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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第24章 王様は何かと忙しい。
225/637

#225 春、そして土と風と火。




 春である。

 この世界には四季というものがある国と無い国がごちゃ混ぜになって点在するため、季節の移ろいを楽しむことはあまりしない。

 だがそれは、逆に言えば楽しむ人たちは楽しむということだ。イーシェンなんかはその最たるものである。ブリュンヒルドの国民は、全体の七割近くがイーシェン出身のため、当然ながらその気質が強い。そして、ありがたいことに、ブリュンヒルドには四季があった。

 そして城から城下町へ続く道に、試験的にイーシェンから移植した桜の並木道が見事なまでに満開になれば、やることはひとつ。宴会である。

 もともと冒険者たちはお祭り好きだ。あっという間に桜の下には飲めや歌えの集団が出来上がっていた。まあ、取り立てて問題を起こしていないなら、多少の騒ぎは今回は大目に見ることにした。町の人たちも花見に繰り出し、楽しんでいるようだしな。むろん、行き過ぎた馬鹿騒ぎや乱暴狼藉を働いた奴はブタ箱に入って一日反省してもらうが。

 そして、人が集まれば当然ながら出店でみせも出るわけで。まさに花見真っ盛りといったブリュンヒルドです。

 もちろん、僕らもこれに乗らない手はない。フリオさんが植えた中庭の若桜や、僕がイーシェンから植え替えたものも満開になっていた。はらはらと桜の花びらが城の掘に落ちて、なんとも言えない風情がある。

 ちょうど東西同盟の会議が終わったあとに、一席を設けた。

 同盟国ではないが、フェルゼンとライルの国王たちも誘えればよかったのだが、さすがに今日、今から、では無理があるだろうとやめておいた。

 それでもブリュンヒルド、ベルファスト、レグルス、リーフリース、リーニエ、ミスミド、ラミッシュ、レスティア、ロードメア、九ヶ国の代表が宴会など、豪勢過ぎる顔ぶれだ。

 中庭に設置された食卓には、クレアさん率いる厨房部隊が腕を振るった力作が所狭しと並んでいる。

 代表として、盃を持ち、僕が音頭を取る。


「では皆様の益々のご発展と、ご多幸を祈念いたしまして……乾杯!」

『乾杯!!』


 みんなの手元にある酒はイーシェンの家泰さんから前に貰った差し入れだ。僕のは果実水ジュースだけど。いやいや、未成年ですから。

 ウチの騎士団の人たちも交代ではあるが宴会に参加している。席は王様たちから離れてはいるが。もちろん、このあと警備の任務がある者は、飲酒を禁じているぞ。

 それぞれ他国の騎士団も王様たちの警備をする数名を除いて、宴会に参加している。ただし、酒を飲む者は武器を外してもらうけどな。もっとも僕の目の前じゃ何もさせないが。


「しかしちょっと前までは信じられない光景だな」

「まったくですな。ベルファストとレグルスの騎士たちが共に酒を飲んでいる。ミスミドの獣人とラミッシュの聖騎士が同じ皿で食べ物を分け合っている。いやはや、冬夜殿と出会ってから、いろいろと変化が激しすぎて、なにが普通かわからなくなってきました」


 レグルス皇帝とベルファスト国王がそう話してるところへ、二人の娘が横に座る。


「これが冬夜さんの普通ですわ、お父様。生まれや身分、種族や国家など、些細なことでしかないのです」

「冬夜様は皆様の仲を取り持ち、幸せにしてくれますわ。なにせわたくしたちの婚約者フィアンセですから!」


 ユミナとルーの言葉に苦笑する父親二人。照れくさいからそれぐらいにして下さい……。


「冬夜殿! ここにフレームユニットを出せんか? ちょっと騎士王と対戦したいんだが!」


 そんなことを言ってきたミスミド獣王のリクエストに応えて、対戦のために数台のフレームユニットと大型モニターを中庭に設置した。機体は同じ設定なので、純粋に腕前で勝負が決する。まあ、武器の選択などでも左右されるが。

 あっという間に騎士団たちの勝ち抜き戦が始まり、それぞれが自分の腕前を披露していく。他の国の人たちもけっこう操縦に慣れてきたよな。まあ、あれだけフレイズの激しい戦闘に放り込まれれば当たり前か。

 そのうち飲んでいた諸刃姉さんに、一手ご指南を、と言う者が出てきた。申し込んでいるのは他の国の騎士たちだ。同じ剣を持つ者として、ウチの最強剣士と戦いたいらしい。それを見て、ウチの騎士団の連中が苦笑したり、同情の眼差しを送る。折られるぞ。自信という名の柱が。かわいそうに。

 一方、花恋姉さんの方は女性騎士たちになにやら吹き込んでいる。おそらく、というか、それしかないだろうが、恋愛事だろうなあ。

 相談に乗っているんだろうが……あれ? あれってロードメアの騎士団長、リミットさんか? ものすごい真剣な顔して花恋姉さんの話に喰いついているけど……。誰か好きな人でもいるんだろうか。

