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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第30章 世界の管理者、東へ西へ。
431/637

#431 協力、そして裸の王様。

■『イセスマ』をなろうに投稿してから今日で四年になります。書籍化されてからは二年も経ってないのですが。長かったような短かったような。これからもよろしくお願い致します。






 朝日に目が醒めると砂浜、ということがダウバーン国王を現実へと引き戻した。やはりあの一連の出来事は夢ではなかったらしい。

 昨日走り回って軋む身体を起こして立ち上がろうとしたとき、ジャラッという金属音とともに右足に違和感を覚えた。


「なんだこれは……」


 右足には足枷がつけられ、五十センチほどの短い鎖が伸びている。そしてその先には砂浜に眠るザードニア国王がいた。

 右足を引き、鎖をピンと伸ばしてみるとそれはザードニア国王の左足に繋がっている。


「ぬ……?」


 左足を引かれたザードニア国王が寝ぼけまなこで起き上がり、かたわらに立つダウバーン国王を見上げて顔をしかめ、それから己の左足に繋がれている足枷へと視線を向けた。

 やおらザードニア国王は立ち上がり、険しい顔をダウバーン国王へ向ける。


「貴様、どういうつもりだ!」

「ワシが知るか!」


 お互いに胸倉を掴んで怒鳴り合う。もちろんさすがの二人もこれが相手のしたことだとは思ってはいない。単に苛立ちをぶつける相手が欲しかっただけで。


「四六時中貴様と一緒にいろというのか!? 吐き気がするわ!」

「それはこっちのセリフだ! 嫌なら海で溺れてさっさと死ね!」

「お前が死ね!」


 子供のような言い争いのあと、またしても取っ組み合いが始まる。

 先にマウントを取ったダウバーン国王の拳がザードニア国王の顔面を打ち据えたとき、不思議なことに、逆に拳を放ったダウバーン国王の方が吹っ飛んだ。


「ぐべっ!?」


 わけがわからずキョトンとしていたザードニア国王だったが、足元に転がるダウバーン国王を見てチャンスと感じたのか、お返しとばかりに鎖の付いていない右足で相手のその腹を蹴り上げた。


「ぐぇふっ!?」


 蹴った瞬間、逆にザードニア国王の方が腹を押さえて倒れた。まるで誰かに蹴られたような痛みが襲ったのだ。


「ぐおおお……」


 うずくまるザードニア国王を見て、ダウバーン国王は恐ろしい想像に至る。まさか、と思いつつ、腹を抱えているザードニア国王の背中を蹴り飛ばすと、自分の背中に蹴られたような痛みが走り、前のめりにぶっ倒れた。


