#381 鉄機兵改、そしてゴミ掃除。
「な、なんだこれは……!」
「大きい……。こ、これがブリュンヒルド公王が持つという巨人兵……!」
初めてフレームギアを見たであろう王弟ガノッサと宰相シュバイン、それに北山候や西森候、ホルンの兵士たちも、みんな八重のシュヴェルトライテを見上げたまま固まっていた。
ひょっとしたら売り込まれた鉄機兵サイズの物を想像していたのかもしれないな。まあ、ほとんど鎖国状態では噂くらいは聞いても、正確な情報なんか入ってこないか。だからこそ『クラウ』の奴らに付け込まれたんだし。
『黄金結社』の事件を知っていれば、鉄機兵なんて怪しいシロモノを買おうとするはずもない。フェルゼンあたりから聞いててもおかしくない気もするが、あの事件はフェルゼンにとっては先王の死を発端とするものだからな……。軽々しく話したりはしないか。
八重が身軽にシュヴェルトライテの膝や腰を足場にしてコクピットハッチまで上る。昇降用のワイヤー下ろしゃいいのに……。まあ、そっちの方が八重の場合は早く乗り込めるんだろうけど。
コクピットに八重が乗り込み、ハッチが閉まると、低い起動音とともに各部晶材パーツに光が灯る。
「じゃ、僕も一緒についていくんで。桜、こっちにはたぶん来ないと思うけど、もしも来たらロスヴァイセで迎撃を」
「わかった」
こくんと桜が頷く。桜も婚約指輪の中に専用機のロスヴァイセを持っているし、得意の歌唱魔法もある。任せて大丈夫だろ。
【フライ】でふわりと浮いた僕に、シュバイン宰相が声をかけてくる。
「公王陛下……! どうか王都を……!」
「大丈夫ですよ。今すぐ王都から追い出しますんで。あなたたちは市民の救助と避難をお願いします」
シュバイン宰相にそう答えて、一気に上空数十メートルへと飛び上がる。
「ターゲットロック。王都内の鉄機兵。【ゲート】発動」
『了解。【ゲート】発動しまス』
王都のあちらこちらから【ゲート】の光が漏れる。地面に開いた転移陣により、全ての鉄機兵を王都郊外の平野に飛ばしてやった。
「八重、行くよ」
『おーけーでござる』
八重のシュヴェルトライテも転移陣の中にストンと落ちる。僕も送った場所へと【テレポート】で転移した。
短距離の転移なら【テレポート】の方が楽なんだけどな。大人数や強制転移とかだと【ゲート】の方が優れている。
転移先の平野では飛ばされてきた鉄機兵が辺りを窺っていた。ここなら多少暴れても問題あるまい。
…………あ。だったら僕がレギンレイヴで片付けてもよかったか? んー……まあいいか。八重もやる気になってるし、レギンレイヴだと地形変わっちゃいそうだしな。
僕はシュヴェルトライテの肩に下り、目の前にいる鉄機兵を観察した。
大きさは以前の鉄機兵より少し大きいな。七メートルくらいか? 装甲もがっしりとしている。腕が長く足が短く、頭部が無いのは前のと一緒だが、以前のとは別物だろう。確か背面にあったはずのコクピットハッチがない。
完全に無人機だな。ゴレムの軍機兵から得た技術を組み込んでいるに違いない。複数の指揮官機が命令を下し、それに従って鉄機兵が動いていると見た。
おそらくは、手に入れたゴレムから核である『Gキューブ』と頭脳である『Qクリスタル』を取り出し、直接鉄機兵に移植したんじゃないだろうか。
指揮官機ぐらい誰かが乗り込んでいるかと思ったのだが、全て無人機とはね。これでは臨機応変に命令を下せず、単純な命令くらいしかこなせないだろうに。
僕らはフレームギアとゴレム技術を組み合わせて、新しく『オーバーギア』を造ったが、向こうは単に流用したって感じだな。
しかし疑問点が何点かある。フレームギアの劣化版とはいえ、鉄機兵を再現した技術力はどこからきたのか。
鉄機兵を開発したボーマン博士はロードメアで死刑になったし、関わった技術者たちはみんな捕まったはずだ。鉄機兵の生産工場も全て潰したつもりだったのだが。
さらに言うならゴレム技術を表世界の技術者がそう簡単に扱えるとは思えない。
もしかして、『ストレージカード』を持っていた工場の男とは別に、一緒に何名かのゴレム技術者がいたのだろうか。工作員の男の記憶からはわからなかったが。
どこかに軍機兵を納品しようとしてたのなら、一緒にそれを整備する技術者がいてもおかしくはない。
まあいい。とりあえずはアレを無力化してからだ。国境に迫りつつある軍勢とかもなんとかしなきゃならないしな。
「何機かはなるべく手足だけを狙って、損傷を抑えてくれ。あとで博士やエルカ技師が分析したがるだろうから」
『了解でござる』
僕がシュヴェルトライテの肩から下りると同時に、こちらを敵と認識した鉄機兵が突撃槍を構えて向かってきた。
その動きは統率されたそれで、五機で「V」字の形をとった突撃だった。やはり軍機兵の技術か。
軍機兵は基本的に性能が他のゴレムに比べて低い。それを数によってカバーしているのだ。そのため統率力には優れている。連携して戦う能力は普通のゴレムより上だろう。だが────。
『九重真鳴流奥義、飛燕裂破』
脚部ブーストにより速度を上げたシュヴェルトライテが「V」字の形をとった鉄機兵の突撃に正面からぶつかった。
大音響を轟かせながら四機の鉄機兵が吹き飛ぶ。
先頭にいた鉄機兵のみが、シュヴェルトライテの刀に腹部を貫かれ、串刺しになっていた。やはり無人機か。遠隔操作……というより、【プログラム】に近いな。命令は『ホルン王都を壊滅させろ』とか『歯向かう敵を潰せ』とかかな?
