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#334 黒蝶、そして影百合。




「にわかには信じがたい話ですね……。しかし、いろいろな点が納得がいく話でもあります」

「はー……。変なヤツだとは思っていたけど、お前、とことん変なヤツだな」

「ほっとけ」


 「紅猫あかねこ」のアジトである廃砦。その中庭に張られた大きなテントの中で、僕は今までの経緯いきさつを話していた。

 僕が隣の世界から来たこと、そこの世界にある公国の王様であること、変異種がこの世界をも滅ぼそうとしていること、それを阻止するために動いていることなど全てだ。

 テントの中には「紅猫あかねこ」の首領であるニア、副首領であるエストさん、幹部であるポニテ少女のユニとふんわりウェーブのユーリの四人が、驚いたような呆れたような顔をしてテーブルについている。


「では、あの黄金の怪物……変異種と言いましたか。あれがこれからもこちらの世界で暴れることになると?」

「おそらくね。僕らの世界じゃ奴らの出現が事前にわかるような協力体制を作っている。でも、こちらじゃなんの対策もない。それをなんとかできないかと。今回なんか数としては少ない方だったけど、あれよりももっと大規模で現れたら国なんか簡単に潰れるよ?」

「だ、大規模ってどれくらいっス?」

「まあ、万単位はいくね。僕らの世界でも一国でどうこうできるレベルじゃないんだよ。だから協力して事に当たってるんだけど」


 皮肉なことに、世界を滅ぼさんとする異世界からの侵略者のせいで、国々がまとまりつつある。協力して足並みを揃えないと、待っているのは世界の滅亡だからなあ。

 こちらの世界だってまとまるのは一筋縄じゃいかないんだろうけど。実際、プリムラ王国とトリハラン神帝国も戦争をしていたし。


「ちょっとまてよ、万単位って……おいおい、あんなのがそんなに襲ってくるのか!? 勝てっこねえだろ!」

「さっきニアとエストさんが見たフレームギアってのがあるだろ? あれはもともとフレイズ……変異種の元になったヤツらを倒すために作られたものなんだ。あれを数百体投入して変異種たちを殲滅するんだよ」

「あれが、数百体……ですか」


 まあ、レギンレイヴが数百体ということではないんだけどね。あいにくと【ストレージ】の中にはレギンレイヴしか入れてないので、他のを見せることはできないが。


「で、お前はこれからどうしたいんだ?」

「簡単に言えばこちらで情報を集めてくれる協力者、そして力を貸してくれる国なんかと話し合いたい。すでにプリムラ王国とトリハラン神帝国につなぎはつけたけど、まだ一部の国だけだからね」

「でもぉ、他の国が信じてくれるかわかりませんよぅ? 異世界から来たなんて説明しても、笑われるだけかと……」


 ユーリが言うことももっともだ。たぶんプリムラ王国のような特殊な例を除いて、普通は信じてもらえないだろう。

 だけど、じきに信じざるを得ないようになる。変異種が襲ってくれば、そう思わずにはいられないはずだ。

 しかしそれでは遅いのだ。国が滅びてからではなんの意味もない。


「そうですね……情報を集める諜報機関になら心当たりがなくもないのですが」


 ほうほう。さすがはエストさん。なにか思い当たるところがあるみたいだ。


「そんなとこあったっけ? あたしも知っているところか?」

「『黒蝶パピヨン』です」

「『黒蝶パピヨン』って……あの闇市場ブラックマーケットを仕切っているっていう?」


 僕が古代機体レガシィであるエトワールの三体を買った闇市場ブラックマーケット。そこを牛耳っていた犯罪組織が確か「黒蝶パピヨン」だったはずだ。

 金になることならなんでもする犯罪組織だって、ニアは前に言ってたが……。


「実は『黒蝶パピヨン』は現在、分裂状態にあります。例の闇市場ブラックマーケット襲撃の復讐として、『紫』の王冠に暗殺者を差し向けたそうですが、返り討ちにあい、逆に『黒蝶パピヨン』を支配していたトップが『紫』に殺されました」


 『紫』の王冠……ファナティック・ヴィオラ、か。そしてそれを従える、狂乱の淑女、ルナ・トリエステ。

 ムチャクチャだな、あいつら。僕的にはできれば会いたくない相手だ。


「結果、『黒蝶パピヨン』は二つの勢力に分裂。大きく分けて表の集団と、裏の集団に分かれました」


 エストさんが言うには、表向きの勢力は宿屋や娼館を経営しながらの情報収集、新聞、噂などによる世論操作、あるいは離間工作などをする者たち。

 そして裏向きの勢力は要人暗殺、施設の破壊活動、集団窃盗、違法取引などをする者たちだそうだ。盗品の売買にあたる闇市場ブラックマーケットも裏向きの仕事になる。

 この表向きの仕事を司る幹部と、裏向きの仕事を司る幹部が真っ向から対立し、一触即発の状態なんだそうだ。跡目相続の争いってことか?


