#310 レギンレイヴ、そして流星剣群。
やっと完成した専用機に感慨深いものを感じていた僕だったが、そんな暇はなかったことを思い出す。
空を飛んでコクピットハッチを開けると、新品の匂いがするシートに腰掛け、ハッチを閉めた。目の前のコンソールにスマホをセットする。
低い起動音がして、レギンレイヴの様々な計器類が目覚める。全周囲とまではいかないが、かなり視界の広いモニターが外の様子を映し出した。
操縦桿を握って魔力を流すと、僕の思い通りにレギンレイヴは頭を動かし、視界が変化する。思考同調制御も問題なく動いているな。
上級種相手に生身ではやはり太刀打ちするのは厳しい。だが、レギンレイヴがあれば……。
「よし、じゃあやってみるか。まずは……飛操剣起動!」
『飛操剣、起動しまス』
スマホからの音声とともに、レギンレイヴの折り畳まれた背中の翼が開き、ズラリと並んだ羽根のような晶材の板が外れた。左右合わせて十二枚の長い水晶板が機体の周りに浮かぶ。
「形状変化・球体」
『飛操剣、球体モードに移行しまス』
長い板状だったものが一瞬で球体に変化し、水晶の球となって衛星のようにレギンレイヴの周りを回転し始める。これには【モデリング】の魔法も【プログラム】されている。要は僕の持つブリュンヒルドと同じってことだ。
……よし、問題ない。大丈夫だな。
「いけっ!」
弾丸のように十二個の水晶球が上級変異種へと飛んでいく。複数の触腕を剣状にして斬りかかった上級変異種だったが、水晶球はその触腕をいともたやすく打ち砕き、暗い黄金の本体に炸裂する。
球体となった飛操剣一個一個の大きさは直径一メートル以上はある。加えて【グラビティ】の効果もつけてあるのだ。さすがに「ブリューナク」のドリル弾並の威力はないが、あの触腕程度ならぶち抜ける。
ボクサーに打ち込まれるサンドバックのように、空中に浮かぶ異形の変異種は十二個の水晶球に滅多打ちにされる。ボディがへこみ、事故った車のようにボコボコに歪み始めた。
「形状変化・晶剣」
『飛操剣、晶剣モードに移行しまス』
水晶球が瞬く間に剣の形に変化する。水晶の剣が縦横無尽に飛び回り、触手や触腕を切り刻んだ。
そのまま上級種に半分の六本の剣を尽き立てるが、核までには届いていないようだ。変異種になると透明度がなくなるので、核が見えなくなるのが厄介だな。
「なら!」
全ての飛操剣を呼び戻し、元の板状に戻して、右腕の周囲に円を描くように浮かべる。
「形状変化・突撃槍」
十二枚の水晶板が次々と腕に重なっていき、やがて大きな水晶の突撃槍を形作った。
そのままレギンレイヴは空中へと飛び上がり、上級種へ向けて飛んでいく。リンゼのヘルムヴィーゲとは違い、この機体には変形せずとも飛べる機能がある。【フライ】を扱うように自由自在に飛ぶことが可能なのだ。
「【アクセル】!」
さらに加速魔法で一気に爆発的な突進力を生み出し、突撃槍の一撃を上級種に見舞う。弾丸のようなレギンレイヴの突進力は衰えることなく、黄金の上級種を砕きながら突き進み、大きな風穴を開けた。ひび割れた体がガラガラと崩れる。
崩れた一部、金色の破片の中に、むき出しになった濁った血のような核を見つけた。
「形状変化・晶剣!」
突撃槍が一瞬にして十二本の剣へと再び変化し、誘導弾のように直径三メートルほどもある核に次々と突き刺さった。
大きな亀裂が入り、核が木っ端微塵に砕け散る。次の瞬間、粉砕されていた金属のような上級種のかけらが、どろりと液状に融解していった。
上空から砂漠に広がっていく黄金の金属流体をモニターごしに眺める。
思った以上の出来映えだ。まるで手足のように動かせる。
『お見事。どうだい、レギンレイヴは?』
「なかなかだね。気に入った」
『それは重畳。他の専用機で培ったものをいろいろつぎ込んでいるからね。冬夜君がびっくりするような機能も備えているよ』
「……念のために聞くが、自爆装置とかつけてないだろうな?」
『つけようとも思ったが、やめた。せっかく作ったのにもったいなくてね』
オイ、乗ってる僕はどうでもいいのかよ。僕は任務のために自爆するとか、そんな真似をする気はないぞ。
まあ、なんにしろ上級種は片付いた。あとは残った奴らの掃討戦だな。
残存する敵の表示をモニター端に映し出す。北と東が多いな。姉さんたちは、っと……東に向かっているのか。じゃあ僕は北のやつらを片付けるか。
飛操剣が晶板状に変化し、背中のスタビライザーも兼ねる部分へ次々とドッキングして、元の翼状態へと戻る。
「ユミナたちは残った変異種を頼む。僕は北の集団を片付けてくるよ」
『わかりました。気をつけて下さいね』
「ああ」
レギンレイヴの親指を立ててユミナたちに返事をすると、一気に砂漠の北に集まる集団の元へと空を駆けていく。
北方面ではリーニエ王国とパルーフ王国の騎士達がフレイズたちと戦っていた。
パルーフ王国の騎士達に比べ、リーニエ王国の騎士達の方が、やはり一日の長がある。うまい具合にリーニエがサポートしながら戦っているが、やはり数の多さで押されているようだ。
眼下に、倒れこんだパルーフのフレームギアに、カマキリのような中級種が両鎌の先端から、レーザーを放とうとしているのが見えた。
「状態変化・反射板」
レギンレイヴから切り離された十二枚の晶板が、パルーフの騎士が乗るフレームギアの前に飛んでいき、整列し組み合って大きな壁となった。
中級種から撃ち出されたレーザーは壁に当たると共に、僕の任意の角度で反射され、上空へと消える。相手がフレイズじゃなければ本体に反射するところだが。
レーザーを放ったカマキリ中級種を、手にした晶刀で背後から一刀両断に切り裂く。狙いたがわず核をも真っ二つにし、ガラガラと中級種は砂漠に崩れ去った。
「状態変化・短剣」
再び壁だった水晶板が十二個のパーツに分かれ、ひとつの水晶板がさらに四つに分割される。そのひとつひとつが今度は短剣の形に変形した。十二枚の板が四十八本の短剣に変化したのだ。
四十八の水晶の短剣は、レギンレイヴの周りを放射状に回る。よし、いくぞ!
