#428 真実判明、そして炎国ダウバーン。
■遅れました。
今日の日に合わせた理由があったわけですが、それは後書きにて。
おかげでいつもの倍のボリュームになっております。
「生け贄? そんなの要求したかなあ。覚えてない」
「私も。なにせ五百年前、生まれ変わる前のことですし……」
僕の質問に首をひねる炎の精霊。同じように隣に座る氷の精霊も首を傾げていた。
二人にあらためて話を聞くためわざわざ精霊界まで来たが、やはりおぼろげな記憶らしく、はっきりとしない。
「当時の君たちのことを知っているやつって、誰かいないか?」
「あー、それならやっぱり火の姐御かな。前のアタイも可愛がってもらってたみたいだし」
「私も水のお姉様ですわね。いつも話を聞いてもらっていたらしいです」
火の精霊に水の精霊か。大精霊ほど復活のサイクルが長いらしいからいろいろとわかるかもしれない。よし、そっちに行ってみよう。
精霊界を転移する。精霊界はキラキラと輝く乳白色の空間だが、ところどころに惑星のような塊というか、小さな大地がある。直径百メートルもない小さな星だ。
これは何もない空間が落ち着かなかったので、僕が大地の精霊に提案したことだ。すぐに受け入れてくれた大地の精霊は瞬く間にいくつかの小さな星を作り上げてしまった。大精霊ってすごいね。
今じゃその小さな星々に精霊たちは仲良し同士で住んでたりするのだ。
その中でも大精霊たちの住む大きな星へと僕が降り立つと、この星を作った大地の精霊が出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、精霊を束ねる王よ。さ、こちらへ」
大樹海にいる大樹の精霊と同じ翠色の髪をした大地の精霊はにこやかに微笑むと僕を森の中へと誘った。
森の中には開けた空間があって、簡単な四阿があった。壁のない丸い建物の中には火の精霊と水の精霊が楽しそうにお茶を飲んでいる。火と水なのに仲良いな。そういや、光の精霊と闇の精霊も姉妹のようだった。お互いに無いものを持っているから惹かれるってやつだろうか。
ま、とにかく今は火の精霊と水の精霊に、生まれ変わる前のあの二人のことを聞かねば。
僕は地上で争いを続けている二国のことを話し、その原因に炎と氷の精霊、正確には前世の精霊が関わっているらしいことを説明した。
「生け贄ねぇ。そんな趣味の悪いことをあいつらがするかなぁ。前の炎の奴も今とそんなに変わらない性格だったから、キレやすい奴ではあったけど」
「うーん、氷ちゃんもねえ。嫌がらせならやりかねないとは思うけど、そこまで悪どくないわ」
「どういうことなんだろ。なにか齟齬があるのかな……」
火の精霊と水の精霊の答えは、ますます事態が不可解なものになっていく話だった。二人が生け贄を要求したんじゃないのか?
「あ、ひょっとしてあれかな? 五百年くらい前、炎の奴がえらい剣幕で怒鳴り散らしてたな。精霊師にできる資質を持つ人間をせっかく見つけたのに邪魔されたって」
「精霊師?」
「精霊の地上における眷属のような者です。精霊との繋がりが強く、時に憑依することでその者に精霊の力を与えることができます。精霊使いの上位に当たる者ですね」
僕の疑問に大地の精霊か答えてくれた。憑依って乗り移るってことだっけ? つまり精霊に乗り移られて、その力を全て使いこなすことができるようになるってこと?
「じゃあ生け贄ってのは……」
「たぶん精霊師になれってことじゃないかね。精霊使いじゃない奴らにこっちの言葉はうまく伝わらないから、『身体を差し出せ』とか伝わったかも……ああ、それでか」
納得がいったとばかりに火の精霊はポンと手を打った。
じゃあなにか? 『精霊師にしてあげるから時々身体を貸してね』と言ったつもりが、『身体を生け贄に差し出せ』と伝わってしまった、と?
