#279 王都アレン、そしてゴレム。
聖王国アレントの城下町前までやって来て、ちょっと困ったことになった。どうやら都へ入るためには身分証か、一定額のお金が必要なようなのだ。門の前に人が並んでいる。
それ自体は珍しいことでもないし、驚くようなことではないのだが、こちらの世界で僕のギルドカードは使えないだろう。もちろんこちらの世界のお金も持ってない。
少し考えてしまったが、自分の馬鹿さ加減に思わず笑ってしまった。なんてことはない、素通りすればいいんじゃないか。「インビジブル」で見えてないんだし。
門番の横をするりと抜けて、都へと足を踏み入れる。そもそも初めから都の中に降りればよかっただけの話で。
通りから離れた路地裏で、人目がないことを確認し、「インビジブル」を解く。
魔法を解除してからあらためて通りへと出て行くと、人の賑わいが肌で感じられた。建物や通りは煉瓦造りや石畳で、僕らの世界とは大差ないように思える。所々に街灯のような物も立っていた。人々の服装もそんなに変わらないし、強いて言えば、あまり冒険者風の人を見ないくらいか?
いや、ちょっとまて。あの店の看板ってネオンか? 文字の形に細長い管のようなものが取り付けられている。夜じゃないので光ってはいないが……。電気で光るんだろうか。それとも魔力か?
「やっぱり細かいところで違うんだな……」
お上りさん丸出しでキョロキョロと歩いていると、目の前の交差路をガチャンガチャンと、商人風の男がダチョウのような機械にまたがって、横切って行った。なんだありゃ!?
正確にはダチョウの首から下、足だけの物に、荷台をつけたようなものだった。
ポカンとしていると、今度は向こうから足の先に八つの車輪をつけた蜘蛛のような機械が地面を滑るように走ってくる。その背中には馬車のようなシートが取り付けられており、金持ちそうな男女が笑い合いながら話していた。
僕は目線だけでそれを見送り、あまりのカルチャーショックに少し目眩がした。ちょっと気分を落ち着けるためにどこか喫茶店にでも入りたいが、お金がない。
まずはそこからか。
文字は読めるので、とりあえず雑貨屋らしき店へ入る。何かを売ってお金にしよう。
「へい、らっしゃい」
通りに面していたその店は「クローンズ雑貨店」という個人経営店のようだった。
それほど広くない店内に、いろんな雑貨が置いてある。針や糸、ハサミや敷布など、見ればすぐわかる物から、ガラスのような物の中になにか液体と鉱物が入ったよくわからないものもある。
「なにかお探しで?」
キョロキョロと商品を見ていた僕に、主人が話しかけてくる。怪しい奴と思われたかな。
カウンターに座る店主は30代ほどの赤毛の髭を生やした男性だった。
「いや、実はお金が必要でして、ここで何か買い取ってもらえないかと思ったのですが……」
「買い取りかい? ルクーシの糸や、魔光石なら高く買い取るよ」
どっちも知らん。が、魔光「石」ってことは鉱石なんだろう。鉱石が売れるなら金や銀が売れるかもしれない。
「金や銀も買い取ってもらえますか?」
「金や銀? そいつはダメだ。ウチじゃ査定は難しいし、どうしても安く買い叩くことになっちまう。お客さんが損することになるよ? 貴金属店へ行った方がいい」
ずいぶんと親切な店主だな。しかし貴金属店なら買い取ってもらえるのか。これでお金はなんとかなりそうだ。おっと、そうそう。サンチョさんのことを聞いておくか。
「この都にペドロ・サンチョって商人がいるはずなんですが、わかりますか?」
「なんだ、あんたサンチョの旦那の知り合いかい? 旦那の店ならこの前の通りを北へ真っ直ぐいったところにあるよ。「サンチョ商会」でなら、金や銀も適正価格で買い取ってくれるだろうさ」
意外と(と言ったら失礼だが)サンチョさんはこの都ではそれなりに知られた商人らしい。
店主にお礼と別れを告げて、通りを北へと歩き出す。
