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#332 主従の再会、そして感謝。



「ネイ……と言ったか? あんたがこっちの世界にきてるなんてな」

「私の名を……? エンデミュオンから聞いたのか?」

「ああ。メルからも聞いている」


 その言葉を聞いた途端、ネイが僕へと詰め寄り、胸倉を掴んだ。それを見た門番の騎士たちがネイに対し槍を向けるが、僕が大丈夫だと手で制止する。


「貴様! 『王』をなぜ知っている! まさか『王』が蘇っているのか!? どこにいる! 教えろ!」

「……【パワーライズ】」

「ぐっ、おおっ!?」


 ネイの腕を掴み、捻り上げて城の堀へと放り投げる。盛大な水飛沫を上げて、投げられたネイが沈んでいった。どうやら支配種といえども、結晶生命体の身体では泳げないらしい。

 やがて水柱が立つように、堀の中からネイが飛び出してくる。水底からジャンプしたようだ。


「貴様……!」

「エンデもメルも僕があるところに丁重に預かっている。リセには会わせても構わないが、あんたにはそのままじゃ会わせることはできない」

「なん……だと……?」

「メルは話し合いを望んでいる。そして、誰かを傷付けることを望んではいない。僕らに敵対行動を取る限り、あんたを会わせるわけにはいかないんだよ」

「知った風なことを……貴様などに……!」


 バキバキと身体を変形させて、鎧のような結晶体を身に纏い、戦闘状態に入りつつあったネイを横にいたリセが止める。


「ネイ、落ち着け。ここで行動を見誤れば、また『王』は姿を隠す。それに今のお前には『王』に伝えるべきことがあるのだろう?」

「それは……そうだがっ……」

「あの者は『王』に危害を加えるようなやからではないと思う。それにあの者がギラを倒したのだぞ? その相手にお前は簡単に勝てるのか?」

「…………わかった。確かにリセの言う通り、まずは『王』に会わねばなるまい。……リセに従うことにしてやる」

 

 そう呟くと、ネイは戦闘形態を解いていく。どうやらリセが説得してくれたようだ。リセの方が妹って聞いてたけど、逆のような感じがするな。


「それで、我々はどうすればいい?」

「エンデたちと同じく、結界に入ってもらう。でないと連れて行けないんでね」

「わかった」


 リセは頷いたが、ネイは勝手にしろとばかりにそっぽを向いた。ずいぶんと素直に応じたな。それとも人間の作る結界なんて簡単に破れると舐めているのか。

 神気を込めた【プリズン】を二人の周りに展開する。バビロン(うえ)で暴れられでもしたらたまらないからな。

 自分たちの周りに張られた障壁に気付き、ネイが少しまなじりを上げるが、リセは興味深そうに【プリズン】の障壁を叩いていた。

 ネイとメルを会わせることによって、フレイズとの戦闘を回避できるかもしれない。しかし、一歩間違えば全面対決になる可能性もある。

 まあ、すでにネイは【プリズン】に閉じ込めたので、籠の中の鳥だが。

 これが従属神の神気を持つ変異種側の支配種であったなら、エンデの時のように破壊されたかもしれないけどな。

 スマホを取り出し、メルとエンデに連絡する。あの二人にもスマホを渡しておいたのだ。

 あの二人はバビロンの限られた空間で軟禁しているため、本を読むか、ゲームなどで遊ぶくらいしか暇をつぶせないからな。時折り、シェスカの「庭園」の方でイチャついてるらしいが。今日もそこでくつろいでいるようだ。


「うん、そう。リセとネイが来てる。今からそっちに転移するから。……お前は殴られる可能性が高いから、覚悟した方がいいかもしれないぞ」

 

 エンデにそう言い放ち、通話を切る。何かわめいていたが知らんわ。まあ、殴ろうとしたらメルが止めると思うけど。


「じゃあ行くよ」


 二人が頷く。【プリズン】ごと、二人を連れて、【テレポート】でバビロンの庭園へと転移した。

 夜空の雲海が広がる背景と、月下に生い茂る芝生と木々、そして花々の中を流れる水路。そんな美しい空中庭園の木の下に、メルが一人佇んでいた。

 あれ? エンデがいない。逃げたか?


