#415 集結、そして駐屯地。
「……よし、じゃあ行くぞ」
開いた【ゲート】をくぐり、アイゼンガルドの地を踏む。
僕に続き、ユミナ、スゥ、エルゼ、リンゼ、八重、ヒルダ、桜、ルー、リーンと、同じようにみんなも【ゲート】をくぐって『聖樹』のある森へと転移してきた。ついでにポーラも。
その場に留まり、しばし待つ。
「どう?」
「あたしは何も。特にこれといって」
「拙者も同じく」
エルゼと八重が身体を軽く動かしながらそう答える。他のみんなも調子が悪くなるとかの大きな変化はないようだ。いや、ポーラ、お前はたぶん影響ないから。
僕も大きな変化はないな。若干気持ち悪さを感じるが、なにかマズい食べ物を食べた、くらいのレベルだ。
どうやらもうだいぶこの辺は浄化されたらしい。僕らはなんとか大丈夫だけど、姉さんたちはまだ様子見した方がいいか。
「ふわあ、大きくなったのう〜」
スゥが背後にそびえ立つ『聖樹』を見上げる。小さかった苗木の面影はカケラもなく、太い幹と高い樹高に首が痛くなる。これ何十メートルあるんだ?
すでにフレームギアや周りの森の木々よりも突出して高くなっており、まさに『森の主』と言わんがばかりの風貌を醸し出している。
「キラキラしてきれい」
「です、ね」
桜とリンゼが見上げる先、『聖樹』の葉からは浄化した魔素が風に乗ってキラキラと輝き消える。確かに綺麗だな。
「陛下、それに皆様方、どうぞこちらへ」
呆然と『聖樹』を眺めていた僕らに、先行していた騎士団副団長のニコラさんが声をかけてきた。
設営してあった大きなテント内に入ると、すでにそれぞれの国の騎士団の団長や副団長が円卓についていた。うちの騎士団団長のレインさんもいる。
決して難しい顔をして作戦を練っているわけでも、喧々囂々と議論を交わしているわけでもない。
なんとも緩い空気の中で、お茶を飲みながら談笑をしていた。それでも僕がテントに入ると、起立してそれぞれの国の敬礼をしてくれたが。
「状況はどうなっています?」
「今のところはなにも。あのフレームギア型の変異種……偽騎士、でしたか。アレの攻撃は続いていますが。それほど多くはないので順番で休憩しつつ、迎撃しております」
ベルファスト王国の副団長、ニールさんが答えてくれた。それに続くように、レスティア騎士王国の副団長、フランツさんが口を開く。
「心配なのは上級種が襲ってこないかということですが……」
「ああ。たぶん上級種はここまで来ないと思います。というか、いきなり出現はしないと」
「はて? それはなぜです?」
「今までの出現した上級種は、言ってみれば来訪者。この世界の様々な場所に異界からたまたま出現した形なんです。それを僕らが場所を特定し、迎撃していた。つまり狙った場所にあいつらは出現できないってわけでして。そして今回、ここを襲ってきている変異種はアイゼンガルドで生まれたいわば在来種。上級種が来るとしても、突然空間を破って現れる、という形にはならないと思います」
やって来るとしたら、アイゼンガルドの首都・アイゼンブルクの近くにある黄金宮殿からえっちらおっちらと、だな。上級種はその巨体ゆえ、動きは鈍い。アイゼンブルクにあるアイゼンタワーにはバステトたちが残した監視カメラもあるし、ここまでくる間に発見できる。
おそらく向こうもそれが分かっているから、偽騎士なんてものを出してきたんじゃなかろうか。
「とはいえ、油断は禁物。斥候隊を組織して、監視と警戒を怠らないようにしなければなりません」
「はい。そちらの方は『紅猫』の方々が引き受けてくれましたので、大丈夫かと」
そうレインさんが教えてくれる。ニアたちが? へえ、珍しい。……後でなにか請求されたりしないだろうか。
そんな僕の心を読んだかのように、ニコラさんが言葉を続ける。
「その代わり、陛下が来たらここに風呂場を作ってもらう、と」
もう請求されてた! いやまあ、気持ちはわかるけども!