八重が貫いたのがあのグループの指揮官機だったのだろう、残りの四機は途端に統率が崩れ、連携した攻撃をしなくなった。
もはや敵ではない。次々とシュヴェルトライテの振るう剛刀の餌食となっていった。
他のグループの鉄機兵も連携しながら襲いかかってくるが、その度に両断された鉄機兵が地面に転がることになる。
「以前の鉄機兵に比べると確かに強くなっているな。それなりに頑丈だし。前は叩いただけでなんかパーツが落ちてたからなあ」
鉄機兵「改」、とでも言うか。まあ、フレームギアとは比べものにならないが。
数分後、全ての鉄機兵は斬り伏せられ、平原にその残骸を晒していた。やはり全て無人機だったようだ。裂かれた胸部装甲の奥から『Gキューブ』が見えた。間違いなくゴレムの技術が使われている。
残骸からはエーテルリキッドに似たものも確認された。濁った赤褐色の液体で、薄い魔力しか感じられないが。エーテルリキッドが炭酸水だとすれば、これは気の抜けた炭酸水だな。劣化品も劣化品、コピーとも呼べないシロモノだ。ある意味オリジナルなのかね?
『Gキューブ』の魔力を全身に行き渡らせるためのものだろうが、これでは不完全過ぎる。
やってることは博士と一緒なんだがな。
残骸を【ストレージ】に納めながら、次に僕は王都の地図を展開し、検索をかけた。
「何を探しているのでござるか?」
シュヴェルトライテを指輪に収納した八重が僕の背後からマップを覗き込む。
「この鉄機兵がゴレム技術を使っている以上、近くに契約者がいるはずなんだ。鉄機兵の数からして六人から七人……。こいつらが『クラウ』のメンバーなら……いた」
あの指揮官機に命令することを考えたら、阻害の護符は持ってないと思ってたが……当たったな。仮面は後生大事に持っているようだが。それが災いして発見されるってのも笑える。
おそらくは馬車か何かで走っているのだろう。一目散に王都の北門を抜けて、走り去ろうとしている。そうはいくか。
「行くよ、八重」
「承知」
八重の手を握り、僕らは【テレポート】で一気に北の郊外へと飛んだ。
◇ ◇ ◇
その幌馬車は全速力で王都から離れようと朝日が昇る中を駆けていた。
立てていた作戦が次々と崩れ去ったことに、馬車に乗る全員が困惑している。
数か月かけてホルン王国を内部から内戦へ導くはずが、強引な王都制圧をせねばならなくなり、虎の子であった鉄機兵も突然消滅してしまった。
全てはあの怨敵、ブリュンヒルド公王がホルン王国にやってきてから歯車が狂いだしたのだ。
「だから言ったであろう! ホルンを攻める前に、あの公王を何としても殺すべきだったのだ!」
「勝手を言うな! あの国に何人の刺客を放ったと思う! 誰一人として帰っては来なかったのだぞ!」
公王に辿り着く前に、刺客が消息を断つ。謎の護衛集団が存在するという噂が『クラウ』にまことしやかに流れていた。
ブリュンヒルド騎士団の中にイーシェンの「シノビ」による集団がいると。
不倶戴天の敵ながら、決して相手にしてはならない存在。それがブリュンヒルドであった。
本来ならば奴に気付かれることなくホルンを乗っ取り、ユーロンの民を移民させ、新たな天帝国の礎とできるはずであった。数ではユーロン人の方が多い。その土地に居座ってしまえば後はどうにでもなる。
しかし『クラウ』は「ゴレム」を手に入れてしまった。
その力はまるでユーロンを導くかのように『クラウ』の前に突然現れたのだ。
いつしかその力はブリュンヒルドなど恐るるに足らず、という気持ちにさせた。今から思うと元『黄金結社』の連中に乗せられたという気もする。
あいつらは鉄機兵をブリュンヒルドの巨人兵より強くすることにこだわっていた。それが裏目に出たのだ。我々の目的はホルンを天帝国とすること。ブリュンヒルドの巨人兵に勝つことが一番ではない。
「やはり鉄機兵など使うべきではなかった……! アレがあの悪魔を呼び込んだのだ!」