「『王』……。メル様……メル様! がッ!?」


 ネイがメルの姿を見て勢いよく走り出し────【プリズン】の障壁に激突して、したたかに頭を打った。

 おおっと、睨むなよう。今のは僕のせいかあ?

 心配そうにメルの方からこちらに寄ってくる。庭園には別な【プリズン】を張ってあるので、リセたちの方は解除した。


「メル様……」

「久しぶりですね。ネイ」


 膝をついて、差し出されたメルの手を握り、己の王にやっと出会えた喜びからか、ネイの声は震えていた。


「リセも。元気そうで何よりです」

「……はい」


 おや? 今、リセが笑ったか? 無表情がデフォルトの彼女にしては珍しい。


「トウヤさん。リセとネイを連れてきてくれたこと、感謝します」

「なに、こちらにも思惑があってのことさ。この機会にきっちりと話し合ってほしいね。それによって君らフレイズがこの世界に害を及ぼさないようにしてほしい」

「……『王』が見つかった以上、我らがお前たちを襲う理由はもうない」

「は。そいつはありがたいね。このまま続けていたらフレイズ全てを絶滅させなきゃならないところだった」


 ネイが僕を睨んでくる。しかし、これぐらい言っても構わないだろ。そっちの勝手な都合で、どれだけの人間が死んだと思っている。

 確かにこっちもやり返しているけどさ。だけど、殴ったら殴り返されても仕方がないだろ。大抵の人は無抵抗に殺される趣味はない。

 「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」ってハードボイルドの探偵さんも言ってたしな。


「……お前たちに我らが絶滅されることはもうないだろう。すでにもうほとんどの兵が『金色』に取り込まれてしまった……」

「金色? ああ、変異種のことか」

「変異種……言い得て妙だが、その通りだな。あいつらを率いる裏切り者のレトとルトに我らは襲われ、そのほとんどが吸収された。我らにはあいつらに対抗するすべがない。取り込まれた者は『金色』……変異種となり、もはや我らの同胞では無くなる。我々は狩られる側なのだ」


