#371 テストレース、そしてコース全容。
「コースはドラクリフ島を一周。単に平坦なコースじゃなく、いろいろと障害を付けてもいいんだね?」
「一応、魔動乗用車の性能テストも兼ねているしな。悪路を走った時どうなるかとかさ」
というかテストがメインなはずなんだが。今やレースの方がメインになりつつある。
いろんなデータを取るため、レースコースは博士が考案して作ることになった。少し、いやかなり不安があったが、僕が作ってもあまり役に立つデータは取れそうにないし。
『研究所』のモニターにコースが映し出される。パッと見は普通のコースに見えるけど……。
「なんでここんところ分岐路になってるんだ?」
「ショートカットだよ。うまく走れば近道になる。ま、失敗すると大変なことになるがね」
「ここの途切れているところは?」
「ジャンプして越える。飛距離が足りないと当然落ちるね」
「これ海の上じゃ……」
「桟橋エリアか。絶対コースアウトはできない場所だね」
……大丈夫だろうか。一応やり過ぎないように釘は刺しておいた。
気になっていたのは裏世界にあるドラクリフ島にどうやってコースを作るかということだったのだが、フレームギアの弾丸などを量産している『小工房』を一時的に裏世界へと転送して造るんだそうだ。
『工房』には性能面で落ちるが、複雑な機械を作るわけではないのであれで充分らしい。
「レジーナちゃん、頼まれてた物の設計できたよ〜」
研究室の扉が開いて、狼型ゴレムであるフェンリルを連れたエルカ技師が入ってきた。
この人もコース造りに参加するってだけでさらに不安が増すんだが……。
「とにかく安全性を優先させてくれよ。くれぐれもクラッシュして大怪我とかないようにな?」
「大丈夫大丈夫。例え車体がバラバラになったとしても、乗り手には傷ひとつつけないようにするからさ。君の愛人を信じたまえ」
誰が愛人だ、この幼女が。ニヤつく博士を放置して『研究所』を後にする。
その足で『格納庫』にいるモニカのところへと顔を出すと、彼女はガレージのひとつで『工房』のロゼッタやミニロボたちとともに魔動乗用車を整備していた。
「なんだマスターか。わりぃ、そこのレンチ取ってくれ」
作業台にあったレンチを手渡すと、モニカは車輪のボルトを締めて、ふう、と息を吐いた。ロゼッタが車輪を動かしてなにやら動きを確認している。
ガレージの奥にはボディのない魔動機剥き出しの車体が何台か並んでいた。それぞれ特性の違う魔動乗用車だ。
「こっちは順調か?」
「まあナ。フレームギアに比べたらなんでもねえよ。ちょっとした合間にやっても間に合うさ。博士たちの方は?」
「なんか変なコース造ってた」
「どんなコースを造ろうと必ず完走できる魔動乗用車を造ってやるでありまスよ。見てるでありまス」
スパナを握り締めながら、ふんっ、と鼻息を荒くするロゼッタ。
今回、この二人もレースに参加する。ロゼッタとモニカはドライバー側、バビロン博士とエルカ技師はコース製作側というわけだ。妙な対抗意識を燃やしているが、技術屋としてのプライドだろうか。
一応、ルールというわけではないが、バビロンの技術は使わない上での製作になっている。
魔動乗用車は裏表どちらの世界でも一般の技術者が造れないと意味がないからな。燃料であるエーテルリキッドだけは作れないが。
「地上じゃドワーフたちも造ってんだろ? 負けられないよナ」
例の土木作業用ロボット『ドヴェルグ』を造り上げたドワーフたちも今回のレースに参加する。
彼ら独特の技術でどんな魔動乗用車が造り上げられるのか楽しみではあるが、走るのがあの迷惑コンビのコースだからなあ。早々とリタイアとかにならないといいけど。
それとウチのメイド長ラピスさんも参加する。ドライビングテクニックはなかなかのものだし、運転技術の差による魔動乗用車の走りもデータとしては欲しいところだし。
あとは無理矢理「紅猫」のニアが参加させろと言ってきたので一応許可しといた。『赤』の王冠使いも魔動乗用車じゃそうそう無茶はできまい。したとしても、あとで副首領のエストさんに怒られるのはニア本人だ。
この二人の魔動乗用車もロゼッタとモニカが製作している。それほど特殊な車輌にはしないそうなのでたぶん大丈夫だろう。
トリハランとストレイン以外の国としては表世界の魔法王国フェルゼンが参加する。
魔工学の発展にも意欲的なこの国らしく、早々から魔動乗用車には力を注いでいて、テストレースに参加したいと言ってきた。
賑やかしというわけではないが、いろんな車種があったほうが様々なデータが取れるだろうとこれも許可した。ただ、ドライバーがフェルゼン国王本人というのはどうかと思ったが。
魔法王国の国王という肩書きのくせに、英雄の武器オタクで筋肉マッチョのあの王様が乗る魔動乗用車……。ダンプカーとかじゃないよな?
