#314 異空間転移、そして精霊たち。
さて、覚悟を決めたはいいが、これからどうしたものか。
とりあえず今まで通りフレイズや変異種は殲滅するとして、世界が一つになった時にみんなに混乱しては欲しくない。
まあ、混乱するなっていう方が無理なんだろうが……。
表世界だけじゃなく、裏世界も混乱するだろうからな。
そうだな……とりあえずは────。
「【異空間転移】を教えて欲しい?」
朝ごはんのトーストをもぐもぐさせている花恋姉さんと、すでに食べ終え、食後の紅茶を飲んでいた諸刃姉さんたちに話を切り出す。
「なんでまた……って、決まってるか。例の話だね?」
「うん。二つの世界を行き来するのに、【異空間転移】が使えると助かるからね」
いちいちバビロンから転移するのも面倒だし、使えるようになった方が、行動の幅も広がる。以前はさらに神族に近づくってことで敬遠していたが、もうここまで来たら関係ない。
「まあ、教えること自体はやぶさかではないんだがね。私たちは冬夜君のサポートとしてここにいるわけだし」
「うーん……ただ、教えることって実はそんなに無いのよ」
「え? どういうこと?」
トーストを食べ終わった花恋姉さんの返事に思わず眉を上げる。
「【異空間転移】って、結局は転移魔法と同じだから、その感覚を掴みさえすれば難しいことじゃ無いのよ。私たちといくつか世界を回れば、冬夜君もコツを覚えると思うのよ」
世界を回るって……この世界を、ってわけじゃないよな? いろんな世界を、ってこと?
「どっちが教えようか?」
「諸刃ちゃんは騎士団の訓練があるから私が教えるのよ。一応、冬夜君のサポートは私が代表だし? ま、たぶん、一日で覚えられると思うのよ」
紅茶を飲んで花恋姉さんが立ち上がる。一日で覚えられるもんなのかな……スパルタはちょっと勘弁だけど、そうも言ってられない、か。
二人で連れ立って中庭へと移動する。
「じゃあまず、『神気』を身体中に巡らせるのよ。そして薄く身体にまとう感じで、少しだけ滲ませるのよ。間違えて『神威解放』しないように気をつけるのよ? あくまで身体の表面にゆっくりと流すのよ」
言われた通り身体の中に神気を巡らせて、周囲だけにまとうようにする。これくらいならコントロールすることは難しくない。進歩したなあ、僕も。
「うん、オッケーなのよ。その状態で【異空間転移】をするからしっかりと意識を保ってるのよ?」
そう言った花恋姉さんが僕の手を握った瞬間、ギュンッ! と身体が上空に引っ張られる感覚がした。
まるで逆バンジーのように飛び上がった感覚がしたと思ったら、今度は体重が何倍にもなったような感覚に押し潰されそうになる。正直言って気持ち悪い。
「うぐっ……!」
「はい、とうちゃ〜く」
間延びした姉さんの声にあたりを見回すと、赤茶けた岩がゴロゴロと転がり、鈍色の空が広がる荒野に僕らは佇んでいた。
SF映画で見た火星みたいなところだな。砂塵が漂い、視界の果てまで何もない。赤い大地がひたすらに続くだけの世界だ。
「ここって異世界?」
「そう。わかりにくいかもしれないけど、あなたたちの世界とほぼ同階層の世界なのよ。まあ、人類はあまりいないのだけれど」
どういうことか説明を聞くと、ここではかつて世界大戦が起こり、その結果、大気が毒され、地上では人類は生きられなくなって、地下都市で細々と生きているらしい。
実際、今立っているこの場所も、普通の人間ならすぐさま肺が腐って即死するレベルなんだそうだ。どんな毒だよ。
「まあ、地上で一つの種族が支配者の地位から転げ落ちることなんてザラなのよ。ほら、あれ」
姉さんが指し示す先には、赤茶けた岩の間をチョロチョロと、小さいカエルのような生き物が六つ足で這い回っていた。こんな環境でも適応して生きている生物がいるのか……。
「次はあの種族が地上を支配するかもなのよ」
