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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第26章 明日のためにできること。
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#269 奴隷の王、そして書き換え。




 ガタゴトと馬車がサンドラ王国の首都・キュレイの街中を行く。固められた道はお世辞にも上等とは言えないが、ロゼッタ特製馬車のサスペンションは、その衝撃を程よく吸収してくれているようだ。

 馬車の窓から見える街並みは、正直古めかしい。所々はげがかった壁や、崩れた屋根が見える。赤茶けたレンガ造りの家に混じって、掘っ建て小屋のような木造の家もある。

 ここはいわゆる下層階級の住宅地らしく、二級市民と言われる市民が住むエリアなんだそうだ。


「あまり人々が幸せそうじゃありませんね」

「まぁ、こんな生活じゃねえ……」


 僕の対面に座っていた新人騎士のランツが、同じように窓の外を見て感想を述べた。

 宰相の高坂さんにサンドラに使者として向かうことを告げると、お目付役として彼を連れて行くように言われた。信用ないな……。よほど向こうがケンカを売ってこなければ、暴れるような真似はしないってのに。

 本当は副団長のニコラさんあたりを付けたかったらしいが、使者よりも位の高い副団長が護衛というのも無理があるので、彼になったらしい。

 他にも四人ほどいるが、全員後ろに続くもう一台の馬車に乗り込んでいる。

 一気に「フライ」とかで行ってもよかったんだが、一応、僕は「樹王の部族から抗議文を預かってきた、ブリュンヒルドの使者」となっているので、普通にここまでやってきた。

 王都の外までは「ゲート」で来たけどな。

 抗議文を僕らに託してきたパムは、かまうことないからサンドラ国王の横っ面をひっぱたいてこい! と、えらい剣幕だったが。あれじゃ向こうの部族たちが乗り込んでいったら、間違いなく戦争になる。パム個人としては乗り込んでいきたいのだろうが、族長としての立場もあるのだろう。


「やはり奴隷が多いですね。陛下の言う通り、満足に食事も与えられてないのか、痩せ細っている者が多く見られます。戦闘奴隷はそれなりに食事を与えられているみたいですけど」

「まあ、戦うための奴隷だからね。いざとなった時、空腹で戦えないんじゃ仕方ないし。その代わり、命を盾にされるわけだ」


 二級市民でも奴隷たちを所有できるようで、街中にちらほらと姿を確認できた。屈強そうな奴隷は店の用心棒などの戦闘奴隷だろう。

 奴隷たちの中には獣人などの亜人たちもいた。彼らもひょっとして、どこからか攫われてきたのかもしれない。みんな粗末なボロボロの服を着て、そこから覗く手足は痩せ衰えていた。


「そういやランツ、「陛下」はマズい。どこで聞かれるかわからないからね」

「も、申し訳ありません。ではなんとお呼びしたら……」


 恐縮して聞いてきたランツに、なんと名乗るか決めてなかったことに気がついた。ううむ。


「ドラン、とでも名乗るか。ミカさんの親父さんの名前だけど」

「ちょ、陛下!? 私とミカさんは別にですね!」


 赤くなって声を荒げるランツ。ふっふっふ、君が相変わらず「銀月」に通いつめているのはお見通しなのだよ! 主に花恋姉さん経由で。

 まあ、からかうのはこれくらいにして、と。そうだな……。


「……「ロビン・フッド」……いや、「ロビン・ロクスリー」とでも名乗るか」

「ロビン・ロクスリーですか。ではロクスリー大使と?」

「そうだね。弓は苦手だけど」

「?」


 今着ている使者の服が薄緑色なんで、なんとなく口をついて出ただけなんだが。

 ちなみに僕は「ミラージュ」で幻影を全身にはまとってはいない。髪型と髪の色、瞳の色をちょっと変えているだけだ。それだけでだいぶ印象が変わるからな。まあ、僕を知っている人間なんて、この辺りにはあまりいないとは思うけど。