そんな風に様々な不安を抱えながらもテストレースの日は近づいていく。
まあ、魔動乗用車のことも大事だけど、お見合いしたあの二人がお互いを認め合って仲直りしてくれるといいんだが。
電話してお互いの親御さんに近況を伺うと、どちらも寝る間を惜しんで魔動乗用車の改良にのめり込んでいるらしい。本当に大丈夫かね?
竜の嘶き聞こえし空は青く、雲ひとつない。風もなく海は穏やかに、絶好のレース日和だ。
ドラクリフ島を一周する今日のテストレースのため、竜たちには人を襲わないように命じておいた。竜のくせにレース自体に興味がある奴らもけっこういるらしい。邪魔にならない範囲なら見物するのはかまわないけどさ。
いつものように戦天使たちを喚び出して撮影班とし、レースの状況は海岸の砂浜に設置した大型映写盤に映し出されるようにしてある。
基本的にドライバー以外はこの映写盤を見てレース状況を観戦するわけだ。
さて、ここで出場者を紹介しよう。
【ゼッケン1 鋼の斧号】 ドライバー:グリフ。
ドワーフ工房代表の親方、グリフがドライバー。ドワーフの技術で造り上げた魔動乗用車、『鋼の斧号』で参加。
【ゼッケン2 銀星号】 ドライバー:ロゼッタ&モニカ。
『工房』の管理人・ロゼッタと『格納庫』の管理人・モニカが製作。兼ドライバーも務める。二人での参加。
【ゼッケン3 白鳥号】 ドライバー:ラピス。
ブリュンヒルドのメイド長、ラピスがドライバー。魔動乗用車はロゼッタとモニカが製作。
【ゼッケン4 紅猫号】 ドライバー:ニア。
『紅猫』の首領、ニアが搭乗。こちらもロゼッタとモニカが製作。
【ゼッケン5 ストレイン号】 ドライバー:ベルリエッタ。
ストレイン王国王女、ベルリエッタが自身で造り上げた『ストレイン号』での参加。
【ゼッケン6 トリハラン号】 ドライバー:ルーフェウス。
トリハラン神帝国皇太子、ルーフェウスが自身で造り上げた『トリハラン号』での参加。
【ゼッケン7 フェルゼン号】 ドライバー:フェルゼン国王。
フェルゼン魔法王国の技術を集約した、『フェルゼン号』で参加。大型魔動乗用車。
【ゼッケン8 ブリュンヒルド号】 ドライバー:望月冬夜。
スタンダードな魔動乗用車『ブリュンヒルド号』で参加。モデル車はルノー・タイプK。
という八台の魔動乗用車で競われる。
一癖も二癖もあるような車にどんな能力が秘められているのか、今の状況ではわからない。僕も参加者なので教えられていないのだ。
パッと見てフェルゼン号が他のより少し大型だというくらいか。まあ、あれはドライバーの巨体を収めるために大きくしたって感じだが。
それぞれのドライバーには数日前にコースの全体図を配られている。細かい障害などは書かれていないが、大体どういったコースなのかは書かれていた。
島を東西南北四つのエリアに分けて、南エリアからスタートし、ぐるりと反時計周りに周り、西のエリアを抜けて再び南エリアに来てからのゴールとなる。
博士たちから渡されたコースの説明は以下のようなものだった。
■南■
桟橋コース。砂浜と海上に作られた桟橋のコース。
■東■
密林コース。ダートな荒れた野山を駆け抜けるコース。
■北■
氷雪コース。氷で作られた滑りやすいツルツルなコース。
■西■
障害コース。様々な障害が待ち受けるデンジャラスなコース。
大雑把過ぎるだろ、オイ。やっぱりあいつらに任せたのは間違いだったかなぁ……。
レースのルールとして、エリア規定時間以内に各エリアをクリアできなければその場でリタイア。
タイヤさえ地面についていれば壊れた車を押してエリアを通過しても時間以内ならクリアになる。
各エリアにはピットポイント(車両整備所)が数カ所あるため、そこで修理やパーツ交換をすることができる、と。