地球でも約6600万年前、恐竜が絶滅している。その理由は隕石落下説、海面上昇説、下降説、火山噴火説、伝染病説、ポールシフト説、果ては宇宙人襲来説と、いろいろあるようだが、そう言ったこと自体は珍しいことでは無いのだろう。
僕らの世界だって、現実にフレイズに襲われているしな。
「さ、次行くのよ〜」
姉さんが僕の手を取ると、またしてもあのエレベーターの上昇時と下降時の体感を、何倍にもしたような感覚が襲ってくる。うう、気持ち悪っ……。
その感覚がおさまったあと、目の前に広がるのは先ほどの荒野ではなく、爽やかな風が吹く草原であった。空には雲が流れ、遠くには高い山が見える。さっきの世界とは大違いだ。
「今度は普通の世界だね」
「なにを持って普通と言うかはそれぞれ違うのよ。ちなみにこの世界は動物がいない世界なのよ」
「え?」
花恋姉さんの言うとおり、空には鳥一羽、草原には虫一匹も見当たらなかった。完全に植物だけの世界なのか。
でも受粉とか、虫ぐらいいないと大変なんじゃないかと思うんだが。土の中にもミミズとかいてくれた方が助かるんじゃ……。
花恋姉さんが生えていた草の葉を一枚ぷちっと引っこ抜くと、そこからすぐさま同じような葉が再生された。なんだこりゃ……。僕も草を一本引っこ抜いてみたが、そこからすぐに別の草が生えてきて、元どおりの状態になってしまった。わけがわからんな……。
「さ、どんどん回るのよ〜」
「え、もう!?」
その世界の説明も聞けぬまま、驚く僕の手を引いて、姉さんがまたもや転移する。
それから僕らは様々な世界を渡り歩いた。いくつ回ったのかよく覚えていないが、なんとなく【異空間転移】のコツがわかってきたと思う。
【テレポート】と同じく、まず起点になるところを把握し、そこから別の世界を捉える。
確かに世界は螺旋階段のように、少しずつ高さを変えて、階位が上がったり下がったりしているが、自分の立ち位置を決めておけば、そこから何段上の右側なのか左側なのか、何段下の前なのか後なのかを把握できる。
しかも一度行ってしまえば【ゲート】のような感覚で跳ぶこともできるため、迷うことはない。
「それじゃあ、元の世界に戻ってみるのよ。間違えても迎えに行ってあげるから頑張ってみるのよ」
花恋姉さんにそう言われて、目を瞑り、僕らの世界をイメージしてその位置を把握する。たぶんここらへんだと思うんだけれど……。
覚悟を決めて跳んでみる。だいぶ慣れたが、あの嫌な感覚を伴って到着した先は、普通に田舎の街道という感じの場所だった。連なる山々と草原。空は高く、雲が流れている。
道を馬車がガタゴトと通り過ぎて行く。遠くに大きな木が見えた。んん? ここって……。
街道の横に立つ大きな木の根元まで歩いていく。やっぱりここだ。
僕が初めてこの世界へ辿り着いた場所。ここから全てが始まったのだ。
するとここはリフレットの近くか。僕が木に触れて感慨深いものを感じていると、姉さんが同じように転移してきた。
「お城に転移できれば百点だったのに惜しいのよ。でもまあ、世界は合ってるから七十点はあげるのよ」
なかなかに厳しい。苦笑しながら僕は気になっていたことを姉さんに聞いてみた。
「……ちなみにこの【異空間転移】で僕の元いた世界へは行ける?」
「冬夜君のいた世界は少し遠いから今は難しいかもなのよ。でも慣れれば行けなくもないのよ。あまりおすすめはしないけれど……」
ま、そうか。死んだ人間が現れたらいろいろと問題になるよな。姿を消して様子を見ることぐらいが関の山か。いつかは行ってみたいと思うが、今じゃない。
それに僕の世界はもう、ここなんだ。
「この【異空間転移】は他に誰か連れても移動可能?」
「できなくはないのよ。ただ、最初に行った毒の大気が漂う世界とかもあるから、知らない世界へは連れて行かない方がいいのよ」
確かに。僕らみたいな神気でも使わなきゃ、たちまち死んでしまう世界もあるからな。……そういやエンデはそこらへんどうしてるんだろ?
