#372 スタート、そして桟橋コース。
『通達しておいた通り、制限時間内に一つのエリアを突破できなければリタイアになりまーす。車が壊れても時間内なら押して突破してもOKだよー』
壇上でエルカ技師がコースの説明をしている。
『相手の行動を邪魔するのもOK。車同士は直接接触できないように魔法を付与してあるから、どんどん押し合いしても大丈夫。ただ、やっぱり車重の軽い方が吹き飛ばされるから気をつけて』
出場する車には魔動機とシンクロして反発フィールドが生まれるようになっている。分かりやすく言えば磁石の同極が反発するアレみたいなものだ。
十センチまでは近づけるが、それ以上は反発する。これで押し合い、相手を退かせることもできるのだ。ぶつからないための安全策だったが、バトル的な使い方になりそうである。
『大怪我しそうなほどクラッシュすると、その前にドライバーはここまで強制転移されるよ。これで失格ってわけじゃないけど、たぶん車は大破しているから結局リタイアになると思う。緊急転移用のボタンもあるから何かあったらちゃんと押すことー』
それぞれのシートに付与された【ゲート】の効果だな。それでも怪我をした場合に備えて、本部には『錬金棟』のフローラが待機しているけど。
『あ、それとレース中の魔法は禁止ね。使ったら失格だから注意するように。特に冬夜君』
「わかってるっつーの」
魔法がアリならみんなに【スリップ】かけて、ぶっちぎりで走るわい。
『なお、レースの実況は、』
『猫は人のために! 人は猫のために! 天知る、地知る、猫が知る! 華麗なる猫騎士ニャンタ……もとい! ダルタニャンにおまかせニャ!』
ぴょん! と壇上に桜の召喚獣であるケット・シーのニャンタローが、細剣の代わりにマイクを持って飛び乗った。
あいつが実況すんのかよ。発音大丈夫か?
『それじゃア、レースを開始するニャ! 各自、魔動乗用車に乗り込んでスタート用意ニャ!』
砂浜に伸びる広い石畳の道に赤いラインが引かれ、僕らの車が横並びで並んでいる。同時スタートか。
ドライバーがそれぞれ自分の車に乗り込んで魔動機を始動させる。僕もタイプKに乗り込んで、魔動機を発動しながらマップを展開しようと……あ、魔法禁止だった。
助手席のポーラが印刷されたコースマップを手渡してくる。お、気がきくな。
えーっと、この石畳は真っ直ぐ伸びていて途中から砂浜になるのか。その先で右に折れ、海上の桟橋コースに入る、と。
桟橋の幅は車の二・五倍しかない。真ん中を走られると抜かすのは難しいな。橋の上で無理矢理抜かそうとして、海に落とされると遠浅とはいえほぼリタイアじゃないか? いきなり難度高くないか、これ?
まあいい。とりあえず完走を第一目標に確実に走ろう。スタートは少し遅らせてもいい。様子を見たいからな。
ヘルメットを被り、ゴーグルを下ろす。
『準備はいいかニャ? それでは第一回バビロンレース、スタートニャ!』
ニャンタローの合図と同時に、共鳴弾が空へと上がる。その音を確認して八台の車が一斉にスタートした。
『おおっと、まず跳び出したのはゼッケン⑤番、ベルリエッタ王女の駆るストレイン号ニャ! 続いて④番の紅猫号、②番の銀星号と続くニャ!』
勢い良く跳び出したのはベルリエッタ王女のストレイン号、ニアの紅猫号、ロゼッタ&モニカの銀星号。その次にラピスさんの白鳥号、ルーフェウス皇太子のトリハラン号、その次が僕で現在六位だ。
僕の後ろにすぐフェルゼン国王のフェルゼン号、ドワーフの親方グリフの乗る鋼の斧号が続く。
僕の位置から上位五人が見えるが、まだそれほど差はついてはいない。
直線の石畳コースはすぐに終わり、砂地のコースに変わった。多少湿っている砂地は走りにくいことは走りにくいが、アリ地獄のような状態にはならないので、普通に走れる。
「ははは! 公王、お先に失礼するぞ!」
「あ」
『フェルゼン号がここで猛攻ニャ! 順位を一気に詰めてきたニャー!』
砂地を物ともせずに僕の横をフェルゼン号が抜いていく。大型の車体はまるで小さなブルドーザーのように、そのまま前方のトリハラン号をも抜き去った。
ぬう。あまり順位にはこだわらないつもりだったけど、抜かれるとなんか悔しいな。
