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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第26章 明日のためにできること。
270/637

#270 乗っ取り、そして自業自得。

※残酷な描写あり。





 無属性魔法「クラッキング」はアーティファクトの起動式に割り込み、その発動条件や設定を書き換えてしまう魔法だ。

 例えば、蛇口を捻ると水が出てくる魔道具アーティファクトがあるとする。これを蛇口を捻るとジュースが出てくるとかまで書き換えるのは大変だが、「蛇口を捻れなくする」とか「蛇口を捻っても少しか水が出ない」、あるいは「馬鹿みたいに出る」と書き換えるのは簡単にできる。

 「図書館」で見つけた魔法だが、意外と使い勝手がいい。「解析アナライズ」と組み合わせれば、魔力の流れから発動まで手に取るようにわかるからな。

 ただ、僕の知識ではどうにもならないアーティファクトもあるし、複雑過ぎる行程を踏んでいると、予想外の効果が出てしまうこともあるから注意が必要だ。

 「隷属化の首輪」に関しても、「主人に絶対服従」とか、「強制行動」という「効果」を無力化するにはちょっと厳しい。

 だけど、最上位権限に登録されている魔力波動を、僕のものに書き換えて、それ以外を消去することは簡単にできた。すでに奴隷商人から手に入れた首輪で実験済みである。

 そして今、この都に存在する全ての「隷属化の首輪」のマスター登録を僕だけに書き換えた。つまり────。


「どうしたお前たち! やってしまえ!」


 サンドラ国王の命令に従い、奴隷兵士たちが剣を僕に向ける。しかし、そこにいた兵士全員が、なにか戸惑った様子でお互いの顔を見合わせた。

 そりゃそうだろう。強制的に動かされているわけじゃないのだから。今の行動は、命令されて思わず身体が動いてしまっただけであって、「首輪」の効果ではない。


「斬りかかれ! そいつを殺せ!」


 なおもサンドラ国王が叫ぶが奴隷兵士たちに反応はない。首輪が外れたのか、と首に手をやる奴隷もいたが、首輪は元のままだ。


「こ、これはいったい……」

「いったいどうしたのだ!? なぜ奴隷たちが従わない!?」


 周りの重臣たちも様子がおかしいことにたじろぎ始めた。


「無駄無駄。「隷属化の首輪」をした奴隷は主人以外の命令を受け付けない。そして彼らの主人は、先ほどから僕だけになった」

「なっ、なんだと!?」

「サンドラにいる人間、亜人の三分の二は奴隷らしいね。つまりそのほとんどが僕に絶対服従なわけさ。わかりやすく言ってやろうか? この国は────僕が乗っ取った」

「なん……だと……!?」


 一瞬、呆然としたサンドラ国王だったが、すぐさま腕に付けていた金色の腕輪に魔力を通し、「再登録」をしようとする。察するにアレが「登録用」のアーティファクトか。

 だが残念。もうすでにマスター登録は上書きできないように書き換えられている。実を言うと他の街まではまだ国王の命令は届くのだが、教えてやる義理はない。


「そんな馬鹿な……! 「隷属化の首輪」の主人登録は、この「奴隷王の腕輪」と我が王家の血筋の者しかできないはず……! ハッ! まさか貴様、我が王家の血を引いて……」

「気持ち悪いこと言うな、この馬鹿」

 

 お前と親戚なんて考えだけで虫酸が走る。オークの血なんか引いとらんわい。

 奴隷兵士たちは突然の出来事についていけないようで、視線が僕とサンドラ国王に行ったり来たりしていた。


「さて、奴隷兵士の諸君、僕は君たちになんの命令もしない。犯罪奴隷で無いのなら、奴隷からの解放も約束しよう。何処かの国から連れて来られたというのなら、その故郷へ帰るのも自由だ」


 椅子から立ち上がり、周りの兵士たちに話しかける。すでに剣は下ろされていた。中には泣き出している者もいる。


「本当に……解放されるのですか……?」

「約束しよう。君たちは自由になれる。もう奴隷じゃないんだ」


 話しかけてきた奴隷兵士の一人にそう答えてやる。すると他の兵士たちも嗚咽を含んだ声で、口を開き始めた。


「奴隷じゃ、ない……」

「俺たちは奴隷じゃないんだ……」

「……普通に、生きて、いいんだ……」

「故郷に帰れる……人生を取り戻せる……」


 堪えるように声を震わせて、男たちが涙を流す。喜びや悔しさ、怒りや虚しさ、いろんな感情が入り混じっているのだろう。


「馬鹿な……奴隷たちが、奴隷たちが……」

「アポーツ」

「は!?」


 玉座に倒れこむように座ったサンドラ国王の右腕から腕輪が消え、僕の手の中に現れる。これが「奴隷王の腕輪」か。


「か、返せ!」

「いやいや、もう必要ないでしょ」


 にっこり笑って腕輪を放り投げ、落ちてきたところをブレードモードのブリュンヒルドでぶった斬る。床に落ちた腕輪は見事に真っ二つになった。これで完全に奴隷たちは国王の命令に従わなくなったわけだ。今はまだ他の街の奴隷たちは、現在の主人に従わなくてはいけない状態だが、それも順次解放していくつもりである。


