#360 火蜥蜴群、そして巣。
■今回も視点は焔です。もうちょっとだけお付き合い下さい。
「もう朝、起きる」
「んん〜……?」
ミウさんに揺すられてあたしは目を覚ました。
昨日はアベルト・サージェス組と火の番を交代してすぐに横になったのだけれど、なかなか寝付けなかった。おかげでまだ少し眠い。
キャンプした近くの川で顔を洗い、目を完全に覚ます。すでに空は明るくなりつつあった。
アベルトがみんなを見回し声をかける。
「では行きましょう。なんとか今日中に火車草を見つけないと」
「ここからはなるべく辺りに注意して行った方がいいね。どこに火車草が生えているかわかりゃしないし」
山岳地帯に生えているという火車草。ローズの言う通り、もうすでに山岳地帯と言ってもいいところまで来ていると思う。
ひょっとしてそこらに生えている可能性だってある。気をつけよう。
あたしたちは注意深く観察しながら山道を進んで行った。
やがて三時間も歩くと森が終わり、辺りにゴツゴツとした岩場が見えるようになってきた。おそらくはこの辺だと思うんだけど。
辺りには草らしきものがいくつか生えてはいるけど、火車草じゃなさそうだ。しかも、大きな岩の陰なんかに生えているからあたしの魔眼でも探しにくい。
岩場にはそれこそ大きなものならガロンの背よりも高い岩がゴロゴロあったりするので、かなり視界が悪い。これは探すの大変だなぁ。
「どうします? 各自散開して探しますか?」
「しかしファイアリザードがいるかもしれん。単独で動くのは危険じゃぞ」
「だが固まって探してても時間を食うだけだ。手分けして探した方が早い。こんなところでグズグズしてたら明日の夕方に間に合わなくなる」
アベルトの提案に、ドムさんとサージェスさんが答える。確かに火車草が見つかったとしても、時間に間に合わなくなったら本末転倒だ。
「俺は勝手に探すぜ。こうしてグダグダしているのが一番の無駄だ」
ガロンはそう言ってあたしたちから離れ、辺りを探し始めた。確かにそれはそうだ。
「相変わらず勝手な奴だね」
「しかし彼の言うことも正しい。こうしている間にも時間は過ぎていく」
ガロンに続き、サージェスさんも離れて探し始めた。あたしたちも顔を見合わせて、それぞれ散開することに決める。
あたしは辺りで一番高い岩場の上によじ登り、周りを魔眼で見回した。今更だけど、これってあたしが見つけてもいいのかな?
火車草を探すのも試験のひとつだとしたら、対象外のあたしがでしゃばるのは……ええっと、ううん、わかんない。
わかんないことは聞いてみよう!
頭領にメールを送る。
ピッ。
▶︎火車草、我ガ見ツケテモ問題無シヤ?
頭領から返信。
ピッ。
▷問題無シ。任務続ケラレタシ。
うん、大丈夫みたい。よっし、じゃあ本気で探しちゃうぞ〜。
無い……。
あれから数時間探したがまったく見つからない。ホントにこの島にあるの〜?
もともと依頼に対しての行動で試験の判定をするのが目的だから、初めから依頼内容はどうでもよくて、火車草なんて最初からないんじゃ?
……いんや、あの陛下のことだ。前日にこの辺の火車草を採りまくって、見つけにくいところだけに残している可能性もあるよね。性格悪いからなぁ〜。
しかし性格は悪いが、無い物を取ってこいなんていう人じゃない。陛下があると言うのならあるんだろう。
「あいたた。下ばかり見てたから腰が痛くなっちゃった」
顔を上げて腰を伸ばす。屈んでばかり見てたから腰が痛い。腰に手を当てて大きく後ろに体を逸らした。
天地が逆転する。あたしは身体が柔らかく、真後ろだってこうやって見え……。え?
逆さまに見える背後の岩場の上にそいつはいた。
大きな蜥蜴の体にゴツゴツとした赤銅色の鱗。太い尻尾に鋭そうな鉤爪。爬虫類特有の縦長の瞳でこちらをじっと見つめている。
あたしは目を逸らさずに身体をそいつの正面へと半回転させて向き直る。
天地が戻ると同時に、そいつはこちらへ向かって飛びかかってきた。
「うわぁっ!」
側転しながら体当たりを躱す。懐から取り出した棒手裏剣を投げつけたけど、赤い鱗にあっさりと弾かれた。硬っ!?