「終わったことを今さら言っても仕方あるまい! 今は一刻も早く本隊へと戻り……」
「ぬっ⁉︎」
馬車が走る街道の真ん中に一人の少女が立っている。
その少女を見て、御者台にいた男は馬を止めるどころか、さらに鞭を入れ、スピードを上げた。
その少女には見覚えがあった。憎き怨敵の身内にして東方の剣士。遠慮はいらぬ、殺してしまえ。荷台に乗る同胞もそう言うに決まっている。
四頭の馬が鋭い嘶きを上げながら、黒髪の少女へと突っ込んでいく。
次の瞬間、少女の姿が消え、馬以外の全てが宙を舞っていた。
◇ ◇ ◇
空中へ飛び上がった八重に馬車とをつなぐハーネスを切られた馬は、そのまま街道を爆走していった。馬に罪はないからな。
一方、馬から切り離された馬車の方には、その前輪にブリュンヒルドの銃弾を撃ち込む。
前輪が外れた馬車は前のめりに一回転して、街道にその車体を派手に打ち付けた。ちなみに中に仮面を持った『クラウ』の構成員しか乗ってないことは【サーチ】で確認済みである。
横倒しになった馬車から、隈取りの仮面を被った黒ずくめの男たちが這い出てきた。
「逃げられるとでも思ったか?」
「ブリュンヒルド公王……ッ!」
這い出てきた男の一人が、ウチの椿さんが使う苦無に似た飛び道具を投げつけてくる。確か「鏢」だったか。
「【シールド】」
不可視の盾に遮られ、鏃の形をした金属片が地面に落ちる。ご丁寧に毒まで塗ってあるようだ。
「シェアアアアアァァァッ! 我らがユーロンの恨み、思い知れェ────ッ!」
「だから逆恨みすんなっつうの。馬鹿か? 馬鹿だよな、間違いなく」
こいつらの耳には都合の悪いことは聞こえないフィルターがあるに違いない。
自分たちに都合のいい捻じ曲げた事実だけを受け入れ、捏造した噂を世間に振りまいて、自分たちを正当化する。そこには意にそぐわないものは徹底的に排除する、愛国心という名の傲慢さだけが滲んで見えた。
飛びかかってくる男に麻痺弾を撃ち込み、行動不能にさせる。
その間にも次々と八重の刀が閃き、峰打ちされた男たちが意識を失って地面に倒れた。
倒れた奴らから仮面を引っぺがし、魔法でまとめて焼却する。自爆なんかされても迷惑だからな。こいつらはしっかりとホルンで裁きを受けてもらう。
「お前らが僕を許さないように、ホルン王国は決してお前らを許しはしないだろう。この愚行は語り継がれ、ユーロン人の恥となる。同じユーロン人からもお前たちは見捨てられるだろうよ」
「ぐっ……」
仮面を取った男の頭を鷲掴みにし、【ヒュプノシス】+【リコール】で必要な記憶のみを抜き取る。こいつのプライベートな記憶なんぞ見たくもないからな。
…………ちっ。【黄金結社】の首領・ガルゼルド直轄の工場があったのか。ガルゼルドはヘドロボックスで精神崩壊した挙句、そのままフェルゼンで死刑になったからな……見逃したか。それと……。
「どうでござった?」
「うん。やっぱり裏世界から漂流してきた者の中に、ゴレムの技術者がいる。『隷属化の首輪』で無理矢理働かせているみたいだ」
八重に奪った記憶の断片を語る。この技術者がゴレムと鉄機兵を組み合わせて、新たな技術を造ったのだろう。かなり優秀なゴレム技師なんじゃないだろうか。
言葉が通じないはずなのに、コミュニケーションをとって、片言ながらの会話が成立しているようだし。
「漂流者でござるか……。ユーロンでさえなければ保護してもらえたかもしれなかったのに……」
サンドラでもまずかったかも知れないけどね。あそこもけっこうな無法地帯だから。
まあ、あそこはまだ解放された元奴隷たちが多いから、表立って人を虐げるようなことはあまりないみたいだけど。
他の国の王様たちには漂流者を見つけたら保護するように頼んである。フレイズ出現時のように特殊な共鳴音を出してるわけでもないから、出現して即保護といかないのが歯痒いが。