「なるほど。拒否された理由を尋ねれば相手の国に攫われたと嘘をつかれた。感情を読む我々に嘘は通じない。馬鹿にされた、騙されたとあの子たちがキレてもおかしくない……」
水の精霊も小さく頷いている。親切心かどうかはわからないが、精霊師にしてあげようと思ったのに、くだらない嘘をつかれたので怒ったのか。よっぽどその王子だか王女だかを気に入っていたのかなぁ。
感情を読めるってことは、精霊の力を利用して相手国を陥れよう、みたいな悪意も感じられたのかもしれない。そりゃ怒るか。
「時の王様たちもちゃんと意思が伝わっていれば、そんな嘘をつくこともなかったのになあ」
喜んで自分の子供を精霊師にしてくれ、と頼んだだろうに。
あるいは魔法文化の発達していた表世界だったら、精霊言語を話せる奴もいたかもな。結局は意思のすれ違い、ボタンのかけ間違いってことか。
だいたいの事情は把握した。たぶんそれが真実なんだろう。問題はだからといってあの二国が矛を収めるかというところなんだが。
難しいよなあ。まず信じてくれるかどうかってとこからだけど。
信じたとしても認めないかもしれんが。とにかくまずは二国の王様に会ってみるか。
◇ ◇ ◇
一度も接触したことのない国だ。どこかの国に仲介を頼みたいところである。
そこで白羽の矢を立てたのは、両国に接している聖王国アレントだ。
精霊を聖霊と呼び慣わし、神のように崇めているのは過去の二国と同じだが、こちらは今までに大精霊には直接関わった歴史がないので、まだ穏やかなイメージがある。
「我が国はもともとあの二国から逃れてきた民を受け入れてきた歴史があるからな。聖霊様の扱いは慎重にならざるを得ない。しかし冬夜殿、ほ、本当に大聖霊様を呼べるのか?」
「呼べますよ。今ここで呼びます?」
「いやっ! いい! 今はいい!」
ゴレム馬車に揺られながら、正面に座ったアレントの聖王が青くなる。さすがに精霊のその上、大精霊ともなると気おくれするらしい。ま、仕方ないか。
ゴレム馬車は一路、炎国ダウバーンの王都、炎都バーンへと向かっている。窓から外を見ると砂漠、砂漠、砂漠。見渡す限りの砂だ。点在的にオアシスのようなものが見えるのは、精霊の力が弱いところなんだろうな。
そこを行くこのゴレム馬車も、もちろん車輪などの馬車ではない。
裏世界に来て初めて会った商人のサンチョさんが乗っていた、いわゆる多脚型のゴレム馬車である。ムカデのような何本もの足でしっかりと砂漠を踏みしめ歩いていく。
足先に平べったい板のようなものが付いており、砂に埋もれないようになっているようだ。しかし正直揺れが厳しく、乗っていて辛い。
ダウバーンもザードニアもすでに【フライ】で行ったことがあるから(通過しただけだが)、炎都バーンまで一行ごと転移してもよかった。しかしさすがに初めての国でそれをやるのはいろいろと問題もあると止められたので、こうして転移した途中の砂漠からえっちらおっちら馬車でやってきているわけだ。
これも一種の様式美だと割り切ることにしたんだけど……うぷ。【リフレッシュ】……。
《大丈夫ですか、主》
《あー、大丈夫大丈夫。治った》
僕の横で揺られている子虎状態の琥珀は平然としていた。お前、乗り物酔いしないの?
