#361 飛竜、そして起死回生の一撃。
長くなったので二つに分けて同時更新します。
まずい。マズい、マズイ、拙い!
飛竜はさすがにマズい!
虎の子の炸裂弾は使い切っちゃったし、騎士団装備は置いてきちゃったし!
そもそもあたし一人で飛竜はさすがに無理! 地竜ならまだなんとかなったかもだけど、飛んでるやつを落とすことなんてそう簡単にできるわけがない。
ばっさばっさと羽ばたきながら、ワイバーンはあたしたちを睨み続けている。
あたしは刺激しないように巣のあった岩場から下りて、みんなのところへとゆっくりと戻った。
「じ、冗談じゃないよ、なんでワイバーンが……」
「ワイバーンは赤ランクの討伐対象だ。勝てるわけがない……」
ローズとサージェスさんが蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。
陛下も冒険者になったばかりのころ、黒竜を退治してドラゴンスレイヤーの称号を得たというが、あの人と一緒にしちゃダメだ。
黒竜も飛竜も同じ赤ランクの討伐対象ではあるが、その差は大きい。基本的に黒竜はちゃんとした竜だけど、飛竜は亜竜と呼ばれる竜の眷属にすぎない。だからワイバーンを倒してもドラゴンスレイヤーの称号は貰えないのだ。
ま、称号を貰えるからって本物の竜が出て来られても困るけど……確実に死ぬし。
ワイバーンだからまだマシとも言える。
「みんな、よく聞いて。ゆっくりとここから逃げるよ。焦らないで。あとワイバーンに敵意を向けないで。刺激しちゃダメ。ちょっとでも変な行動を見せたら────」
あたしの声を遮るように、ガラララァァァン! と、突然辺りに金属音が鳴り響いた。うええええええぇっ!?
何かと視線を向けると、ガロンのやつが岩場に盾を落としていた。ちょっ……!
「ちっ、違っ! 盾の取っ手が急に外れて……!」
「ゴガァァアァァァァァッ!」
ワイバーンは大きく咆哮すると、その口から三発もの火炎弾をあたしたちに向けて吐き出した。
「逃げろッ!」
みんなが必死でその場から駆け出し、火球から退避する。地面に炸裂した火球はそこにあった岩を焦がし、あたしたちなんか一発で黒焦げにできる威力をまざまざと見せつけた。
どうする!? こうなったらやるしかないか!? もうすでに頭領の方ではこっちの異変には気がついていると思うけど、向こうがここにやってくるまで、あたしたちでワイバーンを対処できるか……。
「おっ、おい! どうするんだよ!?」
「なに言ってんのよ! あんたのせいでね!」
「二人とも! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
……できそうもないなあ!
ダメだ。最後まで任務を果たしたかったけど、これまでだね。あたし一人でなんとかするしかない。
「みんなはここから隙を見て逃げて。あたしがあいつを引き寄せて注意を逸らすから」
「ちょっ、ちょっと待ちな! アンタ、囮になろうってのかい!?」
「あたしがこの中で一番すばしっこいからね」
ローズの言葉にあたしは笑いながら答える。
「それはダメ。私も残る」
「ミウさん……。ありがたいんだけど、一人の方が逃げやすいんだよ。ミウさんも来たら逆に逃げにくくなるの。悪いんだけど邪魔」
少しキツめにそう言い放つ。実際、他に誰かいると気が散るから邪魔なのは確かだし。
「しかし、あなた一人を置いて……!」
「じゃあそういうことで。早く逃げなよ」
アベルトが何か言いかけてたが、それを無視してあたしはワイバーンに向けて飛び出す。
懐から棒手裏剣を取り出し、ワイバーンの目を狙って投擲するが、すいっと躱された。ちぇっ。
みんなとは反対の方向へと走りながら、手裏剣や石を投げつけ、ワイバーンの気を引く。
ちらっとみんなの方を見ると、躊躇っているのか、まだその場から動かないでいた。さっさと逃げりゃいいのに。
あたしは袖口からノロイガエルの毒瓶を取り出して、それを低空にいたワイバーンよりも高いところへと山なりに投げつけた。
すぐさま今度はその毒瓶目掛けて棒手裏剣を放ち、それを破壊する。キラキラと光を受けた麻痺毒がワイバーンへと降り注いだ。
「グギギャャアァァァッ!?」
あの毒は基本的には体の内部に入らないと確かな効果はない。しかし皮膚につくとヒリヒリとして痛いのだ。
もちろんそんなことで倒せるとはあたしも思っていないよ? だけど相手を怒らせるだけなら効果は抜群だ。ほら。
「グルガァアァァッ!」
「おっとっとお!」
バンバンと火炎弾を吐きながら、ワイバーンがあたしを追いかけてくる。
みんなの方を確認すると、やっと逃げ出したのか、そこには誰もいなかった。よし。
あたしは一応みんなとは逆の方向へと逃げる。岩場を飛び越し、急な斜面になっている場所を跳ねるように逃げていく。
さーてーと。どうやってこいつから逃げるかな。頭領たちが来るまでけっこうかかるだろうし。あまり早く振り切っちゃうと逃げているみんなの方に向かうかもしれないしねえ。
炸裂弾取っておくんだったなあ。そしたらなんとかあのバカ竜を地べたに落とすこともできたのに。
狩奈様は竜を退治するとき、まず翼の腱を狙い射つとか。……いや、あたしには無理。
どうしてもやるんなら翼にしがみついて、腱を直接切るしかないし。まあ、そんなことしたら一緒に落下しますけどね!
