結界もしっかりと。さすがに王女を傷物にしたとなれば、拒絶するのは難しいわ」


 それってどんな展開だよ!? なんで僕が襲われて負ける前提になってんの!?


「いやいやいや。こっちから手を出したりはしないし、仮に部屋に来られても無力化できるし」

「この場合、事実はどうでもいいのよ。深夜にダーリンの部屋にいたというだけで、世間はもうダーリンのお手付きになったと見るわ。もちろんあの大使もね。それだけで致命的よ。ダーリンが転移魔法を使えるのは世に知られているから、どう考えてもあなたの方が王女を呼び寄せたと見るだろうし」

「怖っ!?」


 そんなの無茶苦茶だろ。いくらなんでもそんなアホなこと……しない、よな?


「ま、本当にやられたらそれを逆手にとって、向こうを加害者に仕立て上げるけどね。ナイフの一つでも持たせれば、公王を狙う暗殺者の出来上がりだし」

「怖っ!?」

「そういうリスクもあるから夜這いの可能性は低いと思うけど。念のため注意してってことよ。魅惑系の魔道具を使われて、本当にあなたが襲っちゃう可能性もゼロじゃないんだから」


 いや、仮にももう神族なんでそういった力は効かないと思うんだけど、なんか不安になるな……。

 とりあえず部屋に【プリズン】を施しておいた方がいいか。神器でもない限り絶対に入れないわけだから、向こうがその気で来てもどうしようもないだろう。


「ちなみにダーリンはあの子を見てどう思った?」

「んー……。綺麗な子だとは思ったよ。でも正直に言って心は動かなかったかな。あの目は僕本人じゃなく、その地位とか力に向けられたものが大部分な気もしたし。僕への好意から結婚したい、ってわけじゃないんだろ。自分を道具のように売り込むところも嫌だな」


 あの子の本質はそれだけではないとは思うが、あまり好印象は持たなかった。少なくとも一目惚れはしていない。

 ルーやヒルダとかの場合は彼女たちからの好意を確かに感じられた。それは僕の地位とか肩書きではなく、僕本人へ向けられたものだった。彼女パフィアとは違う。

 それになんというか……恋だの愛だの言う前に、彼女には使命とか責任みたいな感情がちらほら感じられるんだよね。悪い人間とは思えないんだけど。


「私も同じように感じたわ。あの子は『望月冬夜を大切に想っている』という、私たちの仲間になる最低条件を満たしていないのよ。その時点でまずアウトなの。悪いけど、私は認められない」


 リーンがそう言ってスマホを取り出すと、素早い指さばきでメールを打ち始めた。なにしてんの?


「私たちは私たちで会議をしなくちゃならないからね」


 会議ってアレか? 前に大樹海のパムがやって来た時に開かれた『嫁会議』?

 僕との間に子供をと望むパムをはねつけたあの会議だよな、たぶん。あの時はまだリーンはいなかったけれども。

 メールを打っているリーンをよそに、僕は椿さんを手招きで引き寄せる。


「とりあえず情報が欲しい。ノキア王国のことをちょっと調べて来てもらえるかな?」

「はっ。すぐに何名かを向かわせます」


 そう答えると彼女はその場からふっと消えた。

 椿さんを頭領とする騎士団諜報部隊には、転移系も始め、様々な魔道具アーティファクトを貸し与えている。それを使えばノキアまで行って帰ってくるのに二日もかかるまい。

 いかなる天険の地であろうとも、諸刃姉さんや武流叔父に鍛えられた彼らの行く手は阻めない。必ずなにか情報を持ち帰るはずだ。

 ま、持ち帰るっていうか、電話一本ですむだろうけどさ。

 縁談を断るのは簡単だが、ちょっと気になることもある。僕の方も情報を集めてみるか。





『すまんがわからん。本当にノキアとは少しの付き合いしかないんでな。向こうでなにか政変があったとしても、あちらから言ってこん限りはこちらも知る由はない。こう言ったらなんだが、ウチの方としてはノキアになんの関心もなかったからな』

