#417 乱戦、そして『王』と将軍。
■途中で視点が変わります。
戦場に高らかに歌声が響く。桜の乗る白い機体、ロスヴァイセから放たれた歌唱魔法だ。その歌声は一定時間、僕らの足を軽やかに運ばせ、敵の足を鈍らせる。
フレンチ・ポップスのスタンダード・ナンバーが流れる中、僕らは偽騎士の群れと激突した。
「形状変化・突撃槍」
僕の専用機、レギンレイヴの背中にある十二枚の水晶板が融合し、大きな水晶の突撃槍へと変化する。
「【アクセルブースト】!」
加速魔法をかけ、地面スレスレの宙を疾走する。偽騎士の群れを突撃槍で次々と砕いていき、海を割ったモーゼのごとく、敵陣を真っ二つに引き裂いていく。
『粉々になれえッ!』
スゥのオルトリンデ・オーバーロードが手にしたハンマーを振り下ろした。今回はハンマー投げのハンマーではない。本物の戦鎚だ。
特殊な能力など何もない、打撃面積が広いだけの単なる鉄の塊。しかし、巨大なオルトリンデ・オーバーロードが持つハンマーはそれだけで恐るべき凶器と変わる。
今も僕が砕いた偽騎士から零れでた黄金骸骨を、その巨大なハンマーでぺしゃんこにしているところだ。それを避け、逃げようとしても蟻のようにオルトリンデの足が容赦なく踏み潰す。────蹂躙。まさにそれであった。
スゥの乗る黄金に輝くオルトリンデ・オーバーロードと、鈍く暗金色に光る偽騎士では同じ金色でも格が違う。
『やっ!』
まるで下手くそなゴルフスイングのようにオルトリンデがハンマーを振るうと、数体の偽騎士がバラバラになりつつ宙を舞った。
それを後方から飛んできた晶弾が、偽騎士に乗っていた黄金骸骨ごと的確に撃ち抜いていく。
ユミナが操る銀のブリュンヒルデだ。正確無比なその射撃により、僕らは背中を心配する必要がない。
『はあああああああぁっ!』
それを知っているからこそ、エルゼもああして躊躇いなく突っ込んで行けるのだろう。……たぶん。
エルゼが赤き戦神、ゲルヒルデで襲いかかる偽騎士を次から次へと砕いていく。
『粉砕ッ!』
偽騎士のコックピットをゲルヒルデの拳が打ち砕く。と、同時に腕に仕込まれた晶杭が、薬室で爆発した【エクスプロージョン】で撃ち出され、乗っていた黄金骸骨に追い討ちをかけるように突き刺さった。
ご丁寧にキッチリと砕いた骸骨を念のため踏み潰していく。核が残っていると面倒だからな。
『九重真鳴流奥義、蜂刺一突!』
『レスティア流剣術・五式、【螺旋】!』
紫の鎧武者とオレンジの騎士が背中を互いに任せるように、目の前にいた偽騎士のコックピットをそれぞれ貫いていた。八重のシュヴェルトライテとヒルダのジークルーネだ。
まるでコマのように二機のフレームギアが背中合わせで回転しながら、敵陣を突き進む。その度に暗金色の残骸がガラガラと辺りにばら撒かれていく。
そこへ飛んできた砲弾がさらなる追い討ちをかける。遠距離タイプのCユニットを装備したルーのヴァルトラウテが放った砲弾だ。
エメラルドグリーンの機体から放たれた砲弾は、敵の頭上でバラバラに分解した。それをスイッチにして、詰められたいくつもの小さな晶弾に【グラビティ】が発動し、何トンもの重さを持った弾丸が雨霰と降りそそぐ。
かつてフレイズの上級種にやられたクラスター爆弾もどきだ。
同じようにオーバーヒートから再起動したリーンの黒きグリムゲルデも砲弾の雨を見舞う。
その上を飛行形態で飛ぶリンゼのヘルムヴィーゲ。青いボディのその機体からは、上空からの戦場の様子がみんなへと逐一送られている。
さらにヘルムヴィーゲが地上に放つ【アイスウォール】により、偽騎士たちは行く手を阻まれ、動きを誘導されていた。さすがだな。
ふと横を見ると、エンデの竜騎士が戦場から離れていく。もちろん敵前逃亡などではない。
なぜならその後ろを追いかけるように、トゲ付きの偽騎士たちが向かっているからだ。
フレイズの将軍、ゼノとやらの相手はエンデたちに任せることになっていたので、先ほどフレイズ三人娘たちの【プリズン】を解除した。そうすることによって、エンデ機は敵側にいる支配種たちに、自分たちの存在を示しているのだ。
フレイズの『王』はここにいるぞ、と。
つまりエンデ機は囮の役ってわけだ。しかしあのゼノ将軍率いるトゲ付きの配下はずいぶんといるようだが、あいつ大丈夫かね?