その間も機械の鎧騎士と言った感じのロボットが、冒険者風の男の後ろを付き従って歩いているのを目撃する。
住民たちはそれに目をやることはあっても取り立てて騒ぐことはしない。どうやらこういった光景は、この世界では日常茶飯事のようだ。
不思議なのはあんなロボットがいる割に、科学技術はそこまで進んでいるようには見えないことだ。普通の馬車も走っているしな。
なんとなくちぐはぐな印象を受ける。別の異世界だからだろうか。そんなことを考えながら通りを北へ歩いていくと、目立つ看板が見えてきた。
「お、「サンチョ商会」ここか」
先ほどの雑貨屋の三倍はありそうな店構え。高級そうな煉瓦造りのその店の横には駐車場のようなスペースがあって、そこにあのカニバスが停まっていた。間違いない。ここがサンチョさんの店なんだろう。
三段ばかりの階段を登り、お洒落な装飾をされたドアを開ける。ドアベルがちりりんと鳴り、店内にいた20代後半のエプロンをした女性がこちらに目を向けて来た。
「いらっしゃいませ。……あら? あらあらあら! あなたはいつぞやの!」
「へ?」
僕の顔を見るなり、栗色の髪を大きな髪留めでアップにまとめたその女性が笑顔で近づいてきた。そして僕の前で軽く頭を下げる。
「その節はお世話になりました」
「えーっと……?」
「あ、覚えていませんよね。主人しか話してなかったし。私はペドロの妻でモナっていいます。あの時、ゴレム馬車の中にいたんですよ?」
「ゴレム?」
「ほら、表に停まっている、あの」
モナさんが指を指す先には、店内からのガラスを通して横付けされたカニバスが見えた。どうやら店内からガレージのようなあそこに行けるようになっているようだ。
って言うか、ゴレムっていうのか、あれ。ゴーレムじゃなくて?
「いま主人を呼んできますね」
「あ、すいません」
パタパタとモナさんは奥にある階段の方へと走って行った。
僕は他の客や店員さんの邪魔にならないように、店内のガレージが見える方へと移動した。
店内にはいろんな商品が置いてある。雑貨屋ではあるが、先程の店とは違い、置いてある物はどこか高そうだ。あまり商品に触れないようにしながら、ガラス窓の先にあるゴレムと呼ばれた機械のカニをなにげに見やる。
「操縦席のような物はあるけど、ハンドルやレバーのような物はないな。自動操縦なのか?」
一応、スマホのカメラで撮影しながら考察する。これが乗り物ならどこかで売っているんだろうか。売っているのなら、買って帰れば博士あたり喜びそうだけど。かなり高そうな気はするが。
「やあ、よくいらっしゃいました、トーヤさん! またお会いできて嬉しいです!」
「ああ、サンチョさん。こんにちは」
声をかけられて振り返ると、そこには人の良さそうな恵比寿顔のサンチョさんが立っていた。体型も恵比寿様のような感じだが。
差し出された手を握り、再会を喜ぶのもそこそこに、僕はこの店に来た理由を話しだした。
「実はお金に困ってまして。ここで金や銀を買い取ってもらえると聞いたものですから」
「買い取りですか? 構いませんよ。とりあえず現物を見せていただけますか?」
僕が「ストレージ」から金のインゴットをひとつ取り出すと、サンチョさんが目を丸くしていた。
「あの……なにか?」
「いや、魔獣を倒したお手並みを拝見して、只者ではないとは思ってはおりましたが……かなり魔法に精通したお方のようで……驚きました」
んん? この世界では魔法がそれほど広まってはいないのか?
「カードも使わず収納魔法を使うとは……」
「カード?」
「これですよ。知りませんか? 「ストレージカード」。よほど遠くから飛ばされて来たんですね」
サンチョさんは懐から一枚のカードを取り出すと、カウンターの上で軽く振った。するとカードから数枚の銀貨が落ちてくる。おお? ひょっとして収納魔法が付与されたカードなのか?