「そうですか……」


 魔王国ゼノアスの魔王陛下に電話をしてみたが、返ってきた言葉は予想した通りだった。

 ノキアと地続きで隣国といっても、わずかな土地が接しているだけで、基本的にどちらも鎖国に近い国だったからな。お互いに無関心になるのは仕方のないことなのかもしれない。


『少し前に二世界会議についての招待状を送ったとき、「国内でちょっとした騒ぎがあって、それに対処するのに忙しいから遠慮する」みたいなことを返してきたが……』

「クーデターでもあったんですかね?」

『それはちょっとどころの話じゃないだろ……。ただ、ユーロンが滅んでいくらかのユーロン人はその周辺諸国へと流れた。ノキアはゼノアスと同じように厳しい地だし、ノキアの人々はユーロン人を嫌っていたからそれほど流れなかったと聞くが、ゼロではあるまい。そのノキアに流れたユーロン人がなにか騒ぎを起こしたとも考えられる」


 うーん……。まさか、と言い切れないとこがあるなあ。

 とにかくユーロンの人間は物事を大きくするところがある。千を万と言い、万を億と騒ぎ立てる。ユーロン人が数を口に出したらその十分の一だと思え、と言われるくらいだ。

 外の情勢をなにも知らないノキアにそのユーロン人が流れ込んで、あることないこと流言し始めたら、国がちょっとしたパニックになることくらいあってもおかしくない……か?


「ゼノアスの方にも少しは流れたんでしょう?」

『確かにうちにも変な噂は飛び交ったが、すぐに鎮火したな。基本的にユーロン人が情報源だとわかると魔族は信じないしな』


 信用ないんだなあ。まあ僕もそう思うけども。

 東方大陸東部……イーシェンを除いた、ゼノアス、ハノック、フェルゼン、ホルン、レスティアなどで問題を起こしているのはほとんどがユーロン関連だからな。なにを信じろと言うのか。

 だけどノキアはユーロンの圧政から反発して建国されたという背景がある。つまりユーロンを一番嫌いな国なのだ。そう簡単に流言などには惑わされないと思うんだけどな。

 ま、今はなんとも判断しようがないか。

 ノキアの話はこれで終わりと、今度は娘である桜の近況を根掘り葉掘り聞いてくるウザい魔王陛下との電話を適当に答えて切る。

 着信拒否されているわけではないそうだけど、会話をぶった切られているらしい。


『おお、ファルネーゼ。元気……』

『元気』

『フィアナも……』

『お母さんも元気』

『今度一緒に……』

『忙しい。無理。また』


 で、プツンと切られたとか。相変わらず桜は魔王陛下に容赦がないな……。電話に出てくれるだけ進歩したとも言えるが。

 桜はフィアナさんが校長を務める学校で、臨時職員のような仕事をしている。まあ簡単にいうと、子供達に歌や楽器を教えているのだ。護衛として騎士団員でダークエルフのスピカさんも一緒である。

 そう。いつもならこの時間、桜はスピカさんと一緒に学校にいる。

 しかし今日はいない。なぜなら今ごろみんなで『会議』しているはずだから。


「まあ、パムの時と似たような感じだから、断る方向で舵を切ると思うけど……」


 あの子(パフィア)は間違いなく僕に恋愛感情などは持っていない。それは断言できる。

 なぜかって?

 そんなものを持っていたら、いの一番にニマニマして飛んでくるような恋愛の神様がここにいないからさ。

 ひょっとして『嫁会議』の方に行ってるんじゃなかろうな……。進行役とか言って。ややこしいことになるからやめてもらいたい。

 僕がそんな思いを巡らせていると、リーンから電話が入った。


「もしもし?」

『あ、ダーリン? とりあえず明日、パフィア王女とみんなで会うことになったわ。私以外はみんな直接話してもいないから、判断に決め手を欠くって。実際に会ってからということね』