「しかし、ブリュンヒルド国王。先日も言った通り、我が国とダウバーン……ザードニアもだが、それなりの付き合いがあるといっても、決して友好国というわけではない。歓迎されるとは限らんぞ?」
ゴレム馬車は僕らの前に二台、後ろにも二台と計五台で砂漠をキャラバンのように進んでいた。仮にも王自らが、決して友好国とは言えない国へ行くのだ。それなりの護衛は必要になる。
僕も横にいる琥珀だけじゃなく、騎士団副団長のニコラさんと他に五人ほど付いて来ている。後ろのゴレム馬車に乗っているが、酔っていないか心配だな。
「向こうの王様に会って話さえできれば歓迎されなくてもいいんですけどね。それ以降は向こうの出方次第です。なるべく聖王国には迷惑をかけないようにしますので」
「まあ、邪神を倒した英雄だ。そこらへんは心配しておらんよ。だが、あそこの国王が相手ではすんなりいくとはとても思えんのだがなあ。まあ、間違いが起きてもダウバーンが滅ぶだけだろうと思ってはいるが」
しつれーな。一応、我慢するつもりですぞ。よっぽどのことをされない限りは。
だけどたまーにそのよっぽどのことをする、どうしようもない馬鹿国王もいるからなあ。サンドラの豚王とか。あのレベルじゃないことを祈る。
ようやくゴレム馬車は炎都バーンに辿り着き、大きな門をくぐってまっすぐに王城に向かう。
町の中はミスミドの王都、ベルジュのような干し煉瓦で造られた家々が目立つ。しかしベルジュと比べると町の人たちに活気がない。どこか疲れているようにも見える。長きに渡る隣国との戦争が国民を疲弊させているのだろうか。
ボロを着た子供たちがうなだれて、建物の陰に座っている。子供たちに笑顔がない国はダメな気がするな……。
ダウバーンの王城はオアシス地帯にある炎都の中でも、大きな泉のほとりに建てられていた。古びた煉瓦造りの城で、尖塔というものがなく、四角い積木で作られたような城である。華美さというものがなく、がっしりとした質実剛健なイメージがある。
城門をくぐり抜け、場内へとゴレム馬車は進み、噴水のある庭園前で止まった。
聖王に続き、琥珀とゴレム馬車を降りる。暑う! 冷房の効いていたゴレム馬車と比べると天国と地獄だ。
日本のようにジメジメとした暑さではないが、暑いものは暑い。こっそりと水魔法の【クーリング】を使っておく。はぁ、快適快適。
馬車を降りた僕らを赤い革鎧を着た偉丈夫と、同じように赤いローブを着た老人が出迎えた。
城への入り口までは、槍を持ったダウバーンの兵士と赤い機体のゴレムたちが左右にズラリと並んでいる。これ見よがしに。ひょっとしてこれは示威行為ってやつかね?
「ようこそダウバーンへ。アレント聖王陛下。それと……ブリュンヒルド公王陛下ですな?」
「はい。望月冬夜と申します。今日は忙しいところをわざわざありがとうございます」
話しかけてきた赤ローブの老人に僕が挨拶すると、隣にいた赤い革鎧を着た将軍とおぼしき人物が目を見開いて驚いていた。
「なにか?」
「いえ。王たる方がずいぶんと腰が低いと……あ、いや失礼を」
「もともと冒険者上がりなもので尊大な態度は身に付いていないのですよ。そこらへんは大目に見てもらえると」
再び目を丸くした将軍さんは、そのあとふっと相好を崩した。お、なかなか好印象だな。
歳は四十手前といったところか。短い黒髪に榛色の目、そして顎に傷。歴戦の戦士といった雰囲気を持っている。この人、貴族じゃないんじゃないかな。平民からの叩き上げか。
「あらためてダウバーンへようこそ。私はダウバーン第一師団を預かる万騎将、グレンです」
「よろしく、グレン将軍」
家名がない。やはり平民か。グレン将軍の隣にいた老人も頭を下げた。
「ダウバーン宰相、ロッソ・ポイニクスです。お見知り置きを」
ロッソと名乗った老人はずり落ちそうになった丸い眼鏡をくいっと元に戻す。こちらは貴族のようだ。宰相なんだから当たり前か。
