#336 「黒猫」、そして「紅猫」。
シルエットさんを付け狙うザビットとやらに「呪い」をかけてから数日後。
「黒蝶」の裏仕事を牛耳っていたザビット……いや、その配下も含め、シルエットさん側を除く全ての「黒蝶」関係者は商業都市カンターレから姿を消した。
まあ、同じ街にいるだけで、シルエットさん側と関わる可能性は高いわけだからな。気持ちはわかる。
煌びやかだった凌雲閣に似た塔も、住む人を失ってその光を失ったようだ。
しかし、また新たな持ち主を得て、元の光を取り戻すのも時間の問題だろう。この都市には多くの商売人が存在しているのだから。
ちなみにシルエットさんは、ザビットの居城だったあの塔に移る気はさらさらないらしい。
シルエットさんたち、元・黒蝶の構成員たちは、新たに「黒猫」と名を変え、活動していくことになった。
「紅猫」と被ってるだろ、と思ったが、どうもそれを意識して名付けたようだ。そういや、シルエットさんの部屋に黒猫がいたっけ。あいつからも名付けられているのかもしれない。それとも単なるライバル心だろうか。
改めて「黒猫」となったシルエットさんに、僕はいくつかの感知板を渡す。
「これが、変異種……黄金の怪物の出現を予測できる魔道具なの?」
「はい。方角と距離、出現数と出現予測時間ですね。それにより、避難や迎撃ができるようになります。これをシルエットさんの配下がいる宿屋や娼館に置かせてもらって、もし反応があったらすぐさま連絡してほしいんですよ」
黒く薄い板状の感知板を持って、いろいろと確認しているシルエットさんに説明する。
感知板よりも、そのあとに渡した量産型スマートフォンの方が驚かれたが。まあ、シルエットさんのはまだ僕しか電話の登録をしてないけど。
このあと「紅猫」のニアたちにも渡すつもりだが、ニアのやつはどうもシルエットさんに含むところがあるみたいだから、電話なんかしないだろうなあ。
紅猫副首領のエストさんならしそうだけど、エストさんとシルエットさん、この二人の会話は策略めいてたり、腹黒そうだったりであまり、楽しそうじゃない。
「約束だし、こんなものをもらってしまっては協力せざるを得ないわね。世界の危機ってのもあながち嘘でもなさそうだし。黄金の怪物の出現を補足できたときは、必ず連絡するから安心して。────と言うわけで、私たちの間には何もないから、そろそろ警戒を解いてほしいんだけれど。お嬢ちゃんたち?」
からかうような口調とともに、シルエットさんは僕の両サイドにいるユミナとルーに視線を向けた。二人とも僕の腕にしがみつき、べったりと離れない。
「貴方が悪い人ではないことはわかっています。けれど、私たちにとって危険な存在なのは間違いありませんので、一応」
「私たちの冬夜様を淫楽の館で骨抜きにされてはたまりませんからっ! とと、というか、あ、貴女、いろいろ露出し過ぎじゃありませんことっ!?」
「冬夜君、愛されてるわねぇ」
「いや、ははは……」
二人に挟まれた僕は苦笑いするしかなかった。
先日、「月光館」から表世界に帰ったときに、みんなに香水の移り香や、頬のキスマークなどを指摘され、散々説教された。
なんとかわかってもらえたものの、裏世界へ行くとき(とくにシルエットさんと会うとき)は、数名を同伴として連れて行くこと、と決められてしまったのだ。
信用ないのかなあ……。まあ確かに、ここに来ると妙にそわそわしてしまいますが! そこらへんを見抜かれたのかもしれない。仕方ないッスよ、男の子だもん……。
「ま、彼氏を心配する気持ちはわからなくもないけど。……ははあ、貴方たち『まだ』なのね? なら、見られるのがたまらないって客や女の子もいるから、よかったら見学していく?」
「ふえっ!? けっ、見学っ!?」
「け、見学って何を!? ナニを!?」
両サイドの二人の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。ぷしゅーっ、と音を立てて煙を吹き出しそうだ。
それを見て、シルエットさんがニヤニヤとした笑みを浮かべている。完全にからかっているな。
二人とも箱入りのお姫様なんだから、あんまりその手ことに耐性がないんだよ。元いた世界のように、アダルトなDVDなんかがあるわけじゃないんだし……はっ!