「九割がた決まっているような気がするけど」

『それでもきちんと会って話さないと、礼儀を欠くことになりかねないしね。なんてったって王女様本人が乗り込んで来ているんだし』


 まあ、そうか。さすがに対応としてはまずいかな。それを気にしないなら謁見の間でズバンと断ればよかったわけで。


『ともかく明日までダーリンはあの子と接触しないでね。色々と問題になるかもしれないから。夜は誰かと一緒にいた方がいいんだけど……ふふっ、私たち誰かの部屋に来る?』

「イエソレハ」


 からかうようなリーンの声にドキッとなりつつも声をなんとか絞り出す。

 確かに夜通し婚約者の部屋にいたならば、変な色仕掛けとやらも無駄に終わるだろうけどさ。


「まあ、一応そこらへんは解決方法がないわけじゃないんだが」


 僕はリーンとの電話を切り、『連絡先』から電話をかけた。





「おっと、それポン」


 レグルス皇帝陛下の捨てた一萬イーマンを取る。よし、清老頭チンロウトウまでもうちょっと。


「しかしなにかと思えば麻雀のお誘いとは……。まあ、暇してたんでちょうど良かったけどよ」


 ミスミドの獣王陛下が山からツモって、捨てる。卓を囲んでいるのは僕、レグルス皇帝、ミスミド国王、リーフリース皇王の四人だ。ベルファストの国王陛下はヤマト王子の世話があるからと断られた。まだ夜泣きするのかね。


「たまには付き合って下さいよ。今夜はちょっと戻れないんですよ」

「なんだ? ルーシアたちを怒らせでもしたのか?」

「いかんなあ。結婚は初めが肝心だぞ。最初にガツンと言っとかんと、ずっと顔色を伺うようになる」


 まだ結婚してませんて。そうはいうが、リーフリース皇王だってゼルダ王妃に頭が上がらないのを僕は知っているぞ。ああ、実体験からか。

 ルーの父親でもあるレグルス皇帝陛下を心配させるわけにもいかないので、現在起こっていることを簡単に話した。


「ノキアがそんな手に出たか。意外だな」

「ろくすっぽ外交もしねえのに、突然やってくるなんてなにか裏がありそうだな」

「他国の王族同士が婚姻によって関係を深めるのは、なにもおかしいことではないが……」


 ああ、そういやリーフリースのリディス皇子とミスミドのティア王女は最近婚約したんだっけ? すると皇王と獣王は親戚になるのか。

 かつて差別の対象であった獣人も、すでに過去のことになりつつある。特にリーフリース皇国はそこらへんがかなり顕著で、あの国で差別的行為が行われることは少ないらしい。陽気な人たちが多いからかね。


「冬夜殿は受け入れる気はないのか? もう九人も十人も関係あるまい?」

「いやいや。少なくとも今のところはないです。押し付けられた結婚相手なんかお互いに不幸なだけですって」

「そうでもないぞ? 結婚してから少しずつ相手を知っていくってのも、それはそれでいいもんだ」


 そんなもんかねえ。僕はミスミド獣王の言葉にイマイチピンとこないんだが、こういうことは人それぞれだしなぁ。


「向こうがなにを考えてるのか見極めて……と、それポン」


 リーフリース皇王が捨てた一筒イーピンを鳴く。


「む、清老頭チンロウトウか?」


 さすがにバレるか。あとはツモるしかないかな。手牌からいらない三筒を捨てる。


「おっと、鳴いて飛び出す当たり牌……ロン。四暗刻単騎」

「げ!?」

「うおっ、皇帝陛下容赦ねえな!」

「危ない危ない。三筒持ってたわ。助かった」


 くゥ……さすがに単騎待ちは読むのは難しい。まあいい、夜は長い。

 王様たちの後ろに立つ各国護衛の騎士らには悪いけど、今日は朝まで付き合ってもらう。僕の部屋には【プリズン】をかけてきたし、これだけアリバイの証人がいればおかしなことにはなるまい。

 点棒を皇帝陛下に払い、僕は次のゲームへと気持ちを切り替えた。

 明日は婚約者みんなとパフィア王女が対面する。とにかくまずはそれからだ。

 配られた手牌を揃えながら、僕は深く息をついた。








■アニメ公式サイトの方でPV第一弾が公開されました。こうして形になるとなんとも言えぬ喜びがあります。音楽もほのぼのとしていてとても素敵です。

さらに5/23(火)にはアニメ制作発表会があります。今から楽しみです。よろしくお願い致します。


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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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