「私たち商人には必需品のアイテムですよ。「コモン」「アンコモン」「レア」「レジェンド」とあって、それぞれ収納量が違います。これはアンコモンのカードですね」
「へえ……初めて見ました」
サンチョさんの持つカードを眺める。なるほど、これなら僕にも作れそうだ。いろいろと便利かもしれない。詳しく聞くと収納できるだけで、僕の「ストレージ」ように中の時間まで止まるわけじゃないらしいが。
「そんなに珍しい物ではないのですが……トーヤさん、あなたいったい……」
「あなた。命の恩人に失礼よ」
「おっと、すいません。余計な詮索でしたな。ではちょっとこれを見せていただきますよ」
訝しげな目をしていたサンチョさんだったが、奥さんに窘められると、僕が出したインゴットを確認し始める。秤に乗せて重さを測り、何やら棒状の物を当てたりして、数字を紙に書き込んでいく。
「ふむ……。純金ですな。これを丸ごと売っていただけるので?」
「はい」
「そうですな……。白金貨十枚といったところでいかがでしょう?」
「構いません。それでお願いします」
と言ってもこっちでの金の価値なんかわからないんだが。にしても白金貨か。貨幣価値はさほど変わらないのかもしれない。こっちでパンひとつ金貨一枚とかじゃなければだが。
雑貨屋の店主の話からして、そんなことはないと思うけど。
「そう言えばここに来るまでに、あれと同じような機械を結構見たんですが……」
そう言ってガラスの向こうのカニバスを指し示す。
「ゴレムですか? 王都ですからいろんな機種がいたでしょう? ウチのような工場製の運搬型だけじゃなく、古代機体もたまに見れますよ」
「そのゴレムって僕でも買えますか?」
「買えないことはないと思いますよ。ただ、白金貨十枚じゃあまりいい物は買えないと思いますけど」
どうやらかなりお高いモノらしい。元の世界で言うなら高級外車レベルか?
庶民がおいそれと買えるものではないのは確かなようだ。おまけに用途によってそれぞれ値段も違うらしい。
「どうやらトーヤさんはゴレムに関してあまり知らないようですね? よろしければ説明いたしましょうか?」
「すいません。よろしくお願いします」
以下、サンチョさんに聞いたゴレムについて。
かつて戦争があった。二つの古代王国の諍いが、やがて世界をも巻き込む大戦争へと発展したという。その中で、人に従い、人の代わりに戦う機械仕掛けの自動人形が生まれる。
それこそがゴレムと呼ばれる機械人形。次々と多種多様なゴレムが生み出され、戦争はゴレムの力によりどんどん拡大していった。もうそれは、戦争を始めた古代王国でさえ止められぬほどであったという。
結果、この世界は一度滅んだ。
しかし、人類はそこから再び立ち上がり、新たな文明を築き上げる。
太古の遺産であるゴレムを発掘し、古代機体と呼ばれる機体を解析、複製して、グレードダウンした量産型を作り上げることに成功。工場製と呼ばれるものが、現在一般的に普及しているゴレムなんだそうだ。
「すると外のアレも工場製の量産型なんですね?」
「そうです。古代機体ともなると、ちょっと手が出ませんね。市場に出ることも本当に稀ですから。欲しければ自ら古代遺跡などで発掘するしかないでしょう」
よほどレアなモノらしい。だけど、全く手に入らないってわけでもなさそうだ。
「工場製と発掘品ってそんなに性能が違うんですか?」
「それもありますが、古代機体は別名「能力持ち」とも言いましてね。特殊な能力を持っていることが多いんですよ。雷を放ったり、氷を操ったりね。魔法を使えるトーヤさんには、あまり必要ないかもしれませんが」
なるほど。それで、古代機体の方が貴重なんだな。さすがは古代王国の遺産と言ったところか。ここらへんも僕らの世界で言うアーティファクトとかに似ているな。