 馬車は二級市街を走り抜けて、一級市街の門へと辿り着いた。

 上等な革鎧を身につけた兵士たちが立ち塞がり、馬車を止める。


「ここから先は許可ある者しか通れぬ! 何処いずこの者だ、名乗れ!」

「これはこれは。私たちはブリュンヒルド公国から参りました者です。私たちの来ることは事前に御国へ報せてあるはずですが」

「ブリュンヒルド……? チッ、ここで待っていろ、確認する」


 窓からこちらを覗き込み、威丈高に声をかけて来た兵士が、舌打ちしながら門の奥へと消える。


「一国の使者にあの態度……。どういう教育をしているんでしょうかね」

「サンドラはほとんど他国との交流がない。こういったことには不慣れなだけかもしれないが……」


 面倒な仕事が増えたとばかりの態度をされると、ちょっとムッとするけどな。

 それからだいぶ待たされて、やっと許可が下りた。


「通れ。騒ぎを起こすなよ」


 正式な使者だとわかってもこの態度か。完全に舐められてるな。サンドラは地理的に隔離された国土ということもあって、今まで他国から侵略されたことが無い。長年他の国との付き合いがないためと言われればそれまでだが、その態度が他の国の使者に、どういう印象を与えるか考えもしないのだろうか。

 馬車が走り出すと、様変わりした街並みに驚く。さっきの二級市街とはうって変わって、整備された石畳の通りと、白い壁がまばゆい家並み。贅沢な装飾品を身につけた身なりのいい住人が、奴隷を引き連れて歩いている。

 先ほど見た二級市街の奴隷とは違って、服はボロではなかったが、やはり幸せそうには見えない。


「格差が酷いとは聞いていましたが、ここまでとは……」


 窓の外を覗きながらランツがつぶやく。確かに一級市街と二級市街じゃ雲泥の差だ。

 道の先、緩やかな坂を登ったところに堅固な石壁でできた、豪勢な城が建っている。四角ばったフォルムのその城は、城壁の四方に円筒の塔がそびえ、異様な雰囲気を醸し出していた。

 あの城も奴隷によって建てられたのだろうか。

 城門に着くと今度は連絡が届いていたのか、すんなりと通された。それでも門番には顰めっ面で睨まれたが。

 馬車を降り、城から出てきた不機嫌そうなローブ姿の男に案内されて、王宮の回廊を進んでいく。僕と後ろに続くランツを含めた騎士五人は、謁見の間の前で短剣以外の武器を取り上げられた。

 用心深いことで。まあ、今から国王に会うんだからわからんでもないが。

 謁見の間に通され、跪かされる。周りはおそらくサンドラの重臣と将軍、それに警護の奴隷兵士がずらりと並んでいた。こんなにいるのなら、剣の一本や二本気にすることないだろうに。まあ、念のためなんだろうけど。


「して、その方がブリュンヒルドから来たという使者か。なんでも樹海の民からの要求を受けて来たとか。ご苦労なことだ」


 宰相と思われる赤と黒のローブを着込んだ禿頭の男が口を開く。嫌味ったらしい口調の男だ。

 その奥のキンキラキンに光る玉座には、眠たげな目で煙管をふかしながら、ブクブクと太った男が座っていた。一瞬オークかと……。

 玉座の隣には、ほとんど半裸のような薄い衣と「隷属化の首輪」を付けられた奴隷の女性が、灰皿を持って跪いていた。

 オーク似の薄毛の頭上には、純金の王冠が載せられている。こいつがサンドラ王国国王、アブダル・ジャーバ・サンドラ三世か。どう見ても名君には見えない。見た目で判断するのはいけないとは思うけど。

 玉座の両サイドにはこれまたキンキラの鎧兜と剣が飾られている。剣もまた宝石が散りばめられていたが、一応実戦用の剣のようだ。っていうか、絶対このオーク、あの鎧着れないよね? サイズ的に。

 そんな失礼な考えをおくびにも出さず、僕はサンドラ国王に向けて話し始める。


「ロビン・ロクスリーと申します。さっそくですが樹海の民からの要求は、こちらの魔獣戦士団が連行した部族の者を、即刻返していただきたいと、」

「断る」


 用件を述べ始めた僕の言葉を遮って、国王は煙管を奴隷が持つ灰皿に叩きつけた。そして奴隷の女性に煙草の葉を詰め替えさせると、火を付けた煙管を再び受け取り、またプカリと煙を吐き出す。

