#376 ラストラン、そしてゴール。
長くなったので二話に分けております。2/2
遅れを取り戻すかのように、二人の乗るトリレイン号は爆走を続けていた。
トリモチゾーンを最短距離で抜ける。ちらっとモニターにもがくフェルゼン国王が映った。まだリタイアしてなかったのかよ。
子猫ゾーンもすでにタネが割れているわけで、なんの障害にもならない。子猫の幻影を突き抜けて走り続ける。
『ニャニャッ! トリハラン+ストレイン号がものすごい追い上げニャ! しかし先頭を走る三台にはなかなか追いつけニャい! 先頭の三台は障害コース最終エリアに突入したニャ!』
障害コース最後のエリアはコース中に『?』と書かれたパネルがいたるところに設置されたトラップエリアだった。
パネルを踏まずに走ることもできるが、かなり遠回りになる。
僕は【フライ】を使い、上空からパネルの配置を見てなかなか厄介なトラップだと感じた。
なにより僕が真っ先に食らったあの爆発のイメージがみんなには焼き付いている。爆発は幻影魔法、車体が吹っ飛んだのは風魔法で実際はダメージが少ないにしても、あれだけ派手に爆発したんだ。あれが混ざってるかもしれないと思ったらそりゃビビるよな。
『あー、なお、パネルの中にはトラップ以外のラッキーパネルもあるので踏んでみるのもまた一興とのこと……ニャ。ホントかニャ……?』
だからと言って踏む奴がいるかね。今までの経緯を考えたら怪しすぎるだろ。普通は踏まない……あ、ニアがパネル踏んだ。
『ニャッ⁉︎ 紅猫号がその場で動かなくなったニャ! これは……六十秒の停止タイムらしいニャ!』
「うが────ッ!」
ニアが頭を掻きむしって叫ぶ。ハズレか。一か八かに賭けたというよりも、あいつの場合面倒くさくなったんだろうなあ。
トラップエリアを巧みにクリアしていくのは白鳥号のラピスさんだ。それに続いてロゼッタとモニカの銀星号も慎重にパネルを避けながら続いていく。
真っ先にトラップエリアを抜けたのは白鳥号。少し遅れて脱出したのは銀星号だ。その差はほとんどない。
二台はぶつかり合いながら障害コースのゲートを抜ける。
『さあああ! 残りはスタートした南エリアのゴールを目指すだけニャ! ラストラン! 優勝はどっちニャ────ッ!』
ゴールへ向かい、二台が熾烈なデッドヒートを繰り広げる。ゴールは観客席から見えるすぐ手前にあった。僕も地上へと降り、観客席から二台の到着を待つ。
最終コーナーを回り、二台の魔動乗用車の姿が僕らにも見えた。並んでいる。いや、わずかに白鳥号の方が速いか⁉︎
二人乗りというハンデがここに来て明暗を分けたか。
二台がゴールゲートへ突っ込んでくる! 白熱した最後の走りだ! ゲートをくぐればゴールとなりレースは終わる。
そして今まさに白鳥号と銀星号がゴールしようとしたその次の瞬間!
ゴールゲート手前の道がカクンと地下に沈み、二台が地下駐車場に入るがごとくゴール下に消えていった。
『…………………………………………………………ウニャッ?』
観客も僕もポカーン、と地下への傾斜がついたコースを眺めるばかり。
え? なに今の。野球盤の消える魔球みたいにスーッと地下に消えて行きましたが?
何事もなかったかのようにコースが元に戻り、僕の背後でバビロン博士がフッと笑う声を聞いた。
「最後の最後まで気を抜いてはいけないということだね。油断大敵、一寸先は闇というやつでイタイイタイイタイ、冬夜君、それは幼女虐待だからして、目醒めるから、変な性癖に目醒めるから」
「やかましい」
グリグリと両拳で博士の頭を責める。最後の最後にあんな罠を仕掛けやがって。車体のテストとか関係なしに単なる悪ふざけだろ!
「ラピスさんたちはどこ行った!」
「地下道をまっすぐ行けばゴール向こうの反対側から地上に出るよぅ。イタイイタイ、もう放して、本当に漏れちゃうから」
なにが漏れるかわからないがとりあえず博士を解放する。
横で話を聞いていたニャンタローもハッとしてマイクを握り直した。
『え、と。と、とりあえず二台とも無事みたいニャ。おっと! トリハラン+ストレイン号がいつの間にかトラップエリアに入っていたニャ!』
モニターを見上げるニャンタローにつられて僕もそちらへと視線を向けると、確かに二人の乗ったトリレイン号がパネルを避けながら進んでいた。
「よっしゃ! 六十秒!」
ニアもトラップのペナルティから解放されたようだ。と、思ったら、そのまま次のパネルを踏みやがった。あいつは馬鹿か!