「【流星剣群】」
四十八の流星が、四方八方に軌跡を描きながら宙を飛び、近くにいたフレイズたちの核を次々と貫いていく。貫いては次の獲物を求めて、流星群のように剣が燦めく。
大多数の飛操剣による全方位・同時攻撃。それが【流星剣群】である。
本来、飛操剣は全ての剣を自分で操る。多少システムのサポートはあるとはいえ、通常なら四本から六本が限界だ。それ以上になると正確さが欠け、最悪、剣同士がぶつかりかねない。
しかしレギンレイヴは【アクセル】の思考加速をも使っている。これにより、四十八本の剣を同時に目標物へ向けて操ることができるのだ。
もちろん気を抜けば外すこともある。最初はスマホのターゲットロックを利用しようと思ったのだが、それだとどうしても、途中で一本だけコースを変えたり、フェイント攻撃をする時など臨機応変に活用できない。
だからけっこう大変なのだが、正直四十八本もいらなかった気がする。それにこれを使用中は本体の操作がおろそかになりがちだしな。ま、状況に応じて本数は減らせばいいか。
下級種は一本で、中級種は複数の剣が結合し、長剣となって核を貫く。
戦場を縦横無尽に流星が飛び交い、気が付くと五百体ほどいた付近のフレイズは全て倒してしまっていた。
「星剣」が全て僕の周りに帰還し、再び衛星のように回り始める。
「ふう……」
うおおおおおおおおおおおおお! という、周りの騎士達から発せられた勝利の歓声を聞きながら、シートに持たれて安堵の息をひとつ吐く。
けっこうしんどいなあ、これ……。
しかしまだこれで終わりじゃない。戦闘はまだ続いている。今度は別のところをサポートしに行かないと……と思ったとき、ガキャンッ! と、なにかが閉じるような音がした。なんだ? 疑問に思っていると、目の前のレギンレイヴの計器類の光がだんだんと弱くなっていく。
キュゥゥゥゥゥゥン……、とトーンダウンするような音と共に、レギンレイヴが降下し始めた。「星剣」が元の晶板に戻り、背中へと収納されていく。
「なんだなんだ!? どうした!?」
『慌てないでいい。稼動限界を超えたんだよ』
「稼動限界ぃ?」
スマホから聞こえてくる博士の声に、思わず変な声で返してしまった。稼動限界ってなんだよ、初耳だぞ!?
砂漠に片膝をつき、動かなくなってしまったレギンレイヴから出るため、手動でハッチを開ける。むわっとした砂漠の熱気がコクピットに入り込んできた。
『レギンレイヴは他の機体と違って、直接君の魔力を吸収して稼動している。しかし、君の全力の魔力量にレギンレイヴの方がまだ耐えられないんだ。ドヴェルグのようになる前に強制的に停止するようになっているのさ。ま、ここらが改良の余地があるところでね』
「えぇー……」
十分くらいしか動いてないぞ。いや、ドヴェルグみたいにエンジンがぶっ飛ぶよりは遙かにいいけど。僕自身が自爆装置とか笑えん。
魔力をセーブして動かせば、ある程度は長持ちするのだろうか?
まあ、残りのフレイズはみんなで倒せるとは思うけど、上級種が出る前に稼動限界がきてたらヤバかったかもしれない。
投入のタイミングを考えないといけない機体だなあ。上級種が出るかもしれないから温存! なんてやってると、出ませんでした! なんてことにもなりかねないし。今回みたいに二体現れるにしても、二体目の出現にタイムラグがあったら面倒なことになるしな。
コンソールからスマホを取り外し、コクピットから出て、レギンレイヴの肩に乗る。照りつける陽射しが相変わらずキツい。
「なんにしろ……お疲れ、レギンレイヴ。これからよろしくな」
相棒になる機体の横顔を眺める。おっと、手すきになったリーニエとパルーフの騎士が乗るフレームギアを、他のところへ回さないといけないな。
僕はとりあえずレギンレイヴを【ストレージ】に収納し、みんなを次の戦場へと送ることにした。