 まるで病原体のように、邪神の細胞が感染し、別の生命体へと強制的に作り変えられてしまう。

 噛まれた者がゾンビとなるパニック映画の状況と一緒だな。感染した者はもう助からない。

 自らの天敵が、身内から現れたってのは皮肉なもんだ。


「同じようなことをあんたらは他の世界でやってきたんだ。自業自得ってもんじゃないのか?」

「………………」


 ネイは何も答えなかった。ちえっ、これじゃ僕が弱い者イジメしてるみたいじゃないか。

 僕の身近な人が死んだり傷付けられていたら、こんなもんじゃすまなかったろうが、僕自身にはフレイズに深い恨みはない。

 正直に言えば、この世界から立ち去ってくれればそれでいいのだ。


「ま、とりあえず四人で話し合うんだね」

「……四人?」


 リセが首を傾げる。


「そこの木の陰にいるだろ。隠れてる奴が」

「バラさないでよ、冬夜……」


 木の陰からバツの悪そうな顔をしてエンデが姿を表す。さっきからちらちらとマフラーが見えてんだよ。

 と、エンデの姿を捉えたネイの瞳に炎が宿る。


「エンデミュオン……!」


 ネイが立ち上がり、その拳がガントレットのように結晶武装されていく。あ、殴る気だ。コレ。

 ネイからしてみれば敬愛する主君をたぶらかし、連れ去った間男にしか見えないのだろうからなあ。


「ま、待ちなさい、ネイ! エンデミュオンを殴ることは許しません!」

「しかし、メル様……! それでは私の気が収まらないのです!」

「ま、ま、お、落ち着いて。メ、メルもこう言っているわけだし……」

「貴様が言うな!」


 エンデに殴りかかろうとするネイを、メルが背後から羽交い締めにする。

 ……ぐだぐだしてんなあ。横のリセをちらりと見ると、まるで関心がないかのようにのように無表情だった。

 エンデが殴られようが、殴られまいが、それについては僕もどうでもいいけど。

 だけど、このままじゃ話が進まないしな。


「一発殴られろ、エンデ。とりあえず一旦それで手打ちにして、それから話をすればいいんじゃないか?」

「なっ! 他人ひと事だと思って……!」

「即死じゃなけりゃきちんと回復してやるから安心してくれ。それでいいか、ネイ」

「……不満はあるが、とりあえずそれで棚上げにしといてやる」

「殺すなよ?」

「それぐらいはわきまえている。癪だが殺してしまってはメル様が悲しむ」


 二人の間でおろおろとするメルには悪いが、これが一番手っ取り早い。わだかまりがあったままじゃ、落ち着いて話もできないだろうからな。エンデの言い分もあるだろうが、この際無視する。

 一分後、バビロンの庭園に渇いた音が鳴り響き、エンデが夜空高く宙を舞った。

 おお……飛んだなあ。





「それで、どうなったんです?」

「どうなったもなにも。とりあえずメルがネイを説得してるけど、ネイの方はまだメルを連れ帰るのを諦めてはいないみたいだ。しばらくかかりそうだな、ありゃ」


 ヒルダに聞かれてそう答えた僕は、あくびを抑えるのに苦労していた。あいつら夜通し話し合っているんだもの。しかも同じ会話をぐるぐると……。水掛け論って感じ?

 フレイズってたぶん寝ないんだな……。寝るとしても休眠状態とか、熊の冬眠みたく長い眠りなんじゃないかね。僕たちが初めて遭遇したフレイズも仮死状態だったし。

 ……ひょっとして、【プリズン】で大気の魔力も遮断し、残りの魔力も全て吸収魔法で奪い取れば、あの三人って休眠状態に入るんじゃないだろうか。

 ま、そんなことをしたらエンデが許さないか。仮定の話だし、余計な火種を作るのはやめとこう。

 頭に浮かんだ余計な考えを追いやって、眠気覚ましに目の前の紅茶を飲み干す。

 すでに朝食の時間は過ぎていて、みんなはそれぞれ出かけているようだ。テラスにはヒルダだけが残っていた。


「フレイズにはレスティアの国民も犠牲になってます。ちょっと複雑な心境ですね……」


 まあ、そうそう割り切れるもんじゃないってのはわかるけどね。殺し合いをしてた相手とすぐに仲良くなれるかって話だし。

 仲良くした方がいいってのは頭ではわかっていても、感情ではそうもいかないのが難しいところだよな。


「そういえばヒルダはなにしてたの?」

「あ、わ、私はリンゼさんから借りた本をちょっと」

「……リンゼから借りた本?」


 昨日の薔薇作家とのことを思い出し、不安に駆られた僕は、テーブルに置いてあったその本のタイトルに視線を向ける。確かあれはロードメアで学生の間に流行っているという、女性が主役の恋愛小説だな。純愛物で「普通の」恋愛を描いた作品……だったと思う。


「面白い?」

「あまりこういったお話を読んだことがなかったので、新鮮で面白いです。騎士が竜を倒し、姫を助け出すような英雄譚ならたくさん読んだんですけど」


 少しはにかみながらヒルダが答える。騎士道一本槍で育った子だから仕方が無いとは思うが……育て方間違えてないか、レスティア騎士王国。


「恥ずかしながら、昔はそういったお話にけっこう憧れたりしてまして」

「助け出されるお姫様に?」

「いえ、助け出す騎士の方に」

「ああ、そっち……」


 間違えてるぞ、レスティア騎士王国。


「けれども冬夜様に初めて出会ったときに、救い出される姫の気持ちがわかりました。殺されるかもしれないそのときに、颯爽と現れた冬夜様……。目の前でフレイズたちを斬り伏せていくその姿に、私は目を奪われたのです」