 若い女奴隷の頬をいやらしい手つきで撫で回したあと、ニタニタとした薄笑いを浮かべ、こちらを見もせずに口を開く。


「奴隷の数が不足している。返せんな」

「……奴隷として捕らえるために樹海の部族を襲ったと?」

「それがどうした。他国に指図されるいわれはないぞ。まあ、できたばかりの小国がしゃしゃり出てきても関係ないが」


 ニヤニヤとした笑いを浮かべながら、サンドラ国王が言葉を投げかける。

 確信犯か。やはり国の命令で樹海へと侵攻したわけだ。


「……樹海の部族と戦争をお望みで?」

「戦争? 戦争になどなるわけがない。奴らは所詮、少数部族の集まりにすぎん。我らの魔獣戦士団にかなうものか」

「樹王の部族は我がブリュンヒルドと友誼を結んでおります。我らとも事を構える所存ですか?」

 

 ピクリと眉を跳ね上げた国王が、椅子に座ったまま前に身を乗り出してきた。


「調子に乗るなよ? お前たちの王は、なにやら勘違いをしているようだが、巨人兵などをいくら持っていようと関係ない。サンドラと敵対すると言うのなら、せいぜい寝首をかかれないように気をつけることだ。我らはありとあらゆる暗殺に長けた者をも支配下に置いている。貴様の王などいつでも殺せるのだぞ」


 サンドラ王の言葉に周りから含み笑いが漏れる。ダメだこいつら。どいつもこいつも馬鹿しかいない。始めから敵対する気満々だ。どこからその自信が出てくるのか不思議でならん。世界情勢ってものがまったく見えてないとしか思えない。

 サンドラ国王が指を鳴らす。周りの奴隷兵士たちが一斉に剣を抜いた。

 僕らも立ち上がり、ランツたち護衛騎士も唯一の武器である短剣を抜く。


「これはなんの真似ですかね?」

「なに、使者なんぞこの城には来なかった、ということだ。アスタルの都が潰れてから奴隷の数が不足しているのでな。他国からもかき集めているが、ひと月もすればお前たちも従順な奴隷へと生まれ変わるわ。我が国には優秀な調教師が揃っているからのう」


 くっくっく、と笑う国王に、さすがに呆れ果てて声も出ない。やっぱりこいつら、他の国でも人攫いをしていたようだ。他の国王たちの言う通り、碌でもない国だ。いくらなんでも……と少しでも期待した僕が馬鹿だった。

 キレたわけじゃないけど、ここまで馬鹿にされて、おとなしく跪いていることに嫌気が差した。向こうがそういう態度なら遠慮する必要もないしな。

 もうちょっと腹の探り合いみたいなのを期待したんだけど、思ったより相手が馬鹿だった。


「……アホらし」

「なに?」


 ため息をついて、「ストレージ」からサンドラ国王の座る玉座にも負けない立派な長椅子を取り出す。

 そこへ腰掛けると国王へ向けてふんぞり返り、足を組んで肘掛けに肘を付いた。


「こうも馬鹿ばかりだと相手するこっちも馬鹿らしくなるわ。ああみんな、もういい。お芝居は終わりにしよう。こいつら戦争したいみたいだから」

「貴様……状況がわかっているのか?」


 国王が立ち上がり、こちらを睨んでくる。おうおう、ひょっとして怒ってらっしゃるのかしら。お顔が赤くなってきてますけれど。


「状況もなにも。この国の本性がわかってよかったなあって。馬鹿過ぎる国王にアホな臣下。あのさ、「井の中の蛙、大海を知らず」って言葉知ってる? 井戸の中の蛙は、広い海を知らないって意味なんだけど、」

