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#280 「紅猫」首領、そして解呪。



 聖王国アレントの王都、アレンの東地区は比較的あまり裕福ではない庶民たちが暮らすエリアとなっていた。

 「紅猫」副首領のエストさん、ポニテ少女のユニ、ロングウェーブのユーリに連れられて、僕はそのエリアへと足を踏み入れる。

 中央区とは違って、やはりどことなく荒れた町並みと、疲れた人々を見ながら街中を歩いていった。

 やがて僕らは通りから外れ、寂れた裏路地に入る。奥まった角を曲がるとそこは行き止まりだった。

 周りは建物の壁で埋め尽くされ、行き止まりの壁には一メートル四方の大きな空の木箱がいくつか積み上げられている。

 その木箱の裏手に回ると、ちょうど表からは見えない地面に、金属製のマンホールのような蓋があった。


「これは……」

「王都に昔からある地下道への入り口です。こういった場所がこの都にはいくつかあるんですよ」


 蓋を開けてエストさんが地下へと下りていく。僕もそれに続き、ひんやりとした地下への階段をまっすぐに下りていくと、すぐに広めの通路へと出た。


「ちょっとしたダンジョンだな……」


 通路は地下にもかかわらず明るい。十メートル置きぐらいに、何やら光るものが紐で壁面に引っ掛けてあるのだ。

 手に取ると、それは単四電池ほどの円筒形のガラスで、中には何やら液体と石が入っていた。その石がぼんやりと光っているのだ。


「これは?」

「え? 知らないんスか? 魔光石っスよ。街中でもあるでしょ?」

「……王都には今日ついたばかりでね。田舎者なんで」


 これが雑貨屋の店主が言っていた魔光石か。なんでも水と反応し、光を発する鉱石らしい。だからこの鉱石を採掘する時は、雨の降る夜に限るんだそうだ。

 すると、店の看板に使われていたネオンもこれを利用したものか。おそらく細長いあのガラスの中に、細かく砕かれた魔光石が入っているのだろう。そこに水を通せばネオンサインとなって光るというわけだ。

 これは表世界あっちにはない鉱石だな……。

 ユニの訝しげな視線を受けながら、エストさんの先導で通路を歩いていく。

 通路の曲がり角でエストさんは立ち止まると、手にしていた小刀の柄で、壁をカツカツ叩き始めた。なにかリズムをとっているような……と思っていると、壁の一部が横開きの扉のようにスライドし、新たな通路が現れた。隠し扉か。

 新たな通路に踏み込むと、裏にいた二人の男が扉を再び閉めてしまう。ははあ、さっきの音が合図で、それによって開閉しているのか。用心深いことだ。

 新たな通路を進んでいくと、やがて通路のくぼみなどに座り込む赤いバンダナをした男たちがちらほらと見え出した。

 男たちはこちらに視線を向けると、皆立ち上がって黙礼を返し、またその場に座り込んだ。おそらく「紅猫」の構成員だろう。休憩中なんだろうか。

 そのまま通路をまっすぐ進むと、重そうな鉄の扉があり、その前に、赤い鎧武者が立っていた。身長は二メートル以上ある。

 でかい人……いや、あれは人間じゃない。ゴレムだ。日本の鎧武者のようなフォルムをしているが、関節や鎧の隙間が機械的だし、何より目が光っている。

 頭からは太い二本の角が左右からにょっきりと伸びていて、戦国武将の黒田長政が福島正則へ贈ったとされる、大水牛兜のようだ。


「副首領のゴレム、「アカガネ」っス」


 僕に向けてそっとユニがつぶやいてくる。名前まで日本風かよ。やっぱり裏世界こっちにもイーシェンみたいな国があるのかもしれない。

 赤い鎧武者ゴレム「アカガネ」は、重そうな扉を開き、中へと僕らを導く。全員が中へと入ると再び扉がしまった。あのゴレムはここの門番役なんだろう。

 扉の中は乱雑な物が散らかった広い部屋で、天井には蛍光灯のようなものが光っている。あれも魔光石が使われているんだろうなあ。壁面にはいくつかパイプが取り付けてあり、生活水も引いてあるようだった。