そんな受け答えをしながら、サンチョさんから僕は白金貨十枚を貰い受けた。金額が大きいので一枚だけ金貨十枚にしてもらう。
これで資金ができたぞ。まずはこの世界の情報をいろいろ手に入れてみるか。ゴレムについてもわかるだろうし。
「ここらで本屋ってあります?」
「三軒隣が本屋ですよ。あまり大きくはありませんが」
近いな。まずはそこから攻めてみるか。
サンチョさんたちにお礼を述べて、一旦外へ出る。確かに右手の方に本屋の看板が見えた。
サンチョさんの店とは違い、古めかしいドアを開くと、中はいかにも古書店といった雰囲気の本屋だった。入ってすぐのところに階段が取り付けられていて、二階にも本が置いてあるようだ。
一階奥のカウンターに丸眼鏡をした白髪頭に長い白髭のおじいさんが座っていた。どこぞの魔法学校で、校長でもしてそうな雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃい。なにかお探しかね?」
「えっと、歴史や文化関連の本ってありますか?」
「歴史関連? この国のかね? それとも世界史の?」
「あー、両方で」
「なら二階の右手奥の棚、上から二段目と三段目じゃ。自由に見ても構わんが、本は汚さんでくれよ」
おじいさんに軽く頭を下げると、木製の年季が入った階段を登る。ギッ、ギッ、と軋む階段を登って、二階の右手奥の本棚を目指す。
「っと、ここか。えー……「アレント史書」「聖王国歴程」「西方起源録」「マトラック年代記」……」
けっこうあるな。一冊銀貨一枚もしないようだし面倒だからみんな買ってくか。
手当たり次第に目についた本を本棚から抜き取り、床の上に山積みにしていく。
「おっと、ゴレム関連のも買っておこう」
ゴレムに関しての専門書といったモノはなかったので、古代王国にまつわる本を積み上げていった。
その他、魔獣に関しての本や、作法に関しての本、リンゼあたりのお土産に、恋物語の本も積んでいく。
「だいたいこんなもんか」
本棚から抜き取った百冊以上の本を「レビテーション」で浮かべて、一階へ降りる。
カウンターにいたおじいさんは、僕とふわふわと浮かぶ本の山を見てギョッとしていたが、すぐさま全部の本の精算を始めた。
全部で金貨九枚半だったので、白金貨一枚を渡し、釣りは受け取らない代わりに、一階にあった目ぼしい本を片っ端から半金貨分、他の本と合わせて「ストレージ」に突っ込んだ。
「まいどありぃ……」
少し放心気味のおじいさんを尻目に再び街の通りへと出た。
「さて、あとは食事かな。お腹減ったしなにか食べよう」
どこか食事の取れるところはないかと街をぶらつく。サンチョさんの店に戻って聞いてもよかったが、こういうのはインスピレーションで飛び込んだ店の方が面白い。ハズレを引くのもまた旅の醍醐味だ。
そのうち一軒のオープンカフェを見つけて、そこのテラス席で軽食を頼んだ。翻訳魔法のおかげでアレント聖王国の文字も読めるのだが、いかんせん、困ったこともある。
メニューの「シンシンのサンドイッチ」や「グレーフルの果実水」とか、読めはするのだけれど、「シンシン」や「グレーフル」がなにかわからん。とてもスリリングな注文になったが、出てきたモノは鳥肉のようなサンドイッチと、葡萄のような紫のジュースだった。
味は不味くはない。それなりに美味い。何の肉かどういった果実かは考えないようにする。美味いんだからそれが全てだ。
ゆっくりとくつろぎながら食事をし、テラス席から見える通りを眺める。
時折り通りがかる、いろいろなゴレムを見るのが面白い。
そういや、この都でまだ獣人とかエルフのような亜人を見てないな。単にこの都やこの国にいないのか、それともこの世界に存在しないのか。迫害されてたり、人間と敵対しているってのはやめてほしいところだけど。