「おい、エンデ。ずいぶんとモテモテのようだけど大丈夫か?」
『なに、冬夜ほどじゃないさ。僕らを追いかけてこっちに来てるのは変異種じゃない。結晶界から来たメルたちと同じ支配種……フレイズだよ』
変異種化してないってことか? よく取り込まれなかったな……。それともなにか理由があるのだろうか。
「エルゼ、桜、悪いけどエンデの方を手伝ってもらえるか。あくまでサポートメインで」
『仕方ないわね。頼りないダメな兄弟子をフォローしてあげるわ』
『王様の足を引っ張る……許さない。サクッと倒して』
『冬夜……。君んとこの彼女たち酷くないかい?』
「素晴らしい女性たちですが、なにか?」
エルゼと桜も聞いているであろう通信にそんな言葉を返した。それ以外答えようがあるか。
エンデの竜騎士を追いかけるようにあちらへと向かっていったトゲ付き偽騎士は約二十体。
それを追いかけてエルゼのゲルヒルデと桜のロスヴァイセが駆けていく。
向こうは二人に任せよう。こっちはこっちで早いところ片付けないとな。
◇ ◇ ◇
「ここらでいいか」
エンデは愛機である竜騎士をくるりとターンさせて高機動モードを解除し、迫り来るトゲ付きの偽騎士と真正面から対峙した。
「本当にいいのかい?」
「ええ。これは私が決着をつけないといけないから」
後部座席に座る、彼の恋人でありフレイズという結晶生命体の頂点に立つ『王』であったメルが静かに頷く。
彼女の決意が固いことを確認すると、エンデは竜騎士のコックピットハッチ開閉ボタンを押した。
前面にあるモニターが上部へと移動し、胸部ハッチが上下にと開かれる。
せり出したそのハッチの上に、高さによる恐怖など微塵も感じさせない瞳でメルが立つ。その姿たるや威風堂々。まさに『王』と呼ぶに相応しい姿であった。どこかの公国の王とは雲泥の差である。
すでに冬夜からもらった人間の姿へと幻を纏うペンダントは外している。そのアイスブルーの瞳はまっすぐに向かってくる偽騎士たちに向けられていた。
同じように竜騎士の右手に乗るネイ、左手に乗るリセも元の姿へと戻っており、『王』を守護する近衛のごとく控えていた。
一定の距離を保ち、偽騎士たちはその歩みを止めた。
やがて竜騎士と同じように、偽騎士のコックピットハッチが次々と開いていく。中から姿を現したのは、太陽に煌めく結晶の鎧を身に纏った、フレイズの支配種たちであった。
その中でも大きな偽騎士から、他とは違う雰囲気を漂わせた一人の男が太陽の下に姿を現すと、メルたちの目がわずかに細められた。
まるで血塗られたように真っ赤な結晶を纏う支配種。フレイズに老化という現象はない。核から発生し、ある時期を境に成長は止まる。これはこの世界のエルフや妖精族と同じだ。
メルたちの前に姿を晒した男は年の頃は人間なら二十代半ばといったところか。その目は猛禽類のように鋭く、不敵な笑みを浮かべていた。
かつて結晶界で、幾万ものフレイズたちを率い、襲いくる別種族や魔獣たちを蹴散らしていたフレイズの大将軍、ゼノ。それが男の名であった。
「久しくお目にかかりますな、『王』よ。ご無事そうでなにより」
「私はもう『王』ではない。世辞はいらぬ。将軍……いやゼノ。聞こう。なにゆえ結晶界を出たのか。そなたには次代の『王』を支えるようにと命じたはずだが?」
遠く離れているというのに距離を感じさせることなく二人の声が届く。支配種たちにとってこのようなことはなんでもないことである。
他の支配種、及びエンデにも二人の会話は届いていた。なにも聞こえないのは後方から応援に駆けつけているエルゼと桜のみである。いや、聞こえてはいるが言葉としては捉えてはいないだろう。何か話しているらしい、とは感じたようだが。
「次代の『王』と申されたが……失礼ながらあの方は『王』の器にあらず。それを認めているからこそ、そこの二人も貴女を追って結晶界を飛び出したのでは? 我々も腑抜けた『王』に仕えるのは御免被るというだけのこと」
ゼノの言葉を聞き、竜騎士の手に乗るフレイズの姉妹がゼノを睨みつける。口を開きかけたネイを制して、メルが言葉を返した。
「我が弟が腑抜けと?」
「然り。融和や共存、そのような惰弱な考えなどフレイズには不要。邪魔ならば滅ぼし、必要ならば奪えばいいだけのこと。そのような弱者の考えを持つ『王』など、とても仕える気にはなれませぬ。戦いという本能を捨てた者を、腑抜けと呼んでも致し方ないことかと」
ニヤつくゼノに対し、一切表情を変えないメル。