「貴様! 貴様、なんということを! なんの権利があって、我が国から奴隷を取り上げるのだ!」

「これは面白いことを言う。なら、あんたらはなんの権利があって、彼らから自由を奪ったのか答えてもらえるのかな?」

「うぐぐっ……!」


 僕の周りにいる奴隷兵士たちが、国王に向けて激しい怒りの目を向けている。理不尽に人生を奪われ、人の尊厳を穢された。怒りを覚えるのは当然のことだ。

 と、そのとき表からたくさんの悲鳴と、獣のいななく声が聞こえてきた。同時に、なにか暴れるような衝撃も響いてくる。始まったか。


「な、なんだ!? なにが起こっている!?」


 わけがわからず慌てふためく重臣たち。その謁見の間に、僕らをここへ案内したローブを着込んだ男が、慌てふためいて転がり込んできた。


「たっ、大変です! 魔獣戦士団の操る魔獣たちが暴れています! まったく言うことを聞きません!」

「な、なんだと!?」


 まあ、そうなるわな。奴隷たちはまだ理性があるし、首輪が嵌ったままだから、余程のことがなければ、うかつに行動はすまい。だが、魔獣たちは別だ。解放されれば本能のままに動き出すだろう。果たして抑え切れるかな?


「言ったろ? もう「隷属化の首輪」は僕の支配下にある。僕以外の命令は受け付けないんだよ」

「ぐぐぐ……!」


 ちなみに魔獣たちにはこの都から脱出しろ、なるべく人は殺すな、と命じてある。おそらく都中パニックだろう。


「貴様ッ……! よくもよくもよくも……!」

「だから何度も聞いたぞ。戦争がしたいのか? ってな。僕は平和主義者だが、無抵抗主義者じゃない。殴られたら殴り返す。僕らに宣戦布告をしたのはあんたらだ。今更殴られる覚悟がなかったなんて言わせないぞ」

「黙れ黙れ黙れ!」

 

 憎々しげにこちらを睨み付けて来るサンドラ国王。さて、あとはこいつらを縛り上げて、「隷属化の首輪」を生産している場所を聞き出し、完全に破壊しないとな。

 そう思い、僕が一歩踏み出したそのとき。

 サンドラ国王の横にいた女性奴隷が、いつの間に手にしたのか、宝石細工の剣を横に力一杯振り抜こうとしていた。


「ふひぇ?」


 そんな間抜けな声が聞こえたと思った次の瞬間、オークにも似た人間の首は、見事に宙を飛んでいた。

 あまりのことにさすがの僕も動けなかった。いや、間に入ることは可能だったのかもしれないが、身体が動かなかったというか。助けようという気になれなかったというか。結果、僕はサンドラ国王を見殺しにしたのかもしれない。

 呆然とそんなことを考えていると、刎ねられた国王の首がこちらへ飛んで来ていた。


「うぉわっ!?」


 僕は足下へ跳ね転がってきた国王の首を、思わず横へ蹴ってしまった。あ、いや! 死者を冒涜するとかそんなんじゃなくて、本当に驚いて思わず! 生首がポーンって来たら、そりゃ驚くよ!

 飛ばされた首は見事に宰相のハゲ頭の下へ飛んでいき、その場に転がって止まった。


「ひいぃぃぃぃぃ!!」


 宰相は腰を抜かしてその場に倒れ、それに続くように、首から勢いよく血を吹き出した国王の身体も、玉座の前に崩れ落ちた。

 ブシュッブシュッとリズミカルに吹き出した血が、壇上からゆっくりと流れ落ちる。

 僕の方と言えば、蹴飛ばした足にべっとりと血が付いて涙目だった。

 あっらー……。「スリップ」とか出番無かったわ……。僕が何をする間もなく、勝手にご退場してしまった。いろいろ馬鹿にされたし、一発くらい殴りたかったけど……って、さっき蹴ったか。


「あー……とりあえず、パラライズ」

「うぐっ!?」

「ぐあっ!?」


 その場にいた重臣たちに麻痺魔法をかけ、身動きをできなくさせる。奴隷兵士たちに手伝ってもらい、全員を縛り上げた。

 呆然と力を無くしたように、その場で座り込んでいた女性奴隷が、僕に向けて頭を下げてきた。


「……おかげで姉妹たちの仇が討てました……。ありがとうございます、ありがとうございます……」


 聞くとこの人、元は姉妹で冒険者をしていたらしい。レグルスで盗賊団に襲われ、奴隷商人に売られたようだ。

 姉妹全員美しかったので、国王へと献上された。慰み者にされる中で、姉と妹が国王の勘気に触れて、いたぶられながら殺された。その恨みをいつか晴らすためだけに、生き長らえてきたのだと言う。

 とことんクズ野郎だったわけか。自業自得と言えばそれまでだが。

 さて、この人をどうしたもんか。一応、状況だけ見れば一国の国王を殺害した犯人なわけだしな。敵国……ウチからすれば英雄なのかもしれんけど。こっそり亡命させちゃうってのもアリなんだろうかね?