 部屋の真ん中に置かれた机の上には、ヘッドホンがつなげてある通信機器のようなものや、どこかの屋敷の見取り図といったものが散乱していた。写真らしきものまである。この世界には写真があるのか。驚いたな。この部屋は作戦司令室といったところだろうか。

 それよりも目を引いたのはその机の前で、大きめの椅子にだらしなく座り、顔を天井へ向けて、大イビキをかいて寝ている少女である。


「誰あれ?」

「……うちの首領、ニア様ですぅ」


 困ったような顔をしてロングウェーブのユーリが答えてくれた。

 首領って……あれがこの義賊団のトップってことか? えー?


 イビキをかき続ける首領ニアの元へ、副首領エストがスタスタと歩いていくと、小気味良い音と共に、首領の頭をひっぱたいた。


「ふぶおっ!?」


 バターンッ! と椅子ごと後ろにひっくり返った首領ニアが、寝ぼけ眼でエストさんを見上げる。

 真っ赤な長い髪をツインテールにした、僕と同年代の少女だ。赤いジャケットとショートパンツを着込み、動きやすいラフな格好をしている。


「何すんだこら! ……って、エストか」

「だらしない顔で寝てるんじゃありません。乙女にあるまじき姿でしたよ、ニア」

「別にいーだろー? 誰が見てるわけでも……」


 口を尖らせてそう反論しようとしたニアの目が僕を見て止まる。


「誰だ? こいつ?」

「博士の呪いを解けるかもしれない方ですよ。街で見かけてお連れしました。望月冬夜さんです」

「本当か!?」


 ガタンッと椅子を蹴とばしてニアが立ち上がる。


「お前が本当に治せるのか? なんか頼りねー感じだけど……」

「見てみないことにはわからないけどね」


 頼りなくて悪かったな。疑わしそうな目で睨んでくるニアに軽くおどけてみせる。

 まあ、見てみないことにはわからないのは確かだし。


「まあいいや。とにかく博士を診てくれ。言っとくが、おかしな真似しやがるとタダじゃ、あいた!?」


 まるで不良ヤンキーのような睨みを僕に効かせてきたツインテールの頭頂部に、キレのあるチョップがかまされた。


「立場がわかってるんですか、あなたは。こちらは無理言って彼に頼んでいるんですよ? 考え無しに行動するのはやめなさいといつも言っているでしょう?」

「あいたッ! あいたッ! わかっ、わかった! わかったって! やめっ、」


 ズビシッ、ズビシッ、と遠慮ない副首領エストのチョップが連続で放たれる。すでに赤毛のツインテールは涙目だ。なんとなくこの二人の力関係がわかった気がした。


「とにかくまずは診てもらいましょう。こちらへ」


 司令室の奥にあった扉を開き、細い通路を抜けると、そこにはまた鉄の扉があった。ユニとユーリは司令室の部屋に残ったので、僕とニア、エストさんの三人がその部屋の中へと入る。

 中は12畳ほどの部屋で、壁際に据え付けられたベッドには誰かが横たわっていた。

 そしてその下には一匹の犬……いや狼か? が、部屋に入ってきた僕らを見つめている。


『ニア殿、エスト殿、そちらの方はどなたかな?』

「喋った!?」


 よく通るバリトンの男の声で狼が喋った。召喚獣か!?


「こちらは望月冬夜さんです。博士の呪いを解けるかもしれない方ですよ。冬夜さん、こちらはフェンリル。博士……呪いを受けている方のゴレムです」

「ゴレム!?」


 エストさんの紹介に驚く。この狼、ゴレムなのか? 見た目には全く本物の狼にしか見えないんだが……。っていうか、喋るゴレムもいるのか!


