#353 空中戦、そして読み違い。
「まさか……あんたが魔工王なのか?」
『いかにも。そこの擬人型はワシの代理を務める人形よ。十年も前から頭脳はこちらへ移し、ワシは肉体の軛から逃れておるわい』
まさかとっくに人間をやめてたとは……。ヘカトンケイルの額の奥で、エメラルドグリーンの水溶液に浮かぶ脳が小さくゆらゆらと揺れる。
やってることはバビロン博士と同じことである。ただ博士は魔法と機械の融合した人工生命体を、魔工王は古代機体のゴレムをボディにしているという違いはあるが。
まあ、プラス五十個のゴレム頭脳に補助してもらい、それでやっとボディが制御できるってレベルなのを考えると、バビロン博士の技術力の方がはるかに上なんだろうけど。
『カカカ。お前さんほどの者でも度肝を抜かれたか?』
「いや、別に?」
『ぬ?』
その脳みそ剥き出しな姿には驚いたが、行為そのものはさほど驚いてはいない。サイボーグとかその手のSF作品にはよく使われる題材だし。
実際に目の前にあると不気味なことは確かだが。
「ま。どうでもいいか」
僕は【エクスプロージョン】付与の弾丸が込められたブリュンヒルドを構え、引き鉄を容赦なく引いた。
ヘカトンケイルの額で大爆発が起こる。だが爆炎が消えたとき、そこに見えたのは無傷なまま水溶液に浮かぶ脳みその姿だった。
「む」
『カカカ! ヘカトンケイルを舐めるでない! この装甲は魔法を受け付けぬのよ!』
よく見るとヘカトンケイルの装甲には細かい紋様がビッシリと描かれている。刻印魔法の一種か。魔法への抵抗を最大に上げるために、徹底的に刻まれているらしい。
古代のゴレム戦から考えて、対象は魔法使いというよりも、能力持ちのゴレムに対してなんだろうが。つうかジジイ、あんたの手柄じゃないだろ。
「リロード」
弾倉の中の弾を全て通常弾に変えて、再び引き鉄を引く。
ガキュンガキュンと、弾丸はヘカトンケイルに届く手前で何かに弾かれて軌道を変えてしまった。
ち、やっぱりか。僕の【シールド】と同じような防護壁を展開してやがる。ブリュンヒルドでアレをぶち抜くのは不可能だ。おそらく八重やヒルダの剣でもかなりキツいだろう。どれだけ斬れ味が鋭くても、マグロをカミソリで捌くのには無理がある。
再び大きな地鳴りがし始めて、僕は辺りを警戒する。どんなことにも対処できなくはないが、初見のものはどうしても反応が遅れてしまう。
神化しつつあるといっても、思考能力まで強化されたわけじゃないからな。常時【アクセル】を起動させておけば考えるスピードも速くなって、先程のようにむざむざと魔力を吸われるようなことはなかったのかもしれないけど。
当たり前だが、いつも壊れたスピードで生活するのは御免被りたい。
ガゴォン! と、何かが崩れ落ちる音が工場内に響き渡る。直後、連鎖的にあらゆる場所から破壊音が轟き始めた。
ヘカトンケイルが動き出しているのだ。工場を突き破るつもりか!?
『カカカ! どれ、このような狭いところとはおさらばするとしようかのう!』
「おい! ここは城の真下だぞ! 上には大勢の人が……!」
『それが? お前さんは歩くときに蟻を気にするのかね? 変わっとるのう』
くっ、精神的にも人間辞めてやがるか、このジジイ。
脳みそが見えていた額の部分や側頭部の目のようなものが閉じて、次に開いた時にはそこには何もなかった。機体内の違う場所に移動したのか?
当たり前か。あんなわかりやすい弱点を晒しっぱなしにするわけがない。
ヘカトンケイルが動き出す。工場内のあらゆるものが壊れ始めた。これ以上ここにいるのは危険だ。いつ天井が崩れるかわかったもんじゃない。
「【テレポート】!」
僕は八重とヒルダを抱き寄せて、アイゼンガルドの都内へと転移する。
転移した場所は城の南、都で一番高い建物の屋根の上だ。ここからなら城がよく見える。
戦艦の檣楼のような塔は、今や煙をもうもうと上げて沈没寸前といったところだった。城からたくさんの人たちが逃げてくる。
「ターゲット捕捉! アイゼンガルド城に残っている人間全て!」
『捕捉開始しま、』
スマホから流れる声を遮って、城の方から続けざまに大爆発が起こる。そして爆炎と黒煙の中から黒く巨大な機械の翼が現れた。
崩壊していく城のいたるところで爆発と破壊音が巻き起こり、今まさに地下から「あいつ」が地上に現れようとしていた。
『────捕捉終了』
「全員を都から三キロ先の平原に転移! 直後【メガヒール】を発動!」
『了解』
スマホからの報告にすぐさま命令を下す。これで全員を救えたとは思えない。すでに死んでしまった人や、魔法の対象となることを防ぐ護符などを持っていたらどうしようもないからだ。
そんな僕を嘲笑うかのように城の檣楼はついに傾き出し、爆炎の中へと消える。
代わりに巨大な翼が再び現れ、城どころかそこに続く通りにも地割れが起こり始めた。ちょ、待てよ……、城だけじゃなく都の地下にまでボディが伸びているのか!?