 ブリュンヒルドとサンドラ間で戦争が勃発。15分足らずでサンドラの奴隷戦力が無力化、サンドラ国王が戦死(?)。戦争終結。戦争になってたなら、今までの推移はこんな感じだろうか。

 喧嘩売ってきたのは向こうだしなあ。高坂さんになんて説明しよう……。

 とりあえず、それは後回しにしよう。そうしよう。うん。

 腰を抜かしたハゲ宰相を麻痺から回復させて立たせ、「隷属化の首輪」を生産している工場へと案内させる。

 驚いたことに、城の西側にある塔の地下にその工場はあった。国が首輪を生産し、奴隷商人がそれを買い、盗賊団が人を攫って、奴隷商人がそれを買う。首輪によって奴隷になった人たちを、サンドラ国民がさらに買う……とこんな流れか。

 工場には多くの奴隷たちが働かされていたが、全て働くのをやめさせた。

 地下に設置されていた、電子レンジくらいの箱状の魔道具アーティファクトが、普通の首輪を「隷属化の首輪」へと変化させるアーティファクトらしい。

 古びた方が何百年だか前に、大魔法使いが作ったオリジナルの方で、他の二つが最近完成したコピーのようだ。何十年もかけて魔法使いたちが解析し、組み上げたモノだとか。

 ちなみにその魔法使いもフェルゼンから優秀と言われる魔工技師を攫ってきて奴隷にしたそうだ。

 しかし、その魔工技師も無理がたたったのか最近亡くなってしまったそうだ。なので、コピーを作れる者は今はいない。再びコピーを作るために、また優秀な魔工技師を攫ってくる予定だったらしいが……。


「災いの芽は根元から断つべき、ってね」


 オリジナルを含めたその三つのアーティファクトに「グラビティ」をかけ、再生不可能なまでにペシャンコにする。

 これで、二度と「隷属化の首輪」は作られることはない。……まあ、正確に言えば、博士と僕は「解析」してしまっているので、作れなくもないのだけれど。

 さて、後は奴隷たちの解放だが……。

 一気に解放すると暴動が起こりかねないからな。今の今まで虐げられてきた者が、復讐を企んでいてもおかしくはないし。だが、罪を犯せば再び奴隷に落ちる可能性もあるわけだし、そこまで馬鹿なことをしないと思いたいが。

 犯罪奴隷は解放する気は無いが、帰る場所や待っている人がいる者は、率先して帰していった方がいいだろう。問題はその数だなあ。

 サンドラは国の大半が砂漠で、国土面積よりはるかに人口が少ないとは思うけど……。

 これから何日「リコール」&「ゲート」の日々が続くやら……。


「こりゃあ、東西同盟の皆様にも協力を仰ぐしかないかあ……」


 サンドラに関しては取り立ててなにをする気もない。が、規模は最小で終わったが、戦争は戦争だ。きちんともらうものはもらう。奴隷たちに、最低限の賠償はさせないとな。

 それで国が傾いても知ったことじゃない。奴隷たちを引き上げさせたら、サンドラを再興するなり勝手にすればいい。

 ただし、もう奴隷はいないから、自分たちで全てやることになるが。犯罪奴隷は解放しないからこの国に残るけど、希少金属を掘る採掘場や炭鉱などに使うだろうし。

 最終的には「隷属化の首輪」が無くても、犯罪者を働かせることのできる環境を作らないといけなくなるけどな。負の遺産を残す気は無いし。

 国王もあんなことになってしまったから、ユーロンのように、また自称王様が出てくるんだろうなあ。そして結局、都市国家として成り立って行くか、それとも覇権を巡って争うか。

 ……いや、今まで奴隷に戦わせていた腰抜けが、自分たちで戦争なんてできるとも思えない。どちらにしろサンドラは衰退して行くだろうな。そういやあのオークの王様、子供いたんだろうか。

 ま、関係ないか。奴隷を操る力を失った以上、跡継ぎがいたところで、王家に従う輩がどれだけいるか。

 結局、他の王様たちの言う通りになっちゃったなあ。潰す気は無かったんだけど、あそこまで馬鹿だとは思わなかったんだもん……。チンパンジーと交渉した方が、よほど実のある会話ができるよ、たぶん。

 はぁ……。戦争はいつも虚しい。










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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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