あくまで走行テストがメインで、レースはオマケなはずだったんだがなあ。
レース開始一時間前。
モニターの前には招待した各国の代表や護衛の者たちが集まっている。用意されたテーブルでそれぞれ寛いでいるようだ。
表世界の国家はほとんど招待しているが、裏世界からはトリハラン、ストレイン、プリムラ、ガルディオだけだ。
中でもガルディオ帝国からは、皇位継承権を放棄したルクレシオン皇子……おっと、もうレーヴェ辺境伯か、が代表としてやってきていた。
「お久しぶりです。その節はお世話になりました」
「久しぶりですね。ご両親はお元気ですか?」
「はい。帝位を退いてのんびりと暮らしております」
しばらくぶりに会う少年は、十歳とは思えないほど大人びた感じがした。男子三日会わざれば、ってやつだろうか。
辺境伯といっても、今はまだ領地では代官が彼に代わって政をしている。ちゃんとした領主になるためにいろいろと勉強中なのだろう。今日は息抜きになるといいが。
歳が近いだろうと、パルーフの少年王を紹介することにした。
さすがにパルーフ王国の国王であるエルネストも今日は将棋を持ってはきていない。
違う世界の少年ということで、お互いすぐに打ち解けていろいろと話を交換しあっていた。
少年王の婚約者であるレイチェルに「余計なことを」と睨まれたので僕は退散することにする。アレは二人っきりでいたかったんだろうなぁ。
トリハラン神帝国の皇帝、ストレイン王国の女王、プリムラ王国の国王は、それぞれこちらの国の国王たちと歓談していた。
二世界会議の前にお互いを知り合っておくのは悪くないと思う。
異なる世界の国王同士、慎重になって探り探りの話し合いを……。
「拉致ですか。ははは、彼ならやりそうですな」
「そのアイゼンガルドという国は彼を敵に回した時点でもう終わってましたよ。こちらでも二国ほど地図上から消えていましてな」
「普通に付き合う分にはなにも問題ありませぬ。いささか突拍子もないことをしますがね。今回のように」
んん? なんか話題がおかしくない?
話が盛り上がっているみたいだから突っ込みはしなかったけどさ。
王様たちを横目で見ながら出場者のガレージが並ぶ場所に足を向ける。
ガレージの反対側には【ゲート】が施された門があり、先ほど説明したいくつかのピットポイントと繋がっている。レース中、車が故障したらここから戻ってきてガレージで整備するわけだ。
僕は『8』というナンバーのついたガレージに入った。
入るといっても扉もなく開けっ放しのガレージだけど。そろそろレースの用意をしておかないとな。
ガレージの中では四体のミニロボがタイプKの最終チェックをしていた。このミニロボたちが僕の整備スタッフである。
整備スタッフとして四人、それとナビゲーターとして一人の同乗は許可されている。基本、重さが増えればそれだけ遅くなるので、ロゼッタ&モニカ組以外同乗者はいないけど。
「とにかく運転しやすいように頼むよ」
ラジャッ! とばかりにミニロボたちが手を挙げる。別に優勝とか狙ってはいないので、僕としてはとりあえず完走を目指すことにしている。なので速さは二の次だ。
そんな僕らの背後に二つの影が差し込んだ。
「これが冬夜の車? なかなかカッコイイじゃない」
「あの、軽いお食事を持ってきました」
ガレージにエルゼとリンゼの双子コンビが顔を出す。手には小さなバスケットを持っていて、中にはいくつかのサンドイッチと、果物が入っていた。
軽く食事を取りながら他のみんなはどうしているかと聞くと、それぞれの関係者のところへ行っているようだ。