『そうか! それはありがたい。マスターが目覚めてくれぬことには、旅に出ることもできんのでな』


 嬉しそうに尻尾を振る狼型ゴレム。そんなところまで本物そっくりだ。


「……まあ、とにかく診てみるか」


 狼型のゴレムの方も気になるが、ベッドに横たわる女性を確認する。年齢は20代前半くらいか。ボサボサの長そうな銀髪が布団の中まで入っている。ベッド横のサイドテーブルには分厚い丸メガネが置いてあった。この人のだろうか。博士というくらいだから、なにか偉い人かもしれないな。

 魔力の流れは普通だな。精神錯乱とかその類じゃないらしい。


「呪いの魔道具アーティファクトで昏睡状態になったんだよな?」

『ああ、そうだ。貴族が持っていた宝石箱に仕掛けられていたのである。開くと呪われるようになっていたらしい』


 僕の質問にフェンリルが答える。


「その宝石箱ってあるかな?」

「ありますよ。これです」


 サイドテーブルの引き出しをエストさんが開き、見事な装飾が施された宝石箱を取り出す。一応、安全のためか開かないように紐でぐるぐる巻きにされていた。

 それをテーブルの上に置いてもらって、分析魔法を使用する。


解析アナライズ


 ふ……ん、「昏睡」の呪いが付与されているな。単純な呪いでよかったけど、こっちの世界じゃ回復手段も限られてくるって考えると厄介なんだろうな。呪いとしては死ぬまで眠り続けるわけだし。

 閉じた状態で魔力を流し、キーワードを唱えると呪いがセットされるのか。典型的な盗難防止用の呪いだな。鍵の代わりが呪いってわけだ。持っていた貴族がセットしたんだと思うが……。ま、これなら「リカバリー」で解除できる。


「大丈夫。これなら解呪できる」

「本当か!?」


 食いついてくるニアを尻目に、魔力をベッドで眠る女性へと集中させる。


「リカバリー」


 柔らかな光が女性を包み込むと、やがてゆっくりと消えていく。これで呪いは解けたはずだが……。


「う……」

『マスター! 我輩だ、わかるか?』

「うう? フェンリル? ごめん、あと五分……」

『寝ぼけるでない!』

「ぐふうっ!?」


 また寝ようとした女性に、フェンリルが布団の上からジャンピングボディプレスをかました。どうでもいいけど、ゴレムの重さってどうなってるんだろうか。ベッドからギシィッ! とかなり重い負荷がかかった音がしたが。あれが鉄の塊だとしたら骨が折れるんじゃ……。


「おお! やるじゃんか、お前!」


 そう言ってニアがバンバンと背中を叩いてくる。痛いっつうの。こいつ、ベルファストのレオン将軍と同じタイプか。さては脳筋だな?

 目覚めた博士(エルカ・パトラクシェと言うらしいが)が着替えると言うので、僕らは司令室へと戻った。

 エルカ博士が目覚めたと聞くと、待ち構えていたユニとユーリもほっと胸を撫で下ろしたようだった。


「この度は本当にありがとうございました。それでお礼なのですが、いかほどになるでしょう?」

「うーん……。解呪でお礼をもらったことは……ああ、オルトリンデ公爵とかベルファストの王様とか、けっこうもらってるか」

「ベルファスト?」

「ああ、いや、なんでもない」


 エストさんに曖昧に答える。まあ、正確にはあのときは呪いじゃなかったけど。

 確か公爵のときはお金と身分を保証するメダル、王様のときはお金と屋敷だったな。

 なにを貰うにしてもなー、盗賊団から貰うってのは抵抗がある。


「まあ、今のところはなにも……。今度会うときまでなにか考えておきますよ」

「だけど我々は、もうしばらくしたらここから次の目的地に移るっスよ?」

「え? そうなの?」

「おう。もともとここはあたしのゴレム修復に便利なんで、拠点を作っただけだしな。本当の拠点は都の北にある山の中にあんだよ。そろそろそこも騎士団連中にバレそうだから逃げないといけないんだけどな」


