#398 双頭竜撃破、そして蘇る神剣
双頭竜の背ビレのような部分から、剣状になったものがレギンレイヴへ向けて放たれる。
しかし、衛星のようにレギンレイヴの周囲を回る十二個の水晶球が、それらを全て弾き落とした。
【球体】状態になった飛操剣である。この状態になると、あらゆる飛び道具の攻撃を弾くバリアのような使い方ができるのだ。
「さて、と。いい加減こっちも片付けないとな。エンデたちの方も気になるし、騎士団の方も手こずってるみたいだから」
戦局はややこちらが優勢。思ったよりも下級、中級種が強く、いくつかの騎士団がやや劣勢だが、全体的には勝っている感じだ。
スゥの方もエルゼたちの方も片付いたみたいだ。彼女たちが騎士団のサポートに回ればさらに有利になるだろう。僕も急がなければ。
眼下の双頭竜が大きな口を飛んでいるレギンレイヴに向けて開き、その中に光が収束していく。
「おっと、そうはさせないぞ」
飛んでいた十二個の【球体】を、二本の【突撃槍】の形に変えて、双頭竜の二つの口へと向けて発射する。
ガキャッ! と、喉の部分へと突き刺さった二本の【突撃槍】が、傘が開くように展開し、回転を始める。
掘削するドリルのように突き進んだ【突撃槍】は双頭竜の口腔内を突き破り、後頭部から飛び出した。
双頭の顎から上には亀裂が無数に入り、ガラガラと崩れ、黒煙を上げながら溶解していく。
しかしそれもすぐさま再生が始まり、元通りに修復されてしまう。ま、それを承知で壊したんだけどな。
「核の位置は、と……」
『神眼』を使い、双頭竜の体を探る。胸と腹……それと尻尾。三つか。ちょっと面倒だけどできなくはないな。
戻ってきた【突撃槍】のうち、一本をレギンレイヴの手にとり、もう一本は一旦、二十四本の【短剣】状態に戻した。
そしてそれを手に持った【突撃槍】に次々と融合させ、さらに大きな【重騎槍】へと変化させる。
「よし、いくか」
【重騎槍】を持ったまま双頭竜へ向けて宙を駆ける。
双頭竜の胸の正面から激突し、その胸部を粉々に砕いていく。
さすがに硬い。頭部よりも守りを固めているのだろう。回転する【重騎槍】もなかなか進んでいかない。このやろ……往生際の悪いヤツだ。
「【神威解放】ッ!」
レギンレイヴが神気に包まれる。と、同時に今までの抵抗が消え、【重騎槍】が進み始めた。
やがて直径三メートルほどの赤い核が【重騎槍】の先端に当たる。
「砕けろ」
レギンレイヴを加速させ、一気にその核を粉々に打ち砕いた。
そのまま背中側へと突き抜けた僕は、一八〇度方向転換をして、再び双頭竜へと【重騎槍】を構えて突撃した。
今度は腹部にある核を狙う。
再び神気をまとった【重騎槍】が双頭竜の背中へと突き刺さり、体内を突き進んでいく。
そしてその先にあった、赤く大きな核を【重騎槍】は容赦なく貫いていき、レギンレイヴは腹側から突き抜ける。
「これで、終わりだ」
放たれた矢のごとく、残りの尻尾にある核へ向けてレギンレイヴが飛翔する。
胸や腹とは比べ物にならない薄さだった尻尾の核は、【重騎槍】にあっさりと貫かれて尻尾もろとも砕け散った。
全ての核を砕かれて、黒煙を棚引かせながらガラガラと双頭竜が崩れていく。
砂浜にヘドロのような黒い物質をブチまけて、上級変異種は蝋人形が溶けるようにドロドロに溶けていった。
「思ったよりあっけなかったな。さてと。みんなのところに、」
『冬夜さん! 三時の方向、変異種が!』
突然のユミナの声に、示された方向を見ると、二機の重騎士が、イソギンチャクのような形をした中級種に捕獲されてもがいていた。
暗金色の触手はたちまち二機の重騎士を呑み込み、あっという間に体内へと取り込んでしまった。
「フローラ! パイロットたちは⁉︎」
砂浜に設置した緊急救護用のテントにいる『錬金棟』のフローラへと声を飛ばす。
『大丈夫でスの。緊急転送装置で乗っていたパイロットの二人は無事に脱出して、ここにいまスの』
フローラの返事にホッと胸を撫で下ろす。戦いには犠牲がつきもの、とかよく言うが、やはりできるだけそれは避けたい。
呑み込まれたのはウチの騎士団員か。他の騎士団のサポートをしてるところを狙われたんだな。
あの触手のタイプはかなり厄介な相手かもしれないぞ。
レギンレイヴで率先して倒そうと、再び【重騎槍】を構えたが、どうもイソギンチャク中級種の様子がおかしい。
イソギンチャク中級種は砂浜から離れ、海の浅瀬へと後退しているのだ。
僕がその動きを怪しんでいると、突然イソギンチャクの後ろにあった空に亀裂が入り、空間が砕け散った。
闇が広がるその空間の中にイソギンチャクが消えていく。そして、まるで録画映像の巻き戻しのように、砕け散った空間が元通りに再生されていった。逃げた、のか?