「うぎぎ……」


 間違いない、と彼は確信を持つ。理由はわからないが、ザードニア国王のダメージが自分に戻ってきている。

 倒れた自分に再び攻撃をしようとしていたザードニア国王を、ダウバーン国王は手をかざして止めに入った。


「やめろ! ワシを攻撃すれば自分に返ってくるぞ!」

「なにをわからんことを、ぶげっ!?」


 ザードニア国王の放った蹴りがダウバーン国王の首筋に炸裂した瞬間、蹴りを放った方の彼が横倒しにぶっ倒れた。


「馬鹿め。親切に教えてやったものを」

「ぐおおお……なにがどうなって……!」

「わからんが、あの小僧の仕業に違いない。お前を殴るとその痛みはワシにくる。逆にお前がワシを殴ればその痛みはお前にいく。妙な魔法を使いおって……!」


 ダウバーン国王は手で自分の頰を叩いたり、触ったりしている。感覚はある。向こうはなにも感じていないようだ。

 一定の痛みを超えると相手に送られるのか? と、彼は拳を握り、自分の頰目掛けて殴りつけた。

 ガン! と骨に響く音がして痛みが走る。ふと前を見るとザードニア国王が頰を押さえてうめいていた。


「きっ、きっ、貴様! いきなりなにをする!」

「落ち着け。ちょっとした実験ではないか。やはり殴った痛みは相手にいくよう……ッつ!?」


 ダウバーン国王の右腕に激痛が走る。見ると目の前のザードニア国王が、自らの右腕を思いっきりつねっているところだった。


「確かに痛みが飛ぶようだな。いや、これは痛みの感覚を共有しているということなん、ぶふッ!?」


 ザードニア国王の右頬に痛烈な打撃痛。ダウバーン国王が自らの右頬をビンタしたのだ。


「なにをするかッ!?」

「やかましい! よくもやってくれたな!」

「先にやったのはお前だろうが!」


 胸倉を掴み、お互いを殴りつけようとした二人だったが、その拳が寸前で止まる。その直後、なにを思ったか二人とも自分の拳で自分の顔面を殴りつけた。


「「がはッ!?」」


 自分で殴った痛みと相手から飛んできた痛み、二倍の痛みが二人を襲う。

 砂浜にぶっ倒れた二人だったが、すぐさま立ち上がり、お互いを睨みつけてから、拳を再び自分に振るう。


「こいつめ! こいつめ!」

「この野郎! 馬鹿野郎!」


 自分で自分を痛めつける、なんともシュールな光景が朝日に照らされていた。



          ◇ ◇ ◇



「……冬夜君、彼らは猿より頭が悪いのか?」

「ちょっと待ってくれ。これは僕にも予想外だ」


 博士の心底呆れた声に僕は頭を抱える。

 お互い協力せざるをえないために鎖で繋いだが、相手を傷付けたり、あまつさえ殺してしまっては意味がない。

 そこで痛みを共有する『呪い』をかけたのだ。相手を傷付けると自分に返ってくる。相手を殺せば自分も死ぬかもしれない。そんな風にすれば、慎重によく考えて行動するんじゃないかと。

 まさか自分もろとも攻撃するとは。


「だいたい、なんでこの二人は自分を殴ってるんだ? もうこれなら相手を殴っても同じだろうに」


 博士の言う通り、あれだと自分を殴っても痛いし、相手を殴っても自分に痛みが返ってくる。結局同じなら……あ、殴りかかっても躱されるかもしれないからかな? 自分を殴れば確実に相手にダメージがいくからな。