 まあ、義賊だろうがなんだろうが、犯罪集団には違いないしな。捕まったらヤバいか。っていうか、ニアも自分のゴレムを持ってるのか。


「エルカ博士は一流のゴレム技師なんだよ。今はあたしのゴレムを直してもらってる。世界広しといえど、「王冠クラウン」を修復できるのは「再生女王レストアクィーン」の博士か「教授プロフェッサー」ぐらいだしな。それでも博士に言わせると一部分しか直せないみたいらしいが」


 「王冠」とかよくわからんが、首領ニアのゴレムが壊れて、その修復をエルカ技師に頼んだらしい。その修復に必要な素材を集めている最中、あの宝石箱の呪いに見舞われ、昏睡に陥ったとそういうわけか。


「まあ、僕は検索魔法も使えるんで、会おうと思えば会えますから大丈夫ですよ」

「……それはどんな物でも探せるのですか?」

「僕が知っている物や人なら。だからエストさんのお母さんを探せと言われても無理です。写真があるなら別ですけど」


 とはいえ、今現在はマップ入力が終わってないので範囲が限られる。今はこの都周辺がせいぜいだ。鳥の召喚獣を数万羽も呼び出せば、数日で入力は終わると思うが。


「お前、いろいろできて便利そうだなー。「紅猫うち」に入らねーか?」

「断る」

「なんだよー。いいじゃんかよー。あ、あたしにも魔法教えろよ。こうドババーンッ! と敵を吹っ飛ばせるやつ!」


 ニアが僕の腕をブンブン振ってそんなことを言ってくる。んもー、こいつウザい。


「魔法はそれぞれの属性に適性がないと覚えられないんだよ。だからなにをやっても全く覚えられない人もいるんだ」

「じゃあ、その適性ってのがあたしにあるか試してみろ。無いなら諦めるからさ」

「また今度な」


 この世界であまり発展してない魔法を、義賊とはいえアウトローの集団に教えてもいいもんかどうかわかんないし。


「えー、なんだよー、ケチんなよー! 魔法教えろー! 魔法ー! 別に減るもんじゃ、あいたッ!?」


 グイグイと僕の腕を引っ張っていた馬鹿ニアの脳天に、ズビシッ! と、エストさんのチョップが再びかまされる。


「学習能力がないのですか、あなたは? 立場を考えて行動しろと言ってるでしょう。そんな風に後先考えずに行動するから、「ルージュ」を修理する羽目になるんです」

「魔法を覚えられれば、更にあたしは強くなるだろー? そしたら今度はこんなヘマはしねえ。だから冬夜、魔法を教えろ!」


 ニアが再び僕の腕を引き、エストさんがチョップを構えたところに、後ろの扉が開く音がした。


「面白そうな話をしてるわね、私も興味あるわ」


 声に振り向くとそこには狼型のゴレム、フェンリルと、呪いから解き放たれたエルカ技師がいた。のだが。

 ボサボサの長い銀髪にヨレヨレの白衣、おまけに牛乳瓶の底みたいに分厚いメガネと、残念すぎる姿だった。素材は悪くないと思うんだが、もっと身だしなみに気をつかった方がいいような。