「ガギャァアァァッ!」
「……ッ!」
ワイバーンが進行方向に先回りしたので、あたしは方向転換し、森の中へと逃げる。
枝から枝へ、猿飛の術で飛び移っていく。
もうみんなも安全なところまで逃げたんじゃないかな? あとはなんとかあたしがこいつから逃げ切ればいいんだけど……。
そんなことを考えていると、背後から撃たれた火炎弾が、まさにあたしが飛び移ろうとしていた木を吹き飛ばした。ヤバッ……!
吹き飛んでくる木片の残骸を身体を小さくしてなるべく当たらないように防御する。そのまま地面に落下したあたしは、回転しながら衝撃を殺し、ゴロゴロと転がった。
「くっ!」
そこへ追い討ちのように毒棘のついた尻尾が飛んでくる。なんとか横っ飛びで躱したけど、右足首に変な痛みが走った。どうやらさっきの落下で痛めたらしい。
これじゃあ逃げ切るのはちょっと難しいかもしれない。
焦るあたしに上空からワイバーンが再び火炎弾を吐こうとしていたが、なぜか咳き込むようにして、小さな炎しか出ていない。んん? あ、魔力が切れかかってる?
魔獣の中には大気などに含まれる魔素を取り込み、己の魔力に変換して魔法を使うものも多い。雷熊の雷や、キラーマンティスのカマイタチなんかがそれだ。飛竜の火炎弾もそれだと聞いたことがある。
ざまあみろ。あんなにガンガン撃つからだ。
「とは言えピンチなのは変わらないよねえ……」
しばらくしたらまた魔力が回復するだろうし。逆に言えば火炎弾を吐けない今がチャンスなのかもしれない。
とは言えあたしにはあいつを倒す術などなく。いや、ないわけじゃないけど、たぶん無理。
「ゴルガァアァアァァッ!」
ワイバーンは地面に降り立ち、その大きな牙で直接あたしを噛み砕こうとしてきた。
それを後方になんとか避けながら、開いたワイバーンの口の中へ棒手裏剣を放つ。
「ギギャアァアァァァッ!?」
硬い鱗には通らなくてもそこなら刺さるよね。
ガフッガフッ! っとワイバーンは喉に刺さった棒手裏剣を吐き出した。ちぇっ、あんまりダメージはなさそうだ。少しは傷をつけたみたいだけど。
舌打ちをするあたしに、再び尻尾の一撃が迫る。体を回転させての遠心力のついた一撃だ。
地面に滑り込むようにして、ギリギリでその一撃を躱す。頭上を抜けていった尻尾が次々と木々を薙ぎ倒した。
マズいなあ。だんだんと避けられなくなってきてる。足首が痛い。ちょっと頭領、まだ〜!?
「【根よ絡め、樹霊の呪縛、ウッドバインド】!」
あたしの心の声に応えたのは頭領ではなく、地面からニョキニョキと伸びてきた木の根だった。それはワイバーンの足にしっかりと絡みついていく。
ちょっと待って、これって……!