グレープジュースのような色だが、味としてはトマトジュースに近いものを飲みながら、僕は通りを眺めていた。
「誰かー! そいつを捕まえてくれ! ひったくりだぁー!」
通りの向こうからそんな声がして、バッグを抱えた茶髪の若い男がテラスの前を全力疾走で横切っていく。
「……「スリップ」」
「ぐはあっ!?」
突然転倒したひったくりの男が、思い切り後頭部を地面に打ち付けて悶絶する。
追いかけてきた金髪の違う男が茶髪の男に飛びかかり、後ろ手にひったくり犯を押さえつけた。
これだけ大きい都だと犯罪も多いんだろうなあ。ジュースを片手に目の前で始まった捕物を眺めていると、銀の鎧を着込んだ騎士が二人やってきて、ひったくり犯を縛り上げ、金髪の男とともにどこかへ連行していった。
それを見届けた僕は食事の代金を払って、カフェをあとにする。
そのあと、みんなへのお土産を買いつつ、いろんな店を覗いて回った。
武器屋で銃のようなものがあったのには驚いたなあ。ただ、火薬を使った銃ではなく、込められた魔力を弾にして撃ち出す「スペルキャスター」というものだったが。
やはりこの世界では「魔法」を使える「魔法使い」はそれほど数が多くないようだ。魔力の存在は誰しも知っているのに、それを術として操れる人間は限られているらしい。
ゴレムという存在が、魔法の発展を阻害してしまったのだろうか。古代王国時代はそうでもなかったのかもしれないが……。そこらへんは買った本で調べないとな。僕じゃなくて、博士が。
しかしこの裏世界(面倒なんでそう呼称する)も、いろいろと物騒なんだなあ。こうして都を観光しているお上りさんを付け回す、不逞の輩がいるんだから。
「二……いや三人か」
先程から僕を付かず離れず監視している奴らがいる。なかなかの尾行術と褒めてやりたいが、まだまだだね。ウチの椿さんレベルに比べたら、素人もいいところだ。
「狙われる覚えは無いんだけどなあ……」
いろんな店で物を買っていたから、金持ちのボンボンと間違われたか? ショーウィンドウの商品を見るフリをして、ガラスに映った背後の尾行者を確認する。フードをかぶっていて顔はよくわからないが、そこらのチンピラとも思えない。
ま、そこらへんは直接聞けばいいか。
僕は小走りに裏路地へと入った。角を曲がって人がいないのを確認すると、すぐに「インビジブル」で姿を消し、追跡者を待ち受ける。
同じように角を曲がり、三人の人物が裏路地へ踏み込んだところで、その退路を断つ。
突然背後に現れた僕に、フードがついた、何やらローブのようなものを着込んだ三人がギョッと驚く。
「僕になにか用か?」
慌てふためく三人のうち、二人が残りの一人に視線を向ける。どうやらそいつがリーダーのようだな。
「用がないならあとを付けるような真似はやめてもらいたいね。それとも痛い目に合わなきゃわからないか?」
これ以上つきまとわれても面倒なんで、少し脅しをかける。僕のナリでどれほど効果があるかはわからないけど。
「待って下さい。後をつけたことは謝ります。少し話を聞いていただけませんか?」
リーダーと思われる人物がフードを外すと、赤茶髪の女性だった。年の頃は20歳くらい、榛色の眼つきが鋭い、軍人か武芸者といった雰囲気を纏っている。ショートカットに切りそろえられた髪が、さらにその印象を強めていた。
「先程、カフェのテラス席でひったくりに魔法を使いましたね?」
「……使いましたが、それが?」
へえ。あの短い発動でよくわかったな。魔法が使われた対象でもないのに。 ま、魔法が使えなくても感応力が高い人間もいるしな。魔法使いの素質があるってことだろう。
「あなたは他の魔法も使えますか?」
「まあ、ある程度は」
「……解呪魔法は?」