『おおおお⁉︎ トラップエリアのパネルが全部消えたニャ!』
「おや。解除パネルを踏んだか。一枚だけなのによく当たったなあ」
僕がグリグリした頭をさすりながらバビロン博士がつぶやく。本当にラッキーパネルも入れていたんだな。……絶対に嘘だと思ってた。
まっさらになったトラップエリアを紅猫号とトリレイン号が一直線に駆け抜ける。
障害コースのゲートを抜けて、二台ともゴールを目指し爆走を続けた。
『ニャッ⁉︎ ゴール反対側の地下から銀星号と白鳥号が現れたニャ! 紅猫号とトリハラン+ストレイン号も最終コーナーを回ってゴール前の一直線に入ったニャ!』
これは……! あっちからは紅猫号とトリレイン号、こっちからは銀星号と白鳥号。ゴールゲートを真ん中にして、両サイドから四台(正確にはトリハラン号+ストレイン号で五台だが)の魔動乗用車が迫り来る。
一番最初にゴールゲートをくぐった者が勝利者となるのだ。それは果たして……!
『ゴオォォォォォォォォォォォォル!』
二台ずつすれ違うようにして僕らの目の前で交差する。エルカ技師がチェッカーフラッグを振っていた。
「ど、どっち……というか、どれが一番だった?」
「ほとんど四台とも同時に見えたが……」
「判定は⁉︎」
観客席からざわざわとした声が聞こえてくるが、僕の目には誰が一位で通過したか見えていた。多分花恋姉さんも見えていたと思う。
『モニターに映像を出すよー』
エルカ技師の映し出した静止映像により、本当に僅かな差ではあったが一位の魔動乗用車がみんなの目にもわかるようになった。予想外だなァ、これ……。
『優勝はッ、紅猫号! ニア・ベルモット──────ッ!』
「っしゃあ──────!」
紅猫号に乗ったまま、両拳を突き上げるニア。手放し運転はやめろ。
観客席にいた数人の紅猫関係者も自分たちの首領の優勝を大はしゃぎで祝っている。
観客席からも拍手が送られていたが、その中の一人、ストレイン女王が僕の横に来てボソッとつぶやいた。
「公王陛下。今さらですけど『紅猫』というのはもしかして、あの……」
ぎくっ。
しまった。『紅猫』はストレイン王国や聖王国アレントではお尋ね者なんだった。ここはスッとぼけるしかないか⁉︎
「……さ、さぁ〜、なんのことです?」
「……そうですか。腐った貴族たちを懲らしめるという義賊の関係者かと思ったのですが。気のせいだったようです」
にっこりと笑っちゃいるが、絶対気がついているよね、この人……。やべ、下手打った……。車名ぐらい変えさせておくべきだったなー。
ちなみに二位と三位はほぼ同着で白鳥号のラピスさんと銀星号のロゼッタ&モニカ。四位がルーフェウス皇太子とベルリエッタ王女だった。
停車したトリレイン号に近づき、車を降りた二人に声をかける。
「残念でしたね」
「いえ。勝てなかったのは悔しいですが、完走できたことは嬉しく思います。なにより楽しかった!」
「私も!」
笑顔を浮かべながらそう語る二人を見ていると誘ってよかったなと思えてくる。一時は余計なことをしたかと思ったもんだが。
「ベルリエッタ王女」
「はい?」
皇太子が横に立つ王女へと視線を向けて、その場に膝をつく。
「貴女は素晴らしい女性だ。貴女とならうまくやっていけると私は思う。どうかトリハランへ来てはくれないだろうか。そして僕を支えてほしい」
「……はい」
頬を染めて皇太子の手を取るベルリエッタ王女。え、なにこの展開。
「あらあら。どうやらうまくまとまったみたいですわね」
「そのようですな。いや、これで肩の荷も下りましたわい」
ストレイン女王とトリハラン皇帝が視線を向けながら頷きあう。そうなのか?
