#256 秘文、そして雪狼。
「見タことのない文字ですね」
城の書庫に閉じこもって読書を続けていたファムに、例の絵文字を見てもらうと、そんな答えが返ってきた。
「ドコとなくアルテマ秘文字に似てなくもないですが、違うようにも見えます。コノ文字はパルテノ……マスターたちの言う、古代文明崩壊前に存在した文字ではないと思われます」
「ってことは古代文明崩壊後にできた文字で、さらに現代ではすでに失われた文字ってことか?」
「ソウとしか思えませんが、1000年ほどで全く知られていない文字と言うのも不思議です。推測するに、少数部族のみが使用する文字だったのではないかと」
あの遺跡があった場所はベルファストの旧王都だ。だけどこの文字はベルファストのものじゃない。ひょっとして、その少数部族がフレイズに破壊された旧王都にあの地下遺跡を作ったのか? 一体なんのために?
「その似てるって言うアルテマ秘文字って、ファムは読めるのか?」
「読めません。ソモそもアルテマ秘文字を使っていた部族は書物を残さない部族でしたし、私も参考文献でその秘文字の一部を見ただけですので」
ふむ。そのアルテマ秘文字を使っていた少数部族の子孫が、旧王都の遺跡を作ったのかもしれないな。とりあえず「リーディング」で確認してみるか。
「リーディング/アルテマ秘文字」
魔法を発動させると部分的にわかるような感じで翻訳された。アレだ、中国語が漢字でなんとなく意味がわかるような感じ。
だけど、国が違えば同じ文字でも意味が違うってのはあり得るからなあ。
例えば「可憐」って言葉は、日本だと「可憐な少女」みたいに、「可愛らしい」とかいう意味なんだけど、中国語で「可憐」って言葉は「かわいそう」とか「哀れ」とかいう意味だったと思う。
おそらくこの絵文字もアルテマ秘文字とそういった感覚の違いがあるのだろう。文章というか、単語がところどころわかるレベルだ。
「我ら赤……輝く悪魔……贄……都市……えーっと、小さい? 黒と……騎士? 黒騎士?……時と空間、修復……帰る、いや去る、か。再び……死体? 注ぐ……?」
むむう。要領を得ないな。多分、輝く悪魔=フレイズ、都市=旧王都、のことだと思うんだが。黒騎士ってまさかフレームギアの黒騎士のことか? でも小さいってなんだ?
「我ら」ってのはこの絵文字を書いた奴のことだと思うが、「我ら」と複数系で書いてあるから、個人ではなくその少数部族のことかな。
「我ら赤」ってのは「赤」っていう名称なのか、「赤毛の部族」みたいに言葉が続くのかもわからんしな……。
しかし「修復」ってのは、もしかして、世界の結界を「修復」したってことなんだろうか。
だとしたらこの「赤」って部族はそういった能力、もしくは技術を持っているのかもしれない。なにかアーティファクト的なものかもしれないが。
「結局何もわからず、か」
「ソノようで」
1000年前にフレイズが再び現れ、旧王都を滅ぼした。それは確かだ。それを誰かが、倒すなり、撃退するなりして、世界の結界を修復した。
そこが知りたいんだけどなあ。仕方ない。僕は僕でやれることをやるしかないか。
と、言っても、フレームギアの方は博士たちに任せているし、騎士団の方はレインさんや諸刃姉さんに頼りっきりだけど。今、僕にできることといえば、オルバさんに新商品を作ってもらって、資金を稼ぐことぐらいかな。
そんなことを考えていたとき、懐のスマホが振動して僕に着信を知らせた。ギルドマスターのレリシャさんからだ。
「はい、もしもし」
『お忙しいところ申し訳ございません。緊急事態でしたので』
「なにかありましたか?」
『巨獣が現れました』
巨獣。突然変異種ともいう。稀に現れる異常なまでに巨大化した魔獣のことだ。以前、双尾蠍スコルピナスという巨獣と戦ったことがある。むろんフレームギアでだが。