攻撃されたことに怒ったのか、そいつの全身から炎が噴き出した。間違いない、ファイアリザードだ!
「火車草より先にこっちが見つかるなんてツイてないなあ……」
腰の忍刀を抜き放ち、逆手に構える。どうするかなぁ。毒を刃に塗ってもあの火で蒸発させられそうだし、それ以前に刺さるか怪しいもんだし。
雫ならなぁ。あの子、水遁の術が得意だから水でこうバシャッと消すこともできたかも。あたしの得意なのは火遁の術だからさぁ。
「といって逃げるわけにもいかないし。みんなの目もないから遠慮なくやっちゃうか」
まずは風上に回り、袖口に仕込んであった暗闇蝶の鱗粉が入った小さな袋を投げつける。
「ギュアッ!?」
視覚を奪う鱗粉を顔に受け、ファイアリザードは狂ったように暴れ回る。さすがの火蜥蜴も目から火は出てないから守れないよね。
周りが見えていない今が絶好の機会。
あたしは周りにゴロゴロ落ちている大きな岩を持ち上げて、次々とファイアリザードへと投げつけた。硬い相手には打撃系。これ常識。
「グエッ! グギャッ!」
スイカほどの岩をいくつか頭に受けて、ファイアリザードは確実に弱ってきていた。
自慢じゃないが、あたしは力が強い。あの程度の岩なら平気で投げることができる。女の子としてそれはどうなのという声が聞こえてきそうだけど、仕方ないじゃん。いろいろと便利だよ?
「ギュアアァァアアァッ!」
「おっと、危ない!」
ファイアリザードが口から火を吐く。昨日戦ったブラッドライガーと同じような火炎放射だ。
「こんにゃろ!」
「ギャフッ!?」
あたしはさらに大きな岩を次々とファイアリザード目掛けて投げ込んでいく。
やがて全身から出ていた火が消えて、ファイアリザードが動かなくなる。大きな岩にまみれて、舌をだらんと出したまま、火蜥蜴は息絶えていた。
よし! 完・全・勝利! え? 忍びの者らしくない?
いやいや勝てば良いのですよ! 忍びの者は目的のためなら手段を選ばない、超合理主義者だからして!
死んだファイアリザードをちょんとつついてみる。もう熱くない。どっちかというと冷たいくらいだ。変なの。
このファイアリザードも何かの素材になるんだろうけど、あたしにはわからない。皮かな? だとしたら岩で痛めすぎたかも。
ミウさんとかローズなら知ってるかもしれない。聞いてこようか……いや、今はそれよりも先に火車草を見つけないと。
ファイアリザードがいたということは、この近くにやっぱり火車草もあるはず……。
あたしがそう考え、探しに行こうとしたとき、空に光の爆発が起こった。
爆発といっても光だけだ。昼なのにまばゆい閃光が北の方に何発か打ち上がった。
あれって光魔法? 【フラッシュ】かな……だとしたらサージェスさんか。
何かの合図……火車草を見つけたか、それとも……。あたしは横たわるファイアリザードの亡骸を一瞥し、閃光の打ち上がった場所へ向けて走り始めた。
あたしが駆けつけた時には、岩場がまるで渓谷のように窪んだ場所でサージェスさんとガロン、そしてドムさんがたくさんのファイアリザードたちに囲まれていた。
正確には谷間のようなところに追いやられ、前後から襲われている。
ファイアリザードたちは体から炎を噴き出しており、その攻撃を前後のガロンとドムさんとで凌いでいた。
「【光よ来たれ、輝く連弾、ライトアロー】!」
ガロンの盾の後ろからサージェスさんが光の矢を放つ。
三本の光の矢は連続で数匹のファイアリザードに当たったが、大きく後ろに吹き飛ばしただけであまり効果はないようだ。
魔法の強さは術者の込める魔力と練度に比例する。こう言ったらなんだけど、サージェスさんはそこまで強い魔法を使えないみたい。
いや、全魔力をそそげば何匹かは倒すことができるんだろうけど、それで魔力が尽きて倒れては意味がない。
あたしは数本の棒手裏剣をドムさんの方にいる集団に投げつけた。
硬い鱗に棒手裏剣が刺さることはなかったが、気を引くことはできたらしい。こちらを振り向いて隙を見せたファイアリザードに、ドムさんのバトルアックスが振り下ろされる。
そのまま鮮血に塗れた戦斧を横に大きく振って、他のファイアリザードたちを牽制、盾を構え、再びガードを固めた。
そのうちミウさんとローズ、アベルトもやってきて、あたしたち七人とファイアリザードたちの集団戦になった。
と、言っても渓谷にいる三人がファイアリザードに挟まれている以上、どうすればいいのか。
手がないわけじゃないんだけど〜、うーん、目立つなって言われたしなぁ……。ええい、もういいや! この状況なら仕方ない!