「あいにくと殺された首領には子供はいなかったので、この二人のどちらかが跡目を継ぐと思われていました。しかし、お互いに主張を相入れず、泥沼化しているとか」

「なるほど。それで表側の幹部に協力を取り付けることができれば……」

「はい。情報収集においてかなりの助けになるでしょう。なにしろ『黒蝶パピヨン』の息のかかった宿は幅広く、各国に張り巡らされていますから」


 確かにそれは魅力的だな。表世界あっちの冒険者ギルドに負けず劣らずいろんな情報が手に入りそうだ。


「────ちょっと待て、エスト。黒蝶パピヨンの表側の幹部って言ったら……」

「はい。シルエット・リリー。『影百合』ですね」

「ダ、ダメだダメ! あんな女のところに冬夜なんかを行かせてみろ! 一晩で骨抜きにされっぞ!」


 ニアが慌てて手を振りながら、ダメ出しをする。なんだそりゃ。っていうか表側の幹部って女の人なのか。


「……なんかおっかない人なのか?」

「ある意味な。影百合って言われてるその女は『黒蝶パピヨン』が経営する娼館の元締めでさ。とんでもねえ女だぞ。その色気と手管で落とせない男はいないって話だ。一度だけ会ったことがあるけど、魔性の女ってのはああいう女のことを言うんだぜ、たぶん」

 

 娼館かあ……。うむむ。少し気おくれするけど、とりあえず話だけでも聞いてもらえないもんか。


「表側の幹部である影百合は、裏側の幹部に比べて直接的な力をそれほど持っていません。が、その人員数は裏よりも遥かに上。味方につけられればかなりの手助けになるでしょうね」

「そんな幹部に僕が会えるのかな?」

「『紅猫あかねこ』の連絡網を使えば影百合の居所は探れます。あとはまあ……強引に会いにいけばどうにかなるのではないかと」


 そこは穏便に行きたいところなんですけどねえ……。トラブルは極力避けて進みたいんだけど、そうもいかないようだ。ま、もう慣れたからいいんだけどね……。






 ストレイン王国の北方に位置する第二の都、商業都市・カンターレ。

 その歓楽街の真ん中に位置する、この都一の高級娼館である「月光館」の前に僕は来ていた。

 でっかい館のような建物には煌びやかなライトアップがされており、ネオン(といっても魔光石のだが)の輝きが七色に変化して、なんとも幻想的な様相を生み出していた。


「確かにこりゃ高そうだ……」


 いったい一回でいくら取られるんだろうね? 白金貨一枚(約百万)とか? 払えなくはないけど、そういう目的で来たわけじゃないしな。……うん、そういう目的で来たわけじゃないけど、胸がドキドキするのはなんでかね?

 入口の階段下にはガッシリとした身体つきの、警備兵のような男たちが二人立っている。威圧感が半端ないわあ……。

 さて、ここで突っ立っていても仕方がない。このままじゃ明らかに挙動不審者だしな。

 警備兵の視線を受けながら、入口の階段を登る。大きなステンドグラスが左右に彩られたホールを抜けて、カウンターの辿り着くと、向こう側にいた黒服の男がにこやかに僕に話しかけてきた。


「いらっしゃいませ、『月光館』へようこそ。失礼ではございますが、初めてのお客様でございましょうか?」


 長駆に髭を生やした三十代の受付の男が、にこにことした笑顔を僕に向ける。いかにも営業スマイルといった感じで、正直苦手なタイプだ。


「初めてだけど、お客様じゃない。ここにシルエット・リリーって人はいるかな?」

「……客じゃないなら帰んな。痛い目に遭う前にな」


 にこやかだった顔がガラリと変わり、ドスを利かせた脅しのようなセリフが飛び出してきた。おっと、この反応は当たりかな?


「いるんだろ? 話だけでもさせてもらえないかな。ちょっとでいいんだけど」

「おい、お前ら! こいつをつまみ出せ!」


 男の声に表にいた警備兵の二人がズンズンとこちらへ向かってくる。丸太のような太い腕が僕の胸倉を掴もうと伸びてきたが、それを逆に掴み返し、【パラライズ】で麻痺させてやった。


「ぐふぅっ!?」


 床にぐたりと崩れ落ちた警備兵を放置し、もう一人の警備兵も同じように【パラライズ】で動けなくさせる。すまんね、あとで元に戻してやるからさ。


「てっ、てめえっ! ザビットの回し者かっ!?」


 支配人らしき男がカウンターの下から短剣を取り出して、僕へと向けてきた。ザビットって誰だよ。あ、ひょっとして「黒蝶パピヨン」の裏仕事の幹部か? 一触即発状態って言ってたしな。


