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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第30章 世界の管理者、東へ西へ。
429/637

#429 氷国ザードニア、そして王子二人。





「ぐへぇ!?」


 琥珀の口から放たれた衝撃波で、禿頭の将軍は後方へと吹っ飛んだ。

 ここまでおんなじ反応されると、案外この二国って仲良くやっていけるんじゃないかと思ってしまうな。


「成り上がりの若造が! 我がザードニアに楯突くか!」


 痩せぎすのザードニア国王が怒鳴り散らす。白髪にチョビ髭を生やし、青と銀で刺繍された厚手のマント、腰には細身のレイピアを差している。

 その横で苦い顔をしているのはこれまたザードニアの王子様。父親と同じく青と銀のマントをまとった、白皙の青年だ。銀髪に切れ長の瞳と、パナシェス王国のカボチャパンツの王子様とは別の方向でまんま王子様だな。

 この会議室まで僕らを案内してくれたのはこのフロスト王子だ。

 ダウバーンの王子だと紹介したアキーム王子にも嫌な顔ひとつせず握手をした好青年である。その横にいたグレン将軍は驚いていたが。

 会議室までの道すがらその理由を聞いてみたが、こちらもアキーム王子と同じで、疲弊していく自国をどうにかしなければと考えていたらしい。

 ダウバーンとの争いに終止符を打つべきだと父王に提言しても全く聞き入れてもらえず、いつも怒鳴り合いの喧嘩になるそうだ。

 そんな親子だから、苦い顔をしているのもよくわかる。仲を取り持ちましょうかと来ている、よその国王に飛びかかっていく自国の将軍に、罵る父王だ。そりゃ顔の一つも歪ませたくなるよね。


「父上! ダウバーンと和解するべきです! 戦争を望んでいるのは古い貴族たちだけではありませんか! 下らないプライドのために民は飢え、傷つき、凍えています! ダウバーンに勝ったとしても、このままではザードニアはいずれ滅ぶ!」

「馬鹿をいえ! お前にはザードニアの王子としての誇りはないのか! ご先祖様に申し訳ないとは思わんのか!」

「ブリュンヒルド公王の話が本当なら、そのご先祖様のせいで国民はこんなにも苦しい生活を強いられているんだ! 父上こそ国民に申し訳ないと思わないのか!」

「貴様あっ! あのようなでまかせに騙されおって!」


 うおう。すごい親子喧嘩だ。あと、でまかせじゃないからな?

 ダウバーン同様、ザードニアの国王も沸点が低いらしく、息子の胸ぐらを左手で掴み、拳にした右手を振りかぶる。王子は王子で殴るなら殴れとばかりに目を閉じもしない。

 他人が横槍を入れるべきじゃないかもしれないが、黙って見てるのもな。


「【テレポート】」

「ぬがっ!?」


 目の前の息子が消えたことにより、盛大に拳を空振りしたザードニア国王がたたらを踏む。

 僕らの横に現れたフロスト王子は何が起こったのかわからずキョトンとしていた。

 【テレポート】は基本的に自分にしか効果を及ぼせない魔法だが、僕は目に見える範囲で激しく動かないものなら、なんとか移動させることができる。ま、短距離に限られるし、移動できるのはひとつくらいだが。

 たぶん神属覚醒したからだと思う。それ以外に心当たりはないしなあ。


「ザードニアとの交渉も決裂、か。まあ、こうなるんじゃないかとは思っていたがな」

「いや、まだそうとは……」


 ため息をつく隣の聖王に反論しようとしたが、さすがに無理かな、と自分自身で思ってしまい、声が小さくなる。


「無理だと思うぞ。あの二人の国王は先祖の話が云々(うんぬん)ではなく、個人的に相手を嫌っておる。若いころからぶつかっていたからな」


 相手の国王を嫌うのと、相手の国自体を嫌うのは別にして考えて欲しいよなあ。

 よっぽど嫌いなんだな。何としても打ち負かしたいってことか。この二人の代になってから小競り合いがかなり増えたらしいし。

 ダウバーンとザードニアは過去何度も衝突しているが、中には休戦期というか、争わなかった王たちもいる。仲良くはできないが、国力を衰えさせてまで戦争をする気は無かったのだろう。