「ドムさん、盾を持って構えてて!」
言われたドムさんは訳がわからないようだったが、とりあえず言われた通りに盾を正面に構えた。
あたしは腰のポーチからとっておきのモノを取り出し、ドムさんたちの前にいたファイアリザードの集団に目掛けて投擲する。
次の瞬間、大きな爆発音と共に、そこにいた数匹のファイアリザードが空中に吹っ飛んだ。粉々になった岩の欠片も辺りに爆散し、ドムさんの構えた盾にガンガンと当たる。
あまりの爆音にファイアリザードたちの動きが止まっていた。ドムさんや、ガロン、他のみんなも止まっていたが。
「三人とも今のうちにこっちへ!」
「あ? お、おう!」
ガロンたちが倒れているファイアリザードの間を駆け抜け、あたしたちの方に合流する。
そのまま渓谷状の岩場を抜け出し、出口付近で追ってくるファイアリザードを迎え撃つことにした。ここなら後ろに回られる心配はない。
「おい、チビ。さっきのやつはもうねえのか!?」
「チビって言うな。あと何発かはあるけど……」
「じゃあさっさと投げろよ!」
「あのねえ! あの炸裂弾は作るのにけっこうお金がかかるんだよ!? 付与魔法とかも付けてもらって、あれ一発でも高いんだからね! 銀貨三枚はするんだぞ! 豪勢な食事が三食分、一発で消えるんだからね! わかってんのか、この筋肉馬鹿!」
ガロンが勝手なことを抜かすんで思わずあたしがそう言い返すと、後ろからローズに肩を掴まれた。
「ちょっと、落ち着きな! 高いのはわかるけど、命あっての物種だろ。報酬が入ったらあたしたちも少しは出すから……」
ホントに? 後から払わないとか無しだからね? コレ騎士団の装備じゃなくて、あたしの自腹なんだからね。陛下が出してくれるわけじゃないんだから。
とりあえず全員の確約を得たあたしはポーチから残りの甲賀印の炸裂弾を取り出した。全部で三発。あのファイアリザードを全部倒すのは無理だけど、爆発で吹っ飛んだファイアリザードにトドメを刺すのは簡単だと思う。
「吹っ飛べっ!」
あたしはファイアリザードがなるべく密集しているところへ炸裂弾を投げ込んでいく。
ドカン! ドカン! ドカン! と、大音響と共にファイアリザードが吹っ飛ばされ、ダメージを受けたヤツが地面をのたうちまわっていた。
「今だ! 手負いのやつから確実に仕留めていけ!」
ガロンの声に従い、みんなが動けなくなっているファイアリザードを次々に仕留めていく。皮とか素材になるのかもしれないが、そんなこと言ってられる状況じゃない。
あたしもひっくり返ったファイアリザードの柔らかい喉や腹を狙って忍刀を突き刺していく。
炸裂弾によって混乱したファイアリザードには逃走するヤツもいて、すでに戦う状態じゃないのもいた。
やがてドムさんの一撃により最後の個体が倒されると、あたしたちはその場に座り込んでしまった。
「い、今のは危なかったですね……」
「まったくじゃい。小娘の爆弾がなければワシらはやられてたかもしれん」
アベルトとドムさんが息を切らせてそうつぶやく。だから小娘ゆーな。
「ありがとう。助かった」
「いあいあ〜……」
礼を述べてくるミウさんに寝転んだまま片手を振る。
まっずいなあー……。かなり活躍してしまったよう。「これじゃ試験の判定ができないだろ!」ってことにならないよね? ね?