顔を上げるとこちらへ走ってくるミウさんたちの姿が見えた。後方には杖を持ち、魔法を放ったサージェスさんもいる。
「ええええ!?」
接近するミウさん目掛けて毒棘の尻尾が振るわれる。それをドムさんとアベルトが盾をかざして受け止めるが、ワイバーンの力に耐えられず、三人とも森の茂みの中まで吹っ飛んだ。
ワイバーンはぶちぶちと木の根を引き剥がし、再び空へと飛んでいく。
「アンタ大丈夫かい!? 怪我は!?」
いつの間にかあたしのそばに来ていたローズが声をかけてきた。
「だ、大丈夫だけど……。なんで戻って来てんの!? これじゃ意味ないじゃん!?」
「あたしらはアンタを信じて逃げようとしたんだけどね。ガロンのヤツが勝手に引き返しちまってさ。ならもうみんなで行っちまえって」
「はあ!?」
空を飛ぶワイバーンを睨みつけて、ガロンは剣を構えていた。さっきほどビビってはいないみたいだけど。
「……あんた馬鹿なの?」
「うるせえ! 俺のミスでお前が死んだら気持ち悪ィんだよ! ガキを見殺しにしたとか後ろ指さされてたまるか!」
ミスって……。ああ、盾を落としたことか。確かにあれは「ないわー」とか思ったけど。
茂みの中からミウさんたちが出てきた。吹っ飛ばされたけど大丈夫みたいだ。
「ゴガァァアアァァァァァッ!」
飛竜が咆哮を上げる。古竜や老竜ならそれだけで身体が萎縮してしまうらしいが、あくまで眷属にすぎない飛竜の咆哮にはそんな効果はない。
だけど自分たちには荷が重すぎる相手を前に、どうしても動きが鈍くなってしまうのは仕方がないと思う。実際、みんなの動きもどこか固い気がした。
急降下してきたワイバーンの爪がアベルトとドムさんを襲った。二人とも盾で防御するだけで精一杯で、攻撃に転じることができないでいる。剣を振ったら最悪、逆にその腕が引き裂かれかねないからだ。
「うおおおおおッ!」
二人に意識が向いている隙を狙って、背後からガロンが突っ込んでいく。地面近く下げられていた長い尻尾にブロードソードで斬りつけた。おおっ!?
「グルガァアァァ!?」
ダメだ! ガロンの剣は尻尾の皮膚を斬り裂いたが、深くまで到達することはできず、浅い傷を負わせただけだった。
傷つけた尻尾が鞭のようにしなり、横薙ぎにガロンを吹っ飛ばす。うわっ!?
「がはッ!?」
地面を跳ねながら転がっていったガロンに、回復魔法をかけようとサージェスさんが走り出す。
ワイバーンは尻尾を傷つけたガロンを追い討ちしようとするが、そのタイミングで今度はアベルトの剣に翼の皮膜を斬られた。こちらも皮を斬り裂いただけで、到底、致命傷にはならない。
「ゴガァアァァ!!」
鬱陶しい攻撃にさすがに怒りを覚えたのか、ワイバーンはアベルトとドムさんに向けて、その大きな口を開いた。
次の瞬間、勢いよく放たれた炎のブレスが二人を包みこんだ。火炎弾ではない。火炎放射だ。
魔力が回復したんだ!
遠距離へ飛ばす火炎弾より、近距離相手の火炎ブレスの方が魔力の消費が少ないのか?
「ぐああぁっ!?」
「うぬうっ!?」
盾を構えていたとはいえ、まともにブレスを受けた二人が炎を浴びたまま地面を転がる。
ワイバーンが吐いた炎が森に燃え移り、辺りは火の海と化していた。
それを気にもせず、続けざまに今度は火炎弾をサージェスさんと、満身創痍のガロンへ向けて容赦なく放つワイバーン。
サージェスさんがガロンを庇い、直撃は避けたが地面もろとも吹き飛ばされ、二人とも動かなくなってしまった。
地面に降り、さらに火炎弾を放とうとするワイバーンにあたしは思わず飛びかかった。あの状態でもう一撃を食らったら二人とも死んでしまう。
その背に飛び乗り、手にした忍刀を思い切り突き立てる。だけど忍刀は少ししか刺さらない。やっぱり硬いよ!
こんなことになるならせめてミスリル製のを買っときゃよかった! 騎士団装備の晶剣があるからいいや、ってケチったのがマズかったなあ!
「ギャルァアァァ!?」
「うわわっ!?」
大きく身をよじったワイバーンに振り落とされ、あたしはしたたかに背中から落下する。いったぁ……!