こちらの老人は感情が読めない。笑うこともなく、淡々と仕事をこなしているだけのようにも見える。
「ではこちらへ。国王陛下がお待ちです」
ロッソ宰相とグレン将軍に先導されて僕と聖王、それに琥珀が続く。
ニコラさんとうちの騎士たち、聖王国アレントの聖騎士、それに従う二メートルはある白銀のゴレム騎士たちが、僕らの後ろからぞろぞろとついてくる。
城の中は外観と同じく派手さはないが質実剛健な造りとなっていた。無骨ながら落ち着いた雰囲気を醸し出している。しかし全体的になんというか……はっきりいうとボロい。『改修しながら使ってきました』感がよくわかる。年季が入っている、とも言えるが。
薄々感じてはいたが、この国って貧乏? いや、ちょっと考えればわかるか。年中小競り合いの戦争を繰り返して、国内はほとんどが砂漠、隣国との付き合いもあまりないとくればなぁ。
交渉がどうなろうと炎の精霊に命じて、この灼熱の気温だけはなんとかするつもりではいるけどさ。
奥まった部屋の前で二体の赤いゴレムが大きな扉を開く。グレン将軍はここまでらしく、部屋の外で待機するようだ。
広い部屋の中には大きな縦長のテーブルがあり、銀の燭台と花が飾られていた。奥まった両サイドには廊下で待つグレンと同じような赤い革鎧を着た者たちや、いかにも貴族といわんばかりの者たちが椅子の横に並んでいる。おそらくこの国の重鎮たちなのだろう。
その奥の窓側には立派な椅子がひとつあり、そこに一人の男が腰掛けていた。
歳は四十から五十。クルンとした口髭と顎髭を生やして、頭にはアラブの男性が被るような布を鉢巻のような輪で留めている。あれってクーフィーヤ、だっけか。
服は煌びやかでゆったりとした、赤と金の刺繍がされたガウンのようなものを身にまとい、ぽこんと膨らんだお腹には腹巻のような布が巻かれていた。腰には黄金の短剣が差してある。
間違いなくこの男が、ダウバーンの国王、ジャハラデ・ビーア・ダウバーンだろう。
そしてその横には同じような衣を身にまとった若い男性が座っていた。二十歳くらいか? やはりクーフィーヤを被り、褐色の肌に黒い目。腰には国王と同じような黄金の短剣。ダウバーンの王子だろうか。
「ようこそダウバーンへ。アレント聖王、そしてブリュンヒルド公王。何もないが最低限のおもてなしはしよう」
椅子に座ったまま、ダウバーン国王は僕らにも座るように促す。笑ってはいたが、僕の方を値踏みするように見ていたのはわかった。ま、こんな若造が国王ったって信用ないか。あからさまに胡散臭そうな目で見ているしな。
長テーブルの反対側、ダウバーン国王の正面に聖王陛下と僕が並んで座る。遠いな……。
「二つの国の王がわざわざのご訪問とは。それで? なにやら重要な話があるとか?」
前置きもなくダウバーン国王が切り出してきた。遠方小国の王がなんの目的でやってきたのか、と言いたげな感じだな。
とにかく僕は『シュラフ歴程』の話をし、この国と、そして隣国ザードニアとの争いの原因となった出来事を話して聞かせた。
話しているうちにだんだんと向こうの重鎮席に座っている人たちの顔が険しくなり、やがて我慢できなくなったのか、一人のカイゼル髭の将軍がテーブルに拳を叩きつけた。
「馬鹿なことを! 我が国を愚弄するつもりですかな、ブリュンヒルド公王! この地を呪われし地にしたのは全てザードニアが愚かにも神に捧げようとした供物を盗んだがため!」
「いや、だからそれは間違いなんです。そもそもこの国の時の王が、神が生け贄を求めていると勘違いしたことから……」
「我が主君の高祖様まで侮辱するとは、なんたることか! 田舎小国の公王風情が……! 無事で帰ることができるとは思うなよ!」
カイゼル髭の将軍が腰の湾曲した剣に手をかける。その剣幕にニコラさんをはじめ、うちの騎士たちも腰に手を伸ばした。
僕はそのニコラさんたちを手で制し、あらためて怒り心頭になっている将軍に視線を向けた。
