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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第30章 世界の管理者、東へ西へ。
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#434 編み物、そしてノキアの使者。





 時江おばあちゃんをブリュンヒルドの城へ連れて行くと、やはりというか驚かれた。主に婚約者フィアンセのみんなにだが。

 彼女たちは僕の取り巻く状況を知っているから、すぐに時江おばあちゃんの正体を察したらしい。

 ちなみに世界神様は降りてきてない。なんだかんだで忙しいようだ。

 くじで選ばれた他の神々もまだ降りてはきていない。時江おばあちゃんだけ先行して降りてきたのだ。この世界のボロボロになった結界を元に戻すために。

 城のバルコニーにある椅子に腰掛けた時江おばあちゃんは、テーブルの上にあるものを広げた。


「それはなんですか?」

「これはね、この世界の『結界』をわかりやすく可視化したものよ。かなり痛んで穴だらけでしょう?」


 うん、確かに穴だらけだし、ボロボロでひどいもんだ。

 だけど、なにゆえにセーター?

 全体的にはグレーで、その上に色んな色で模様の描かれたセーターがテーブルの上に乗っていた。ところどころ虫が食ったように穴が空いていて、酷いところは握り拳ほどの穴がある。


「なんでセーターなんです……?」

「別にセーターじゃなくてもいいのだけれど、わかりやすいかと思って。どこを直したかわからなくなっちゃうと面倒でしょう? これを修復させると同時に結界も直していくの。一目でどこまで直ったかわかるじゃない。まあ、私が編み物好きってのもあるのだけれど」


 なるほど。このセーターはいわば進行表か。セーターが完成すると同時に結界も修復が終了する、と。

 本来の神様パワーを使えるのなら一瞬で直せるそうだが、人化している状態だとこんなもんらしい。それでも充分すごいが。


「今日から毎日、少しずつ直していくわ。丁寧にやらないとすぐにまた穴が空いてしまうだろうから」

「よろしくお願いします」

「堅いわね。自分のおばあちゃんなんだから、もっと気楽になさいな」


 頭を下げた僕にダメ出しをする時江おばあちゃん。一応頼む立場だし、神としても人としても目上だから気を使ったんだが。


「わかった。じゃあよろしく頼むね」

「ええ。任せておきなさい」


 時江おばあちゃんは小さく頷いて微笑んだ。その日からバルコニーのその位置は時江おばあちゃんの定位置となったのである。





「そこはこう……そうそう、それでいいの。コツを覚えればすぐに慣れるわよ」

「はい!」


 時江おばあちゃんの言葉にリンゼが嬉しそうに答えた。バルコニーで編み物を編む四人の女性に、僕はなんとも不思議な感覚になる。

 バルコニーのテーブル席には時江おばあちゃんを中心として、リンゼ、メル、ネイの三人が編み棒を動かしていた。どういう組み合わせなんだ、あれ……。人間と神様と、フレイズの王様、その御付きって。


「リンゼさんは以前から編み物に興味があったようですよ〜。メルさんも唯一の得意分野らしいです。ネイさんはメルさんにくっついてきただけだと思いますけど〜」


 こちらのテーブルに紅茶を注ぎながらメイドのセシルさんが教えてくれた。そうなのか。


「メルは結晶界フレイジアにいた頃に独学で覚えたんだよ。僕のためにね。このマフラーも彼女の手作りなんだ」


 対面に座ったエンデが自慢するように自分のマフラーを手にしてみせた。この野郎、ノロケか。悔しくなんかないぞ。……リンゼが編んでいるやつ、僕のだといいな……。

 ごゆっくり〜、と間延びした声でセシルさんが出ていくと、エンデが前のめりになって小声で話してくる。


「で、冬夜の祖母ってことは、あの方も普通の方じゃないんだろ?」

「その言い方はちょっと引っかかるな……。まあ、そうだけど。時空神様だ」

「やっぱり。冬夜と付き合っていると何が常識かわからなくなるよ」


 エンデが椅子にもたれて大きくため息をつく。ちょっとカチンとくるな。


「あのな。どっちかっていうと、これはお前たちの側が原因なんだぞ? フレイズが空けまくった結界の綻びを直すために来てくれてるんだから。僕のせいじゃない」

「いや、それはネイとかに言ってよ。正確にはユラの馬鹿のせいだけどさ。あいつがメルを狙わなければこんなことにならなかったんだから」


 いや、そもそもはお前がメルと駆け落ちしたからじゃないのか? まあ、ここで責任うんぬんを言っても仕方がないのだけれど。


「それでエンデたちはこれからどうするんだ?」


 もはや追っ手もいない。誰はばかることなく生きていくことができるはずだが。お茶を飲みながらエンデの答えを待つ。


「それがさ……。僕はメルに自分の世界に来てほしかったんだ。結晶界あそこじゃメルは自由に生きられない。僕らが結ばれるためにはメルがより高位な存在として進化しなくてはならなかった。そのために核の状態となり、世界を渡りながら様々な力を蓄えて世界の階段を登っていき、いずれは僕の世界へ共に向かう……はずだったんだけど」