 意外と考えて……いるようにはまったく見えない……。

 僕はモニターの中で自分を殴り続けるいい歳したオッサンたちを見て、ため息をひとつついた。



          ◇ ◇ ◇



「ハァ、ハァ、ハァ……」

「ゼェ、ゼェ、ゼェ……」


 全身の痛みに耐えかねて、砂浜に大の字に寝転んだ二人はジリジリと焼け付く太陽を霞む目で睨んでいた。

 寝転んでいるうちに痛みは消えてきた。実は冬夜がこっそりと回復魔法をかけたのだが、二人がそれを知ることはない。

 二人の腹から、グゥゥゥゥ……、と盛大な音が鳴った。もうだいぶ前からなにも食べてはいない。いいかげんなにか食べないと空腹で餓死してしまう。

 二人ともゆっくりと身を起こし、立ち上がった。


「海で魚でも捕まえるか……」

「森で木の実でも探すか……」


 お互いボソッとつぶやいてから相手を睨みつけ、フン! とばかりに顔を背ける。

 そして背中合わせに、ダウバーン国王は海へ、ザードニア国王は森へ、ずんずん進もうとしてその場にずべしゃっ、とぶっ倒れた。じゃらりと足枷の鎖が音を立てる。


「なにをするかァ────ッ!」

「こっちのセリフだァ────ッ!」


 頭をガンッ! とぶつけあいながら相手を怒鳴りつける。


「貴様、よっぽどワシの邪魔をしたいようだな……!」

「貴様こそ! だいたい海で魚などそう簡単に捕れると思っているのか!?」

「フン、これだから年中川の凍っている国のやつは。ワシはオアシスの川で小さいころからもりで何匹も魚を仕留めてきた。ワシの腕前があれば魚の一匹や二匹……」

「銛だと? ではその銛はどこにある!」


 むぐっ、とダウバーン国王が、ザードニア国王の返しに言葉を詰まらせる。どう見ても辺りに銛など落ちてはいない。


「銛も、竿も、針も無しでどうやって魚を捕る気だ? 手づかみか? お前は泳いでいる魚を手づかみで捕れるのか?」

「ぐぬぬ……!」


 さすがにダウバーン国王も、手づかみで魚を捕ったことなどない。ザードニア国王の言う通り、道具がなければ魚を捕ることなどできないだろう。向こうの言い分は正しい。

 悔しげに顔を歪ませるダウバーン国王。ザードニア国王はそれを見てさらに追い討ちをかけようとする。


「そもそも魚を捕ったあと、どうやって食う気だ? そのままかぶりつくのか? 火をおこすのだって楽ではあるまい。手間暇を考えたら木の実や果物、自然に生えている野草などを見つける方がはるかに楽ではないか。これだから年がら年中暑さで頭が茹っているやつは……」

「ぐぬぬぬぬ……! だが、森に入ったところで食べられるものが見つかるとは限るまい! そもそもお前はなにが食べられてなにが食べられないか判断がつくのか!?」


 うぐっ、と今度はザードニア国王が言葉を詰まらせる。王家の生まれである彼にはそんな判断などできない。食事はコックが調理したものを食べるため、素材がどんな形をしていたのかさえわからぬものも多いのだ。果物などならわかるのだが。

 だがこれはダウバーン国王も一緒であった。実は彼もほとんどわからぬ。お互い世間知らずの王様であった。


「それでよく森へ入ろうだの言えたものだ。下手をすれば毒草を食べてしまうかもしれんぞ。お前が死ぬのは構わんが、小僧の魔法でワシまで道連れはごめんだ」

「木の実や果物ならある程度区別がつく! 行ってみなければわからんだろう! それともここで飢え死にするか!?」

「なにを、この……!」


 グウゥゥゥゥゥ……。

 言い返そうとしたダウバーン国王の耳に、自分と相手、二人分の腹の音が聞こえてきた。

 黙り込んだ二人は、フン! とお互いそっぽを向きつつ、足並みを揃えて森の中へと入っていった。





「間違いない。あれはパシモの実だ」

「確かにパシモの実だな。アレント産のを食ったことがある」


 森の中を歩いた二人はやっと見つけたそれを見上げていた。大きな木の枝に赤い実がなっている。パシモは比較的どこでも採れる果物だ。もっとも灼熱と極寒の地であるダウバーンとザードニアではさすがに育たないが。

 そのパシモの実が美味そうに色付いてっている。しかし、取ろうにも高くて手が届かない。


「石を投げるか?」

「バカ言え。あんな小さな実にうまく当たるか。当たったとしても落ちるか怪しいもんだ」

「となると……」


 二人は登りやすそうな太い木を見てから、自分たちの繋がれた足の鎖を見た。

 普通なら子供でもなんとか登れそうな木である。しかし二人で同時に、となると難易度が跳ね上がる。


「やるしかなかろう」

「うむ」


 グギュルゥゥゥゥ……と激しく自己主張する腹の音とともに二人はパシモの木へと向かう。なにげにこれが二人で協力しようという初めての行動だったのだが、本人たちは気がついていないようだ。