「どういうことだ……?」
変異種の不可解な行動に僕はしばらく動けないでいた。あの空間が壊れた刹那、闇の中に誰かが立っていたような……。新たな変異支配種か……?
「……考えても仕方ない。今はこの戦いを終わらせよう」
レギンレイヴの通信回線をフルオープンにする。
『上級変異種は全て倒した! これより掃討戦に入る! 各自、目の前の敵を一体残らず殲滅せよ!』
『『『おお!!』』』
各騎士団から雄叫びが上がる。士気を上げたフレームギアたちが、群がる下級種たちへと剣を振り下ろしていく。
八割方決着は着いた。あとはエンデたちの方か……。
僕は飛操剣を【短剣】モードにして、押されている騎士団の方へと向かわせた。縦横無尽に飛び回る飛操剣を操りながら、砂浜に展開させた【プリズン】の中へと『神眼』を向ける。
覗き見しているようだが、もしもの可能性もあるしな。
『神眼』が【プリズン】の中を捉える。外界から隔離されたその中では、変則的な戦いが繰り広げられていた。
◇ ◇ ◇
「────レト。ルト。久しぶりですね」
メルがそう語りかけたが、双子の支配種は薄ら笑いを浮かべるだけだった。
「あなたたち二人には新しい『王』の補佐を頼んだはずですが、これはどういうことです?」
「はっ。あの坊ちゃんのお世話なんて冗談じゃないわ。私たちはね、もっと楽しいことをしたかったのよ」
「だからユラの世界を渡る話にも乗ったのさ。ユラやギラ、そこのネイなんかは本気でアンタを追いかけてたけど、僕らはそんなことどうでもよかった。渡った先の世界で思う存分力をふるえるチャンスを逃したくなかっただけでね」
メルの細い眉がピクリと動く。
「そのユラは今どこに? 彼が全ての糸を引いているのでしょう?」
「さあね。僕らはあまり干渉しあわないし。ユラはこの『黄金の力』を手に入れてから、いろいろとやっているみたいだけど、詳しくは知らない。知る必要もないし」
味方であるはずのこの双子にも自分の行動を明かさない。メルはユラにはそういった秘密主義なところがあったと思い出していた。
『結晶界』ではユラは優秀な技術者であり、探究者でもあった。そして、メルは気がついていたが、底知れぬ野心家でもあった。
常に渇き、飢えている。求めるものを得るためならば手段を問わず、犠牲を厭わず、後悔もしない。利用できるものはなんでも利用する、まるで氷の悪魔のような男だった。
「ユラがなにを考えてようと関係ないわ。私たちは楽しければそれでいいのよ。で? 話はそれで終わり? 終わりならそろそろ殺すけど。元『王』の力なんて今更いらないと思ったけど、せっかく目の前にあるんだからもらっとこうかしら」
「メル様に指一本でも触れてみろ。お前の核を粉々に磨り潰してやる」
「できないことを口にするもんじゃないわよ」
レトの前にネイが立ち塞がり、怒りに逆巻くその双眸を変異種と化した元同胞へと向ける。
それに対し、レトは薄ら笑いを浮かべて腕を組んでいた。
そのレトの隣に立つ弟のルトは、目の前にいるエンデに視線を向けた。
「この前は逃してやったけどさ。今度は殺すよ、エンデミュオン。『王』の目の前でお前が死んだら、面白いよねえ。どうやって殺そうかなぁ。悩むよねぇ」
「ああ、僕も悩むよ。目の前の馬鹿をどうやってブン殴ろうかってね」
ルトの挑発に対し、エンデが小馬鹿にするように肩をすくめる。
それが気に入らなかったのか、ルトは剣呑な視線をエンデへと向けながら、低い声を出した。
「は? どうやらあのとき殴りすぎたみたいだね。頭が少しおかしくなってる? 僕に指一本触れられなかったお前がどうやって殴るってのさ」
「そりゃあ、こうやって近づいて、」
予備動作などまったく無しにエンデが一瞬でルトの正面へと移動する。
「なっ⁉︎」
「思い切り抉るように、さ」
回転のかかったエンデの右拳がルトの左頬に炸裂した。
首を変な方向に捻らせて、殴られたルトが吹っ飛び、地面を何回もバウンドする。
「ルトッ⁉︎」
姉の叫びを受けながら、転がるように吹っ飛んだルトは、【プリズン】の障壁に激突し、やっとその動きを止めた。
すぐに立ち上がったルトは自分を殴りつけた白髪の少年を睨み付ける。その左頬には深い亀裂が入っていたが、すぐさま再生された。
「お前……よくも僕を殴ったな……!」
「殴られたくらいで熱くなるなよ、ルト。怒りは判断を鈍らせる。心の乱れは時として命取りになるらしいぞ。師匠が言ってた」
「偉そうに……! 何様のつもりだァァァ!」
エンデの挑発にルトが大地を蹴って突撃する。さっきのお返しとばかりに自分の右拳をマフラーを巻いた少年へと繰り出した。