 ところが今の国王たちはそんなの関係ないとばかりに争っている。ちょっと……いや、かなり問題だよなあ。犬猿の仲ってやつか。


「琥珀と瑠璃みたいなもんかね」

《我らをアレと一緒にはして欲しくありません》


 僕の小さなつぶやきに、琥珀から念話で抗議が入る。これは失礼。

 確かに目の前のヒステリーを起こしているかのようなザードニア国王では話にならんな。やはりここは次世代にシフトすることにしよう。


「アキーム王子、フロスト王子。ダウバーンとザードニアの今後をよく話し合ってみてはどうでしょうか。場所は提供しますよ」


 僕の言葉に二人の王子はお互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。


「「ぜひ」」


 よし、そうと決まればこんなところに長居は無用だ。展開した【プリズン】に、さっきからガンガンと剣を叩きつけるザードニアの将軍とゴレムたちがウザいしな。うるさい。


「待て! フロストをどうするつもりだ! ダウバーンに売り渡すつもりか!」

「父上。父上では交渉にならない。私が新たなザードニアの道を切り開いてみせる」

「勝手は許さんぞ! お前は私の言うことを黙ってきいていればいいんだ!」

「いつまでも子供扱いするな!」


 再び怒鳴りあう親子。うーん、もう成人してる子供にあれこれ指図する親ってのもどうかと思うが、親にとっては子供はいつまでも子供なのかなぁ。


「話にならない。公王陛下、聖王陛下、行きましょう!」


 僕らを置いてずんずんと会議室の扉へ向かうフロスト王子。おいおい、こっちも気が短いなぁ。やっぱり親子だな、似てるよ。


「コールディ、お前も付き合え」

「はっ」


 扉の前にいた青銀の鎧を身につけた男にフロスト王子が声をかける。

 眉ひとつ動かさず頭を下げたのはフロスト王子お付きの騎士、コールディさんだ。彼もさっき僕らをここまで案内してくれた。

 寡黙そうな四十前のおじさん……いやおじさまって感じだけど、アキーム王子に付いてきたグレン将軍が言うには、『ザードニアの氷剣』と呼ばれるほどの剣の使い手らしい。

 国王よりも王子に忠誠を誓っている感があるよな、この人。

 騎士コールディを連れて部屋を出ていくフロスト王子。

 僕らもフロスト王子を追いかけて会議室を出て行く。追いかけてこられると面倒なので、会議室を出てすぐに僕らの【プリズン】を解除し、逆に室内を【プリズン】で囲んだ。

 防御壁にも牢獄にもなるのがこの魔法の便利なところだ。

 青白い障壁に阻まれて、ザードニアのゴレムたちは弾き飛ばされ、室内から出てこれない。十分ほどで解除されるからおとなしくしてなよ。

 後ろを振り返りながら、アキーム王子がフロスト王子に声をかける。


「いいんですか、あれ」

「いいんです。父上は『ダウバーン国王憎し』という極めて個人的な感情で国を動かしています。それじゃダメなんだ。誰も幸せになれない」


 並んで歩くフロスト王子の言葉にアキーム王子がふっ、と笑った。


「なにかおかしいですか?」


 少し、むっとした顔で睨むフロスト王子にアキーム王子が慌てて手を横に振る。


「いえ、すみません。うちと同じだな、と思いまして。私の父上も『ザードニア国王憎し』が原動力のような人で」

「そうでしたか……。お互い苦労しますね」


 そう言って二人とも笑った。親同士は犬猿の仲だけどその息子たちは仲良くなれそうだな。

 かといって、彼らが王位につくまで今の状況を放置というわけにもいくまい。

 ゴレム馬車が停まっているところまで戻ってくると聖王陛下が声をかけてきた。


「場所を提供すると先ほど言っていたが、ブリュンヒルドへ連れていくのか?」

「そうですね。それが一番楽かな、と。ダウバーンもザードニアも向こうなら手を出せないから安全ですし。遊戯室とか解放するんで仲良くなってもらえれば……」

