#373 悪路、そして密林コース。
『密林コース、先頭を行くのはニア・ベルモットが操る紅猫号! 少し遅れてロゼッタ&モニカの銀星号と、ラピスの白鳥号がそれを追うニャ!』
そのラピスさんのあとを僕のブリュンヒルド号が追いかける。
走ってみてわかったがこの密林コースというのはなかなか厄介だ。視界が森の木々で遮られ、先が見えにくい。
「うおっと!」
おまけに道が急に盛り上がってたりするから、ちょっとアクセルを吹かし過ぎると小さくジャンプしてしまう。
一応コースはすでに公開されているからまだマシなんだろうか。助手席のポーラが密林コースのページをこちらに向ける。
「ここからはコースが分かれるんだよな……」
密林コースの途中から岐路があり、二つのコースに分かれている。
一つは距離が短いが悪路で障害の多いAコース。
もう一つは遠回りだが比較的楽そうなBコース。
AB二つのコースがその先で再び合流するようになっている。
どっちに行くべきか、と普通なら悩むところかもしれないが、僕の場合Bコース一択だ。
あの二人の造ったコースだ。どんな障害が設置されているかわかったもんじゃないし。避けられるなら避けて通りたい。
それに僕は別に順位にこだわってはいない。安全に通過できるならそれに越したことはないだろう。
『おっとー! 先頭を走る紅猫号がAコースに、二番手を走る銀星号がBコースへと分かれたニャ!』
む、ロゼッタたちもBコースを選んだか。さすが伊達に博士と長年付き合ってないな。ニアはAコースを選んだみたいだが……あいつは何も考えてない気がする。近いから、とかそんな理由だろうなあ。
前を走る白鳥号が左へと曲がる。ラピスさんもAコースか。大丈夫かな……。
そんな心配をしつつ、分岐路で僕はBコースへと右にハンドルを切る。
しばらく走って森の中を抜けると、急に視界が開け、海岸沿いを走る道に出た。
道も平坦で走りやすく、なんとも景観がいい。海上にはカモメが飛んでいる……と思ったらドラゴンだった。まあ、そうか。
大きく迂回するようなこのBコースには視界を遮るようなものがなく、先を走るロゼッタたちの姿も捉えることができた。けっこう差がついているな。
Bコースだからといって、障害が全くないとは限らない。気を抜かずにいこう。
『ブリュンヒルド号はBコースへ! 次に続く鋼の斧号はAコースへ向かったニャ! 遅れてストレイン号はB、トリハラン号はA、フェルゼン号はBコースと分かれたニャ!』
ベルリエッタ王女はBコースでルーフェウス皇太子はAコースか。意外だな。性格的に逆な気がするが。
悪路も踏破できそうなパワーを持つ鋼の斧号とフェルゼン号はAコースを選んでもおかしくはない気がするけど、フェルゼン号はBコースを選んだか。一回コースアウトしているからなあ。安全策を取ったのかな?
Aコースは紅猫号、白鳥号、鋼の斧号、トリハラン号。
Bコースは銀星号、ブリュンヒルド号、ストレイン号、フェルゼン号。真っ二つに分かれたな。
『ニャニャッ! Aコース先頭を行く紅猫号の前に大きな川が! 手前にあるジャンプ台を使って一気に跳んだ────ッ! ギリギリ、ギリギリクリアニャ!』
ギリギリってどんだけの川だよ……。やっぱりBコースにしといてよかったわ。
『続く白鳥号は難なく突破! っと、ここで鋼の斧号が加速をつけてジャンプ台へ突っ込んでいくニャ! 大きく跳んで────ッ、着地! お、お、お、後輪が落ちそうニャ! 落ちるか、落ちるか、落ち……ない! 危なかったニャ!』
鋼の斧号は見るからに重そうだったもんな。よく跳べたもんだ。
Aコースとは違い、こちらのBコースはゆったりとした未舗装の道が続く。地方の田舎道といった感じだ。
と、後方からものすごい勢いでこちらを追い上げてくる魔動乗用車があった。ベルリエッタ王女の乗るストレイン号だ。
かなり速度を上げて迫ってくる。僕は順位争いをする気はないので、 とりたてて妨害する気はない。
「お先にっ!」
舗装もされていない道を土煙を上げながら駆け抜けていく。
僕の前に出たストレイン号はその前を走るロゼッタたちの銀星号へと勢いよく向かっていった。あんなに魔動機を全開にして大丈夫かね?