 しっかりとした幹の窪みに足をかけ、手を伸ばしながら木を登っていく。鎖はなぜか重さを感じないので邪魔にはならない。『重さ』に関しては、だが。


「うおっ!?」

「ぐわっ!?」


 ダウバーン国王が足を滑らせて木から落ちた。当然ながら鎖で繋がれたザードニア国王も巻き添えで落下する。自分の分と相手の分の二倍の落下ダメージが二人を襲った。


「気をつけろ! よく足下を見んか!」

「やかましい! わかっとるわ!」


 文句を言い合いながらもすぐにまた木の幹にしがみつく二人。


「そこだ。そこに足をかけろ」

「一回こっちに回れ。そっちは危ない」


 お互い声をかけながら少しずつ木を登っていく。そしてついにパシモの実がなっている枝へと辿り着いた。

 二人の重さに枝がたわみ、ミシミシという音がしている。大人二人が乗っているのだ。無理もない。


「おい待て、慎重にいけ」

「わかっとるわい。ごちゃごちゃ言うな……」


 ダウバーン国王がパシモの実に手を伸ばしかけたとき、バキリと音がして枝が折れ、そのまま二人ごと落下した。

 二階ほどの高さから落ちた痛みに悶絶する二人。だが、二人の目の前には折れた枝ごとのパシモの実が四つあった。

 両手にひとつずつ手に取り、服で汚れを拭いて、すぐさま皮ごとかぶりつく。シャリッとした歯応えのあとに、みずみずしく甘い味が二人の舌の上に広がった。


「美味い……」

「うむ……」


 そのあとは無言でパシモの実を食べ続け、あっと言う間に二人とも二つのパシモの実を食べてしまった。

 空腹だったからか、ものすごく美味く感じてしまったのだ。

 見上げればその美味そうな実がまだまだっている。


「足らんな」

「そうだな」


 二人は立ち上がり、またパシモの木へと足を向けた。



          ◇ ◇ ◇



「さすがにあれは協力したね」

「でないとわざわざあそこにパシモの木を植え替えた意味がない。あとで枝も回復させないとなあ」


 モニターで悪戦苦闘している二人を見ながら博士と僕はため息をつく。ここまで長かったなあ。もうちょい状況を把握してもらえるといいんだが。

 僕はバビロンの『研究所』、第二ラボの机にある『それ』を見ながら頭をかいた。

 机の上には縦三十センチ、横四十センチほどの小さな箱があり、中には島のミニチュアが入っていた。ミニチュアというより、ジオラマなのだが。

 実はこれが二人のいる島である。時空魔法と結界魔法を組み合わせ、擬似的な世界を作ってあるのだ。

 『蔵』に似たような魔道具アーティファクトがあり、僕もその中にみんなで閉じ込められたことがある。あのときは大変だった……。

 もちろん、安全性は確認しているし、危険なものは入れていない。

 誰にも邪魔されずに仲良くなってもらいたいところだが、さて。


「王子たちの方はどうなんだい?」

「問題ない。着々と進んでいる。元から国王と一部の古い貴族たちしか戦争を望んでいなかったんだ。国民の支持は王子たちに傾いているよ」


 現在、ダウバーンとザードニアでは国王が行方不明ということで、アキーム王子とフロスト王子がそれぞれ国王代行を務めている。

 あくまで行方不明ということで、国民には病気と知らせてあるが。もちろん、王子二人には事情を話している。さすがに親を人質に取るようなものなので反対するかな、と思ったが、割とすんなり受け入れてくれた。

 立ち会ったアレントの聖王なんかは、親とはいえ、国民のためにならぬ国王を切り捨てるなんて話はよくあることだと言っていたが、それも怖いな。

 最悪、国王がどうにかなっても困らないと判断したのかもしれないが……いや、これは僕を信用してくれたと思うことにしよう。うん、その方が建設的だろ。

 二人の王子はすぐさま隣国との和平交渉を行い、休戦を申し出た。戦争の用意をしていた古い貴族たちから非難の声が出たが、王子たちはそれら貴族の弱みなどを握っていたため、彼らはすぐに黙らざるをえなかった。

 どうやら王子たちがずいぶんと前から個人で調べていたらしく、古い貴族たちは戦争による武器や防具のピンハネから食糧の横流し、戦争をすればするほど自分たちの懐が暖まるようなこともしていたようだ。古い貴族も単に相手国憎し、で戦おうとしてたわけじゃないってことが露見したわけで。

 そんな理由でやり合っていたのは王様たち二人だけだったってことなのかね。

 裸の王様ってのは虚しいねえ……。僕も気をつけよう。








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