「あらためて自己紹介するわね。エルカ・パトラクシェよ。ゴレム技師をしているわ。助けてくれてありがとう」

「望月冬夜です。お気になさらず」


 エルカ技師が頭を下げる。正直興味本位と流されただけなので、大したことじゃない。


「いやー、博士が治ってよかった。これでルージュも直るよな?」

「だから、考えて話せと……。博士をついでみたいに言うのはやめなさい」

「あいてっ!?」


 またエストさんのチョップが炸裂する。何回叩かれてんだ、こいつは。

 二人のやりとりを見ていたエルカ技師が口を開く。


「まだ材料が少し足りないけどね。中でも神金オリハルコンを手に入れるのは大変よ。この国の王なら持っているでしょうけど……」

「この国の王が暴君なら遠慮なく奪うんですがね」

「なんだよー。またどこにあるか情報集めかー?」


 ニアが司令室の机にバタッと突っ伏す。


「オリハルコンならあるけど」


 なにげなく口にした僕の言葉に突っ伏したニアが跳ね起きて僕を凝視する。


神金オリハルコン……持ってるのか?」

「持ってるよ。ほら」


 「ストレージ」を開き、オリハルコンのインゴットを取り出して、机の上に置いた。エルカ技師がそれを手に取り、ポケットから取り出した棒のようなものをあててなにやら調べている。あれってサンチョさんも使っていたな。鉱石の成分を調べる魔道具か?


「本物だわ。こんな純度の高い神金オリハルコン初めて見た。……ひょっとして金剛鉄アダマンタイト緋緋色金ヒヒイロカネも持ってる?」

「どっちかっていうと、そっちの方が少ないなあ。まあ、あるけど」


 同じように「ストレージ」からアダマンタイトやヒヒイロカネのインゴットを取り出す。同じようにエルカ技師が調べて本物だと断定した。


「冬夜さん、失礼ですがこれを売ってはいただけないでしょうか。きちんと適正な価格で代金は払いますので」

「構いませんよ。このくらいの量なら大したことはないんで」

「お前、どっかの金持ち貴族の息子か……?」


 いいえ、王様です。とも言えず、曖昧に笑って誤魔化す。


「なんにしろこれで「ルージュ」の修復ができるわ。一日もあれば────」

「た、大変です!」


 突然、鎧武者のゴレム、アカガネが開いた扉から、一人の男が転がり込んでくる。赤いバンダナを頭に巻いた若い男だが、呼吸が荒く、汗だくになっていた。ここまで全力で走ってきたのだろうか。


「北の山の隠れ家が襲われます! 騎士団の奴らが大勢で向かっていて……!」

「なんだと!?」

「向こうにも伝令を走らせましたが、逃げ切れるか……」


 立ち上がったニアが表情を変える。さっき言ってた本拠地がバレたのか。


「くっ、ルージュは使えねえし……アカガネだけでもあっちに残しとくべきだった……。どうする、エスト?」

「今から戻っても間に合うかどうか……。彼らを見捨ててここから逃げるというのが最善の手ですが……」

「そんなことできるか! 「紅猫」は仲間を見捨てたりしねえ!」


 ダンッ! とニアが机を叩く。仲間思いなんだな。それくらいじゃないと首領は務まらないか。


「手を貸そうか?」

「あ!?」


 睨むなよ。気が立ってるのはわかるけれども。


「マップ表示。王都アレン周辺」

『表示しまス』

「うおっ!?」

 

 空中に投影されたこの都周辺の地図を見て、ニアたちが驚きの声を漏らす。

 んー、やっぱり「フライ」で飛んできたときの視覚範囲しか表示されないな。表世界あっちのときは、神様がマップ入力してくれてたしなあ。図々しくまた頼むわけにもいかないし、仕方ないか。


