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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第29章 邪神降臨。
421/637

#421 配信開始、そして邪神降臨。





「キタ──────────ッ!!」


 ミスミドの獣王が立ち上がり、スマホを見ながら拳を握る。

 大半の家臣たちは驚いて目を見開いているが、宰相のグラーツなど、冬夜からスマホを渡された一部の大臣らは同じようにガッツポーズをとっていた。

 獣王はさっそくダウンロードを開始したが、アプリを起動できるようになるまでの数秒がもどかしい。

 震える指でダウンロードが完了した冬夜のアイコンをタッチする。次の瞬間、獣王の全身に溢れんばかりの力が湧き上がってきた。


「おおおお! これが……!」


 王宮の中庭へと飛び出して、魔力を集中させた。大丈夫だ、いける。


「【フライ】!」


 獣王の身体がフワリと浮かび、上昇を始めた。


「飛んだ! 飛んだぞ! ははははは!」


 横を見ると宰相のグラーツたちも【フライ】で飛んでいる。というか、有翼族であるグラーツは自分の羽で飛べるだろうにと獣王は呆れた。魔法を試したかっただけに違いない。獣王にもその気持ちはわかるのだが。


「【ストレージ】!」


 なにもない空間から剣を取り出す。水晶のように透き通った晶剣だ。

 この【ストレージ】はこのアプリのためだけに用意された共有の貸し倉庫だ。様々な武器や防具、食料などが蓄積されている。誰がなにを取り出したかは記録されるそうなので、壊したり無くしたりすると、後で請求されるとか。


「グラーツ! 一足先に行ってるぞ!」

「あっ! 陛下!?」


 【フライ】を使い、南へと獣王は飛び去る。自前の【アクセル】まで発動させるととんでもないスピードが出た。


「こりゃいい! あっという間に戦場に到着だ!」


 南の平原で襲い来る変異種たちの群れを、王宮戦士団の兵士たちが迎え撃とうとしていた。数の上では二倍以上いる。

 獣王は空中で静止し、【スピーカー】を発動させて、眼下の兵士たちに檄を飛ばした。


『ミスミドの兵士たちよ! 怖れるな! 我が国の力を、あのキンキラキンのガラクタどもに教えてやるのだ! ワシがついているぞ! 力の限り戦え!』


 うおおおおおおぉぉぉぉ!! と武器を天に振りかざし、兵士たちが雄叫びを上げる。獣王は手を兵士たちにかざし、支援魔法を放った。


『【風よ与えよ、祝福の追風、テールウインド】、【光よ与えよ、屈曲の障壁、スキンバリア】!』


 速度を上げる風魔法と防御力を上げる光魔法だ。これでかなり有利に戦える。


『ミスミド戦士団、突撃────ッ!!』

『オオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 戦いが始まった。



          ◇ ◇ ◇



「はあっ!」


 槍を一振りすると、まるで豆腐のように変異種が核ごと真っ二つになる。さすがは晶材で造られた槍だ。刃こぼれひとつしない。

 レグルス皇帝は老骨に溢れんばかりの漲る力を感じていた。

 今度は魔法を試すべく『それ』を発動させる。


「【スリップ】」


 襲い来る変異種たちが軒並み転倒し、そこをフレームギアに乗ったレグルスの騎士たちが次々ととどめを刺していく。この重騎士は共有の【ストレージ】に収納してあったものだ。


