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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第29章 邪神降臨。
418/637

#418 渇望、そして『王』の力。

■前回に続き、主人公視点ではありません。





 大地を駆ける。背中と腰部のバーニアがさらに竜騎士ドラグーンを加速させた。

 背中から二本の晶材でできた小太刀を抜き放つ。ゼノの乗る偽騎士フェイクスも、向かい来る竜騎士に対し、右手に持った暗金色の剣を振りかざす。

 ガキャアッ! と鈍く重い音がして、剣と小太刀がぶつかり合った。


「むっ……!」


 エンデは内心で驚きの声を上げていた。フレイズのかけらで作られた晶材。それを冬夜の馬鹿みたいな魔力で強化された小太刀を、こうも簡単に受け止められるとは思ってもみなかったのだ。

 流れるように反対側の手に持った小太刀を振るうが、こちらも盾で防がれた。どうやら剣と同じような材質でできているらしい。


「その剣と盾、普通のものじゃないね?」

『くくっ、その通り。ユラが手を加えた特別製さ。奴に借りを作ったのは癪だがね』


 確かにエンデの目にも剣と盾から異様な『気』とでもいうようなモノが漂っているのがわかった。その揺らめく陽炎のようなオーラからは悪しき力を感じる。


「……前はこんな力無かったんだけどなぁ……」


 エンデが苦笑しながら思わずつぶやく。これが冬夜の言っていた【眷属特性】ってやつなのか? と、己が身ながら呆れる。

 これが【眷属特性】ならば、間違いなく師匠である武神の加護であろう。嬉しいような嬉しくないような微妙な気持ちを味わいながら、エンデは偽騎士と距離をとった。


「まずはあいつをあのガラクタから引きずり出さないとな」


 エンデは再び竜騎士のスロットルを全開にし、攻撃に入った。斬りつけては退がり、斬りつけては退がりのヒット&アウェイを繰り返していく。

 機動力を活かした攻撃こそ竜騎士の真骨頂。少しずつではあるが、ダメージを与えようと隙を狙っている。


『ハッ! ぬるい。ぬるすぎるわ、小僧! そのようなチマチマした攻撃でワシが斬れるかよ!』


 攻撃してきた竜騎士の腕がタイミングを見計らった盾で強打される。刀身を盾で受けるのではなく、その前に腕を強打されたのだ。

 突然の衝撃にバランスを崩した竜騎士の首を狙い、暗金色の剣が横薙ぎに振るわれる。


「くっ!」


 咄嗟に機体を沈ませて、エンデはその剣を躱した。いや正確には躱し切れず、右のアンテナホーンの先端が切断されてしまった。

 しゃがんだまま両足のギアをバックに入れて、後方へと高速移動する。


『逃がすか!』


 ゼノの乗る偽騎士が、逃げる竜騎士へ向けて盾を投げつける。投げられた盾は高速で回転し、鋭い凶器となって右車輪のひとつを砕いた。


「っとっ!」


 急に右足だけが作動不能になったため、バランスを崩して竜騎士が地面へと倒れ込む。すかさずそこへゼノの偽騎士が駆け込んできて、頭上から剣を振り下ろした。


「くっ!」


 咄嗟に小太刀で払ったが、そのパワーに竜騎士の手首のフレームが悲鳴を上げる。

 元々竜騎士はその機動力を保つため、装甲は薄く、基本フレームも頑丈にはできていない。先ほど見せたヒット&アウェイが戦い方の基本で、打ち合いをするような機体ではないのだ。


『どうした! もう終わりじゃあるまいな? もっと楽しませろ!』

「ギラといい、こいつといい、戦闘種は付き合うのが疲れるね……。ごめん、メル。ちょっと力を貸してくれるかい?」

「もちろんです。これは私の戦いでもあるのですから」

『む?』


 竜騎士が手にしていた小太刀を地面へと二本とも落とす。

 次の瞬間、パキパキパキ……と、竜騎士の肘から先に水晶の結晶が現れ、その両腕を覆っていった。透き通った氷のようなそれは、瞬く間に竜騎士の両腕を包み込み、両拳の先に鋭い先端を二つ持つガントレットを形造った。同じように膝から下、脛までも水晶でコーティングされていく。


『【結晶武装】か。そうこなくてはな』


 フレイズの支配種は精神を戦闘モードに切り替えることにより、その体を結晶強化することができる。通常、これは本人にしかできず、他人に、ましてや無機物に施すなど、『王』にしかできないことであった。