「僕は一度行った場所へ一瞬で行ける転移魔法を使えます。この都は初めてなんで、この地図に表示されている場所にしか行けませんが」

「転移魔法……! と言うことはこの地図上なら一瞬にして転移できるということですか? それは何人くらい送れますか?」

「多分何人でも大丈夫じゃないかな。百人以上一気に転移したこともあるし」

「ユニ! 今すぐここにいる全員を外の通路に集めなさい! 戦闘準備を!」

「りっ、了解っス!」


 ユニが副首領エストさんの声に反応し、慌てて扉から外の通路へ駆け出して行く。


「お前本当になんでもできるんだな……。擬人型の「王冠」じゃないのか?」

「「王冠」?」

「クラウンシリーズと呼ばれるゴレムよ。ズバ抜けた特殊能力を持つ古代機体レガシィのこと。この世界で最高峰のゴレムのひとつね」


 エルカ技師が説明してくれる。そんなゴレムまでいるのか。感心しているとエストさんがその後を継いだ。


「実はニアのゴレム「ブラッド・ルージュ」も「王冠」なのですが、同じ「王冠」と戦って、今は動かせないのです」

「不意打ちしてきやがってな……。「紫」の野郎、今度会ったらタダじゃおかねー」


 よくわからんが、内輪の揉め事なんだろうか。

 ちょっとその「王冠」とやらを見てみたいが、そんな状況でもないしな。


「副首領、全員揃ったっス!」


 扉からユニが顔を覗かせて叫ぶ。それに応えて、エストさんも通路へ向かい、そこに二列に並んだ団員たちに向かって命令を下す。


「第一部隊はここで待機! 第二部隊は我々とともに砦へ救援に向かう! なお、転移魔法にて直接現地へと移動するので、すぐに戦闘ができるようにしておけ!」

『はっ!!』


 通路から司令室へ戻り、エストさんは投影された地図をじっと眺めると、その中の一点を指し示した。


「この北の山のこの位置へ転移できますか?」

「できますよ。行くのはあっちにいる団員と、ここにいる全員ですか?」


 さっきの話だと第二部隊とやらと、ここにいる首領ニア副首領エスト、ユーリ、ユニ、それにエルカ技師と、ゴレムのフェンリルとアカガネか?


「いえ、博士とフェンリルにはここに残ってもらいます。本当はニアにも残ってもらいたいところなんですが……」

「ぜってー行く」


 鼻息荒く拳を握りしめるニア。


「ルージュのいない貴女が役に立つとも思えないのですが」

「酷っ!? 役に立つよ!? ルージュいなくてもそこそこ強いし、あたし!」


 そこそこかい。微妙なところだな。まあ、危なくなったら手助けしてもいいんだが、確実に僕も盗賊の仲間と思われるよなあ。

 裏世界こっちでお尋ね者になるってのもな。表世界あっちへ逃げちゃえばいいとはいえ、さすがにそれは。わからないようにやるしかないか。

 とはいえ、悪人でもない相手を倒すわけにもいかないし、騎士団をうまくやり過ごして、包囲されてる「紅猫」の団員を脱出させることができれば……って、あれ?


「マーカー表示。騎士団員を青。義賊団員を赤」

『表示しまス』

「うおっ、なんだ、この点?」


 森の中の本拠地付近に現れた赤と青のマーカーにニアが驚く。赤く固まった点を、青い点の群れがじわじわと包囲している。


「青いのが騎士団員、赤いのが「紅猫」の団員だよ。まだ戦闘は始まっていないみたいだ。全員砦に固まっているみたいだし、これならいけるか……?」

「どういうことです?」


 尋ねてきたエストさんに一応確認する。


「団員さえ無事ならこの砦は放棄してもいいんですかね? どのみち近々逃げ出す予定だったんでしょ?」

「え? ええ、いろいろと知られるとまずい物もあるんですが、それほどこだわりません。一体なにをする気です?」

「ここへ乗り込んで、団員のみんなをこっちに直接転移させましょう。そのあとこの砦を爆破してしまえばいいんじゃないかと」


 その方が戦わないで済むし、楽にカタがつく。なんで先にそれを思いつかなかったのか。戦うのを前提する癖がついてるのかなあ。このところ力押しばっかりだったし……。


「そんなことができるんですか?」

「楽勝。ただ、誰かはついてきてほしいけど。僕の言葉に従うとは思えないんで」

「あたしがいくぜ!」


 真っ先にニアが手を上げる。首領なら申し分ないけど、いいのかね?