あいつの場合、まずは世界の結界の外から様子をうかがって、それから転移してるのかな。最近、あいつ見ないけど無事なんだろうか。そう簡単に死ぬタマじゃないとは思うが。
「そういえば前に従属神と戦ったときに「精霊界」ってのに跳ばされたけど、あれも異世界?」
「正確に言うとそれぞれの世界に付随した小世界なのよ。冬夜君の世界で言う衛星のような。本体である世界が消滅すれば、その小世界も消えるのよ」
なるほど。精霊たちも道連れってわけか。あれ? ちょっと待てよ?
「表世界の精霊界と、裏世界の精霊界って違うものなの? 世界がひとつになったら混ざっちゃうわけ?」
「離れているならそれもあったりするけど、この場合、隣り合った世界だから、精霊界は同じなのよ。ただ、世界が一つになったとき、世界中の精霊たちがどんな反応を示すのかわからないのよ。下手すれば海面上昇とか大地隆起、異常気象なんかになりかねないのよ」
「……いやいやいや。さらりと言いますけどお姉さん、それ大事なことじゃないですか! 真っ先に教えてよ! なんで黙ってたのさ!」
僕がそこんとこを突っ込むと、花恋姉さんは真顔になって、動きをピタリと止めた。二、三度瞬きをすると、小さく舌を出して、ウインクを放つ。
「……てへっ♪」
「もしもし、あ、世界神様ですか? 仕事もしないでスイーツをつまみ食いばっかりする神様がいるんですけど、配置換えを……」
「うにゃあああああああっ!! 【異空間転移】は教えたのよ! サボってないのよ! たまたま忘れてたのよーっ!」
世界神様に電話するフリをした僕に、花恋姉さんがしがみ付いてくる。まったく……本気で忘れてたな? 危ないところだ。新しい世界が沈没とかになったら目も当てられない。
「で、どうすれば?」
「あー……、精霊たちにあまり驚かないように説得する? っていうか、従わせればいいだけの話なのよ。冬夜君も神の眷属なんだし」
そうか。サンドラで会った砂の精霊もそんなことを言ってたっけな。神の力は精霊にとって絶対的なものだとか。
「まあ、冬夜君はまだ正式な神じゃないから、簡単に従わないのもいるかもしれないけど、それでも従わせることはできるのよ」
「精霊を従わせるって……どうやって?」
「いろんな方法があるのよ。
①説得する。
話し合って自分の下についてもらうのよ。平和的解決。ラブアンドピースなのよ。
②叩きのめす。
どっちが上かその身に教えこませるのよ。力こそ正義。サーチアンドデストロイなのよ。
……以上」
「二つしか無いじゃん! いろいろ無いじゃん! 選択肢狭っ!」
話すか殴るって! なんだその解決法!
「③弱みを握って脅す……」
「えー……」
「まあ、③だと渋々従っているだけなんで、思った通りに動いてくれるか怪しいのよ。言ってみれば、冬夜君は会社に新しく来た社長なのよ。従ってくれる社員もいれば、舐めてそっぽを向く社員もいる。時間があれば一人一人話し合うのもいいのよ。でも時間がないのなら────」
「②ってか……」
サーチアンドデストロイ? いやいや、そんな会社、潰れるから。ブラック企業どころかブラッド企業だから。例えが悪いよ!
「何を今さら。琥珀ちゃんたち神獣も似たような方法で従わせたでしょうに」
いや、まあ。うーん、あれと同じことなのか?
「従ってくれる精霊はそのままで、反抗的な精霊は実力を示せば認めてくれるのよ。大半の精霊は根が単純で素直だから」
本当かー? 嫌われ者になったりしない? 精霊狩りとか言われないだろうな。そんな昔の青春ドラマみたいに、殴ってお互いを理解、みたいなのになるの? 嘘くさい。
「……とりあえず精霊界に行って、話し合ってくればいいのか?」
「まあ、そうなのよ。『今度この世界を管理する予定の者です、いろいろ大変なことになりますが、僕に従って下さい』とでも言えばいいのよ。そしたらおそらく『お願いしまーす』っていう子と、『ふざけんな、認めんぞ!』っていう子に分かれるから。そしたら反抗的な子をデストロイ」
だから殺す気はないから。姉さん、それ言いたいだけだろ。
まあ、精霊は死なないらしいし、放っておけばそのうち復活するそうだから、手加減はいらないのか?
なるべく平和的にいきたいところだけどねえ……。ラブアンドピースな方向で。
ただ、今までの経験上、大概望まない方向に進むからなあ……。
……サーチアンドデストロイ?