『出現したのはエルフラウ王国のスノラ雪原。個体はおそらく雪狼スノラウルフです』
巨獣というものは、特殊な能力を身につける個体が多い。巨獣化したから身につけたのか、能力を身につけたゆえに巨獣化したのかはわからないけど。
僕が以前に倒した巨獣のスコルピナスも強酸を尾の先から出していた。通常のスコルピナスなら弱い毒液しか出さないらしい。
今回のスノラウルフとやらもなにか変な能力を持っていそうだが……。
『エルフラウ王国の女王陛下が、このスノラウルフの討伐に乗り出したのですが、スノラウルフの力は凄まじく、エルフラウの兵士たちに多大な被害が出てしまいました。ギルドからも赤ランクの冒険者数十名と銀ランクの冒険者一名が犠牲になっております。二日前に小さな村がひとつ壊滅し、被害は広がるばかりです』
「銀ランクの冒険者もですか……」
世界に数名しかいない銀ランク。僕も「ドラゴンスレイヤー」「ゴーレムバスター」「デーモンキラー」という称号三つを手に入れて昇格したほどだ。
そこからさらに双尾蠍スコルピナスを倒して金ランクになったわけだが、あの時はフレームギアで戦ったからな。
ひょっとしたらそのやられた銀ランクの冒険者も、巨獣を倒して三人目の金ランクを狙っていたのかもしれない。
『そこでエルフラウの女王陛下より、ブリュンヒルド公王陛下へ、スノラウルフの討伐依頼が来ております。いかがいたしましょうか?』
「それは金ランク冒険者として、ですね?」
『その通りです。名目上は金ランクの冒険者なら誰でも依頼を受けることができます。報酬は王金貨100枚。それに宝物庫から好きなものをひとつ差し上げるとのことです。むろん断っても構いません。しかし、エルフラウ王国としては他にすがるものがない状況です』
むう。確かにわざわざ僕が出向く必要はない。エルフラウとはなんの繋がりもないし、金ランクは一応もう一人いるしな。引退したスケベな爺さんだけど。
しかし、このまま放置すればエルフラウの人々がどんどん犠牲になっていくだろう。
実際のところ、僕が行かなくてもフレームギアに乗ったウチの騎士、二、三人で倒せたりするんじゃないか、とさえ思う。
だけどそれだと「金ランクの冒険者」ではなく「ブリュンヒルドの公王」が倒した……いや、騎士に命じて倒させたってことになる。
エルフラウにとっちゃどっちでもいいかもしれないが、今回は僕が直接行こうかと思う。少し試してみたいこともあるしな。それに「金ランクになれたのはフレームギアがあったからだ」なんて思われるのも癪だし。ここらで一回生身でぶつかってみたい。
「わかりました。その依頼受けましょう。正確な場所をメール添付で送ってください。すぐに向かいます」
『ありがとうございます。ではその通りに』
レリシャさんからの電話を切ると、そのまま高坂さんに電話して、エルフラウへ向かう旨を伝える。いつものように呆れられていたが、もはや慣れたものだ。
なんとなくテレビ時代劇で、暴れん坊な殿様が城を抜け出すとき、ため息をつく御側御用取次役の爺さんを思い出す。僕らの関係もあれに近いものがあるな、と苦笑する。
ピロン、とメールの着信音がして、スノラウルフの場所が表示される。どうやら監視として、エルフラウの兵士たちが張り付いているらしい。臭いで察知されるので、かなり離れて、らしいが。
以前バビロンを探していた折に、エルフラウ王国には行っている。とりあえず「ゲート」でそこまで転移し、それから「フライ」で目的地へ向かうか。
「ゲート」
ファムを書庫に残し、エルフラウへと転移し……寒ううううううううっ!!
さすが極寒の凍土。相変わらず寒さがハンパない! すっかり忘れてました!