「風呂ですか。いいですなあ。確かに汗を流したくなる気持ちはよくわかります」
「この地はなぜかじめっとしてますからな。日中は特に蒸し暑い」
「我らの騎士団は女性騎士も多く、そのような陳情も確かにあるのですが……」
へいへい……作りますよ。各国の団長、副団長さんらからも希望が上がったので、夕飯までに作ることにする。確かに汗も流せないのはきついしな。
「では私たちは食事の方を手伝ってきますね」
そう言ってユミナ、ルー、スゥの三人はテントを出て、かまどが作られている食事の配給所の方へと向かった。
「我らは変異種どもの撃退に回るでござる」
八重、ヒルダ、エルゼの三人は、指輪の【ストレージ】からシュヴェルトライテ、ジークルーネ、ゲルヒルデの専用機を呼び出して、戦場へと向かう。
「私たちは周りに軽い結界を張るわ。ここにいるのは変異種だけじゃないしね」
残ったリーン、リンゼ、桜たちは、リンゼが指輪の【ストレージ】から呼び出したヘルムヴィーゲ(飛行形態)に乗り、飛んで行った。あまり遠くまで行くと『神魔毒』の影響が出るので、結界を張るのは近辺だけだと思うが。
さて、僕も風呂を作るとするか。混浴というわけにもいかないし、男湯女湯分けて作らないとな。
適当に森の中に入って、開けた場所を探す。あちこちで戦闘が行われたせいか、そういった場所がけっこうあった。そこらで倒れまくっている大木を横へどかす。自然破壊だなあ、コレ……。
「とりあえずここらでいいか」
土魔法でまずは湯船にする場所を掘り下げていく。一度『銀月』本店でも露天風呂は作ったからな。慣れたもんだ。お湯も転移パイプを使って呼び込めるし、排水もできる。
おっと、男湯は大勢いるし、大きめに作っておかないとな。女湯は不満が出ないように丁寧に作らないと。
「さーて。そんじゃやりますか」
腕まくりをして僕はそこらに倒れている大木を、湯船を組む木材にするために切り出し始めた。
「おおー、すげーっ! 本格的じゃんか! さすが冬夜だな!」
斥候に出ていた『紅猫』のニアが出来上がった露天風呂を見て歓喜の声を上げる。そうだろう、そうだろう。もっと褒めてもいいのだよ。
「しかし、その……屋根や壁があるのはいいのですが、これではフレームギアから丸見えなのでは?」
『紅猫』の副首領、エストさんが風呂場から見える空を見上げて疑問を口にする。もちろんそこも抜かりはない。
「この露天風呂自体に視覚阻害の魔法を施しているんで、中に誰かがいるときは外から見たところで森の木々にしか見えなくなっているんですよ。大丈夫です」
僕がそう言っても確認のためか、女性陣は一旦外へ出て、改めてこの施設を見ることにしたらしい。外からでは紅葉の森の幻影しか見えないのだが。信用ないんだろうかねえ。
「これ、何かのスイッチで無効化したりしないわよね?」
「しないっつーの。そんなことしたら僕の命が無いわい」
黒の『王冠』ノワールを連れたノルンがそんなことをのたまうが、僕だって命は惜しい。婚約者がいるこの状況で、そんな命知らずなことができるかっての。
「不安なら大きめのタオルも用意したから使えばいい。一応水着も置いといた」
別に地球の温泉と違って、タオル着用不可、とかいう気はないし。衛生的な面は【クリーン】の魔法を付与し、一定時間ごとに発動することでクリアしてるしな。
「なぜそんなに女性用の水着を持っているのかが、自分としてはすごく気になるんスけど……」
「あ〜、それは私も気になったぁ」
「じゃ、ごゆっくり!」
『紅猫』の幹部であるユニとユーリのツッコミから逃げるように、そそくさと僕は退散する。
違うからな? アレらは『ファッションキングザナック』のザナックさんに大量に譲られた試作品の中に紛れていたやつで、僕が自ら買い求めたとかじゃないからな⁉︎
すでに駐屯地と化した『聖樹』の周りにはあちこちにテントが張られ、騎士たちが思い思いに過ごしている。
普段あまりない他国の騎士たちの交流が見られ、中には剣を合わせる者、お互いの故郷を語る者、おい待て、なにナンパしてんだ、そこ。とまあ、多種多様の様相を見せている。
フレームギアにまだ不慣れな西(裏世界)側の騎士たちに、乗り慣れたこちら側の騎士たちがレクチャーしてたりする。
そうしている間も数キロ先では変異種や偽騎士との小競り合いが繰り広げられ、常在戦場の空気が辺りを包んでいた。
僕はその駐屯地にある、一つのテントの中へと入った。
「何か変わったことは?」
「特になにモ。依然としテ変異種の侵攻はありまスが、こレは周囲にいた輩が集まっテ来ているだけで、『黄金宮殿』カラは反応は見られませン」
耳にヘッドフォン型の通信機を付けて、備え付けられたモニターに向かっていた『庭園』の管理人、メイド姿のシェスカがこちらに振り向く。
「まだ向こうには気付かれていないのでありましょうか?」
「いやー、気付いてるんじゃねえかナ。その『神魔毒』ってのがなくなったら自分がヤバいのはわかってるはずだし」