「すまん、ブリュンヒルド公王。それならばひとつ頼みがあるのだが……」


 アレントの聖王にゴニョゴニョと耳打ちされ、このじいさんのちゃっかりさに少々呆れる。いや、国王たるものそれぐらいじゃないと務まらないのかもしれないが。





「このクッキー美味しい! アリアお姉様、食べてみて!」

「はしたないわよ、レティ。……あら、本当に美味しいわね」


 ルーお手製のクッキーを食べて顔を綻ばせているのはアリアティ・ティス・アレントと、レティシア・ティス・アレントの姉妹。聖王ガラウド・ゼス・アレントの孫娘たちだ。

 姉のアリアことアリアティは十八、妹のレティことレティシアは十七歳。彼女たちの父親が聖王陛下の息子であり、現王太子に当たる。

 姉のアリアはゆるふわの金髪ウェーブにおっとりとした気質で、薄いグリーンのドレスを着込んでいた。

 首に輝く真珠のネックレスに目をやると、その下のなかなかに立派なものに視線がいってしまいそうになるが、エルゼたちがいる手前、自制せざるを得ない。……かなり大きいよな……。

 逆に慎ましやかなレティの方は、金髪ショートの活発系妹といった感じだ。薄いピンクのドレス姿だが、姉よりスカートが短く動きやすくなっている。姉と比べると落ちつきがない。いろんなものに興味を示し、好奇心でいっぱいのようだ。

 聖王陛下の頼みというのがアキーム王子とフロスト王子に加え、この孫娘二人をブリュンヒルドへ招待することだった。

 以前二世界会議をした時に、ここでの見たこともない料理や娯楽施設などを聖王陛下が話したら、二人ともかなり興味を持ってしまったらしい。

 機会があれば連れていってくれと常々頼まれていたようだ。

 もちろん、聖王陛下も単に孫可愛さに頼み込んできたわけじゃない。

 幸い、といったらアレなのだが、アキーム王子もフロスト王子も婚約者がいない。いや、「婚約者を勝手に決められた」ので反発し、大喧嘩して破棄させたのだそうだ。どちらの王子もである。どんだけ親子喧嘩が好きなのか。


「アリアティ王女、こちらの『くりぃむそうだ』も美味しいですよ」

「まあ! なんて冷たくて甘いのかしら……!」

「レティシア王女、それはなんですか?」

「えっとね、『ちょこれいと』だって。少し苦いけどこれも美味しいよ!」


 四人は丸いテーブルに腰掛け、中央に置かれたお菓子と飲み物を堪能している。ずいぶんと打ち解けたな。

 それを横目で眺めながら、別テーブルで僕らはお茶を飲む。正面にはご機嫌な聖王陛下だ。


「なーんか、聖王陛下の都合のいいように動かされた感じですね」

「悪くはあるまい? うまくいけばダウバーン、ザードニア、アレントの関係が丸く収まるかもしれんぞ?」


 食えないじいさんだ。確かに悪くない手ではあるけれど、こういうのはお互いの気持ちが大事だからなあ。


「アキーム王子はレティシア王女を気に入っているように見えますな」

「フロスト王子もアリアティ王女を好ましく思っているご様子。あれほど楽しげな王子は久しぶりだ」


 聖王陛下の左右にいるグレン将軍と騎士コールディが向こうのテーブルの様子を窺いながらお茶を飲んでいる。

 フロスト王子はアリアティ王女、アキーム王子はレティシア王女か。被らなくて良かったよ。恋愛関係で父親同士みたいに険悪になったら目も当てられん。


「ふふーん。なかなか面白いのよ。一目惚れではないけれど、淡い恋心が芽生えつつあるのよ。気が付けばいつの間にか……ってパターンなのよ、これは」

「っ、忘れてた……」


 不意に聞こえてきた声に思わず頭を抱える。横目で確認すると、ニンマリした花恋かれん姉さんと目が合った。

 こんな話をしたら花恋姉さんが現れるに決まってるじゃないか。猫にマタタビ、蛾に誘蛾灯、花恋姉さんに恋愛話だ。


「猫や蛾と一緒にするんじゃないのよっ」

「あいたっ!」


 花恋姉さんのチョップが僕の頭上に落ちる。心を読むな!