『陛下! 危のうございます! どうか後方へ!』

「馬鹿を言え。こんな時に後方にいてなんとする。冬夜殿に笑われてしまうわ」


 重騎士シュバリエに乗ったレグルスの騎士たちに呵々と笑って、レグルス皇帝は再び槍を一閃する。蟻型の変異種が核を貫かれ、黒煙とともに消滅した。

 若き頃はその野心に燃えて戦いの日々を繰り返してきたレグルスの皇帝である。年齢とともにその熱は冷めていたが、ここにきてその熱が再び甦りつつあった。


「楽しいな! まるで若い頃に戻ったようだ!」


 子供のように槍を振り回し、次々と変異種を仕留めていくレグルス皇帝。生身で戦場を駆け抜けてもなんの苦もない。むろん、それは若き頃の経験があってこそのものだろうが。


「レグルスの騎士たちよ! 余に続け! 帝国から奴らを消し去るのだ!」

『おおおおおおおおっ! 皇帝陛下万歳!』


 レグルスから次々と変異種の光が失われていく。



          ◇ ◇ ◇



「ニャニャニャニャっと!」


 ニャンタローの放った疾風怒濤の突きが変異種の核を貫き、消滅させる。これで最後の一体。この場所に出現した変異種は全て駆逐した。


「次はどこニャ?」


 晶材製のレイピアを鞘にしまいながら、ケット・シー仲間であるアトスにニャンタローがたずねる。

 アメリカンショートヘアのような毛並みを持つアトスは、首から紐でかけられたスマホのマップ機能を使って検索する。肉球のついた手で器用にスマホを扱っていた。


「ロードメア連邦の東、マタタビアって村の近くだな。十体ほど出現している」

「美味そうな名前の村だなあ」


 アトスのスマホを覗き込みながら、ペルシャ猫のような体の大きいポルトスがつぶやく。


「十体ほどなら僕らで充分だね。では行こうか、諸君」


 シャム猫の優雅さを漂わせながら、アラミスが剣を抜くと、他のみんなも剣を抜き、揃って天にかざす。


「「「「一猫ひとりはみんなのために、みんなは一猫ひとりのために!」」」」

「【瞬間移動テレポート】! ニャ!」

 

 己の主人である桜も持つ無属性魔法を使い、ニャンタローたちは次なる戦場へと転移する。



          ◇ ◇ ◇



 変異種の体を鋭い爪が砕き、その巨体をもって砕けた残骸を核ごと踏み潰す。

 冬夜を主人とする白銀しろがね率いるドラクリフ島のドラゴンたちは、南のジェム王国に現れた変異種たちを駆逐していた。


「完膚なきまでに消滅させよ。これは我が主、冬夜様の命である」

『ピ』

『ポ』

『パ』


 スマホを持った銀髪の青年バージョンの白銀しろがねが大きく腕を振ると、そのかたわらにいたゴレムメイドのルビィ、サファ、エメラの三体もそれを真似してポーズをとる。


『ゴガアアアアァァァァァァッ!』


 様々な鱗の色をしたドラゴンが襲い来る変異種を迎え討つ。炎のブレスは吸収されてしまうが、白い鱗のドラゴンが氷のブレスを吐き出すと、地面がたちまち氷で覆われ、変異種たちはそれに飲み込まれて動けなくなっていく。

 すかさずドラゴンたちが襲いかかり、白銀しろがねの支援魔法で強化された爪や牙で、容易く変異種たちを斬り裂いていった。

 そのうちの一体が光を収束させ、巨大なレーザーを白銀へ向けて放つ。


「【シールド】」


 白銀は焦ることなく、防御魔法を展開させてレーザーを防ぐ。上級種の粒子砲でもないかぎり、【シールド】を破ることなどできない。


「さすがは冬夜様の魔法です。素晴らしい」


 スマホを握りしめ、白銀は己の主人を褒め称える。その力をこうして使えることに至上の喜びを感じていた。

 その主の敵はすなわち己の敵である。目の前にいる黄金の虫どもを一匹たりとも逃す気は白銀にはなかった。


「殲滅せよ。この地上から消し去るのだ」

『ピ』

『ポ』

『パ』



          ◇ ◇ ◇



「おーおーおー。みんな派手にやってるなぁ……」

「な……、なんだこれは……! 人間どもにこんな力は……貴様ッ、なにをした!?」


 先程までの冷静さはどこへやら。ユラは怒りと疑問と焦燥が入り混じった顔を僕へと向ける。


「聞きたいか?」

「なにをしたかと聞いている!」

「教えない」


 心底馬鹿にした笑いを浮かべ、ユラを煽る。すると歯ぎしりをしながら、殺すかのような怒りの表情を僕へと向けてきた。なんだ、いい顔できるじゃないか。それともそっちがか?