ツナギ姿の『工房』管理人のロゼッタと、『格納庫』管理人のモニカが同じモニターを見上げながらそんな話をしていた。
モニターにはアイゼンタワーに取り付けられた監視カメラの視点で、黄金宮殿の姿が映し出されている。
黄金の骸骨が辺りをうろつくその異様な光景は、まるでB級のゾンビ映画のようだ。スケルトンなのにゾンビとは変な例えだが。
「なにか企んでいるのかもしれませンの」
『錬金棟』の管理人、フローラが言う通り、その可能性も高い。こうなることは向こうだって考えているはずだ。そのうちなにか仕掛けてくるかもしれない。
「とりあえず引き続き監視をよろしく頼む。ロゼッタとモニカはフレームギアの整備もな」
「はー……。マスターは人使いが荒いでありまス」
「そうだそうだー。ご褒美としてアニメ見せろ、アニメー」
ブーブー言いだした整備班に折れ、全部片付いたらロボットアニメを見せることを約束した。っていうかさせられた。嬉々として二人がテントを出て行く。ある意味扱いやすく、チョロいともいえるが。
「マスター、私はハードSMなメイド物の、」
「お前はご褒美なしだ、このエロメイド」
ハァハァと息荒く寄って来たシェスカに苦々しい一瞥をくれてやる。相変わらずこいつは扱いにくい。
まだ少し気持ち悪さもあるけど、僕らが自由に動けるんだから問題ないと、ブリュンヒルドからエンデを呼び寄せることにした。あいつも武流叔父の眷属になりつつあるから、多少の影響は受けると思うけど、戦力は戦力だ。
黄金宮殿にいるフレイズの将軍、ゼノとやらもなんとかしてもらわないといけないしな。
エンデに電話して準備をしてもらい、【ゲート】を繋ぐ。
すぐさま【ゲート】からエンデを先頭に、メル、リセ、ネイの三人も駐屯地へとやってきた。もちろん騒動になるので、三人とも人間の姿をしている。
「ずいぶんと早かったけど、もう突撃かい?」
「いや、まだだ。何が起こるかわからないし、先乗りしてもらっただけ」
エンデが投げた疑問に答える。確かに予定より早めになったからな。こういった誤差は仕方ない。
「いい匂いがします!」
「メル様、これはカレーです!」
「しかもこの匂いは豚肉も揚げている……結論。カツカレー」
エンデと話していると、後方のフレイズ三人娘がくんかくんかと駐屯地に漂う芳しき香りを捕捉していた。……カツカレーなのか。よくそこまでわかるもんだ。
おそらく配給所でルーがメインになって作っているのだろう。眷属特性『神の舌』を手に入れた彼女なら、究極のカレーを作り出してもおかしくはない。
「一応、お前たちのテントも用意してあるから自由に使ってくれ。作戦が開始するまでは自由にしてくれていていいけど、他の国の騎士たちと揉め事だけは勘弁な」
「わかったよ。それで冬夜、申し訳ないんだけど……」
「……食事の配給所はあっちだよ」
「ごめん、ああなると食べるまでみんな落ちつかないから……。みんな、配給所はあっちだって……あれえ⁉︎」
エンデが振り向くとすでに三人娘の姿はなく、配給所の方へと仲良く駆けていく後ろ姿が見えた。
「ちょっ⁉︎ 行動早すぎ!」
焦りながらエンデが三人を追いかけてダッシュしていく。
なんというかあの三人……エンデもだけど、ポンコツ化が進んでないだろうか。以前あったクールさというか、ストイックな雰囲気がまったくなくなったというか。
あれかなぁ、いろんな喜びを知って堕落したのかな……。まあ、人間味は増したけどさ。
四人が去っていく後ろ姿を見送っていると、ヒュオオオオ、と高い音を響かせて、空からリンゼのヘルムヴィーゲが垂直着陸してきた。
コックピットから桜とリーンが降りてくる。ポーラのヤツは落ちてきた。おいお前、首曲がってるぞ。ぬいぐるみとはいえ大丈夫か?
リンゼのヘルムヴィーゲはコックピットが広く取られている。なぜかというと変形の際、少し狭くなる構造だからだ。
そのため、女の子二人(+ぬいぐるみ)くらいなら後部座席に平気で乗れる。
「一通り結界を張ってきたわ。下手な魔獣は近寄れないはずよ」
「ついでに飛行型の変異種がいたから撃ち落としてきた」
「撃ち落としたのは私です、けど」
胸を張る桜の後ろからリンゼも降りてきた。
「アイゼンブルクの方から数十体の偽騎士がこちらへ向かってきて、います。あと三十分くらいでここにくる、かと」
「わかった。みんなに伝えておくよ。ありがとう」
リンゼの報告を受けて、僕はスマホのマップを立ち上げてみた。以前は『神魔毒』の影響で阻害されたために役立たずだったが、現在では浄化された環境下での限定だがなんとか使える。
「検索。ここを中心として、偽騎士及び、変異種」
『検索中……検索完了。表示しまス』
空中に映像が投影される。けっこういるなあ。
黄金宮殿突入……つまり、諸刃姉さんたちがここにいても大丈夫なぐらい浄化が進むまで、僕らも『聖樹』を守らないとな。
エンデにも竜騎士を出させて手伝わせよう。
さて、反撃開始といきますか。