「ね、熱よ来たれ、温もりの防壁、ウォーミング」
温暖魔法をかけて、寒さから守るバリアを張る。ふぃ〜……死ぬかと思った。
マップを呼び出し現在地と目的地を確認する。
「っとその前にエルフラウ兵を検索っと」
エルフラウの兵士を見たことないけど、見るからに兵士ってカッコしてるなら引っかかるだろ……とビンゴ。これが監視兵かな。
「フライ」で一気に飛んでいくと、雪原に差し掛かる森の中に、数人の兵士たちがいるのが上空から見えた。
彼らの近くに着地する。
「っ!?」
突然空から降り立った僕に向けて、ロシア帽子「ウシャンカ」のような毛皮でできた帽子をかぶり、分厚い防寒着を身につけたエルフラウの兵士たちが一斉に武器を構える。
「ブリュンヒルド公国公王、望月冬夜です。エルフラウ王国女王陛下の依頼により、雪狼スノラウルフの討伐に来ました。この部隊の責任者は誰です?」
「ブリュンヒルド公王だと!?」
脛まで埋まった雪に、ブーツかなんか履いてくりゃよかったと後悔しながら、懐からギルドカードを見せる。
「黄金のギルドカード……た、確かに……」
「なんならフレームギアをここに呼び出しましょうか?」
「い、いえ、女王陛下が助力を願ったというお話は上から聞いております。私がこの部隊を率いるアレクセイであります」
十人ほどの兵士の中でも頭一つ大きい、長身でがっしりした巨漢が名乗りを上げる。信じてもらえないんじゃないかとも思ったが、あっさりと受け入れてくれたな。
後で聞いた話だが、アレクセイの父親は冒険者ギルドの職員で、金ランクになった僕のことをよく話していたそうだ。良くも悪くも注目されていたらしい。
一応、ギルドカードが本物か確認はされたけれども。
「それでスノラウルフはこの先に?」
「はい。雪原でブルドボアを何匹か食っていましたので、しばらくは動かないかと」
ブルドボア……ああ、寒冷地帯にすむ白い大猪か。取り立てて人間を襲っているわけではないようだけど、食えるものならなんでもいい感じだな。放っておけば被害が広がるだけだし、サクッと倒してしまうか。
「たっ、隊長! スノラウルフがこちらに向かって来ます!」
「なんだと!?」
望遠鏡で監視していた兵士の一人が前方を指差す。雪煙の上がる中、体長20メートル以上はあろうかという巨大な白狼がこちらへ駆けてきていた。
「どれ、じゃあ相手をしますかね」
エルフラウ兵士たちの前へ歩み出し、迫り来る雪狼スノラウルフに手を翳す。
「風よ来たれ、突き抜ける突風、エアインパクト」
瞬間、風の古代魔法が発動し、こちらへ向かっていたスノラウルフの巨体が後方に吹っ飛ばされる。ふむ、初めて使ってみたが、風刃ではなく空気の塊をぶつける感じだな。
雪原を転がった白狼は、体勢を整えて、その黄金の瞳を僕に向けながら、低い唸り声とともに口から大きな牙を覗かせる。
「ゴガァァァァァァァッ!!」
咆哮とともに口の中に氷の塊が集まっていく。轟音を上げながらその塊がこちらへ向けて発射された。む。マズいな。
後ろに兵士たちがいるのでよけるわけにもいかない。
「来たれ風炎、火炎の旋風、イグニスハリケーン」
炎の竜巻が巻き上がり、飛んできた氷塊を一瞬にして蒸発させる。「ファイアストーム」と同じような魔法だが、こちらの方が威力が高い。
これも古代魔法のひとつで、火属性と風属性の融合した合成魔法と呼ばれるものだ。これが退化していって、火属性の「ファイアストーム」になったんじゃないかと思われる。火と風、両属性持ちじゃないと使えない魔法だからな。使える者も限られていただろうし。
「来たれ雷氷、百雷の氷霧、ボルティックミスト」
「ガァアアァッ!!」
雪狼の周りに雷を帯びた霧が発生する。霧に触れると体に電撃が走るので、その場から動くことができないのだろう。これも合成魔法のひとつで捕縛系の魔法だ。
さて、倒すにしても炎系の魔法で丸焼きとかだと、たぶん素材としては価値が下がるだろうな……。
試してみたい魔法があるが、触れないと効果がないから、一旦電撃霧を消すか。