この男の頭には『戦い』という文字しかない。ギラの兄と言うだけあって、考え方は戦闘種そのものだ。弟のように見境なく戦いを仕掛けるのではないにしても、根本的なところは同じなのだ。
「私が『王』を倒すことも考えましたがね……。あのような坊やと戦っても心が躍らない。そんなときですよ、ユラが現れたのは。『王』と戦える戦場を提供するという奴の言葉に乗ったわけです。金色の妙な力は断りましたがね」
「なるほど。やはりユラが手引きしていたのですね。それで? ユラはあの中にいるのですか?」
「さあ……。しばらく会ってませんからね。それよりも『王』よ。そらそろ我ら戦闘種の渇きを潤してはもらえませぬか」
獰猛な肉食獣の笑みをゼノが浮かべる。
「いいでしょう。もはやあなたがたにはどんな言葉も届かぬ様子。かつて『王』であった者のつとめとして、せめて引導を渡しましょう」
「恐悦至極」
慇懃にメルに礼をし、己の偽騎士へと戻るゼノ。
エンデの乗るコックピットへエルゼから通信が届いた。
『で? 結局話し合いはどうなったの?』
「決裂だね。ま、元から話し合う余地なんかなかったけどさ。それでも事情は知っておきたかったし、ある意味予定通りだよ」
『じゃあ周りのやつ、潰すわよ?』
「お任せするよ」
エンデが答えると、すぐに偽騎士たちの後方に控えていた桜のロスヴァイセから歌が流れ出す。
ノリのいいリズムに乗せて桜の歌声が戦場に響き渡った。
相変わらず原音のまま歌っているので、その意味をこの世界の人間が知ることはない。
イギリスの二人組ミュージシャンの曲で、日本では「ウキウキ」という変わった用語を邦題につけられたが、その曲の素晴らしさは少しも失われてはいない。
その曲に鼓舞されるように、エンデたちとエルゼの瞬間判断能力、及び彼らの駆るフレームギアの魔煌炉が活性化される。
『行くわよ、ゲルヒルデ!』
拳を打ち鳴らして赤き破壊神が戦場を駆けた。大地を蹴り、背中のターボブースターを使って地上を滑るように一気に敵機へと迫る。
腰に構えた拳を繰り出し、稲妻のような一撃でコックピットを打ち砕く。
行き掛けの駄賃とばかりにガオンッ! と、パイルバンカーが打ち出された。乗っていた支配種が吹っ飛んで粉々になる。
『ひとぉつ!』
拳を引き抜いたゲルヒルデに横から別の偽騎士が剣を振りかざし襲いかかる。くるっと回転してそれを避けながら、ゲルヒルデの鋭い回し蹴りが放たれた。踵部分から飛び出した晶材のブレードが、偽騎士をコックピットから上下真っ二つに破壊する。
『ふたぁつ!』
嬉々としてトゲ付きの偽騎士を砕いていくエルゼ機を見て、妹弟子ながら薄ら寒いものを感じたエンデである。
「まあ、まともな子が冬夜の伴侶になるわけがないんだけどさ……」
あそこの婚約者たちは大なり小なりおかしい。本人たちの前では決して言うことはないが。
エンデだって命は惜しいと思っている。いかなる時間、いかなる世界においても、女性を怒らせることほど愚かなことはない。
「ま、僕らは僕らの相手を潰せばいいんだ」
剣と盾を構えるゼノが搭乗したトゲ付きの偽騎士に、エンデは竜騎士を向けた。
戦いの邪魔にならぬよう、ネイとリセが地上へと飛び降りる。
「いいか、エンデミュオン! メル様を危険に晒したらただではすまないと思え!」
「最悪メル様だけは無事に返して」
「君ら、応援とか励ましとかそういったものはないのかい……」
二人が映るモニターを見ながらがっくりと肩を落とすエンデ。それを見て小さな笑みを浮かべるメル。
「あら、二人に励ましてもらいたかったの?」
「いや……そういうわけじゃないけど。君の応援さえあれば僕には充分だし」
「ふふ、ありがとう。じゃあ頑張ってね。応援してるから」
「ああ、任せてくれ」
踵部のヒールが後方に跳ね上がり、爪先のアンカーが外されて、竜騎士が高機動モードへと移行する。
まるで竜が咆哮するかのごとく、両脚部の小型魔煌炉が唸りを上げた。どうやら彼の愛機もやる気充分らしい。
「いくぞ、竜騎士!」
スロットルを全開、フレイズの『王』を乗せた竜騎士はかつてない速さで地上を滑り出した。
■今年最後のイセスマをお送りしました。しばらくはバトルが続くかもしれませんが、フレイズ編の最後へ向けて頑張りたいと思います。良いお年を。
■皆さんのおかげを持ちまして、拙作『異世界はスマートフォンとともに。』の重版が決まりました。ありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。