 そこでがっくりとエンデが肩を落とす。なんだなんだ、どうした。


「実は僕の世界もメルの世界と同じくらい『食』というものに関心がなくてさ。正直にいうと食べ物といったら飲み物のような流動物ばっかりなんだよね。今までメルは食べ物を口にしなかったから説明しなかったけど、それを教えたら行くの嫌がっちゃって……」

「え、そんなことで?」

「いや、気持ちはわかるんだ。僕も自分の世界を飛び出して、初めて『食』というものに興味を持ったから。『食』のない世界も多かったけど、そういう世界はだいたいつまらないんで、すぐに渡ってしまったし」


 そういや初めてこいつと出会った時もクレープを食べようとしていたな。


「つまりは美味いものを食べられなくなるからメルはお前について行くのは嫌、と」

「ハッキリ言わないでくれよ。食べ物に負けたみたいじゃないか……」

「いや、その通りだろ」


 フレイズの王も食べ物には敵わなかったってことか。なんともはや。


「しばらくはこの世界でゆっくりするよ。そしてなんとか料理を覚える……」


 餌で釣る気か? まあ、料理は覚えたほうがいいと思うけどな。特にお前のところは大食いが多いし。

 僕は横目でチラリとバルコニーのメルを覗き見た。楽しそうに微笑みながら、みんなと談笑している姿は普通の女の子に見える。


「……よく笑うようになったよな」

「……うん。なんだかんだあったけど、僕は冬夜に感謝しているよ。ありがとう」

「なんだよ、急に。よせやい、気持ち悪い」


 あらためてこいつにそんなことを言われるとなんか背中がムズムズする。照れ隠しというわけでもないが、カップに残っていたお茶を全部飲み干すと、ちょうどそのタイミングで部屋の扉が開き、シェスカが入室してきた。

 

「お茶のオかわりをお持ちしましタ。BLマスター」

「おい待てコラ、そこのアホメイド。変な勘違いすんな」


 しれっとした顔で毒を吐くメイドにツッコミを入れた僕だったが、妙な気配を感じて振り向くと、バルコニーから顔を赤くしたリンゼがこちらを凝視していた。ちょ、違うから!



          ◇ ◇ ◇



「ノキア王国から特使が?」

「はい。公王陛下への謁見を望んでおります」


 宰相である高坂さんから意外な話を聞かされ、僕はちょっと驚く。

 ノキア王国はユーロン地方の東に位置する王国だ。この国はどこの国とも正式に付き合わず、わずかに魔王国ゼノアスとやり取りがあるだけの国であった。

 隣国のフェルゼン魔法王国としか付き合わなかったホルン王国と似ているが、それに輪をかけて、鎖国状態の国だ。

 その原因はホルン王国と同じく、すでに滅んだ天帝国ユーロンにある。

 ノキア王国はもともとユーロンの圧政に反発した人たちが興した国である。人の立ち入ることが厳しい天険の山岳地帯へと閉じこもり、ユーロンからの侵略を逃れたという経緯があるのだ。

 それゆえ、ノキアを訪れる者は少なく、また、ノキアからやってきたという者も少ない。

 ここ数年のフレイズや変異種による世界規模の動乱に際しても、我関せずを貫き通した国である。

 そんな国から特使が来たというのだから、僕が驚くのも仕方がない。いったいどういった風の吹きまわしだろう。

 こう言ったらなんだが、うちは小国だ。これといった特産品もないし、遥々こっちまでやってくる理由が思い当たらない。世界同盟絡みだろうか。それならまだ少しは付き合いのある魔王国ゼノアスを通しそうなものだが。


「なんの用かはわからないけど、とりあえず会ってみようか」

「では、そのように」


 一時間後に会うと段取りを決めて、礼服に着替えることにする。あまりこういった服は着ないのだが、さすがに国の代表として謁見する時くらいは着るようにと言われているのだ。

 というか、世界同盟の王様たちと会う時の方がラフな格好なんだけどなぁ。

 服装としてはフォーマルなスーツだ。ゴテゴテと金刺繍やファーで飾り立てるのは趣味じゃない。ザナックさんのところで作ってもらったオーダーメイドの一品である。

 伸縮性のある魔獣の糸で作られたこの服は着心地もよく、通気性もバツグンだ。そしてその上からいつもとは違う黒のコートを着込む。

 これでシルクハットでも被っていたらどこの英国紳士だって感じだな。どこって英国に決まってるか。

 呼びに来たメイド長のラピスさんに先導され謁見の間へ向かう。

 当たり前だけどまだ特使はおらず、その代わり謁見の間には騎士団長のレインさんを始め、副団長のニコラさんとノルエさん、高坂さん、馬場の爺さん、山県、内藤のおっさんたち、そして諜報部隊の椿さんに、宮廷魔術師のリーンとみんな勢ぞろいしていた。