「くたばりやがれぇぇぇ!」

「【スリップ】」

「ぐはあっ!?」


 腰だめに短剣を構え、突っ込んできた男が僕の魔法により勢いよく転倒した。転んだ男の手から離れた短剣を拾い上げ、館の柱に突き立てる。いきなり危ないな。表商売の人員といっても、犯罪組織の一員には変わりないってことか。


「ザビットってのが誰かは知らないが、とにかくシルエットさんに会わせてくれないかな。少し話を聞いてもらいたいだけなんだよ」

「うぐぐ……」


 床に這いつくばりながらも僕を睨む受付の男。こりゃ難しいかな……。場所が場所だけに力づくで押し入るってのは避けたかったんだが……。

 そんな僕に向けて、頭上から女性の声が降りてきた。


「そこまでにしてもらえるかしら。これ以上騒がれると迷惑だわ」

「ボ、ボス!」


 ホールから二階へと緩やかなカーブを描く階段のところに、一人の女性がたたずんでいた。

 亜麻色の長い髪とはしばみ色の瞳。歳は二十代前半、その女性はスタイルの良いその身に、白いチャイナドレスのような服を着込んでいた。白い百合の形をした美しい髪留めが目を引くが、その本人の美貌の前にはそれさえも霞む、といった感じである。

 この人がシルエット・リリー。「影百合」か。

 確かに美人ではある。が、僕としてはいささか近寄りがたいタイプの美人だ。なんだろうね、油断できないと言うのか、気が休まらないというのか、そんな雰囲気を醸し出している。


「貴女がシルエットさん?」

「ええ、そうよ。誰だか知らないけど、予約も無しに押しかけるってのはちょっと失礼なんじゃないかしら。こっちにも予定というものがあるのよ?」

「その点は謝ります。ですが、普通に申し込んだところで会ってはくれないだろうと言われたもので」

「誰に?」

「『紅猫あかねこ』の副首領、エストさんに」


 僕がそう答えると、少しだけ驚いた表情を浮かべたシルエットさんは、すぐにその表情を微笑みに変えて、階段をゆっくりと降りてきた。

 ドレスのスリットから覗く綺麗な生足がまぶしい。ううむ、やっぱりこういったお姉さんは苦手だなあ。


「どうやらザビットの刺客とは違うようね。それで? 私になんの用かしら?」


 階段を降り、艶然と僕の前に立ったシルエットさんが、アルカイックな微笑みを浮かべたままそう訪ねてくる。

 が、その時、僕の意識は目の前の美女よりも、他の方に向けられていた。懐からスマホを取り出して確認する。うん、やっぱり気のせいじゃなかったか。


「……その前にちょっと聞きたいんですけど。今、表に四、五十人の人間がこの館を取り囲んでいるんですが、団体様のご予約でも?」

「……ッ!?」


 僕の言葉に驚くシルエットさん。と、同時にホールにあったステンドグラスが大きな音を立てて砕け散り、そこから見える夜空の中から三人の人間が降ってきた。

 いや、人間の形をしているが、あれは人間ではない。黒い服のような布をまとっている、細身のゴレムである。

 両腕には手甲と一体化した刃渡り三十センチほどの剣が取り付けられているのが見えた。三体のゴレムはホールに着地すると僕には目もくれず、一斉にシルエットさんへと襲いかかる。


「ボス!」


 倒れている男たちが、自分の主人の危機に大声を上げた。その声を背に受けながら、僕は魔力を集中させる。


「【シールド】」


 シルエットさんに向けて手を翳すと、彼女の周囲に堅牢な不可視の盾が出現し、ゴレムたちの刃をことごとく防いだ。


「これ、は……」


 シルエットさんが自分の周りで止められたゴレムの刃を見て固まっている。ゴレムたちは何度となく腕の刃をシルエットさんに振るうが、ただのひとつも傷をつけることはできない。


「【氷よ包め、永久とこしえなるひつぎ、エターナルコフィン】」


 呪文を唱えると、ゴレムたちの足下からものすごい勢いで氷が這い登り、瞬く間に三体のゴレムたちが四角い氷の柱に閉じ込められた。古代魔法【エターナルコフィン】。しばらくそこでおとなしくしてろ。

 三つの氷の柱に囲まれたシルエットさんがそれを避けるようにして、僕のところまでやってくる。


「……今のは貴方が?」

「余計なお世話でしたか?」

「いえ、助かったわ。今のは危ないところだった……。おそらくこのゴレムは……いえ、それよりもこの館が囲まれているって……」

「ああ、そっちも片付けてきましょうか? そしたら僕の話を聞く時間をもらえますかね?」

「……いいわよ。本当に片付けてくれるならそれくらい安いものだわ」


 よし、約束を取り付けたぞ、と。じゃあ、ちょっとばかりお外のお掃除をしてきますか。










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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
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