オーバーヒートではないが、限界を超えると魔力の循環が滞り、エンストと同じ状態になりかねないはずだが。
そんな心配していると、驚いたようなニャンタローの声が届く。
『おおっとお! 突然Aコースの森の中から何かが飛ばされたニャ! あれは……パイニャ! 生クリームのパイが先頭を走る紅猫号のニアの顔面にぶち当たったニャ! たまらず停車した紅猫号の横をパイを躱しながら白鳥号が駆け抜ける────ッ!』
パイって。やはりAコースは嫌がらせコースらしい。ニアも災難だな。
パイを受けたニアはその後、鋼の斧号にも抜かれたみたいだ。
『さあさあさあ、Aコースの先頭を走る白鳥号が本コースに戻ってきたニャ! それに続くのは鋼の斧号、パイまみれの紅猫号! 向こうからはBコースのトップを走る銀星号、続けてストレイン号がやってきてるニャ!』
思ったよりもすんなりと走れたBコースだが、それでも大きく迂回していることには変わらない。
本コースに一番速く復帰したのは白鳥号。次に銀星号。そのあとは鋼の斧号、紅猫号、トリハラン号、ストレイン号、ブリュンヒルド号、フェルゼン号という順番で分岐コースを終え、本コースに戻ってきた。
あちゃあ。分岐コースに入る前は四位だったのに七位まで落ちたか。遠回りのBコースを選んだ上にペースを上げもしなかったから、当たり前と言えば当たり前だけど。
前を走るストレイン号に遅れないようにして悪路の山道コースを駆け抜ける。
「おっと!」
森を抜けるとぬかるみがあちらこちらに点在する広いエリアに出た。まるで湿地帯、いや、田んぼだな、これは。蜘蛛の巣か迷路のように車一台が走れる道があることはある。
というか、ぬかるみよりも周りに設置してあるマーライオンに似た無数の像が気になるんだが。なにか嫌な予感がする……。
とにかくなんとかぬかるみにハマらないように、避けて通るしかない。ぬかるみにハマったら動けなくなるかもしれないからな。
他の車も慎重に走行せざるをえなくなり、各車ごとの距離が縮まる。僕も慎重にハンドルを操り、なんとかぬかるみを避けて通っていると、どこからか大きな噴射音がした。
「ぶわわっ!」
「いてててててっ!」
『おおっと、突然の放水が銀星号を襲ったニャ! なんて嫌なトラップニャ!』
設置してあったマーライオンの口から突然噴出した水に、銀星号に乗るロゼッタとモニカが直撃を受けていた。まるで消防車のホースから出るくらいの水の勢いに、ぬかるみの中に銀星号が押し込まれていく。
「ふぎゅっ!」
そのまま銀星号は横倒しになり、ロゼッタたちが泥の中に落ちる。と同時に放水が止まった。うわあ……。
「博士らしい嫌がらせでありまス!」
「にゃろう!」
コース設計者の恨み言を口にしながら、泥まみれになったロゼッタとモニカが泥の中に倒れた銀星号をなんとか元に戻し、道へと二人で押していく。
その隙に後続車がロゼッタたちを次々と抜いていった。もちろんマーライオンからの放水に注意しながら、だ。
泥まみれの銀星号が僕の前を走り、やっと田んぼエリアを抜けた。
抜けた先は荒地の直線コースだった。ボコボコの道が僕らを阻む。というか、もう荒地というレベルではない。
「うごごごごご」
ロデオでもやってるんじゃないかと思うくらいのガッタガタの道だ。助手席のポーラが何もしていないのにトランポリンで遊んでいるように見える。サスペンションを替えたはずなのにこれだけ揺れるってことは、替えなかった車は相当な揺れがくるってことで……。
「あれ?」
先を走っていたはずのニアの紅猫号が停車している。その陰には四つん這いになってうずくまっているパイまみれのニアの姿が。