『先頭集団はすでに海の方向へと曲がり、桟橋コースへと突入! この桟橋上では抜かすことは難しいため、このままではあまり順位の変動はない思われるニャ! しーかーしー! ちょっとしたミスでボッチャンと海に落っこちるため、どうなるかわからないニャ! ドキドキニャ!』
桟橋コースは遠浅で、深いところでも一メートル半もない。出場車の運転席は密閉型ではないので、落ちてもシートベルトが壊れていなければすぐに脱出できるだろう。一応、緊急転移用のボタンもあるはずだしな。
かなり浅いところならコースアウトしても、砂浜に戻ってレースに復帰するのも可能だ。ガソリンエンジンのように火を使っているわけではないので、水に落ちたところで動かなくなるということはない。まあ、順位はかなり落ちるだろうが。
砂浜から桟橋コースへと乗り上げる。バックミラーを見ると、後方の鋼の斧号とはそれなりに差がついている。いきなり追突されるということはあるまい。
かといって、前を走るトリハラン号に迫る気もなかった。トリハラン号とは同じくらいの車重だろう。押し合いになったとき、どちらが海に落ちるか勝負するには危険すぎる。
しかし当然ながらあきらかに車重が重いとわかっているならどんどん攻めるべきで……。
『フェルゼン号、目の前の白鳥号に迫る! これは追突されたら間違いなく白鳥号の方が吹っ飛ぶニャ!』
桟橋でできた直線コースを走るうちのメイド、ラピスさんの白鳥号にフェルゼン国王のフェルゼン号が迫っていく。
「強引に抜かせてもらうぞ! 悪く思うな!」
「むっ」
ラピスさんの白鳥号の横にフェルゼン号が並ぶ。少し大型のフェルゼン号と白鳥号が並ぶと桟橋の幅はあまり余裕がない。
フェルゼン号の横あたりで白鳥号がぐらつく。なんとかギリギリで桟橋の端を走っているが、もう一度食らったら間違いなく落ちてしまうだろう。
白鳥号が加速する。フェルゼン号の前に出ようとしているのだろうか。
逃がさぬとばかりに同じように加速したフェルゼン号がとうとう白鳥号を抜き去った。
「ふははは! どうだ! むっ⁉︎」
勝ち誇るフェルゼン国王の前に、左へ曲がる直角カーブが迫る。
「ぬおおおおおっ!」
急ブレーキをかけながら車体を左へと向け、ギリギリのところでフェルゼン号が曲がり切る……と思いきや。
そのタイミングでフェルゼン号のインを突き、白鳥号が突っ込んできた。
ドリフト気味にカーブした白鳥号がギリギリのところで踏み止まっていたフェルゼン号をドン、と押す。
「あ」
桟橋からバランスを崩しフェルゼン号が海へと落ちる。大きな水飛沫を残して白鳥号が桟橋を駆け抜けていく。
『おおーっとぉ! フェルゼン号、コースアウト! 海に真っ逆さまニャー!』
うわあ……。無理しなくてよかったー。
ゴボゴボと泡を出しているフェルゼン号を横目に、ルーフェウス皇太子のトリハラン号と僕のタイプKが通過していく。もちろんスピードを落として、ゆっくりと直角カーブを曲がってだ。
最後尾の鋼の斧号が同じようにスピードを落としてカーブを曲がると、ぶはっ、とフェルゼン国王が海上に顔を出した。
『フェルゼン号のドライバーは無事のようニャ。まだリタイアではないからなんとか砂浜まで車を……ニャッ⁉︎』
「ぬおおおおおおおおおおおッ!」
ニャンタローの驚く声にフェルゼン号の落ちた方を盗み見ると、フェルゼン国王が海に落ちたフェルゼン号をものすごい形相で持ち上げているところだった。
ちょっと待て、それってアリか⁉︎
「せいッ!」
そのままフェルゼン国王は車をぶん投げて桟橋の上へと戻すと、自身も桟橋によじ登り、魔力を流して再び魔動機を始動させた。
だいぶ距離を離されたが、リタイアせずにすんだようだ。
「しかしなんていうか……強引すぎる」
呆れ気味に僕がつぶやくと助手席にいたポーラも腕を組んでうんうんと頷いていた。あれが魔法王国の国王とか、絶対間違ってるよな。
『ここでトップ集団にも変化が、ニャ! 再び砂浜コースへ戻ったところで、紅猫号、ストレイン号の二台を一気に抜かし、銀星号がトップに立ったニャ!』
へえ。ロゼッタとモニカたちがトップか。やるじゃないか。
