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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第26章 明日のためにできること。
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#261 愛妻弁当、そして四面少女。





「来ませんわねえ」

「こないねえ」


 岩に腰掛けたルーの呟きに僕が答える。

 僕らがいるのはレグルス帝国中央、帝都ガラリアより北西、イスルム平原と呼ばれるところだ。

 まるでモンゴル平原のように青々とした草原が広がり、遠くには岩山も見える。空には雲ひとつなく晴れ渡っていた。

 そこに本陣を張り、僕らがフレームギアを展開してすでに四日が経つ。レグルスの冒険者ギルドが、感知板タブレットでフレイズの出現を感知したのはいいが、出現時期が翌日から一週間という長いスパンだったため、待ち伏せが長期化していた。

 出て欲しいわけではないが、こうも待つだけってのはな……。いつ出現するかわからないから、僕がブリュンヒルドに戻るわけにもいかないし。

 八重たちは交代で本陣の固定ゲートから城の方へ戻ったりしているけど。

 今日はルーとリーン、スゥ、リンゼがこちら側に来ていて、ユミナと桜は城で留守番、八重とエルゼ、ヒルダは交代したため、城の自室で寝ているはずだ。

 今回の出現は上級種も含まれるため、気を抜くわけにはいかない。だけど、気を張り詰めっ放しってのもな……。


「冬夜様、お昼ですし、お弁当はいかがですか?」

「お、いいね。もらおうかな」


 ルーがバッグから二つの弁当箱と、大小二つの水筒を取り出して平らな岩の上に置く。大きな水筒からはスープ、小さな水筒からはお茶をそれぞれの容器に注いで、弁当箱のひとつを手渡してくる。受け取って蓋を開けると美味しそうなご飯と色とりどりのおかずが並んでいた。


「こりゃ美味そうだ。ルーが作ったの?」

「はい。朝早くに。他の皆さんのはクレアさんに頼みましたけれど」


 照れくさそうにルーが微笑む。レグルス帝国のお姫様は料理の才能があり、ブリュンヒルドに来てその才能を開花させた。クレアさんに付きっ切りでレクチャーされてたし、暇を見ては僕の世界のレシピを教わり、試作していたからなあ。

 いただきます、と手を合わせて、弁当の中にあったエビフライを口に放り込む。美味い。クレアさんのと遜色ないな。


「美味しいよ。本当に上手くなったなあ」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいですわ」


 卵焼きや唐揚げも美味い。かー、男を落とすにゃまず胃袋、ってのもわかる気がする。肉じゃがとかもう最高。


「本当に美味しい。毎日でも食べたいな」

「けっ、結婚したらできるだけそうしようと思います」


 頬を染めて自分の弁当を食べ始めるルー。ありがたいことです。いろんな意味で神に感謝。っと、そういえば。


「今、桜の機体を作っているんだけど、ルーはどんなスタイルで戦いたい? やっぱり双剣を活かした高機動型かな?」

「そうですわね……。それもよろしいのですけれど、状況に応じて臨機応変に戦いたいです。エルゼさん、ヒルダさん、八重さんが前衛、スゥさん、桜さん、リーンさんが後衛、そしてリンゼさんと同じく、わたくしも遊撃に回った方がいいかと」

「遊撃?」

「状況に応じて武器を換えるとか、近距離でも長距離でも対応できるような機体が理想ですわ」


 ふむ。となると換装型か。相手や戦況に応じて高機動ユニットや火力武装、重装甲などを換装し、遊撃に当たる、と。換装は転移魔法でできるし、それによるタイムロスなんかは解消できそうだ。遊撃戦換装型か。悪くないかもな。