「おぅえええええぇぇ」
……見なかったことにしよう。だからピットインしておけばよかったのに。
えずくニアを不憫に思いながらその横を通過する。
『おおっとここでパワフルな走りをする鋼の斧号がついに白鳥号を抜いてトップに躍り出たニャ!』
ぬ。ニアと同じくピットポイントをスルーしたはずの鋼の斧号がトップに立ったか。これは魔動乗用車の性能の差というよりは、ドライバーの頑丈さの差じゃないだろうか。
「それに、しても、揺れる、なあ!」
洗濯板の上でも走っている気分だ。やっと超ダートコースを抜けた時には僕も相当やられてしまって、さっき食べたリンゼのサンドイッチをリバースしないようにするのが大変だった。
「気持ちわるぅ……」
こんな状態でまともに走れるわけがない。のろのろと徐行運転をしていると、後ろからフェルゼン号が僕を抜かしていった。
「わはははは! 公王、鍛え方が足りんぞ!」
やかましい。デリケートなだけだい。……うぷ。っていうか、普通はこうなるわ!
『さあ、東部密林コースももうすぐ終わりニャ! 現在のトップは鋼の斧号! そして白鳥号、トリハラン号、ストレイン号、銀星号、フェルゼン号、ブリュンヒルド号、紅猫号という順位になっているニャ!』
平坦なコースを走っているはずなのに、まだなんか揺れているような気がする。実況するニャンタローの声を聞きながらなんとか遅れまいと車を走らせた。ちらりと後ろを見ると、ニアもやっと鬼の洗濯板ロードを突破してきたようだ。
「……なんか寒いな」
密林コースの終わりが近づくにつれ、肌寒く感じる。これって、次の氷雪コースからか?
『密林コースを一位で通過したのは鋼の斧号! そして白鳥号が二位で通過ニャ! 二台ともそのまま氷雪コースへと突入! このエリアはほぼ全てのコースが氷で覆われている危険なコースニャ!』
氷雪コースは氷のコース。さすがにここはタイヤ交換をしないとまともに走ることもできまい。
密林コースのラストゲートを抜ける。七位で通過か。
氷雪コースに入るとさっそくコース上に雪が混じり始めた。魔法で生み出した雪なんだろうが、滑りやすくなるのは同じだ。もうすでに先行車に荒らされてシャーベット状になってるしな。
密林コースに入ったときと同じく、ピットポイントの看板を見つける。もちろん入ります。
ガレージのあるエリアに戻ってくると途端に寒さが消えた。当たり前か。
5番と6番のガレージ前で、また笑いながら睨み合っている二人を見かける。
「ウフフフフフ」
「ハハハハハハ」
王女も皇太子も睨み合ってはいるが、どちらも顔色が悪い。鬼の洗濯板ロードの後遺症がまだ残っているようだ。
僕もガレージにブリュンヒルド号を入れて、チビロボたちにタイヤ交換を任せると、その場で横になった。少しでも酔いを治したい。
「悪い、ポーラー。氷もってきてー」
あんだけトランポリン状態だったのにも関わらず、全く元気な相棒(当たり前だが)にガレージ奥の冷蔵ボックスから飲み物に入れる氷を持ってきてもらう。
【リフレッシュ】を使えれば一発なんだけどなぁ。レース中は魔法禁止だし。
ポーラが持ってきてくれた少し大きめの氷を一個口に放り込む。しばらく舐め続けると、さっきまで気持ち悪かったのがだいぶ落ち着いてきた。
乗り物酔いは副交感神経が過剰に反応した結果だ。なので、なるべく大きい氷をゆっくりと舐めることで交感神経を刺激してやれば副交感神経を抑えることができる……と、昔テレビで観たことがある。
個人差はあるみたいだが、確かにスッキリしてきた。