よくわからんが雨降って地固まる、ってことでいいのかな。もともと第一印象はお互い気に入っていたみたいだし。
そしてレースは終わり、そのまま野外パーティーへとなだれ込む。
浜辺に設けられた特設会場で、みんなに様々な食事が振る舞われた。これは初めから予定していたことで、表世界、裏世界の各国から宮廷料理人を出してもらって、それぞれの国の料理を食べようというわけだ。
それぞれの国の特色が出て興味深いし、いろんなことを知りあうきっかけになるんじゃないかと漠然と考えていたが、意外とうまくいってるみたいだな。
婚約を発表したルーフェウス皇太子とベルリエッタ王女へはお祝いの言葉が各国代表から贈られていた。ある意味、他の国々に顔を覚えられて、ちょうどよかったのかもしれない。
「丸く収まってよかったですね」
「そうだね。あの二人なら喧嘩しつつも仲良くやっていけるような気がするよ」
幸せそうな二人を別のテーブルで見ながらユミナの言葉にそう答える。ぶつかることもあるだろうけど、あの二人ならきっと大丈夫だろ。
「だけど一番最初にリタイアしたのが開催者ってのはカッコつかないわねー」
「ぐ……。あれは仕方ないだろ」
からかうようなエルゼの言葉にむくれていると、向こうから同じリタイア仲間のフェルゼン国王がやってきた。
「おうおう、お疲れさん。お互い残念だったなあ、ブリュンヒルド公王」
トリモチにくっついたままレース終了となり、無念のリタイア。そのまま救助されたフェルゼン国王は、屋敷でひとっ風呂浴びてさっぱりとしたらしい。そのまま僕の正面の椅子にどっかと座る。
「なかなか面白いレースだった。いろんな改良点が見えてきたわい。魔動乗用車がこれからどうなっていくかが楽しみだ」
「楽しんでもらえたようでなによりです」
「そうだな。それに……こっちの世界の奴らもワシらと大差ないこともわかったよ」
そう言ってフェルゼン国王は視線を若きカップルへと向ける。そういやこの王様も婚約中なんだよな。
って、あー、そうか。この人一応僕の義理の兄になるんだっけ……。僕がルーと、フェルゼン国王がルーの姉のエリシアさんと結婚したらそうなる。なっちゃう。考えないようにしてたわ。
「それはそうと、先ほど本国から連絡があってな。ホルン王国のことだ」
「ホルン王国?」
あの内戦開始待った無しの国か? 確か王孫派と王弟派に分かれて揉めているんだよな。フェルゼンは隣の国だし、なにか言ってきたのだろうか。
「我がフェルゼンに味方についてくれと両陣営から話が来ているのは知ってるな? 今まで我が国は中立の立場を取り、どちらにも加勢することなく、もう一度話し合ったらどうかと提案してきた。今回やっと王孫派、王弟派、それぞれの代表が我々の立ち会いのもとに、今一度話し合うことを承諾したのだ。その話し合いが三日後に行われる」
なるほど。中立であるフェルゼンを仲介役としてきちんと話し合おうということか。うまく事が運べば内戦は避けられるかもしれない。
「その話し合いに是非ともブリュンヒルド公王も参加してもらいたいのだ。正直に言うと、ワシはどうも納得がいかんのだよ。ホルン王国の先王は賢明な方であった。その方が後々火種になるような事を残すとはどうしても思えん。なにか裏があるような気がしてならんのだ」
亡くなったホルン先王は、弟には仲の悪かった第一王子を廃嫡にし、お前に王位を譲る、と言い、宰相には第一王子との仲を取り持ってくれと頼んでいたという。
この段階で話がおかしい。どちらかに先王が嘘を言っていたか、でなければ王弟か宰相、どちらかが嘘をついているか。まあ先王が情緒不安定でコロコロと意見が変わったという可能性もあるけど。
それに椿さんの報告にあった妙な噂も気になる。ユーロンの暗部組織『クラウ』の存在。これが王弟か宰相の手先となっていたら厄介な事になるかもしれない。
「わかりました。その話し合いに立ち会わせていただきます。問題を解決して、ホルン王国にも二世界会議に参加してもらいたいですし」
「そうか。助かる。ブリュンヒルド公王がいれば安心だ」
そう言ってフェルゼン国王は僕らのテーブルを離れた。
ふむ。嘘をついているかどうかを見極めるならラミッシュ教皇猊下の力を借りるのもアリかな。あの人の魔眼は『真偽の魔眼』。嘘を見抜く力をもっている。
王弟と宰相、どちらが嘘をついているのか、すぐにわかるはずだ。博士が造った嘘発見器もでもいいのだが、事が事だけに慎重を期したい。
僕は協力を仰ぐべく、別テーブルにいるであろうラミッシュ教皇猊下を探し始めた。