「うん。じゃあその方向で進めてみるよ。今回は竜騎士ドラグーンで悪いけど」


 本陣の方にたたずむ、緑に塗られた竜騎士ドラグーンを眺める。エンデの機体と同型機だが、こちらは旧式のままのフレームギアだ。

 他のみんなは全員専用機のため、ルーならその機動力を活かせるだろうと、余っていた竜騎士ドラグーンを与えていた。ま、ルーの機体ができるまで代車みたいなもんだ。


「ごちそうさま」

「おそまつさまでした」


 空になった弁当に蓋をし、布で包み直す。食後のお茶をずずず、と飲み、一息ついた。


「公王陛下、姫、よろしいでしょうか?」

「あ、どうも、ガスパルさん」


 振り返ると、レグルス帝国の騎士団長、隻眼のガスパルさんが立っていた。今回はレグルス領内ということもあって、帝国からはけっこうな数の騎士が参戦している。


「仲がおよろしいようで安心いたしました。これでレグルスもブリュンヒルドも安泰ですな」


 そう言いながら豪快に笑うガスパルさん。


「何かありました?」

「いえ、何かあったというわけではないのですが……公王陛下、我がレグルスの部隊をもう少し増やすことをお願いできませんでしょうか?」

「? またなんで?」


 今回はいつもより多く27機の重騎士シュバリエと3機の黒騎士ナイトバロンをレグルスには与えていたが、それでも不足だったのだろうか。


「実はブリュンヒルドと同じくレグルスでも新しい団員を採用したのですが、彼らにも戦場を経験させたいのです。しかし、上級種も現れるという現場で、新採用の者を先陣にぶつけるわけにもいきません。下級種を主に当たらせる新騎士たちとそれを指導する騎士の部隊をもうひとつ編成できれば、と」


 なるほど。確かに僕らの方も、今回はフレイズとの戦いを経験させるため、新人騎士の部隊を編成している。もちろん、上級種と戦わせる気はない。今回はフレームギアでの戦い方と、戦場の雰囲気を体験してもらえれば、というところである。


「フレームユニットでの訓練は終えているんですよね?」

「はい、それはもう。最低でも動かせなければ話になりませんからな。囲まれたりしなければ下級種に充分対応できると思います」


 ま、それでもやられる時はやられるんだが……。きちんと指導してもらえれば大丈夫か。


「わかりました。9機の重騎士シュバリエ黒騎士ナイトバロンを1機、追加で貸し出しましょう。破壊された場合の修理資材料はもらいますけど」

「ありがとうございます」


 バビロンのモニカに連絡して、「格納庫」から10機の機体を地上に転送してもらうことにした。

 今回は上級種がいるとはいえ、数は万までいかないようだし、こちらには新型機もある。そこまで激戦にならないとは思うが、こればっかりは始まってみないとわからんしな。

 ガスパルさんが去った後、もう一杯ルーのお茶を飲んだ。


「レグルスの方も新人を入れたんだねえ」

「そのようですね。レグルスは先の軍部反乱で、かなり戦力を落としましたから……」

「あの将軍も余計なことをしたもんだ」


 皇帝陛下の生命を狙い、「吸魔の腕輪」と「防壁の腕輪」を用いて、悪魔を召喚し、軍事クーデターを起こしたバズール将軍。

 事件後、将軍とそれに追従した将校たちも処刑され、かなりの数の軍部関係者が刑を受けた。レグルスは騎士団と軍の二つが存在していたが、軍部の方は今や騎士団の管轄下にあるらしい。まあ、不名誉なことをしでかしたんだから、しばらくは監視されても仕方がないんだろう。

 幸い、隣国との関係は間に僕を挟んだこともあって、今までにない友好的な関係が築けている。なので諸外国からの守りはそこまで必要となっていないようだ。ベルファストはもちろんのこと、ロードメアやラミッシュとも上手く付き合っている。たまーに両国で解決できない問題が僕の方へ回されてくるけれども。