ユミナとスゥはベルファスト国王の、ルーはレグルス皇帝、ヒルダはレスティア国王、リーンはミスミド獣王、桜はゼノアスの魔王、八重はイーシェンの帝のところへ。
もっとも八重は帝の連れでやってきた家泰さん……さらにその護衛である兄の重太郎さんのところに、だが。
あと桜はお母さんであるフィアナさんに連れられて嫌々だけど。
エルゼとリンゼにはそういった関係者はいないので、こういった場では身軽である。
強いて言えば出身国のリーフリース皇王だが、それだって軽く挨拶をして終わりだ。
「どう、勝てそう?」
「勝つために走るわけじゃないからね。あくまで性能のテストだよ、これは」
「なによ、覇気がないわねー。やってやるぞーっていう気持ちはないの?」
エルゼがそんなことを言ってくるが、勝ったところで別になにもないし。ルーフェウス皇太子とベルリエッタ王女の勝負は気になるけどな。
ま、とにかく無事に完走できれば御の字ですよ。なに仕掛けてあるかわかんないからさぁ……。さすがに地雷とかはないと思いたいが。
やがて他のみんなもやってきて、ワイワイとしている中でチビロボたちの整備が終わった。
「のう、冬夜。わらわもこれに乗ったらダメかのぅ」
「あー……安全については大丈夫だと思うけどやめといた方がいい。海に落ちて水浸しになるのは嫌だろ?」
スゥが乗りたそうにそう言ってきたが断る。水浸しになるだけならともかく、もっと嫌らしいトラップがないとも限らないし。
スゥ以外のみんなも察したようで、誰も乗りたいとは言い出さなかった。ナビゲーターとして一名の同乗は許されているが、別にいないならいないでなんとかなる。自分でマップ表示はできるしな。
ところが、なら、ぼく乗るー、とばかりに手を挙げたのはクマのぬいぐるみ。いや、お前が乗ってもなぁ……。
「ふふ。邪魔にはならないと思うから乗せてあげて」
「……ま、いいけどさ」
リーンに頼まれては仕方がない。やったー! とばかりにポーラはガレージの外にまで走って行ってしまった。どこ行くんだよ。
そんなに嬉しいのかね? まあ、あれも【プログラム】された表現なんだろうけど。
「よし、あとはスタートを待つだけか」
整備が終わったタイプKを見ながらそうひとりごちると、ガレージの外から戻ってきたポーラにズボンをくいっくいっと引っ張られた。
「なんだ?」
くいっくいっと手招きするポーラについていくと、ガレージの外で、不敵な笑みを浮かべながら対峙するルーフェウス皇太子とベルリエッタ王女の姿が見えた。うわぁ……。
「無事に完成なさったようでおめでとうございます。ですけど優勝は私のストレイン号がいただきますわ!」
「その言葉をそっくりお返ししよう。せっかくの自信作も我がトリハラン号の後塵を拝することになると思いますよ。残念ですが」
「ふふふふふふ」
「はははははは」
二人とも目が笑ってないぞ……。周りのスタッフも引いてるじゃんか……。
「アレが修羅場というやつかのぅ……」
「や、違うから」
ガレージの壁から覗き見していた僕の背後から、スゥとエルゼの声が聞こえてくる。
これ大丈夫なのかねぇ。花恋姉さんの言う通りバリバリに意識しちゃってはいるけど、方向が違うよーな……。
『レース開始十五分前でーす。参加者はレーシングスーツに着替えて本部前に集合して下さーい』
ガレージ上に取り付けられたスピーカーからエルカ技師の声が聞こえてきた。おっと始まるか。
睨み合っていた二人もそれぞれのガレージに戻っていく。よし、僕も準備しよう。
はー……。とにかく無事にレースが終わりますように。
一応、神様に心の中でそう祈って、ガレージ奥の部屋へと僕は向かった。
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