こちらを睨みつけているけど、カチンときているのはこっちもだからな。田舎小国で悪かったな。
「何度も言うけど。精霊の言葉を取り間違え、相手国へその責任をなすりつけて、民を騙したのはその時代の王だ。別にあなたたちを責めているわけじゃない。ザードニアも同じことをしたわけだし。だが真実がわかった以上、この二国が争う理由はもうないんじゃないかってことを言ってるんだよ」
「ザードニアと手を取り合えとでも言うのか!?」
「ふざけるな! なぜあんな奴らと手を取り合う必要がある!」
「盗っ人の国を許せと言うのか!」
重鎮たちが口々に怒鳴り始めるその中で、ゆっくりとダウバーン国王が立ち上がった。
「ブリュンヒルド公王。なかなか興味深い話だったが、いささか調子に乗りすぎたな。我が国にはこんな諺がある。『噂好きな新兵は長生きできない』。いろいろと嗅ぎ回り、余計なことに首を突っ込む奴ほど死にやすいということだ。いろんな意味でな」
わかるよ。日本じゃそれを『雉も鳴かずば撃たれまい』って言うから。
「ザードニアは不倶戴天の敵。手を取り合うことなどあり得ぬ! 我が国が神への供物を盗んだザードニアを滅ぼしたときこそ、この地にかけられた呪いが解けるのだ!」
「それはいつですか? 十年後? 百年後? 何百年も小競り合いを続けて疲労していくだけじゃないですか。その先にあるのは両国が滅ぶ未来だけですよ」
「言わせておけば!」
ダウバーン国王より先にカイゼル髭の将軍がキレて、刀を抜き、こちらへと駆け出してくる。
「よせ! ジャハギル将軍!」
慌てて立ち上がった王子の制止を無視し、ジャハギル将軍とやらが刀を僕らへと振りかぶった。
「琥珀」
《御意》
足下にいた琥珀が一瞬で大虎の姿に戻ると、こちらへ向かっていた将軍めがけて咆哮を上げる。
「ぐへぇ!?」
琥珀の口から放たれた衝撃波で、カイゼル髭の将軍は後方へと吹っ飛んだ。
突然大きくなった琥珀を見て、ダウバーンの重鎮たちがガタガタと椅子から立ち上がる。
大きな音に何事かと扉を開けて、廊下に控えていたグレンたちが飛び込んできた。
「言っとくけど、抜いたのはそちらさんが先だからね。謝る気はないよ」
「先に愚弄したのはそちらではないか!」
「父上! おやめ下さい!」
テーブルを叩き、ダウバーン国王が怒鳴る。だからといって斬りかかるってのはどうなのか。カッとなってつい、ではすまないこともある。横にいる王子のほうがよっぽど状況を理解しているようだ。
「愚弄する気なんかないよ。真実を言ったまでだ。仮に僕が話した過去の生け贄云々が嘘だったとしても、ずっとザードニアと争っていてこの国に未来があるとでも? こう言ったらなんだけど、聖王国アレントがその気になったらこんな国すぐに潰せるんだよ?」
「おいおい。ワシを巻き込むなよ、ブリュンヒルド公王」
苦笑しながら隣に座る聖王陛下が肩をすくめる。
アレントがダウバーンを滅ぼすのは簡単だ。ザードニアに行って、『一緒にダウバーンを滅ぼそう!』と呼びかければいい。またその逆も可能であるのだが。
故に、ダウバーンとザードニアはアレントをないがしろにできない。
なのに、そのアレントの友好国である国王に斬りかかる。自滅を望んでいるとしか思えないぞ。
「くっ……」
しでかした事の大きさにやっと気が付いたのだろう、ダウバーン国王の顔色に焦りが見える。
『黒猫』のシルエットさんから聞いていた通り、後先を考えないというか、短絡的な王様のようだ。ザードニアの国王と罵り合っていたというから、そうじゃないかとは思ってはいたけど。ってことは向こうも同じかなぁ。
こうなるとだいたい次の行動は限られてくる。僕なら斬りかかった将軍を処罰し、相手に土下座でもなんでもして許してもらうが。愚の骨頂なのが、
「この者たちを捕らえよ!」
思い浮かべた行動をきっちりとしてくれるダウバーン国王。その『この者たち』にはアレント国王も入っているんですかねぇ。
「【プリズン】」
「ぐげっ!?」