こちらに向かって来られると、後ろの人たちが面倒なことになるので、「テレポート」で反対側に移動し、縛っていた魔法を霧散させる。
体が自由になると、すぐさまスノラウルフが雪原を蹴り、僕の方へと飛びかかってきた。凄まじい速さだけど、分かり易いヤツだな。
再び「テレポート」で雪狼の側面へと転移し、「パワーライズ」で跳ね上げた力をもって土手っ腹を殴りつける。
「ゴボッ、ガァッ!?」
全長20メートル以上はあろうかという巨体からベキベキという音が漏れる。どこか骨が折れたか。そのまま倒れこんだスノラウルフに手を触れて、闇魔法を発動させる。
「闇よ奪え、その生命を我に与えよ、エナジードレイン」
「グルガアッ!?」
勢いよくスノラウルフから僕の中に生命力が流れ込んでくる。「リフレッシュ」のような感覚だが、こっちは少し時間がかかるっぽいな。さらに言うなら巨獣化してるせいか、生命力も高く、一気に吸収できない。
「ガアッ!!」
「おっと」
噛み付いてこようとしたスノラウルフをバックステップで避ける。相手は立ち上がろうとするが、足がガクガクとおぼつかない。もういいか。
「じゃあな」
腰のブリュンヒルドを抜き、スノラウルフの心臓に神気を込めた弾丸を撃ち込む。
「ガッ……」
小さな断末魔を上げながら、人々を恐怖に陥れた魔狼スノラウルフは雪原へと沈んだ。
確認のため近寄ったが、間違いなく死んでいるな。
しかしなんだこれ! ものすごく手触りのいい毛皮だな! ミンクなんか目じゃないんじゃないか!? いや、ミンクの毛皮なんか触ったことないけど! こりゃ高く売れそうだなー。
「こ、公王陛下……。スノラウルフは……」
「ああ、死んでるよ。もう大丈夫だ」
恐る恐る近づいてきたアレクセイたちに安心するように言うと、何人かがその場でへたり込む。無理もないか。
さて、と。スノラウルフを「ストレージ」に収納し、アレクセイたちから「リコール」の魔法でエルフラウの王都、スラーニエンの記憶をもらう。
王城前へ「ゲート」を開き、僕らは一気に王都スラーニエンへと転移した。
「スラーニエンだ……」
「まさか一瞬で帰ってこれるとは……」
アレクセイたちに城へ案内してもらうように頼み、城門をくぐる。
エルフラウの城はどこかゴシック様式を思わせる城で、大きさ的にはそんなに大きくはない。と、言ってもブリュンヒルドの城よりは大きいが。
城へ入ると中庭に移動し、きちんと討伐した証拠に「ストレージ」からスノラウルフの死体を取り出した。
ドカンと置かれた巨体に、集まってきた城の兵士たちが目を丸くする。
一応討伐したことをギルドマスターのレリシャさんに伝えておくかと、懐からスマホを取り出したところで、後ろから声をかけられた。
「ブリュンヒルド公王陛下でございますか?」
振り返るとお付きの騎士を左右に二人連れた長い金髪の女性が立っていた。白を基調とした上品そうな毛皮の礼服を纏い、額には緑の宝石をあしらったサークレットが輝く。
そしてその頭上には、ティアラと言うにはいささか立派すぎるが、王冠と言うには小さいものがダイヤモンドで彩られ輝いていた。
年の頃は20代前半、緑の双眸が僕へと向けられている。
「……はい。ブリュンヒルド公国公王、望月冬夜です。あなたがエルフラウ王国の女王陛下ですか?」
「はい。エルフラウ王国の女王、フォルトゥーナ・ティエラ・エルフラウです。このたびは我らの願いをお聞き届けいただき、感謝しております」
お礼の言葉を述べてくる女王陛下だったが、僕の視線は彼女の一点に注がれていた。長く尖った耳。ギルドマスターのレリシャさんと同じだ。
エルフラウ王国の女王陛下はエルフだった。
エルフって森の民なんじゃなかったっけ? 僕のしょぼいファンタジー知識だと確かそうだったような……。
あれ? ひょっとしてエルフラウ王国の名前って、エルフからきてんの?
その割りにはエルフとかあまりいないよな? いや、街中を歩いたわけじゃないからまだわからないけど。
「とりあえずこちらへ。お茶の用意ができております」
「あ、はい」
女王陛下に導かれるままに、僕はエルフラウ城の中へと足を踏み入れた。