シルエットさんに渡した量産型のスマホに思わず視線を向ける。ひょっとしてヤバイ人に渡してしまったかしら……。
録画した動画を再生できる魔道具を売り出したら世界規模で売れそうだな……。エロパワーはカネになるからなあ。……僕はそういったDVDとか観たことないですけどね。未成年ですから!
おっと、それより二人を落ち着かせないと。このままではホントに煙を吐いてしまう。
「初々しくていいわねえ」
「あんまりからかわないで下さいよ。二人とも純真なんですから」
「あら、私は純真じゃないみたいな言い方ね?」
「純真なんですか?」
「まさか」
なんてやりとりをして、とりあえずまだ顔が赤い二人を連れて「月光館」をあとにした。さて、あとは「紅猫」のところか。こっちはこっちで面倒なのがいるからなあ……。
「へえ、冬夜のくせに婚約者とかいたのかよ。しかも二人もか? やるじゃんか、オイ! この色男!」
やっぱり食いついてきやがった。目をキラキラさせて、ニアが野次馬根性丸出しの近所のオバちゃん状態だ。うざっ。
つーか、「冬夜のくせに」ってどういうことだ、オイ。しつれーな。
「正確には私たちを含め、全部で九人のお嫁さん予定の娘が冬夜さんにはいますよ?」
「九人!? お前、もらい過ぎだろう!? 王様かよ! って、王様だっけか……ならそっちの世界ではアリなのか?」
ユミナの返しに、ニアが赤いツインテールを揺らしながら、腕を組んで首を捻る。
いや、表世界でも多い方だけどね……。イグレットの国王陛下でも奥さん七人だし。もう死んだが、サンドラの豚王は20人以上いってたらしいけどな。
「それよりも、この『スマートフォン』という通信機器を本当にいただいてもよろしいのでしょうか? 我々としては助かりますが……」
「はい。いざというときのために持っていて下さい。地図機能や計算機能、メモ機能などがあるので便利ですよ」
エストさんが、先ほどまで見ていた取扱説明書から顔を上げて尋ねてきた。その横で、ポニテ少女のユニとふんわりウェーブのユーリが、互いのことを自分のスマホで写真に撮ってはしゃいでいる。
「紅猫」のアジトがある廃砦で、僕らはニアたち四人に量産型スマホを渡した。今日の目的はそれがメインだが、それとは別に実はもうひとつある。
「そのかわり、と言ってはなんですが、協力してもらいたいことがあるんですが」
「なんでしょう。我々にできることであれば協力は惜しみませんが」
本来ならこういう話は首領であるニアとするべきなのだが、ま、問題あるまい。「紅猫」の実権はエストさんが握っているようなもんだしな。
テントの外に出て、【ストレージ】から軽自動車並みの大きさで、卵を横にしたようなものを四つ取り出してみせる。
「これは……」
「『フレームユニット』と言います。ユミナ、ルー頼めるかい?」
「はい。わかりました」
「お任せですわ」
慣れた手つきで二人がフレームユニットのハッチを開け、中へと乗り込む。やがてユニットから低い起動音が発せられ、前方の空中に平原の風景が大画面で映し出された。ふむ、平原ステージか。
その平原の何もない空中から、白騎士と黒騎士が現れ、仮想の大地に降り立つ。ユミナが白騎士で、ルーが黒騎士か。城に置いてあるのとは違って、このユニットには専用機のデータは入ってないからな。
「うおお! 巨大ゴレムだ!」
「あれは……先日の……!」
「な、なんなんッスか!? あれ!?」
「ふえぇぇ……」
ニアたちは四者四様の驚きを見せている。周りにいた「紅猫」のメンバーたちも、口を開きっぱなしにして空中に浮かぶ画面に釘付けになっていた。
「これは『フレームユニット』と言います。見てお分かりのように、フレームギアを練習するための訓練装置です」
画面の中で、フレームギア同士の戦闘が始まる。