 『望月冬夜』アプリ。

 その名の通り、僕の能力の全てが使用可能になるアプリだ。全ての魔法が使え、身体能力が何倍にも跳ね上がる。ま、神化能力は使えないけどね。

 スマホを媒介として魔力も供給されるので、魔法も使い放題だ。

 これが僕の切り札。状況的にみんなを守れないのなら、自分で守ってもらおうという、ある意味全て丸投げの作戦。

 今まで関わってきた親しい人たちに世界の命運を預ける。無責任とも言える方法だから、できれば使いたくなかったんだけどな。

 まあ、みんなの世界はみんなで守るんだ、と世界会議で王様たちも言ってくれたし、ここは甘えておこう。

 それと、僕のスマホにこの配信が来たということは、向こうの世界と繋がったってことだ。多少タイムロスはあったようだが。

 僕はわざとらしくスマホを操作して電話をかける。


「ああ、もしもし。うん、大丈夫だ。むしろ助かった。ナイスタイミング」

「……待て。お前、誰と話している?」

「え? ああ、変な空間に閉じ込められてさ。もう大丈夫だけど」

「まさか遠話なのか……!? バカな、そんなはずはない! どうして声が届いているッ!」

「うるさいなあ。迷惑だろ」


 また後で、博士との通話を切った。

 ま、キレるのもわかるけどな。この固有結界は言ってみればユラの王国だ。ヤツの許可なしに何者も入れないし、出れない。音だろうと光だろうと全てだ。

 その王国で僕が誰かもわからない人物と通信で話しているのだ。そりゃキレたくもなるわな。

 他のみんなが持っているのは博士の造った魔工学式のスマホだが、僕のは違う。世界神様が自ら再生された神器なのだ。

 以前、世界を超えた時、通話ができなくなって困ったことがあった。それはバビロンに設置された次元門とリンクさせることで解決したのだが、世界が融合してしまった今となってはあまり関係なくなってしまっていた。

 しかしまたこういったことがあると困ると思った僕は、今ちょうど地上したに来ていた世界神様に頼んで【異空間転移】を利用したシステムを組み込んでもらったのだ。

 いつか僕が自力で地球へ戻った時のためにと、世界神様は喜んでパワーアップしてくれた。時間にして一秒くらいで終えてしまったけど。

 僕が閉じ込められても焦らなかったのはこれがあったからである。最悪、花恋姉さんあたりに迎えに来てもらえば脱出はできたのだ。……あまりにも情けないからしなかったけどさ。

 まあとにかく僕らの世界の座標軸がわかった以上、こんなところに用はない。

 本来ならこの馬鹿をぶっ飛ばしてやりたいが、ここでそれをやるとこの結界がどうなるかわからない。神化すればなんとか耐えられるかもしれないが、分の悪い賭けに乗らなくてもいいだろう。


「ネイに聞いたぞ。お前、作戦や戦略は立てるけど、実際に手は下さないんだってな。現場にも立たないし、実際に敵や相手を見もしないんだって?」

「それがどうした。駒となって動く者がいればわざわざ自分がやることはあるまい」

「そこだよ、お前の馬鹿なところは。相手を舐めすぎ。おおかた『神の力』とやらを手に入れて浮かれていたんだろうが……」

「減らず口を! 貴様も同じだろうが!」


 憎々しげに怒鳴り散らすユラ。あれ? こいつ僕を同じ穴のむじなだと思ってる?


「お前……あの邪神……いや、邪神が取り込んだ神ってどんな存在かわかってる?」

「それぐらい知っている! 神自らが話したのだからな! 数多あまたいる神々の中でもくらいをつけることのできない存在。何者にも縛られず、どんな色にも染まらない無色の神だと……「ぶはっ」なにがおかしい!」


 怒髪天を突くユラを横目に僕は腹を抱えて笑い転げる。いや、勘違いしてるから! 無色じゃなくて無職だから!