 ああ、そういやヒルダと初めて出会ったのは、フレイズに襲われてたときだっけ。


「それから冬夜様のことを調べて……兄上にも呆れられるくらいに。黒竜退治や帝国の反乱鎮圧とか、そういった話を聞くたびにドキドキしてしまって……。また会いたいと思うようになるのに時間はかかりませんでした」


 ぬ、う。なんか照れるな。この子のこういったまっすぐさは騎士の性質なんだろうか。彼女の兄であるラインハルト国王もそういった方だし。

 照れくささを誤魔化すために、僕は少しおどけたセリフを口にする。


「フレイズがいなければ僕らも出会っていなかったかもしれないわけか。その点だけはフレイズに感謝だな」

「そうですね。不謹慎かもしれませんけど」


 そう言ってヒルダは小さく笑う。


「ですから今こういった本を読むと、主人公の女の子の気持ちがよくわかります。会えない切なさとか、伝えられないもどかしさとか、相手のちょっとしたことに対する喜びとか。なので、ついつい読みふけってしまって」


 なるほど。対象者が僕ってのがいささか照れくさいが、ヒルダが言わんとしていることはよくわかる。

 そんなヒルダを喜ばせたくて、僕は思いついたことを口にする。


「じゃあ、今から一緒に何かそういった映画でも観ようか」

「『エイガ』ですか!? わあ、久しぶりですね!」


 ヒルダが手を叩いて喜びの声を上げる。映画はたまにみんなで観たりしていたが、なにせ異世界の物語なので、話によってはみんなにひとつひとつ説明するのが大変だったりする。なので、大概わかりやすいアクションとかファンタジー、単純なコメディとかが多かった。恋愛映画は初めてだな。

 スマホを操作し、ダウンロード販売のアプリを開く。ちなみに電子マネーは神様のプレゼントなのか、えらい金額の残高があったので問題ない。……エロ動画とかは落としてませんよ? 

 どれがいいかね……と、あ、これでいいか。

 平凡な書店経営者の男と、ハリウッドスターの女性が出会い、恋に落ちる恋愛映画。以前テレビでやってたのをさらりと観ただけだけど、なかなか面白かった記憶がある。

 リビングのカーテンを閉めて、ソファに座った僕らの前面の空間に画面を投影する。

 映画が始まる。日本語吹き替え版なんだが、なぜかこちらの人たちにも普通に聞こえるらしいんだよな……。まあ、僕もこっちに来た時にすでに会話はできたし、神様仕様なのだろう。

 そんな細かいことを気にしている僕の横で、ヒルダは映画に夢中になっていた。僕も集中することにしよう。

 ラブシーンなどでちょっと気恥ずかしい感じになってしまったが、全体的にヒルダには喜んでもらえたのでよしとしておく。

 映画を観終わったタイミングで、博士から着信があった。どうやら例のモノが完成したらしい。裏世界とつながる通信システム……だったか。これで裏世界の情報もこちらにいながら手にすることができる。

 そういやこないだエルカ技師がゴレムの強化案を出していたな。

 今のままではゴレムが変異種に対抗するのは難しい。フレームギアのように大きくはないからな。

 そこでゴレムが装着するかなり大きなパワードスーツのようなものを考えたらしい。

 似たようなのがこないだ観た新作映画の予告編に出てたな。アメコミヒーローが集結して戦う人気映画だったか。確かにあんなのなら変異種とも戦えそうだけど。本当にできれば、だが。

 ま、とりあえず行ってみるか。僕はバビロンへと転移した。

 










■第一巻が無事発売されました。ありがとうございます。

巻末の広告の通り、第二巻も8月発売予定です。三ヶ月後です。こちらも一巻と同じく書き下ろしが入りますので、楽しんでいただけると幸いです。

これからも「異世界はスマートフォンとともに。」をよろしくお願いします。


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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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