ユミナの白騎士が繰り出す剣を、ルーの黒騎士が盾で受け止めた。そのまま半回転して勢いをつけた黒騎士の斧槍を、今度は白騎士がしゃがんで躱す。
「これをお貸ししますので、砦の人たちに訓練……いや、遊ばせてあげて下さい」
「これを? それは我々にあれに乗って戦え、と言うのですか?」
「そんな機会が来なければいいんですけどね……。たぶん必要になってきますよ。守りたいものを守るための力は、あって困るもんじゃないと思います」
僕の言葉にエストさんは画面を見ながら考えていたが、やがて頷いてくれた。
「とりあえず、今は娯楽の道具として借り受けましょう。その技術を学べば、先日のような無力さを感じないですむかもしれませんし」
エストさんに、ノートほどの厚さがあるフレームユニットの取扱説明書を渡す。フレームユニットの、というか、フレームギアの動かし方のマニュアルだが。
画面の中で繰り広げられた戦いは、黒騎士に乗るルーの勝利で終止符が打たれた。近接戦闘ではやはりルーの方が上か。
といっても僅差だ。あそこまで互角にやり合えるのは、ユミナの例の能力が進化してきているのだろうか。
未来を予知する先読みの力。まだあやふやなものっぽいけど、使いこなせるようになったらかなり強力な武器になるだろう。
彼女だけじゃなく、僕の眷属となった他の八人にも、何かしら変化が起きているかもしれないな。
フレームユニットのハッチが開いて二人が外に出てくる。
「よっしゃ、次、あたし!」
「あ、ニアはやっても意味ないかもしれないから、無理にやらなくてもいいぞ」
勢いこんでフレームユニットに向かうニアに対し、僕がそう声をかける。水を差されたニアが怒りを含んだ声でこちらを睨みつけてきた。
「お前、あたしをバカにしてんのか!? あれぐらいあたしにかかればすぐに……」
「違う違う、そうじゃなくて。エルカ技師がうちの博士とゴレムを元にした新しいフレームギアを開発してるんだよ。まったく別なモノになるみたいで、古代機体でしか動かせないみたいなんだ。で、ニアにはルージュとそっちに乗ってもらいたいから、フレームユニットで練習する意味があまりないかな、と」
ニアの背後にいる、子供の背丈ほどの赤いゴレムに視線を向ける。「王冠」と呼ばれる、あの古代機体の力を活かせるようなものができるといいんだが。
「別にそれはそれで、あたしがこれを使っちゃいけないってわけでもないんだろ?」
「まあ、そうだけど。単に遊ぶ分には」
「じゃ、いいじゃんか。おい、ルー。やり方教えてくれよ!」
さっさとニアはルーを引っ張っていき、フレームユニットに乗り込んでしまう。
「なんというか、豪快な方ですね」
「基本、バカらしいからな。エストさんに言わせると」
ユミナの感想に、僕は腕を組んでため息とともにそう答える。
ユニとユーリも楽しそうにニアに続き、ルーを指導員として、四人が操るフレームギアが四機画面に現れた。
まずは基本動作の前進、後退、ジャンプ、しゃがみなどをルーの指示で繰り返している。まだ危なっかしい動きだが、そのうち慣れてくるだろう。うちの騎士団の連中もそうだったし。
あとはプリムラ王国とトリハラン神帝国の王様たちにスマホを渡しに行くか。あ、ついでだから、プリムラ王国にセントラル導師……おっと、もうパレリウス女王か。を、連れていってあげようかな。
同じ先祖を持つ一族が別々の世界でそれぞれ王家を築いたってのもすごい話だ。五千年の時を超えて再び出会う……っていうと壮大な感じもするが、それだけ経ってるともはや赤の他人とも言えなくもない。
そう言えばエルカ技師が、プリムラ王国の国王陛下は先祖代々伝わる「石板」とやらを持っていて、僕なら解読できるかもしれないとか言ってたような。ついでにそれも見せてもらうか。
画面の中で追いかけっこを始めたフレームギアを見ながら、僕はそんなことを考えていた。