 単に結晶体を生み出したり、それに相手を閉じ込めたりするだけならゼノにもできる。しかしそれを適した形状に変化させ、様々な付与、強化することなどはできない。

 支配種が持つ結晶操作の能力、『結晶術』の天才、それがフレイズの『王』メルであった。

 この『王』の下で仕えていたときから、ゼノは心の奥に燃える小さな炎をずっと抱えていた。

 彼の弟は『王』の持つその力を取り込み、自らが『王』とならんという欲望を持っていたが、ゼノは違う。

 次元を超え、世界を渡る術さえも生み出すほどの天才であるこの『王』を、自分の力で潰したい。自らの力を誇示し、戦いの果てにその『核』を完膚なきまでに砕いてやりたいと思っていた。

 憎しみなどではない。どちらかというと憧れに近い。至高の存在。だからこそ、自分で破壊したいという歪んだ欲望がゼノにはあった。

 しかし、忽然として『王』は【結晶界フレイジア】から姿を消した。あの時の喪失感は筆舌に尽くしがたい。

 その『王』と再びこうしてあいまみえたこと、それに関しては、ユラという男に心から感謝しているゼノであった。

 だから『王』との戦いに邪魔なものは排除しなければならない。この機体に乗る小僧をまず排除しなければ。

 ゼノが乗る偽騎士は、手にした剣を丸腰の竜騎士へと振り下ろす。

 ガキィンッ! と甲高い音を立てて偽騎士の剣が竜騎士のガントレットに受け止められた。


『むっ!?』

「さて、ここからは師匠直伝の技でお相手するよ」

 

 絡め取るように剣を持つ手を左手で掴み、それを引きつつ、真下から右手で肘の部分を打ち砕く。ガギャッ、と鈍い音がしてゼノの操る偽騎士の右肘が破壊された。

 偽騎士とて、装甲の薄い部分はやはり関節部分である。人と同じ動きをするために、可動部はどうしてもそうせざるを得ない。

 それでも変異種の仲間である以上、再生はする。普通の偽騎士フェイクスの場合、乗り手である黄金骸骨がその能力の要となっているのだが、ゼノたちの乗るトゲ付きの偽騎士は、その能力を乗り込む支配種が担っていた。

 もともと変異種はフレイズの『変異種』である。黄金骸骨ができることを支配種ができないわけはなかった。

 だがしかし、フレイズと変異種は似て非なるものである。自分の体のようにスムーズに再生とはいかなかった。

 そしてその隙を見逃す武神の弟子ではない。


武神流ぶしんりゅう秘技、神羅しんら螺旋掌らせんしょう


 わずかな神気が込められた竜騎士の掌が、螺旋の光を伴って偽騎士のコックピットを襲う。


『ぬぐっ!?』


 咄嗟にゼノは残った左手でそれを防いだ。本能的に危機を感じたがゆえの行動であったが、戦場で培ったその判断は正しかったと言える。

 音だけは派手であったが、ゼノには軽く叩かれたようにしか感じなかった。しかし、防いだ偽騎士の左腕は砂糖菓子が崩れるように破壊されたのである。


「外したか……」

『なんだその力は……!』

「内緒」

 

 神気を操る神の眷属といっても、なりたての初心者にすぎないエンデにとって、この力は借り物のようなものだ。自由自在に操れるほどではない。それでも武神という戦闘において『気』のコントロールに長けた神の眷属であるから、その点は徹底的に仕込まれている。嫌になるほど。


「本来武器を持って戦うのは得意じゃないんだ。この竜騎士の戦闘スタイルだとあの戦い方が一番効率がいいってだけでね」


 打たれ弱い竜騎士で武神流の戦い方をすれば、打ち付けた拳は潰れ、使い物にならなくなってしまう。

 格闘戦に特化した機体であるエルゼのゲルヒルデと竜騎士は違うのだ。もしゲルヒルデと同じようなタイプの戦闘をするなら、大幅な改造が必要になってくる。エンデはエンデでこの竜騎士を気に入っていたし、そこまでする必要はないかと考えていたので改造を断っていた。

 本来ならば殴り合いなどできぬ竜騎士であるが、メルによる【結晶武装】のおかげで、エンデ本来のスタイルで戦うことができる。おまけに神気を流しても耐えられるほどの耐久性だ。