「こいつらを殺せ!」

「聞けよ」


 切りかかってきた奴隷兵士たちが、僕らの半径二メートル手前で不可視の壁に遮られる。「シールド」の魔法ぐらい張っとくさ。そりゃあ。


「なっ!? き、貴様、ロビンとか言ったな! 何者だ!?」

「あー、それ偽名。本名は望月冬夜。あんたがいつでも殺せるって言った、ブリュンヒルドの公王だよ。初めまして、サンドラ国王陛下」


 「ミラージュ」を解除し、髪や瞳の色を戻す。あちらが完全に敵対するんなら、もう隠す必要もない。


「ブリュンヒルドの公王だと!? バカな、一国の王がなぜこんなところまで……!」

「元々冒険者なもんでフットワークが軽いんだよ。あんたも運動した方がいいと思うよ? 明らかに太りすぎだ」


 煙管を握りしめて、歯をギリギリと鳴らしているオーク国王から、奴隷女性が恐怖の表情を浮かべながら後ずさっていく。


「なにをしている! こやつが本当にブリュンヒルドの公王なら好都合! やってしまえ!」


 命令を下したハゲ宰相の言葉に、再び奴隷兵士や将軍たちが向かってくるが、半端な物理攻撃は「シールド」ですべて防げる。


「炎よ来たれ、赤き連弾、ファイアアロー!」


 物理攻撃が効かないと見たサンドラの魔術師が、火炎呪文を唱えながら炎の矢を飛ばしてきた。


「リフレクション」


  それを反射魔法で丁寧にお返しする。跳ね返った三本の炎の矢は、魔法を放った術者とその両脇にいた家臣に当たり、吹っ飛んでいった。


「一国の王とわかった上での攻撃。完全にそちらから戦争を吹っかけたと見ていいのかな?」

「馬鹿め。お前たちをここで殺し、闇から闇へ葬れば、なんとでもなる。ブリュンヒルドの公王がこんなところにいるわけがないだろう?」


 引きつった笑いでサンドラ国王がそう言い放つ。こいつ馬鹿か? 僕が「ゲート」を使えるのも知らないのか。こんなところから脱出するのはわけないのに。まあ、逃げないけどな。


「もう一度言うぞ。戦争をしたいのか?」

「我が国には魔獣戦士団と奴隷兵団がいる。死ぬまで戦い続ける兵隊がな。そちらも我らサンドラを敵にして無傷で済むと思うなよ?」


 やれやれ、本当に馬鹿野郎らしい。


「悪いが、ブリュンヒルドはサンドラを相手にする気はない。いや、正確には、相手にする必要もないってとこか」

「なんだと?」


 訝しげにサンドラ国王が眉を寄せる。

 僕は長椅子に腰掛けたまま、サンドラ国王の方へ手のひらをかざし、無属性魔法を発動させた。


「アポーツ」


 手の中に「隷属化の首輪」が現れる。サンドラ国王から離れて、キンキラの鎧兜に隠れるようにしていた奴隷女性が、突然、首輪のなくなった感覚に驚いていた。それを見た国王が、目を剥いて驚く。


「なっ!?」

「この「隷属化の首輪」だが……実は首輪に記憶された主人以外に最上位マスターとも言える魔力波動が記憶されているのがわかった。つまりサンドラ国王、あんたの魔力波動だ」


 くるくると首輪を回しながら僕は説明する。主に僕らを取り巻く奴隷兵士たちに。

 考えてみれば当たり前だ。奴隷は主人に絶対服従。そんな奴隷をたくさん手に入れた者が、国王に反旗を翻したら大変なことになる。

 その主人よりも上位命令者として、すべての「隷属化の首輪」に特別な魔力波動を付与していたわけだ。

 おそらくその魔力波動はなにかの魔道具アーティファクトで、代々の王に受け継がれるようになっている。

 でなければ、国王が代替わりした時に、新国王は奴隷を操れないし、血筋だけで記憶されていると、王家の血を引いていれば操れることになるからだ。

 おそらくは王家の魔力波動と奴隷に命令を下せる魔道具アーティファクト、この二つが揃って初めて機能するサンドラ王家の秘術とでもいう力。


「つまりあんたはすべての奴隷に命令を下せる「スレイブマスター」というわけだ」

「……そうだ。私の命令ひとつですべての奴隷が貴様に牙を剥く。観念するがいい」


 確かに恐ろしい力だ。今までは「隷属化の首輪」が大量生産されていなかったからいいものの、これが大量生産されて、他の国々にばら撒かれてしまったら。

 欲望のままに人が人を奴隷にする。それはサンドラ国王の奴隷を、新たに生み出すことに他ならない。世界規模での奴隷王国の誕生だ。

 だが、そうはさせない。


「じゃあそのマスター権限が乗っ取られたらどうなるのかな?」

「なに?」


 さっきからスマホの「マルチプル」で、サンドラ王都にいる全てのターゲットを捕捉しているのだが、数が多くて時間がかかってしまった。よし、準備完了、発動っと。


「クラッキング」








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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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