僕も砂浜のコースに戻ってきて、次の桟橋コースへと急ぐ。前を走るトリハラン号もこのエリアは様子見なのか急いでいる気配はない。再びハンドルを右に切り、桟橋コースへと戻る。
確かこの先のコースってS字クランクとかが多い場所だったな。
先ほどのフェルゼン号のダイブを見ているだけに、どうしてもスピードを落としての慎重な曲がり方になる。
しかし、前を行くトリハラン号はそれほどスピードを落とさずにクランクを抜けていった。グリップ力が違うのか? タイヤの性能だろうか。
逆にこういったコースは苦手なのか、ベルリエッタ王女のストレイン号が順位を落としていた。
現在のトップは銀星号。続いて紅猫号。ストレイン号は三位にまで後退していた。
『おっとお! ストレイン号の横を抜けた白鳥号がタイヤを滑らせながら直角カーブを脱出ニャ! 華麗なるテクニックで三位に浮上ぉ!』
どうやらラピスさんにも抜かれたようだ。っていうか、こんな狭い桟橋でドリフトとかできんの⁉︎
これにより三位は白鳥号、四位はストレイン号、五位はトリハラン号となった。
因縁浅からぬ二人がジリジリと距離を縮めていく。
抜かそうとするトリハラン号に対し、その進路をストレイン号がキッチリと塞ぐ。
「むっ……!」
「抜かせませんわ!」
一歩間違えば海へのダイブが待ち受ける桟橋上で、右へ左への争いが発生する。
当然ながらスピードが落ちるので、僕も二人のすぐ後ろまで追いついてしまった。
むう。邪魔だなぁ。
後ろから見ているとわかるのだが、トリハラン号が右に動けばそうはさせじと前のストレイン号も右に動く。桟橋上で同じ動きをしているのだ。
助手席のポーラがGO! GO! とばかりに腕を前に突き出す。だなあ。行くか。
直線の桟橋で目の前の二台が揃って横へ移動したタイミングを狙い、一気にアクセルを踏み込む。
「えっ⁉︎」
「あっ⁉︎」
驚きの表情を浮かべた二人を横目に、僕のタイプKが二台をあっさりと抜き去った。
悪いけど先に行かせてもらう。それなりのスピードを保ちながら桟橋コースのカーブを曲がっていくと、前方にラピスさんの乗る白鳥号が見えた。
現在僕は四位か。なんとかこれくらいの順位を保ちつつ、このエリアを抜けられればいいな。
桟橋コースを抜け、三たび砂浜を僕らは走る。おっと前方を走るラピスさんの白鳥号が、ニアの紅猫号を捉えたようだ。
『さあああ、南エリアももうじき終わりというところで白鳥号がしかけてきたニャ! 砂浜からメインコースに戻ってのデッドヒート! カーブの内側から白鳥号が鋭く切り込んだニャ! 抜いた! 白鳥号二位に浮上ニャ!』
砂浜から再びメインコースに戻ってすぐに順位の入れ替えか。白熱してるなあ。
僕も前を走るニアの姿を捉え、ペースを維持しながらコースを走り抜ける。
石畳の上に砂が撒かれていて滑りやすい。コースアウトしたって海に落ちるわけではないが、やはり慎重になってしまうな。
『銀星号一着で桟橋コースのゲート通過ニャ! 続けてそのまま東部の密林コースに突入! ここは荒れた山道をどう走るかが鍵ニャ!』
ロゼッタたちが一位通過か。二位のラピスさんの白鳥号もゲートを通過し、僕の前を走るニアの紅猫号も難なく規定時間内で桟橋コースをクリアする。
僕も四位でゲートを通過し、桟橋コースをクリアした。
「ととと、けっこう衝撃がくるな」
東部密林コースに入るとガタガタに荒れた山道が僕らを出迎えた。おまけに道が起伏に富んでいて危なっかしい。右側だけ高かったり、その逆もあったり、変にアクセルを吹かせば横転しそうな気がする。
しばらく走ると道の脇に『右手五百メートル先にピットポイント有り』という看板が見えた。
「早めにタイヤとかを替えたほうがいいかな?」
僕のつぶやきに助手席のポーラも頷く。だよな。ずっとこの状態が続くのはキツい。パンクするかもしれないし。あと絶対に酔う。
『おっとここでトップを走る銀星号、ピットポイントに入ったニャ。続けて白鳥号もピットポイントへ……ニャニャ! 三位を走る紅猫号がピットポイントをスルーしてそのまま爆走! トップに躍り出たニャ!』
「うっしゃあ! あたしが一番だーっ!」
おいおい、ニアの奴あのまま走るのか? 確かにあいつなら酔いそうもないけど、タイヤは大丈夫かね?