ちなみにこの方法、二日酔いにも効くそうだ。「酔い覚ましの水」とかいうのもこの効果だとか。まあ、未成年なので試したことはありませんがね。
交感神経を刺激するのに、辛いもの……唐辛子を一本かじるとかの方法もあるみたいだが、そっちはパスだ。
タイヤ交換が終わり、防寒ジャケットを羽織る。これで少しは寒さをしのげるだろう。
ピンスパイクのタイヤに換えたブリュンヒルド号でコースへと戻った。
すでに僕の前にいた六台はレースに戻って氷雪コースへと足を……車輪を? 踏み出していた。
いつの間にかコースが完全に氷のコースになっている。氷の方が摩擦係数は高く、まだマシだなんだっけか。溶けた氷が水の膜を作った状態が一番滑りやすいとか。
「っと!」
ちょいタイヤが滑り、ハンドルを立て直す。ちっ……溶けてるな、これ。気をつけないと。
『トップを走る鋼の斧号! 氷雪コースをものともせずに爆走ニャ! 前輪と後輪を無限軌道で繋ぎ、氷を砕きながら突き進んでるニャ!』
U字型の折り返しカーブだったので、先頭を走る鋼の斧号の姿が僕にも見えた。
おいおい無限軌道って、戦車かよ……。いや、どっちかというとブルドーザーか?
つーかあれ、アリなの? 確かにダメとは言わなかったけどさ。
ドワーフたちは土木工事用のドヴェルグを造っているから博士あたりが教えたんだろうけど。そのうち本当に下半身が無限軌道のタンクで、上半身が人型のドヴェルグが出てきそうだな……。
『しかし重さのためかスピードは落ちているニャ! 二位の白鳥号に追いつかれ────抜いた! 白鳥号、鋼の斧号を抜いたニャ! しかしその前に氷の壁が立ちはだかる!』
コース上にブロック氷がレンガのように積み重なり、壁となって右半分を塞いでいる。その高さ約一メートル。さらにその先には左半分をまたしても氷ブロックが塞いでいた。それが互い違いに続いている。
コース上で壁を避けながら進むと、右に左にと急激なハンドル操作を求められる。滑りやすい氷の上でそれはかなり難易度の高い要求だった。
「くっ……」
ラピスさんが少し滑りながらも壁エリアを突破しようとしているところへ、鋼の斧号がなんと氷のブロックの壁をぶち破って猪突猛進に突き進み始めた。
「これしきの壁がなんじゃーい!」
装甲車みたいなボディと無限軌道を持つ鋼の斧号だからこその突破方法に皆、声も出ない。
あっという間に再びトップへと返り咲き、氷壁エリアをクリアしていった。ドワーフってな、頭がいいのかバカなのか。
突破方法はバカだが、結果はぶちまけた氷のブロックがコース上にばら撒かれ、後続車の障害となっている。考えてやっているのなら相当の……いやいや、無い無い。
ばら撒かれた氷のブロックをみんな避けながら前へと進む。
小さなものは乗り越えるか弾き飛ばすことができるが、大きな塊は避けていくしかない。もっともフェルゼン号は大きなタイヤで全て弾き飛ばしていたが。
『さーて、氷壁エリアの次は坂道エリアニャ! ここは特に滑りやすいから気をつけるニャ! 後続車も滑って落ちてきた前の車に巻き込まれないように注意ニャ!』
広い車幅のコースが緩やかな坂道になっている。まっすぐ伸びた先が見えないのは、向こうは下り坂になっているからだろう。
確かにこの坂道で滑ったら一気に下へ戻ってしまうな。勢いをつけて上った方がいいのか?
すでに上り始めている先頭グループを見ながらそんなことを思案していると、坂のてっぺんに突然直径二メートルほどの雪玉がいくつか現れ、坂道をゴロゴロと下り始めた。
ウワア。