 頭を押さえる僕を残して鼻唄混じりに花恋姉さんが四人のテーブルに近づいていく。あ、こりゃターゲットロックされたな。花恋姉さんが絡んだ以上、ヌルい関係のまま終わることはないぞ。恋愛成就か失恋か、二つに一つだ。

 まあ、あの姉さんだからうまくやるだろ。それよりも。


王子こっちの方はまあいいとして、あっちの方はどうしましょうかね」

「一番楽なのは今すぐあの王子二人に王位を継いでもらうことだが……」


 聖王陛下が言葉を紡ぐが、さすがにそれは難しいと思う。あの二国王がそう簡単に王位を譲るわけがない。下手すると死ぬまで……いや、その前に王子たちを廃嫡とかもありえるぞ。


「ダウバーンもザードニアも王子は彼ら一人だけだからさすがにそれはない……と思うが、後継者不適格ということで王家の系譜に連なる別の者を立てることはよくあるからな」


 腕を組んで聖王陛下が唸る。あの二人もさすがにそこまで馬鹿ではないと思いたいが。


「その前に実権を王子たちが握るとか……っと、すいません。こういった話はグレンさんとコールディさんの前ではまずかったかな」

「いえ。私もダウバーンを王子が変えてくれると信じていますので。実際、ザードニアと覇権を争うべし、と息巻いているのは国王陛下と古い上級貴族の一部なのですよ。下級貴族や民たちはもうウンザリしています。かつてはザードニアに親や子を殺され、その恨み憎しみで戦っていましたが、今やその恨みは戦いを強いる自分たちの国に向きつつあります。聖王国へ逃げ出す者も後を絶ちませんし……」


 グレンさんが苦笑混じりに語りながら視線を手元のカップに落とす。

 それを見てコールディさんも口を開いた。


「我がザードニアも同じだ。そもそも勝ったところでダウバーンの地では我らは生きてはいけまい。なら、何のために戦っているのか。一歩外の国へ向かえば自国よりも過ごしやすい気候に平和な地。疲れた民がアレントへ向かうのも致し方ない」

「我が国とて進んで受け入れているわけではないぞ? そちらから流れてきて、食うに困り、我が国で山賊などになった輩も多い。はっきりいって迷惑だ。特に現国王の代になってからは酷い」


 アレントからすればあんな二国なくなればいいのに、と思うよなあ。だけどなくなったらなくなったで、枷を外された流民が一気にアレントへ雪崩れ込んでくるかもしれない。難しいところだよね。


「ってことは二国の国民からすれば、現国王が退位しても問題はない……いや、むしろ早く退位してほしい?」

「平民出の自分からすれば、まあアキーム王子の方が嬉しいですな」

「国のことを考えるならば、今すぐにフロスト王子が即位した方が望ましい」


 グレンさんは濁して、コールディさんはキッパリと言い放った。

 こりゃクーデターでも起こすか? いや、さすがにそれはまずいよな。武力による政権交代はいろんな歪みを生む。

 さて、どうしたもんか……。

 花恋姉さんに話題を振られ、楽しげに語る男女四人を見ながらため息をつく。ダウバーンとザードニアの国王たちもあんな風に仲良くなれないもんかねえ。


「やっぱり『拉致って吊り橋効果』しかないか……?」

「なんかわからんが、物騒な響きを感じるな……」


 僕のつぶやきに聖王陛下がなんか引いてるが、気にしないでおこう。

 博士に頼んで用意してもらって……確か使えるのが『蔵』にあったな……。うん、いけるか。くくく、ちょっと楽しくなってきたぞ。


「悪い顔になってるでござる……」

「いつものことじゃない」

「平常運転ですね」


 隣のテーブルにいた八重とエルゼ、ヒルダの声が聞こえてきた。いや、散々小国風情とか成り上がりとか、馬鹿にされたからさぁ。少しくらい意趣返ししてもいいよね? ね?










■たくさんのアニメ化おめでとうのメッセージ、ありがとうございます。あと三、四ヶ月後に放送が開始されると思うと今からドキドキものです。本編の方も引き続きよろしくお願い致します。

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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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