頭領からお叱りのメールが来ないことを祈りつつ、あたしは立ち上がった。
周りにはたくさんのファイアリザードが死屍累々と横たわっている。
「これって売れる?」
「ファイアリザードかい? 売れないことはないけど、大した金額にはならないと思うよ。皮が一番高く売れるけど、それだって同じ硬さでもっと質のいい魔獣がいるからね。二束三文さ」
ローズの答えにがっかりする。骨折り損のくたびれ儲け、か。
「しかし、なんでこんなにファイアリザードが……。あなたたち、なにをしたんですか?」
「なにもしてねぇよ! そこの岩場を抜けようとしたらファイアリザードがいて、そいつと戦っていたら次々と出てきやがったんだ!」
それで気がついたら囲まれていた、と。いかんねえ、注意力散漫だよ。マイナスポイントだね。
アベルトに反論しているガロンを見ながらそんなことを思っていると、ミウさんがなにか気付いたように鼻をヒクヒクとさせていた。
「これは……!」
ミウさんが渓谷状の岩場に向けて歩き出す。ちょ、ちょっと、危ないよ!? まだファイアリザードがいるかもしれないし。
あたしがミウさんを追いかけると、他のみんなも後に続いて歩き出した。
岩場の谷間を抜けて、少し高くなっている斜面を登ったとき、そこに見えたのは真っ赤な絨毯のように咲き乱れる火車草の姿だった。
「これは……」
「すげえ……」
呆然と立ち尽くすアベルトとガロン。サージェスさんは足元の火車草を根元から千切って確認していた。
「間違いない。火車草だ」
「ははは、やったよ! 見つけた!」
「うん。やった」
ローズが隣にいたミウさんに抱きついてはしゃいでいる。
周りが高い岩場で囲まれていて、魔眼じゃ見えなかったのかあ。まるで秘密の花園みたいだねぇ。
「なるほど。これがファイアリザードがいた原因か」
ドムさんの言う通り、ここはファイアリザードのエサ場だったのかも。ファイアリザードにとってここは荒らされたくない場所だったのかな。
「それじゃあ念のため、各自、二、三本取っていきましょう」
アベルトの意見に反対する者はなく、それぞれ火車草を何本か採取する。依頼的には一本で充分なんだろうが、なにかのはずみに失くしたり落としたりということも考えられる。
それに普通に高く売れるかもしれないし。みんなもそう考えたのか、採れるだけ採っていた。
目的の物が手に入ったからか、みんなも軽口を叩き出している。
「どうなることかと思ったが、楽勝だったな」
「よく言いますよ。ブラッドライガーの時はかなりピンチだったくせに」
「まあまあ、これで白金貨二枚もらえるんだから。ありがたいさね」
「しかしどうも腑に落ちんのう……」
「……うん。簡単過ぎな気もする」
「これで白金貨二枚というのは……まだ何かあるのか……?」
六人が話している間、あたしは岩場の上の方に、奇妙な物を見つけていた。
その岩の上に飛び上がる。そこには岩の上なのに、藁やら草やらが敷き詰められていた。なにか大きなものがこの上にいたようにすり鉢状に押し潰されている。
ちょっと待って、これってなにかの巣のような……!
……あれだけのファイアリザードがここの火車草だけは食べていない。それはなぜか?
食べたくても食べられない理由があるんだ。ファイアリザードたちは「そいつ」が留守の間だけ、こっそりと食べに来る。なぜなら見つかったらそれは死を意味するから────。
「みんな! 早くここから逃げ、」
「ゴガァアアアアァァァァァァッ!!」
天を引き裂くような咆哮とともに、この巣の主人があたしたちの頭上の空に現れた。
光沢を放つ鱗と鋭い牙。長い首に禍々しい毒棘の付いた尻尾。前足は無く、大きな皮膜を備えた翼になっている。
飛竜だ。
その紅い両目はあたしたちを嘲るように見下ろしていた。
■「異世界はスマートフォンとともに。」第三巻が発売になりました。ありがとうございます。
第四巻は来年の二月発売予定となっております。よろしくお願い致します。