地割れた大地から黒く歪な金属の尻尾が現れた。一本だけではない。二本、三本と増えていく。城の周りはすでに燃え盛る炎と煙によって視認できなくなっていた。
『カカカ! 愉快愉快! 最高の気分よの! ワシはついに古代文明の奴らを超えた! 未完成であったヘカトンケイルをこのワシが完成させたのだ! カカカカカ!』
黒煙の中から狂ったような魔工王の声が届く。いや、もうあれは狂っているな。
炎に包まれる城の地下から「そいつ」がとうとう姿を現した。
全身黒いボディに真鍮色のラインが走り、頭には禍々しき大きな角が二本。顔の部分には目のようなものと、大きく裂けた口のようなものがあった。
胴体からは大きな腕が四本、その他、中くらいの腕が脇腹や胸など、様々なところからたくさん生えていた。背中からは大きな翼が二枚伸びている。
例えるなら機械仕掛けの多腕の悪魔。長い尻尾のようなものが何本も生えていて、その先には蛇のような頭が付いていた。
その尻尾が鞭のようにしなり、城の城壁を粉々に打ち砕く。かなりのパワーがあるようだ。
しかし、とにかく大きいな……。上級種と同じくらいあるんじゃないか?
こんなものが城の地下に眠っていたのか。
「冬夜殿、あれを止めねば! 我らもフレームギアで……!」
「あー……。レギンレイヴは【ストレージ】に入ってるんだけど、二人の機体はバビロンだから……」
「あっ!?」
八重のシュヴェルトライテと、ヒルダのジークルーネはバビロンの格納庫だ。一回表世界のバビロンまで異空間転移して持って来なければならない。
こんなことなら二人の機体も【ストレージ】に入れておくべきだったか。っていうか、二人の婚約指輪に付与した【ストレージ】に入れておけばよかったのか。まあ、仕方がない。僕だけでも、
「さあさあさあ! 困った、迷った、大変だ! そんな時に呼べば応える、頼れるお姉ちゃんが登場なのよ!」
「わあっ!?」
いきなり真横で叫ばれた僕は、建物の屋根から落ちそうになる。
そこにはフンス、とばかりに胸を張る花恋姉さんが立っていた。いつの間に!?
「義姉上殿!?」
「お義姉様!?」
八重とヒルダも目を丸くして花恋姉さんを見ている。ホント、神出鬼没って言葉がピッタリな人だよ! 人じゃないけどさ!
「花恋姉さん、なんで裏世界に!?」
「お姉ちゃんレーダーがピピッと反応したのよ。冬夜君が泣いて困っている。助けに行かなくては! って!」
泣いてないわい。そのレーダー壊れてるか、どうせ「面白いことが起きてる!」っていう野次馬レーダーだろ!
「というわけで、バビロンを裏世界に持ってきたのよ。ホラ」
「えっ!?」
そう言った姉さんが指し示す先には何もなかった。薄い雲が棚引いているばかりだ。
「何もないけど……」
「『神眼』で見てみるといいのよ」
「あ、そうか」
バビロンに搭載されているステルス機能のせいか。「神眼」を発動させると、確かに空中にバビロンが浮かんでいる。っていうか、アレをそのまま異世界に転移させたのか……。僕にはまだ無理だなあ……。
というか、これって神力使ってるんじゃないか? 神の力を使って地上に干渉するのは(見習いの僕を除く)ダメなんじゃ……。
「……アレは冬夜君のものなのよ? つまり神(見習い)の所有物なのよ。だから地上のものじゃない、ってことで、たぶんオッケー!」
屁理屈だ!? 絶対いま考えたろ! 目を逸らしてるし!