「ものによります。あまりにも進行していると呪いを解くことで、逆に相手を危険に追い込むこともあるので」
一言に呪いといっても、魅了、混乱、石化、体力吸収、昏睡、幻惑、封印、と様々だ。中には子孫絶滅とか変わったのもある。
大概は僕の「リカバリー」で解除できるが、例外もある。例えば呪いによって身体が強化されていた者を安易に解呪してしまうと、反動で肉体が今までの負担に耐えられず死んでしまうこともあるのだ。
また、複雑な呪いだと「リカバリー」では解けない場合もある。僕が前に奴隷商人の手先に使った呪縛魔法、「ギルティカース」なんかがそれだ。
あの時かけた呪いは、人を傷付ける罪を犯すたびに、身体の一部分が麻痺していき、やがて心臓に至ると死ぬというものだ。
通常の状態ならもちろん健康なので「リカバリー」は効かない。なにか罪を犯し、麻痺したなら「リカバリー」で治せる。が、「呪い」が解けたわけじゃない。また罪を犯せば麻痺が起こる。根本的な解決にはなってない。
だから何の呪いか見極めることが大事なのだが……。
「誰か呪われている知り合いでも?」
「はい。我々の客人が呪いの魔道具にかかり、昏睡状態になってしまったのです。すでに数週間意識が戻らず……」
ふうん。昏睡の呪いかな。精神崩壊とかじゃなけりゃ治せるとは思うけど。
「その方にまだ我々は大きな恩を返していません。どうか彼女の呪いを解いて下さいませんでしょうか。お礼は何でも致しますので」
頭を下げるショートカットの美女に、慌てて後ろの二人もフードを外して同じように頭を下げる。ポニーテールとロングウェーブの髪が大きく揺れた。二人とも歳は僕と同じかひとつ下ぐらいか。16、17くらいの少女で、ポニーテールが薄茶、ロングウェーブが栗色の髪をしていた。
さて、どうしたもんか。あまり目立ちたくはないんだが。余計なトラブルを背負い込んでも面倒だしな。
かと言って、見捨てるってのも後味が悪いし。知り合いでもなんでもないけど、どんな呪いか気にはなる。
まあ、いいか。面倒なことになったら表の世界へ戻ってしまえばいいだけだし。
「治せるかわからないけど、それでもいいなら」
「ありがとうございます」
「ありがとうっス」
「感謝しますぅ」
再び三様に頭を下げられる。まあ、診てみないとなんとも言えないんだけどさ。
「では我々の寝ぐらへ案内します。申し遅れました、私はエスト・フローティア。義賊団「紅猫」の副首領をしております」
「僕は望月冬夜。ま、今は旅人ってとこ……ちょっと待て、義賊団ってなんだ? 「紅猫」?」
義賊? 義賊ってあの義賊? 鼠小僧とかロビンフッドとか、石川五右衛門、アルセーヌ・ルパンとかの!?
いやいや、言い方はどうでもいいけど、つまりは泥棒ってこと!?
「「紅猫」を知らないんスか? ずいぶん田舎から来たんスね?」
ポニテ娘がそう言うが、田舎どころか、もっと遠いところから来た僕が知っているわけがない。
その口ぶりだとかなり名の知れた義賊団なのだろうが、犯罪者なのには変わらないだろ。
眉間に皺を寄せた僕に、エストと名乗った女性が口を開く。
「言っておきますが、我々が盗みを働くのは民草を苦しめる悪徳商人や馬鹿貴族だけです。それでなければ自ら義賊団を名乗ることはしませんよ」
まあ、犯罪者は全て悪だ! なんて言う気は無いけどさ。異世界に来て、僕もいくつか法を破ってるし。って言うか、僕も今、この都に不正侵入してます、すいません。お金払ってません。
「……まあ、いいや。そこらへんはあとで聞くから。それより連れていくなら早くしてほしい。明日には都を出てかないといけないんでね」
「わかりました。ではこちらへ」
そう言ってエストさんが歩き始めた。裏世界じゃ面倒なことに巻き込まれたくないと思っていたんだけどなあ。
面倒なことになった。