が、顔面にその拳が炸裂する瞬間、上げられたエンデの左手がその拳をしっかりと掴んでいた。
「なッ……⁉︎」
「こんなもんか。【ブースト】がかかったエルゼの方が鋭いな。こんなのも止められなかったら師匠にどやされる」
目を見開くルトの前でエンデがくるりと回転すると、強烈な後ろ回し蹴りが彼の腹部に突き刺さった。
「ごふっ⁉︎」
再び後方へと吹っ飛ぶルト。ゴロゴロと砂を撒き散らしながら地面を転がっていく。
「ルトッ!」
姉であるレトがルトに駆け寄ろうとするが、ネイとリセがその動きを阻む。
「邪魔よ! そこをどきなさいッ!」
レトは右腕を一瞬にして刃化し、暗金色の剣へと変化させた。そしてそれをそのまま目の前のネイへと振り下ろす。
仮にも邪神の神気を帯びた刃である。フレイズの支配種でしかないネイに受け止めることはできない。避けなければ真っ二つに一刀両断されるだけだ。
しかし次の瞬間、レトが感じたのは支配種を斬り裂いた感触ではなく、ガキィッ! という硬い抵抗であった。
見ればネイが一振りの小剣を翳し、自分の剣腕を止めている。
変異種となった自分の剣を受け止めながら、ネイがニヤリと笑った。
「少し不安だったが……確かにトウヤの言う通り受け止めることができたな」
「なによ、その剣は⁉︎」
二度、三度とレトが暗金色の剣を振り下ろすが、ネイの持つ白銀の剣を断ち斬ることができない。それもそのはず、ネイの持つ剣はただの剣ではなかった。
エンデがレトルト姉弟にやられて逃げた世界にあった神器の双剣である。
その後、冬夜に回収されていたが、今回に限り、ネイとリセの姉妹に貸し出されていた。
支配種とはいえフレイズに変わりはない。変異種であるレトとルトに『捕食』される可能性もある。その対策の一つとして、冬夜は自分の【ストレージ】に眠っていた神剣を二人に貸し与えたのだ。
もちろん地上の神々には許可を得ている。
「前々から思っていたけどホンット、ムカつくわ、アンタ。いちいち私たちに文句をつけてくるところや、邪魔ばかりするところが特にね」
「奇遇だな。私もお前たちを気に入らなかった。勝手気ままなところとか、メル様に対しての礼儀を知らないところとかな。以前は同胞であったが、今は敵同士。遠慮なく相手ができる」
「そういうとこがムカつくのよッ!」
暗金色の剣腕を連続して繰り出してくるレト。
神剣を扱うとはいえ、身体能力や破壊力は向こうが上だ。ネイはなんとかその刃を受け止めるのが精一杯だった。
しかし攻勢のレトの死角から、もう一本の神剣が弧を描く。それは見事にレトの剣腕を断ち切り、ネイの窮地を救った。
地面に落ちたレトの右腕がドロドロに溶けていく。
「ち……! そういやアンタもいたんだっけね。相変わらず存在感の薄い女……!」
後方へと退いたレトの右腕があっという間に再生される。
目の前には自分の腕を切り落としたリセが神剣を構えて立っていた。
「大丈夫か、ネイ?」
「ああ。なんとか、な。もっと早く入ってこれなかったのか?」
「楽しそうに話をしてたから悪いかと思って」
「どこをどう取ればあれが楽しい会話に聞こえるんだ……?」
本気とも冗談とも取れない妹の言葉に、ネイは呆れた声色になる。
リセは『結晶界』にいた時から変わり者であった。
悪い子ではないが、突拍子もない行動に出る。当初はネイとともにユラ側にいたかと思えば、いつの間にかエンデの側に行ってしまった。
ネイはその行動をエンデに丸め込まれたと思う反面、自分からついて行ったという可能性も高いと思っていた。まあ、どっちにしろ元凶はあの軽薄男だったから殴るのは心に決めていたが。
「はん、二人で私の相手をしようってわけね。いいわ。そっちがその気なら相手してやろうじゃないの……!」
メキメキとレトの身体が暗金色の金属に覆われていく。鋭角な鎧のようなものが、腕、脚、胴体と武装されていく。
顔以外は全てその鎧に覆われてしまった。支配種の戦闘モードである『結晶武装』の強化バージョンといったところか。
「ふざけやがって……負け犬の雑魚のくせに! があああああぁぁッ!」
聞こえてきたその声にネイたちが視線を向けると、エンデと対峙していたルトも全身武装を始めていた。さすがは双子と言うべきなのだろうか。
「仕切り直しだ。今度こそ殺してやるよ」
「核ごと粉々に砕いてやるわ。覚悟はいい?」
レトVSネイ&リセ。
ルトVSエンデ。
二組の戦いを【プリズン】の隅で、フレイズの『王』は静かに見守っていた。
「異世界はスマートフォンとともに。」第六巻発売まで一週間を切りました。
8/23(火)発売です。よろしくお願いいたします。