 ちら、とエストさんを見ると、長く深いため息をついて、傍らにいた自分のゴレム、アカガネに命じた。


「アカガネ。ニアについて行きなさい。彼女の身辺警護を命じます」


 ギギ、と首を縦に振る赤の鎧武者。フェンリルと違ってこのゴレムは喋れないのか。それとも無口なだけか? 喋れないのが普通なのかもしれないが。

 ま、いいや。そうと決まれば急いだ方がいい。戦闘が始まってしまうと面倒だからな。


「ゲート」


 司令室の中で「ゲート」を開き、ポカンとしているニアをよそに、安全確認のためか、先にアカガネがゲートをくぐった。遅れじとニアも光の扉に飛び込む。


「じゃあいってきます。すぐに助けますんで」

「よろしくお願いします」


 頭を下げるエストさんに見送られながら転移すると、そこは森の中。

 周りにはキョロキョロしているニアと、周囲を警戒しているアカガネがいる。


「それで? 砦ってのはどっちの方角だ?」

「あ、ああ。こっちだ」


 ニアに先導されながら森の中を走る。しばらく進むとニアは山の中腹を指差した。


「ほら、この位置からなら見えるだろ。あそこだ」

「え?」


 ニアの指差す先には山の木々しか見えない。「ロングセンス」で視覚を飛ばすと、確かに木々に紛れて、ログハウスというか、丸太で組まれたような砦が見えた。ああ、カモフラージュしているのか。パッと見、わからないな。

 っていうか、この距離じゃ見えないぞ、普通。


「よし、正確な場所がわかれば一気に跳べる。行くぞ」

「あ?」

「テレポート」


 ニアとアカガネの腕に触れ、一気にログハウスのような丸太と板で作られた砦の部屋の中へと瞬間移動する。

 突然現れた僕らに周りにいた男たちが武器に手をやるが、見知った相手と気付き、警戒を解く。


「お頭!? ど、どうやってここに!?」

「お、おー。みんな無事か?」


 いきなり変化した周囲に驚きながらも、ニアが周りの団員たちに声をかける。その声を聞き、砦に残っていた団員たちが次々とニアの周りにやってきた。


「すぐにみんなを集めろ。全員だ。ここから脱出するぞ。この砦は放棄する」


 首領ニアの命令で、僕が再び開いた「ゲート」へと、次々に砦の団員が飛び込んでいく。

 ニアとアカガネを残し、全員が王都地下の隠れ家へと転移した。一応マップ確認をすると、僕ら以外残された者はいないようだ。青い点がこちらへ向けて動き始めている。


「おっと。騎士団が動き出したな。巻き込まないように早めにここを爆破するか。ニアたちはエストさんのところへ戻ってくれ。ここでお別れだ」

「お別れって、どういうことだよ?」

「僕もいろいろやらないといけないことがあるんだよ。明日には帰らないといけないし。次に来た時に今回のお礼をもらうからよろしく頼む」


 なにか力を貸してもらうことがあるかもしれないしな。「紅猫」はこっちじゃ有名らしいし、恩を売っておいて損することはあるまい。


「……わかった。ありがとな、助かったぜ。次に会う時はあたしのゴレムを見せてやるよ。すっごくかっこいいんだぜ」

「それは楽しみだ。じゃあ僕のフレームギアも見せてやるよ。人が乗り込んで操る、巨大ゴレムをな」

「ははっ、なんだそれ」


 冗談だと思ったのかニアが笑う。「ストレージ」に入れてくれば、こっちの世界へ持ち込めるだろ。見られたら大騒ぎになりそうだが。


「じゃあな。今度は魔法教えろよ。また会おうな、冬夜」

「ああ、またな。みんなによろしく」


 ニアとアカガネが「ゲート」をくぐり、転移していく。さて、仕上げといくか。もったいない気もするけどなあ。

 僕は「インビジブル」で姿を消し、「フライ」で空に飛び上がった。眼下に無人となった砦を捉えて、派手な爆発の魔法を放つ。


「炎よ爆ぜよ、煉獄の爆炎、メガエクスプロージョン」


 轟音と共に大爆発が起こり、砦が木っ端微塵に吹き飛ぶ。砦だけじゃなく山の一部も吹っ飛んだな。やりすぎたか?