 これならば多少の無茶もできるとエンデは判断した。と、言ってもエンデの実力では神気を練れるのはあと一回が限度なのだが。

 偽騎士フェイクスの砕かれた右腕が剣の形に再生されていく。簡略化を図り、再生スピードを上げたらしい。

 黄金の剣と化した右腕が竜騎士を襲う。腕に覆われた【結晶武装】のガンドレットでそれを受け止めた竜騎士であったが、そこに予想もしてなかった方向から攻撃が加わった。


『くらえッ!』


 突然、偽騎士のバイザーのような目から、眩しい光が放たれたのである。


「くっ!?」


 コックピット内のモニターが突然の光に覆われてしまい、エンデは偽騎士の姿を一瞬だけ見失った。

 次に画面が切り替わるようにモニターに現れた偽騎士は、今まさにその右腕の剣を槍のように突き出さんとしている姿であった。

 狙いは間違いなくコックピット。それを察知し、貫かれる前にエンデが回避行動をとったため、偽騎士の剣はコックピットではなく竜騎士の左肩に深々と突き刺さった。


『ちっ』


 ゼノは突き刺したその剣を引き抜こうとしたが、なぜか抜けない。見ると貫いた剣先が結晶化し、竜騎士に固定されてしまっている。メルによる【結晶武装】の力だ。


「今度はこっちの番だ。受け取れ」

『しまっ……!』

武神流ぶしんりゅう秘技、神羅しんら螺旋掌らせんしょう


 再び神気を纏った掌が、今度はガラ空きになったボディへと叩き込まれる。

 軽い叩かれ方だったにもかかわらず、固定された右腕を竜騎士に残して、ゼノの偽騎士が後方へとバラバラになりながら吹っ飛んでいく。

 数回バウンドして粉々になった偽騎士はそれから動くことはなかった。


「目潰しは卑怯だよなぁ」


 神気を使い果たし、ボロボロの竜騎士の中でエンデはひとりごちる。この戦いを、たぶん、いや絶対に師匠である武神も見ていることだろう。今の戦いはどう言い訳しても及第点とは思えない。間違いなく地獄の特訓コースが待っている。そう考えると暗澹たる気持ちが浮かんできた。

 しかしこれで終わりではない。

 モニターの中、動かなくなった偽騎士から、ゼノが這い出してくるのが見えた。無傷のようである。


『『王』よ! 我らが『結晶界フレイジア』を捨てし、フレイズの『王』よ! 我が最後の渇きを潤し給え!』


 ゼノの全身を覆う赤い結晶が増殖していく。鎧のように身を包み、刺々しく凶々しい、凶悪な姿へと変化していった。

 ゼノの【結晶武装】である。彼の戦いはまだ終わってはいない。そもそも自分の体ではない偽騎士フェイクスでの戦いなど、彼にとっては前座に過ぎなかった。


「ここからは私が。見ていて下さいね、エンデミュオン」

「最後は女の子に任せるってのはどうなんだろうね……」


 そう言いつつも止めることはできないとわかっているエンデは、素直に竜騎士のコックピットハッチを開いた。

 とん、とメルが軽くハッチを蹴り、宙へとその身を躍らせる。

 まるで重力をコントロールしているかのように、スーッとゆっくり降下して、彼女は危なげなく地面へと着地した。

 その横へ、ネイとリセが駆け寄ってくる。


「ネイ、リセ。貴女たちは手出し無用です。全てわたくしにやらせて下さい」

「しかし、メル様……!」

「仮にも元『王』であるわたくしが、挑戦を受けて逃げるわけにもいきません。それに……久しぶりの戦いに少しだけ胸が躍っているのです」


 軽く微笑んでメルが歩き出す。正面には【結晶武装】したゼノが仁王立ちしていた。

 ゆっくりと歩くメルの身体がアイスブルーの結晶に覆われていく。氷のドレスを着ているかのような繊細、かつ優美なフォルムを持つ鎧をその身に纏う。さらに全身にはイバラのようなものが巻きついていた。まるで青き薔薇の化身といったところか。