 ひぃひぃ。オナカイタイ。そうかそうかそういうことか。

 あの見栄っ張りニート神、こいつに都合のいいデタラメな説明をしやがったんだな。


 『お仕事はなにを?』

 『(自宅の)警備関連の仕事を』


 みたいなことか。

 以前、『支配の響針』でドラゴンたちを操り、世界征服を企んだ竜王にも同じように笑わせていただいたが、こいつら同じタイプか。

 力あるものを利用し、それを踏み台にして目的を果たそうとする奴。自分じゃ矢面に立たず、傷付くことを何よりも嫌うって輩だ。相手を格下と決めつけ、効率的にゴミ掃除でもするかのように排除しようとするタイプ。

 だから足下をすくわれる。

 ユラにとって、僕……いや、僕の仲間以外は雑魚としか映らなかったのだろう。いてもなんの役にも立たないと。思い上がりもはなはだしいが。


「ひとつ教えといてやるよ。お前が拾った神ってのはな、神の中でも最下級、『従属神』っていって、言ってみれば使いっ走りのまだ役目ももらっていない神だ。いや、天上界から脱走した罪により、それも剥奪されているからもっと下か」

「なッ……!?」


 人々の魂を散々喰い散らかした邪神と融合してるから、前より強くなっているかもしれないんだけどな。そこが面倒なところなんだが。少なくともあの黄金骸骨の数だけは喰ったのだろうし。

 

「まあとにかくお前の野望はもうじきついえる。ここで指を咥えて見ているがいいさ」

「貴様ッ……!」


 スマホに送られた座標軸を認識して固定し、【異空間転移】を発動する。ユラが何か言いかけていたが、一瞬にして僕は元の世界へと帰還した。


「うおわッ!? ふ、【フライ】!」


 突然の落下に慌てて【フライ】を発動させる。地上数百メートル上空に出てしまった。危なっ! やっぱり【異空間転移】は細かい調整が難しい……。ここって本当に元の世界だろうな?

 眼下を見ると、すぐ近くに都市と高い塔が見える。あれって工都アイゼンブルクのアイゼンタワーか?


「どうやら帰ってはこれたようだな。さて、みんなはどこに……」


 タワーの頭頂部に降り立ち、スマホで検索すると、みんなは僕のいるアイゼンブルクよりはるか後方に移動していた。どうやら黄金宮殿からは脱出したようだ。みんなのところにもあのアプリが配信されているはずだから、無事だとは思っていたけど。


「ッ!?」


 突然、安堵した僕の背筋を悪寒が走る。この気配は……!


「なっ……!」


 僕が黄金宮殿の方に視線を向けると、なにやら大きな光が空へ向けて立ち昇っていた。

 まるで黄金の陽炎かげろうのようにゆらゆらと揺らめいている。僕にはわかる。アレは神気だ。

 だけど世界神様や花恋姉さんのような清らかな神気ではない。禍々しく、いびつで、様々な負の感情を凝縮したような暗い神気だ。

 その煙のような神気が、黄金宮殿上空でゆっくりと形を成していく。

 その異形の姿をどう言い表したらいいのだろうか。

 上半分は蚕蛾かいこがのような昆虫の形態をしている。大きな触角と複眼を持ち、虫と同じく六本の腕があり、背中には巨大な蛾の羽が六枚生えていた。

 それに対し、下半分は腹部のところから蛇のような長い胴体が伸びている。かなりの長さの蛇腹が神気をまとい、ゆっくりとうねっていた。

 かつてこの地で戦った、魔工王が蘇らせた巨大ゴレム・ヘカトンケイル。あれよりもはるかに大きい。

 以前見た獣のような面影は微塵もなかった。

 そいつはゆっくりと大きなその羽をはためかせ、降下していく。その巨体ゆえ、飛ぶことはできないのだろうか。物質化した暗金色の巨体により、下敷きになった黄金宮殿は粉々に圧壊されていった。

 砕けた宮殿の残骸の上に、そいつは悠々と降り立つ。まるでこの地上の支配者のように。


「あれが……進化した邪神……」


 禍々しく輝く複眼が、まっすぐに僕の方へと向けられていた。







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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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