もういい。そこに食いついていても仕方がない。とにかく八重とヒルダを【ゲート】でバビロンに送り、僕は今にも暴れそうなヘカトンケイルへと目を向ける。
ヘカトンケイルは翼を大きく広げ、空中へと浮かび上がった。あの翼で羽ばたいているのではなく、反重力フィールドのようなものを形成して浮かんでいるのだろう。
ち、あれじゃあ【スリップ】が効かないな。あの大きさでは【プリズン】も強度が弱くなるし、【ゲート】を地面に展開して、どこか別の場所に落とすことも不可能だ。
「まあ、それならそれでやりようはあるけどな」
【ストレージ】から人が逃げて誰も居なくなった都の広場に僕のフレームギア、レギンレイヴを呼び出す。
すぐさまコクピットに乗り込み、スマホをコンソールにセットして、レギンレイヴを起動させた。
周囲のモニターに外の映像が映し出される。正面にヘカトンケイルを捉えつつ、操縦桿に魔力を流し、レギンレイヴを宙に浮かび上がらせた。
「飛操剣起動」
『飛操剣、起動しまス』
バキン、とレギンレイヴの背中に取り付けられた十二枚の水晶板が切り離される。長板状の水晶板はレギンレイヴの周りを衛星のようにゆっくりとぐるぐる回り始めた。
「形状変化・球体」
板状の水晶が球体へと変化する。十二個の水晶球が僕の目の前で時計の文字盤のように並んだ。
「いけ」
十二発の弾丸がヘカトンケイルに襲いかかるが、水晶球は不可視の障壁にぶち当たり、ヘカトンケイルまでは届かなかった。
『んむう?』
ヘカトンケイルの頭脳と化した魔工王がこちらに気付いた。僕はレギンレイヴを飛ばし、ヘカトンケイルの頭上へと辿り着く。
上から見るとその大きさがよくわかるな。
『カカカ。それがお前さんの見つけたゴレムかえ? なるほど、確かに見たこともない珍しいゴレムだ。だが、このヘカトンケイルには敵うまい?』
「そうか? デカいだけで役立たずの骨董品よりはいいと思うけど」
『減らず口を!』
ヘカトンケイルがその翼をはためかせてレギンレイヴの方へと迫ってくる。
僕はヘカトンケイルの攻撃を躱しつつ、都から少し離れた広野へとレギンレイヴを向かわせた。城の人たちを転移させた場所とは真逆の方へとヘカトンケイルをおびき寄せる。
ここなら少し暴れても大丈夫か。
「状態変化・短剣」
僕の周りを回っていた十二の水晶球が四つに分かれ、ひとつひとつが短剣の形に変形した。計四十八本の短剣がレギンレイヴの周りを放射状に回り出す。
「神威付与。【流星剣群】」
神気を纏った四十八の短剣が一斉にヘカトンケイルへ向けて放たれる。四十八の聖なる煌めきが、禍々しき多腕の悪魔を襲った。
『カカカ! 無駄なことを! ヘカトンケイルの防御障壁の前にはそんなもの、なっ、にィ!?』
ヘカトンケイルが展開する不可視の障壁を容易く突き破り、水晶の短剣がそのボディを貫く。
あれしきの防御障壁なら神気を使わなくても貫けたかもしれないけど、面倒なんでね。
『ど、どうなっておる! ヘカトンケイルの防御障壁を貫くなど……! 貴様、何をしおった!? 言え!』
「やなこった」
縦横無尽に飛び回る水晶の短剣がヘカトンケイルを穴だらけにしていく。が、なにぶん本体がデカいため、決定打というまでには至らない。それどころか……。
「自己再生機能か……」
古代機体のゴレムの中には、多少の傷であれば直してしまう機能がある機体も少なくはない。
しかしそれはボディに傷が付いても直るという程度のもので、穿たれた穴が塞がるほどの機能ではないはずだ。
そこまでいくと「狂乱の淑女」、ルナ・トリエステの持つ紫の王冠、「ファナティック・ヴィオラ」の超再生能力と同じになってしまう。
「デカい分、自己再生能力が高いのか?」
【流星剣群】によって開けられたボディの穴が塞がっていく。少なくとも表面だけは再生した。内部機能まではわからないが。
『舐めおってェェェ!』
ヘカトンケイルの腕という腕の掌から、ビームのような光が放たれる。百条の光があらゆる方向から一斉にレギンレイヴへと襲いかかった。
「状態変化・反射板」
四十八の短剣が八枚ずつ組み合わさって六枚の晶板となり、レギンレイヴの周囲を回りながら飛んでくるビームを弾く。
ビームの雨は途切れることなく撃ち出されるが、それがレギンレイヴに届くことはない。
と、そのビームを撃ち出していた腕のひとつが肘から斬り落とされた。
『なにィ!?』