っと、他人の心配してる場合じゃないな。僕もコースを右手に逸れ、ピットポイントへと入る。
魔法陣の地面を通過すると、スタート地点にあるガレージへと続く道へと転移した。
『8』と書かれたガレージへとタイプKを乗り入れる。奥からミニロボたちがやってきて、僕らが車を降りるとすぐさまタイヤやサスペンションをオフロード仕様のものに替え始めた。
ガレージ内にある小型投映盤でレース状況を確認すると、すでにストレイン号とトリハラン号も桟橋コースを抜けて密林コースへと突入したようだ。ドワーフの鋼の斧号と、一旦リタイアしかけたフェルゼン号もなんとか規定時間内に間に合いそうだな。
このエリアでは脱落者はいないようだ。あの博士が造ったにしては、まだまともなコースだったな。いや、一人海に落ちているからそうでもないか。
ガレージの横をロゼッタとモニカの銀星号が駆け抜けてコースに戻っていく。オフロード仕様に換装を終えたようだ。
続いてラピスさんの白鳥号もコースへと戻っていく。それと入れ替わりでベルリエッタ王女のストレイン号とルーフェウス皇太子のトリハラン号が競うようにガレージへと突入してきた。
「ぬぐぐ!」
「ふぬぬ!」
互いに押し合う形で突っ込んできた二台はほぼ同時に自分のガレージへと消えていった。
と、思ったら車を降りた二人がすぐさまガレージから飛び出してきて、睨み合いながら変な笑いを浮かべている。
「なかなかやりますね。でも次のエリアはこうはいきませんわ! 覚悟して下さいね!」
「それはこっちのセリフです。そちらこそ派手に転倒したりしてリタイアしないで下さいよ! それじゃあ面白くありませんから!」
「うふふふふ」
「ははははは」
なにこれ、こわあ。
お互い顔は笑っているのに目がなんかイッてるぞ……。これだけ見てるとものすごいお似合いの二人だとも思うんだが。
おっといかん、それどころじゃなかった。
自分のガレージに戻ると、ちょうどタイヤ交換が終わったところだった。僕とポーラは再び座席に乗り込み、魔動機を発動させてガレージを飛び出していく。
僕がコースに戻ると、その後ろにドワーフの鋼の斧号がついてきていた。どうやら鋼の斧号もピットポイントをスルーしたらしい。
確かに元々オフロードを走るのがメインのような魔動乗用車だったけど。フェルゼン号はちゃんとピットポイントからガレージに入ったようだ。
『さあああ、このエリアは密林コースニャ! 現在トップを行くのは紅猫号、そして銀星号、白鳥号、ブリュンヒルド号、鋼の斧号となってるニャ! おっとここでピットポイントからストレイン号とトリハラン号が飛び出してきたニャ!』
ニャンタローの実況を聞きながら運転していると、カーブした先に突然泥のぬかるみが現れ、タイヤをとられた。危なっ!
「いやらしい場所に配置してからに……! こりゃこのコースも気を抜けんな」
木々が生い茂るトンネルのような悪路を駆け抜けながら、僕はハンドルをしっかりと握り直した。