二つの世界が融合してしまえばこんなことも起こらなくなるだろうけど、それはいいことなのか悪いことなのか……。
動けない王都襲撃の首謀者たちを縛り上げ、【ゲート】を使って、王宮の中庭へと戻る。
「おお! 公王陛下! こやつらが……!」
「はい。王都を火の海にしようとした奴らですよ。こいつらも『クラウ』です」
僕らを見つけて駆け寄って来たシュバイン宰相が、地面に転がる男たちを見て眦をつり上げる。
背後に控えるホルン兵士たちも怒りの表情を浮かべていた。
「こいつらを地下牢へと連れて行け! 回復魔法の使い手をそばに置き、死刑台に上らせるまで自害などさせるな!」
身体が麻痺して動かない数名と、八重により気絶させられた者をホルンの兵士たちが引きずっていく。
残るはホルン北部に集まりつつという軍勢か。
僕らみたいにスマホを持っているわけでもないあいつらが、そんなに早く行動を起こせるもんかな?
いや、裏世界の技術が漏れているのなら、通信機ぐらいあってもおかしくはない。ニアたち『紅猫』だって持ってたし。ま、検索してみればわかるか。
「検索。ホルン北部、ユーロン地方の国境における鉄機兵……あ、あとウッドゴーレム」
『検索中……検索終了。表示しまス』
表示されたマップに赤いピンが次々と落ちていく。やっぱり動き始めてたか。
しかし真っ赤でわかりにくいな。
「ウッドゴーレムだけピンの色を黄色に」
「了解。表示変更しまス」
……あんまり変わらんな。赤と黄色がごちゃまぜになっただけだ。目がチカチカする。
「全部で何体だ?」
「鉄機兵3021機、ウッドゴーレム3122体、合わせて6143体でス」
予想通りの数だな。実際に『クラウ』の奴らはほとんどいないんだろうけど。
「今度は私が行く?」
桜がマップを覗き込みながら尋ねてくる。桜はかつて『クラウ』の暗殺者に殺されかけたことがある。それが縁で僕と出会ったわけだが、もう怯えたりはしてないようだ。
今の桜にはあいつらが束になっても勝てないだろうからな。
しかし、さすがに6000体もの数を桜のロスヴァイセ一機じゃ無理だろう。かといって八重のシュヴェルトライテを足しても一人頭3000体、僕のレギンレイヴを足しても2000体か。時間をかければ倒せなくもない気がするけど。
仕方ない。騎士団のみんなを呼ぶか。場所はユーロンだし、戦闘の許可もいらないだろう。
っと、そういえば。
スマホを取り出して電話をかける。出るかな? 朝だからなぁ。運よきゃ徹夜明けで起きてると思うが。
『あぃ……もすもす……』
「博士か? 起きてるか?」
『起きてぅよぉ……。やっと完成したかりゃ、こぇから寝るけどねぇ……』
「完成したんだな? 悪い。すぐさま実戦で使えるか、それ?」
『んう? 使う? そりゃ使えるようにはしてあるけど、どういうことだい?』
意識がハッキリとしてきたのか博士が尋ね返してきた。僕はこちらの状況をかいつまんで説明する。
『ほうほう。なかなか面白いことになっているじゃないか。確かにテスト運転には手頃な相手だね。無人機であるなら遠慮もいらないだろうし。わかった。黒と赤、『二機』とも稼動できる状態にしておく。乗り手の方には君から連絡してくれ』
あー、そうか。それがあった。
あいつらどっちとも朝は機嫌が悪そうだぞ……。最悪電話にも出ない可能性が高い。
仕方ない。ここは頼れる人に頼っておこう。みんな同じ宿にいるわけだし。
スマホの「連絡先」からその相手の番号にかける。
「あ、もしもし、エストさん? 朝早くからすいません、ちょっとお願いが……。ええ、はい……」
彼女ならば二人とも叩き起こしてくれるであろうと僕は確信していた。荒くれ者の義賊団で副首領を務めるほどだからな。
さて、僕は早朝訓練をしてる騎士団のみんなを迎えにいくか。
朝早くからゴミ掃除とは申し訳ないが。今月は特別手当を出しておこう。