 メルが足を止める。対峙する赤と青。


「もはや言葉はいりますまい。その身、砕かせていただきます、『王』よ」

「できるものなら。『王』としての地位や名は捨てましたが、力まで捨ててはいません。存分に味わいながら砕け散るがいいでしょう」


 不敵に笑うゼノに表情を変えることなく告げるメル。


「そうこなくては!」


 狂気に触れたかのように笑いながらゼノが突撃する。両腕が剣の形を取り、跳躍したゼノの赤い刃がメルへと襲いかかった。


「【薔薇晶棘プリズマローズ】」


 メルの全身に巻きついていたイバラが動き出し、何本もの防御網となってゼノの攻撃を止める。このイバラはメルの意思により自由自在に動く、武器であり防具でもあった。

 流れるようにゼノの腕に絡んだイバラは、大きく振りかぶり、彼を地面へと容赦なく叩きつけた。

 ゼノの右腕が千切れる。自由に動くメルのイバラは、ゴミを捨てるかのように千切れた右腕を投げ捨てた。


「くはははははッ!」


 笑いながらゼノが立ち上がり、残された左手からいくつもの赤い水晶の矢を放つ。

 メルは表情ひとつ変えずに、操る水晶のイバラでそれを打ち落とした。が、落とされた矢が地面へと突き刺さり、突如として大爆発を起こす。

 轟音とともにメルを中心とした地面が吹っ飛ぶ。土煙が上がり、辺りが見えなくなってしまったが、駆け抜ける風がすぐにそれを吹き飛ばした。

 土煙が晴れたそこには、傷ひとつないメルが平然と立っていた。

 そのメルへ向けて右腕が再生したゼノが再び突っ込んでいく。再生された右腕は大きな槍状となり、『王』を貫かんと一直線に飛んできた。


「もらったッ!」


 槍がその胸を貫くかと思われた瞬間、メルの姿がかき消える。

 一瞬にしてゼノの背後に現れたメルは、無数のイバラによって瞬時にゼノを拘束してしまう。ぐるぐるとゼノの身体に巻かれたイバラから、長い棘が飛び出して、赤い水晶の身体を貫いた。

 一本のイバラが高く振り上げられる。


「【晶輝切断プリズマギロチン】」


 いばらの先に現れた、大きななたのような重い刃が、ぐるぐる巻きにされたゼノを真っ二つにぶった斬る。

 二つに両断されたそれをまたしてもゴミのようにメルは地面へと投げ捨てた。

 身体を砕かれながら、ゼノの心中は恐怖と歓喜に満ちていた。圧倒的な『王』の力によって潰される恐怖と、それを味わえる歓喜。


「くはははは! こうだ! 戦いとはこうでなくてはならない! 死と隣り合わせ、己より強い相手に立ち向かう喜び、そして勝利への渇望! 素晴らしい! 我が生はここにある!」

「理解できませんね」


 腕だけで立つゼノの腰から、下半身が再生されていく。メルは攻撃を仕掛けるでもなく、ただそれを眺めていた。

 わずか数秒で完全に全身が再生されたゼノの身体は、さらにひとまわり大きくなり、水晶の獣人のような変化をとげる。その喉元には一際赤く光る『核』の存在が見えていた。

 ゼノの目はすでに血走り、正気を保ってはいない。この男は死に場所を求めていたのかもしれないと、竜騎士のモニター越しにエンデはなんとなくそう感じた。おそらくはメルもそれを感じとっていることも。


「【極晶武装】……。いいでしょう。受けて立ちます」

「ガアァァァァッ!」


 野獣のような雄叫びを上げて、ゼノがメルへと飛びかかってきた。

 喉元の核が眩いばかりに赤く輝く。ゼノが持つ全ての力が解放されているのだ。ゆえに、それは体力や精神力、果ては生命力までをも込めた乾坤一擲けんこんいってきの一撃であった。

 周囲に甲高い破壊音が響き渡る。

 やがて静寂が訪れ、エンデたちの目に飛び込んできたものは、全ての力を込めたゼノの一撃を左手でしっかりと受け止めているメルの姿だった。

 その手にはヒビ一つ入ってはいない。

 メルはゼノの拳をそのままゆっくりと握り締めていき、顔色ひとつ変えず粉々に砕いた。


「満足しましたか」


 ゼノが答えることはない。【極晶武装】はフレイズの支配種にとって、命を極限まで削って纏う死装束。すでに意識は失われているだろう。

 目を閉じたメルの背後から、イバラの槍が飛び出して、ゼノの喉元を貫く。ビー玉のような赤い『それ』は粉々に砕け散り、それに伴って、かつてフレイズの将軍と呼ばれた存在がガラガラと物理的に崩壊する。

 戦うことしかできなかった一人の支配種が、その生涯を終えた。

 きびすを返し、メルは仲間たちの下へと歩き始める。フレイズの元『王』は、かつて部下であった男の亡骸に振り返ることは一度としてなかった。











■遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年も『異世界はスマートフォンとともに。』をよろしくお願いいたします。


■正月早々体調を崩しました。皆さんはご自愛くださいますよう。

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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
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