斬り落としたの紫の鎧武者。八重のシュヴェルトライテである。続いて他の腕も同じように別の機体に斬り落とされた。こちらはオレンジの機体。ヒルダのジークルーネであった。
二体とも腰部と脚部にバーニアがついたユニットが装備されていた。飛行能力のない二人の機体が、あれによって飛行可能となっているのだ。
「完成してたのか、あれ」
変異種との戦いで空中戦ができるのは僕とリンゼしかいなかった。そのため、必然的に飛行型の変異種は、だいたい僕らか射撃能力があるリーンやユミナ、ルーなどが対処に当たっていたのだ。
そこで『工房』のロゼッタが考えたのがあの装備だ。飛行能力のないフレームギアも空を飛ぶことができる便利なものだが、短時間しか動かせないし、基本的に専用機専用(ややこしい)である。
そのユニットを使って、シュヴェルトライテとジークルーネがビームの雨をかいくぐり、ヘカトンケイルの腕を次々と斬り飛ばしていく。
彼女たちの技量をもってすれば、防御障壁を斬り裂くことも難しくはない。さすがのヘカトンケイルも、切り離した腕が再生するまでの能力はないようだ。
『バカな! ヘカトンケイルは最強のゴレムぞ! 古代の叡智と魔工王たるワシが造り上げた、無敵のゴレムのハズだ!』
「他人が造った物を少しいじっただけだろ。なにを偉そうに。そこまで言うなら1から造ってみろっての」
エルカ技師も古代機体を超えるゴレムを造ろうとしているけど、それはあくまで自分のオリジナル作品としてである。
「っていうかさ、逆にあんたが手を加えたから使い物にならなくなったんじゃないの?」
『きっ、貴様……ッ! ワシを! 魔工王たるこのワシを馬鹿にするかッ! 許さん! 許さんぞ、小僧────ッ!!』
ヘカトンケイルが腹の底から叫ぶような怒号を発する。
『地獄を見せてやるぞ、小僧! このヘカトンケイルのゴレム能力を味わうがいい! 決戦兵器の名は伊達ではないぞ。数千、数万ものゴレムをもってしても、ヘカトンケイルには敵わぬことを知るがいい!』
直後、ヘカトンケイルの全身から緑色の煙が吹き出し、辺りを漂い始めた。
まさか、毒か!?
だけど旧型フレームギアならいざ知らず、八重たちの乗る専用機は特殊なフィルターを装備している。毒がコクピット内まで浸入することはないはずだ。が、万が一ということもあるので、八重たちをこちらへ呼び戻す。
「二人とも身体に変化はない?」
『いえ、何も。問題ありません』
『拙者も』
大丈夫か。しかしこの煙はいったい……。
『カカカ! どうした!? 攻撃してこんのかね? 自分のゴレムが思い通りにならない気分はいかがかな!』
? 何言ってるんだ? 様子見をしている僕らを見て、なにを勘違いしたのか魔工王が笑っている。
『ククク、この煙にはな、ゴレムの頭脳であるQクリスタルの機能を麻痺させる力がある。どんな隙間からも浸入し、神経回路を伝ってQクリスタルをあっという間に侵食するのだ! お前さんたちのゴレムはもはやタダの鉄クズ、』
「……形状変化・突撃槍」
レギンレイヴの周りを回っていた水晶板が、振り上げた右腕に重なっていく。あっという間に右腕は、水晶でできた長い突撃槍の形となった。
『ッ!? ど、どういうことだ!? いかなるQクリスタルも機能を停止するはずだ! どんなゴレムでも抵抗はできぬはず……! なぜ動くことができる!? あり得ぬッ! こんなことはあり得ぬッ!』
「この機体がゴレムだなんて、僕らは一言も言った覚えはないぞ?」
『な……ッ!?』
あいにくとフレームギアにはQクリスタルなんぞ使ってないんでね。
『バカな……ゴレムではないだと……! で、ではいったい……いったいそれはなんなのだ!? ゴレムでなければなんだというのだ!?』
「答える必要はないね」
背面のバーニアをフルスロットルにして、さらに【アクセル】で加速する。一本の突撃槍と化したレギンレイヴは、ヘカトンケイルの胸部にその穂先を突き立てた。
突撃した勢いのままにヘカトンケイルの内部を一直線に突き進み、僕は途中から突撃槍の大きさを広げていった。槍をまるで傘が開くようにして被害範囲を広げ、やがて背中の翼の間に突き抜ける。
『バカな……! バカなッ!』
胸に風穴を空けられたヘカトンケイルがグラリとバランスを崩す。どうやら破壊した場所に重力制御を司る機能があったらしい。
ヘカトンケイルが落ちていく。大きな地響きをあげて、多腕の悪魔が大地にその屍を晒した。