「帝国にとってあの事件は悲しい出来事でしたが、わたくしにとっては冬夜様と出会えた、思い出深い出来事ですわ。不謹慎ですけれど」

「そうだね。確かにあの事件がなければルーと出会うこともなかったかもしれない。そう思うとあの将軍にも感謝かな。不謹慎だけれど」


 二人で顔を見合わせて笑った。この子と出会えて良かったと心から思う。

 ルーは負けず嫌いで努力家だ。一度決めたら考えをなかなか変えない頑固なところもある。だけど、自分のことよりまず人のことを考えられる優しい女の子だ。

 何気なしにお互いを見つめる形になっていた僕らは、どちらからともなく近づき、やがてルーがその瞳を閉じた。僕も瞼を閉じて……。


「おおお〜。二人とも大胆じゃのう……」

「しっ、スゥ。静かに」

「こういうの、ちょっと妬けちゃうものなのねぇ……」


 どこからか聞こえてきた小さな声に僕らは瞳を開いてバッと振り向く。

 背後の岩の陰に隠れて、スゥとリンゼ、そしてリーンとポーラがこちらを覗き見していた。


「あっ、あっ、貴女たち、いつから覗いてたんですの!?」


 顔を真っ赤にさせてルーが三人プラス一匹? に噛み付く。


「ガスパル団長と入れ違いくらいか?」

「お、お昼ごはんをどうするのかなって、二人に聞きに来たら、なんか、いい雰囲気だった、ので」

「私は邪魔するなって言ったのよ?」


 三人がそう答え、リーンの足下にいたポーラがえっへん、とばかりに腰に手を当て胸を張った。いや、威張るところじゃないから。

 ルーが両手で真っ赤になった顔を押さえてしゃがみ込む。


「ううう……。恥ずかしいですわ……」

「恥ずかしがることはないと思うがのう。冬夜はわらわたちの旦那様じゃ。夫婦仲良くして何が恥ずかしい?」


 スゥが本気でわからないという風に首を傾げる。


わたくしはまだそこまでの域に達していませんわ……」


 ぐむむ、とスゥの無邪気な瞳を逸らすルー。そりゃそうだ。正直僕だって達していない。ある程度は吹っ切れたけど。


「私たちのダーリンはあんまりそういうことをしてくれないから、慣れようもないわよね。私としてはもっとスキンシップして欲しいところなんだけど」

「そうです。冬夜さんは、もっと私たちとイチャイチャするべき、だと思います」

「ええ!?」


 世界でもオクユカシイ民族の日本人としては、そいつはけっこうハードルが高いんですけど……。人前でイチャつくってのは反感を買うことも多々ありますよ? 「リア充爆発しろ」とか、「もげろ」とか言われたり書かれたりしますよ?


「そうじゃのう。わらわももっとぎゅーっと抱きしめてほしいのう」

「私も、腕組んで街を歩いたり、喫茶店で「あーん」とかしたい、です」

「あらいいわね。それくらいはいいんじゃない?」


 だからそれをみんなが見てる前でとかは、ハードルが高いっつーの。「イチャコラしてんじゃねぇ」「もげろ」って言われるよ?

 電車内でイチャイチャしてる奴らに僕も何度そう思ったことか。だからわかるんだ。彼らの慟哭が。魂の叫びと血の涙が。それをいたずらに刺激してはいかんと思うわけですよ。


「人前でなければいいんじゃな? なら今いっぱい抱きつくのじゃ!」


 スゥが駆け寄って正面から抱きついてくる。ちょ、誰も見てないから恥ずかしくないってわけじゃないんですが!


「あ、わ、私も」

「あら、じゃあ私も」

「ちょ、おい!?」


 ぎゅっと左右の腕にリンゼとリーンにしがみつかれる。ちょ、あたっ、当たってますが! 両名とも決して大きくはないけど、やはりそれなりに存在感があって柔らかいわけで……。って、なんでポーラまで足にしがみついてんのさ!


「ずっ、ずるいですわ! わたくしも!」

「ええ!?」


 そう言ってルーも後ろから抱きついてくる。なにこれ!? 四面楚歌ならぬ四面少女ってどんな状況だよ!

 嬉しくないわけじゃないが、やっぱり恥ずかしい! 誰か助けて!


『空間に亀裂を確認! フレイズの出現兆候あり! 総員直ちに戦闘準備に入れ!』


 警報が鳴り響き、本陣が慌ただしくなる。リンゼたちもハッとして、僕から離れ、自分の機体へと駆けていった。

 これはフレイズに感謝すべきなのかどうなのか……微妙。

 イチャイチャしたくないわけじゃないんだけどねえ。9人も婚約者がいて、節度あるお付き合いを、ってのは今更なのかなあ。

 ま、やっぱり外ではあまりイチャつくのは控えよう。もげたくも爆発したくもないしな。この世界じゃ本当に「エクスプロージョン」とかで爆発されかねないぞ。

 僕はため息をひとつついて本陣へと歩き出した。









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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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