 取り囲んだ騎士団が騒がしくなり、吹っ飛んだ砦跡地へと群がっていく。ま、死体がないのですぐに全員逃げたとバレるだろうけど。




 だいぶ寄り道をしてしまったな。だけど、それなりに収穫はあった。

 パレリウス翁の残したノートに書かれていたロボットのようなモノ。間違いない。あれはゴレムだ。

 この世界で生まれたゴレムが、なんらかの方法で世界を渡り、向こうの……僕らの世界へと辿り着いた。そこでパレリウス翁と出会ったんだ。ひょっとしたら、世界を渡るヒントをなにかしら教えてもらったのかもしれない。

 喋るゴレムがいるんだ、あり得ないことじゃない。やはりそのゴレムが世界の結界を修復したのだろうか。

 古代機体レガシィと呼ばれるゴレムには魔法のような特殊な能力があるという。加えて「王冠」と呼ばれるタイプは、さらにスバ抜けた異能を持つらしい。

 もしもその「王冠」が5000年前、僕らの世界へやって来て、世界の結界を修復したとするなら……。


「まだまだ仮定の仮定でしかないけどな」


 日が暮れる。とりあえず、朝までやれることをやっておくか。

 吹っ飛んだ砦から離れた森の中に降り立ち、「インビジブル」を解除する。

 召喚陣を開き、契約している鳥たちを数万羽呼び出して空へと放つ。マップ補強のためでもあるが、どこか人が寄り付かない、適当な場所を探すためでもある。

 裏世界こちらに次元門を設置できる場所を見つけないとな。朝までじゃ大して探索範囲は広がらないと思うが。

 パレリウス島のような結界を施してしまえば、別にこの森でもいいのかもしれない。だけどなにか疑問に思った人間に調べられるとも限らないし。やっぱり街の近くじゃなく、人外魔境な場所の方が安全だと思う。

 鳥を放ってから、しばらく「フライ」でどこに行くでもなく飛んでいると、やがて夜の帳が下りてきて、すっかり辺りが暗くなった。

 月のない夜だけど、それなりに視界は開けている。これも神化の影響かね。

 と、視界の向こうに街の光が見えた。見えたというか……見えすぎる?


「なんだありゃ……」


 ギンギラギンに輝くネオンが放つ光の渦。どこもかしこも光り輝いていて、目が痛いほどだ。いったいどこの遊園地かと見紛うほどの派手なその都を眼下に見やる。


「カジ、ノ……カジノか。道理で」


 デカデカと看板に書かれていた文字に納得する。つまりはカジノの都なわけだな。

 さて、どうするか。僕はギャンブルの経験はない。未成年なんだから当たり前だけど。異世界では別にそんな法はないんだけど、単にやる機会がなかったというか。

 興味がないわけじゃない。っていうか興味はすごくある。

 資金はそれなりにあるし……何事も経験か?


「よし、いっちょやってみるか!」


 僕は期待に胸を膨らませ、カジノの都に勇んで足を踏み入れた。





「……ギャンブルって怖いな……」


 朝までいろんなゲームをしたが、結局、すっからかんになってしまった。

 そりゃ魔法を使えばなんとでもなったけど、さすがにあの場でズルをする気にはなれなかった。結果、このザマである。

 どうやら僕にギャンブルの才能はないらしい。


「一時は勝ってたんだけどなあ……」


 負けを取り返すために大きく賭けて、さらに負けが広がるという連鎖が止まらなかった。

 はあ、とため息が漏れる。


「とりあえず、神界を経由して帰ろうか……。神様にお土産も渡さないとな」


 僕は元の世界へ帰るため、神界へと「ゲート」を開いた。


 







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