「ぶはっ!?」
僕が発動させた結界魔法に弾かれて、飛びかかってきたダウバーンの兵士たちがその場に倒れる。
自分たちを包む半透明の結界にアレントの聖騎士たちは驚いていたが、うちの騎士や副団長のニコラさんなんかは平然としていた。うん、慣れって怖いね。
「ま、とりあえず話した内容をもう一度よく考えて下さいよ。僕たちはこれからザードニアへ向かうんで」
「待てッ!? ザードニアとアレントで我が国へ侵攻して来る気かッ!?」
「アホなことを……。同じ話を向こうにも聞いてもらうだけだよ。下らない小競り合いに力を注ぐよりも、自国に生きる人たちに目を向けてみたらってね」
「ぐぬぬ……! おのれ若造がッ……!」
真っ赤な顔をしてダウバーンの国王が歯軋りをしながら、手の指をわなわなと動かしている。器用な人だ。
それを見ながら嘆息した聖王陛下か口を開いた。
「ダウバーン国王。ワシもよく考えてみることをお勧めする。この提案は決してこの国に害を与えるものではない。のちにそなたが賢王と呼ばれるか愚王と呼ばれるか……。その岐路に立っていると思われよ」
立ち上がった僕らはそのままその部屋を後にした。【プリズン】が阻むのは敵意を持った人間とゴレムだけだ。扉もなんなく通過できる。
部屋を出る際、グレン将軍に頭を下げられた。この国にだってまともな人もちゃんといる。無益な戦いにはいい加減終止符を打つべきだ。
ゴレム馬車が停まっているところまで僕らが戻ると、後ろから誰かが駆けてくる足音がした。
「待って下さい!」
てっきり追手かと思っていたら、国王の横にいた褐色肌の王子様だった。その後ろにはグレン将軍の姿もある。
「なにか?」
「どうか父の無礼をお許し下さい。その上でお願いします。ザードニアに行くのであれば、私も同行させて下さい!」
「え?」
突然の申し出に僕は横にいた聖王陛下と顔を見合わせてしまった。ダウバーンからすればザードニアはまぎれもない敵国。そんなところへ何をしに行こうというのか。
「アキーム王子。我々はザードニアへ先ほどと同じ話をしにいくのだぞ。向こうもこちらと同じような反応をすることも考えられる。そこへダウバーンの王子であるそなたが同行するというのか?」
「わかっております、聖王陛下。しかし私はこの争いを止めたい。そのためには相手をよく知らねばならないのです。ザードニアの中にも私と同じように争いを止めたいと思っている者が必ずいるはず。その者との繋がりを作っておきたいのです」
へえ。あの国王様に比べたらだいぶまともだな。後ろにいるグレンに視線を向けると、彼も小さく頷いている。どうやら本気のようだ。
「連れていって王子誘拐とか言われませんかね?」
「今さらそこを気にするのか? たった今この国の国王に宣戦布告をされたようなものだろうに」
聖王陛下が呆れたような声を漏らす。それもそうか。別にこの国と平和的なお付き合いするつもりはないもんな。今のところ。どちらかと言うとケンカ売られてるし。
「じゃあいいか。グレン将軍も王子の護衛としてついてきてもらえますか? まあ、絶対に危害は加えさせないけど」
「自分でよければ喜んで」
よし。じゃあ変な横槍が入らないうちにゴレム馬車ごと転移してしまおう。僕は指を鳴らして関係者全ての足下に【ゲート】を開いた。
軽い浮遊感のあとに現れたのは、数時間前に見た砂漠と同じような、見渡す限りの雪原であった。どこまでも真っ白な輝きが僕らの視界を…………って、寒っ!
あまりの寒さに慌ててみんなに温暖魔法【ウォーミング】を発動する。
灼熱から一転、極寒へ。とりあえずザードニアには何日か前に連絡がいってるはずなので、さっさとゴレム馬車に乗ってえっちらおっちら氷都ザードへと向かいますか。
■発表されました。これに合わせたので更新が少しだけ遅れたのです。
というわけで、
『異世界はスマートフォンとともに。』
今年の夏、『TVアニメ化』します!
詳しくは活動報告にて。