あまりの痛さに悶絶していると、あたしのフォローに入ったローズとミウさんも尻尾の一撃を受け、吹っ飛ばされていた。
全員が満身創痍で立ち上がれないほどの傷を受けている。
だけどあたしはよろめきながらも立ち上がった。
「あー、もう! こうなったら一か八かだいっ!」
忍とはもともと戦闘集団ではない。情報を手に入れて持ち帰る、そのことに特化した術が多い。そもそも火遁や水遁の術の「遁」って「逃げる」って意味だし。毒とかだって、本来は殺すというよりは足止めのためのものだし。
だけどあたしは遁術は苦手。得意なのは体術とか格闘術。だから騎士団での訓練もそっち方面のばっかりをやっていた。そこで教わった技で、使えそうなのがひとつだけある。
竜の硬い鱗やその下の筋肉を貫くのはこの状態では無理。
じゃあどうすればいいか。
答えは簡単。体の内側に直接ダメージを与えればいい。ちっとも簡単じゃないけど、できなくはない。
「えっと、魔力をググッと拳に集めて、当たる瞬間に魔力だけをバーンと爆発させるように弾けさせる……だったかな? エルゼ様の説明って分かりづらいんだよね……」
習った通りに丹田で気を練り、体内の魔力と少しずつ融合させて、拳に集めていく。上級者になると遠くの敵も触れずに吹き飛ばせるんだよ、これ。
あたし? うん、もちろん吹き飛ばされたよ。
リンゼ様に言わせると、あたしは魔力量が多い方なんだそうだ。魔眼持ちは大抵そうらしい。これで属性があったら魔法も使えたのに、と何度も思った。
その魔力を練った気とともに全部拳に集中させていく。
「一度しか成功してないし、あたしの技が竜に効くかもわからないけど……やるしかないか」
目の前に立つ、ふてぶてしいワイバーンに睨みを効かせる。アベルトに翼の一部を斬られたからか、ワイバーンはさっきからあまり飛ぼうとはしない。今が好機。飛び立つ前に決める!
射ち放たれた矢のように、あたしはワイバーンへと突っ込む。ワイバーンの口が大きく開き、そこから火炎弾が吐き出されるが、ギリギリのところでそれを躱し、相手の胸元目掛けて一気に跳んだ。
「やああああぁぁぁぁぁぁッ!」
魔力と錬気を込めた拳を、鱗に覆われていない胸元へとぶつける。拳が当たった刹那、込めた魔力を一気に解放、爆発させた。
殴った感触は硬いゴムのような感じ。当たり前だけど、あたしの拳なんかじゃワイバーンはビクともしない。
殴った反動で弾き飛ばされるように、あたしは地面に背中から落下した。
すぐに立ち上がろうとしたが、錬気の反動からかうまく身体が動かない。膝がガクガクしてる。このままじゃ……!
「グ」
ワイバーンから変な声が漏れる。這い蹲ったまま視線を上げると、一歩、また一歩とワイバーンが後退していく。
「グボァッ」
やがてワイバーンは口から異様な吐瀉物を吐き出し、その場で前のめりに崩れ落ちた。
「やっ、た……?」
目の前に動かなくなったワイバーンが横たわっている。いや、動けないのはあたしも一緒なんだけども。
「ははは……。うええ、臭いよう! 痛いよう!」
嬉しさよりもワイバーンの吐いた汚物の臭いと、皮が破けて血だらけになっている右手に泣きたくなってくる。動けないから風上に逃げることもできないし。あたしも吐きそう……。
「グル……」
「え?」
その唸り声を聞いたとき、心臓が止まるかと思った。地面に這い蹲りながら顔を上げると、ワイバーンがゆっくりと鎌首をもたげ、立ち上がろうとしていたのである。
「うそでしょ……?」
「ゴガァアアアアァァァァァッ!!」
ワイバーンの咆哮をあたしは信じられない思いで聞いていた。
倒したと思っていたのに……。
目の前に立ち上がったワイバーンの口から、炎が吐き出されるのがやたらとゆっくりに見えた。さすがにこれは躱せないなぁ……。
うわぁ、あたし死んじゃうのかなあ。もっと美味しいもの食べておくんだった。雫、凪、元気でね……って……。
────おかしい。いいかげん、頭領たちが駆けつけたっていいはずだ。なんで…………ああ。わかった。わかっちゃった。上からの命令かあ。
こういうときギリギリまで手を出さないってスタンスなんだあの人は。でも必ず助けてはくれるから腹立たしいよね。
厳しいように見えて甘いんだ。だから絶対にあたしが死ぬことはない。
「【プリズン】」
ほらね。