 一応、ブリュンヒルドの幹部連中である。見た目も大事だからと、城内警備の騎士たちもズラリと並ばされている。


「派手だねえ」

「向こうがどう出てくるかわからないしね。これくらいはしといた方がいいわ。舐められるのもよくないし」


 ちょっとやり過ぎじゃないかと思いながら玉座に座ると、左手に立ったリーンがそう返してきた。そんなもんかね。

 やがて謁見の間に三人の人物が現れた。先頭をいく一人は二十代半ばほどの、くすんだ赤や黄色といった、カラフルではあるが簡素なマントとローブ姿。茶髪を短く刈り込んだ男だった。こう言ったら失礼だが、あまりパッとしない。どこかオドオドとしているようにも見える。まあ、これだけ完全装備の騎士たちに囲まれたら仕方ないと思うけど。

 その後ろには二人の人物がつき従っている。こちらは簡素な緑のローブに全身を包んでいる上に、顔も伏せているので男か女か判断がつきにくい。髪の色は栗色と黒。長くはないが女性のような気がする。

 三人は僕の正面まで進み、そこで片膝をつく。


「お、お初にお目にかかります、公王陛下。ノキア王国外交官、ファロ・ヤンチェと申します」

「お立ちになって下さい、ヤンチェ大使。ようこそブリュンヒルドへ。公国公王、望月冬夜です」


 僕は玉座に座ったまま、彼に声をかける。本来なら近寄って握手の一つもしたいところだが、高坂さんに止められているのでできない。最初からこちらがフレンドリーに接すると、お互いの立場的に面倒なことになるんだってさ。


「して、ヤンチェ大使。此度こたびのご来訪、いかなるご用件でございましょうか?」

「は……。実は、その……」


 前置きもそこそこに、ズバンと切り込んだ高坂さんだったが、それに対してヤンチェ大使は歯切れの悪い返事を漏らした。

 『えー……』とか『そのー、ですね……』とか、なかなか用件を言おうとしない。この人、外交官として問題あるだろ……。


「あ! こ、公王陛下におかれましては、近々、ご結婚なされるそうで、お、おめでとうございます!」

「はあ……。ありがとうございます……?」


 え、なに? 結婚おめでとうの挨拶にきたの? わざわざ使いを立ててよこさんでも、手紙なり何なりくれればそれでいいのに。

 周りのみんなも気の抜けたような顔をしている。ノキア王国の人らってほとんど外交とかしないから、そういったこともよくわからないとか? まさか。


「お、お相手は九人もいらっしゃるとのことで、その豪気さはノキアまで伝わっております! さ、さすがは稀代の艶福家だと……」

「ははは……。そうですか……」


 引きつった笑いを浮かべる僕と、その横で笑いをこらえるリーン。他のみんなも口元を押さえたり、ぷるぷると笑いをこらえて震えている者がいる。

 オイ、なんだこれ。なんで僕がこんな羞恥プレイを受けないとならんのだ。こいつ、ケンカ売りに来たのか?


「……ご用件を。ヤンチェ大使」

「あ、申し訳ありません。で、では……」


 咳払いをひとつし、高坂さんがヤンチェ大使をうながす。

 だよな。さすがに結婚おめでとうの挨拶がメインではあるまい。


「こ、公王陛下におかれましては、じ、十人目を娶るおつもりはありませんかと思い、馳せ参じたわけでございまして、ハイ!」

「え?」


 場の空気が凍り付く。少なくとも、僕にはそう感じられた。決して、隣から本当に冷気が漏れているのではと感じたからではない。

 ちらりと横目でリーンを覗き見ると、先ほどまでの楽しそうな笑顔は消え、なにか考えているような神妙な面持ちに変化していた。足下のポーラがそろりそろりと玉座の後ろへと後退していく。おいコラ、逃げんな。


「それはどういったことでしょうか、ヤンチェ大使?」

「ノキア王国第二王女、パフィア・ラダ・ノキア様とのご婚姻をなにとぞお考え下されないで、しょうか……と」


 うわあ。いつかは来るんじゃないかと思っていた嫁取り(取らされ)問題だったか。大概の国は婚約者が九人もいて、そのうち半分近くは王族と知ると諦めて話を切り出さないもんだったが……。そこんところ知らないのかも知れないな。


「も、もちろん、正室になどとは申しませぬ。側室の末席にでもお加えいただければ、と……。パフィア王女は文武に優れ、見目麗しく、決して公王陛下の足を引っ張るようなことはない、と思います」

「申し訳ありませんが、自分には過分過ぎるほどの婚約者が揃っておりますので、これ以上は……」


 やんわりと断ろうと声をかけると、ヤンチェ大使の背後に控えていた栗色の髪の人物がやおら立ち上がり、顔を上げた。やはり女性だ。歳は僕とそう変わらないだろう。十六、七の少女である。ショートカットの髪がサラサラと揺れた。


「陛下は優れた家臣を一人手に入れたと思えばよいのです。どうかわたくしを奥方様たちの末席に加えていただけませんでしょうか?」

「え……まさか……」


 パサリと地味なローブが外されると、赤と白をベースにカラフルな装飾を施した民族衣装がその下から現れた。チベットあたりの民族衣装に似ている。あそこまでカラフルではないが。


「申し遅れました。ノキア王国第二王女、パフィア・ラダ・ノキアと申します。お目にかかれて光栄です。ブリュンヒルド公王陛下」


 挑戦的な目をした少女はそう言って小さく頭を下げた。









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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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