 リミットさんのかわりに全州総督の護衛には別の人が付いていた。騎士団長もたまには羽を伸ばした方がいいとのことだ。

 僕と同じく全州総督も酒は飲んでいない。ラミッシュ教皇も合わせて女性二人は下戸なんだろうか。


「こう綺麗な花を見ていると、音楽が欲しいですね。そう言えば陛下。この国には楽団はいないのですか?」


 舞い落ちる桜を見ながらロードメアの全州総督が尋ねてくる。


「楽団はいませんね。いてもあまり仕事がないと思いますよ? ウチはあまりパーティーとかしないし」


 なんせ貴族とかいないからな。ベルファストやレグルスみたいに、公爵や伯爵とかを呼んだり呼ばれたりってのがないし。そのうち爵位とか考えた方がいいのかなあ。

 どっちにしろ楽団なんか雇うだけ無駄……あ、でも音楽ならできるか。

 「ゲート」を開き、ピアノを中庭に引っ張り出す。突然現れた黒い物体に全州総督が驚いていた。


「わあ、なにか弾いてくれるんですか!?」

「おお、冬夜のピアノは大好きじゃ! 何の曲を弾いてくれるのじゃ?」


 ピアノの長椅子に座るとリンゼとスゥが駆け寄ってきた。鍵盤をひとつふたつ押し、音を確認する。その様子から、全州総督もこれが楽器だとわかったみたいだ。

 ちょこんとスゥは僕の隣に腰掛ける。そうだな……んじゃ、彼女たちに贈るってことで。


 静かに弾き始める。優しげなメロディが桜の花びらに合わせるように流れると、みんなが僕の方へ視線を向けた。

 イギリスの作曲家エドワード・エルガーが作曲し、婚約者へ贈ったとされる曲、「愛の挨拶」。

 婚約者の女性が8歳も年上だったり、宗教や身分の違いから、猛反対する親族を押し切って結婚したという、そんなエピソードがある曲である。

 この人は他にイギリス第二の国歌とも言われる「威風堂々」なども作っているが、僕は「愛の挨拶」の方が好きだ。

 短い演奏が終わると、周りから拍手が送られた。感激したのかスゥに突然飛びつかれ、なんとか抱きとめる。危なっ。


「これはすごいです。演奏もそうですが、この楽器は素晴らしい……。冬夜様、これは?」

「ピアノといいます。鍵盤を叩くことで様々な音がでる楽器ですよ」


 ピアノを眺めるラミッシュ教皇に、笑いながら説明する。そうか、教会なら賛美歌とかあるのか? スゥを地面に下ろし、尋ねてみる。


「ラミッシュでは教会の賛美歌に伴奏とかあるんですか?」

「簡単な楽器でならございます。ここまで多彩な音を一人で出せるようなものではないですが」

「じゃあ一台プレゼントしますよ。音楽家の方なら弾きこなせると思いますし」

「本当ですか!?」


 「工房」で複製して、ちょちょいと魔法付与すればできるからな。あいにくと弾き方まで教えるのは面倒なんで勘弁だが。


「王様……」

「ん? どうした、桜?」


 いつの間にか桜がピアノの横に来ていた。足元には琥珀が付き従っている。


「私も歌う。「あれ」弾いて」

「え? 「あれ」ってこの前教えたやつか? でもあれって曲名が「九月」って意味で、季節に合ってないと思うんだけど」

「アレがいい。弾いて」


 歌のことになると押しが強いな! けっこう難しいんだぞ、あの曲……。

 本来なら金管楽器かドラムくらい足したいところだが、仕方ない。本来はディスコミュージックなんだがなあ。

 無属性魔法「スピーカー」を発動させる。空中に大きな魔法陣と小さな魔法陣が二つ浮かび、直径10センチほどの小さな方は桜の口元とピアノの手前で静止した。


 椅子に座り直し、アップテンポで弾き始める。前奏の音を軽やか刻んでいき、「スピーカー」の魔法陣からピアノの音が響き渡る。ノリはいい曲なので自然と身体が動き、楽しくなってきた。桜も身体を左右に揺らしていた。

 桜が小さな魔法陣に向けて歌い始める。いつもの軽やかな声じゃなく、腹に響くような声だ。

 引き込まれるように、聞いているみんなの身体が左右に揺れてきた。歌詞は英語だから意味はわからないはずなんだが、音楽に国境どころか異世界も関係ないようだ。「土、風、そして火」というグループ名は異世界に合ってそうだが。

 サビになり、普段の桜からは想像もつかないソウルフルな歌声が響く。ヤバい、こっちもますます乗ってきた。楽しい。

 桜が歌う歌詞に合わせて、わからないながらもみんなも声を出して歌う。自然と手拍子も生まれ、みんな桜の歌にノリノリになっていた。まるでライブ会場のように、熱狂の渦がみんなを包んでいく。

 そして曲が終わると、先ほどよりも大きな拍手と歓声が僕らに贈られてきた。桜もどこか嬉しそうだ。


「素晴らしい歌です! この者は?」

「うちの歌姫ですよ」


 ラミッシュ教皇に答えると、いつもの無表情に戻り、桜は小さくお辞儀をすると、すぐさま僕の背中へ隠れてしまった。人見知りするくせに、なんであんな目立つことができるのかよくわからんなあ。少し照れているようにも見える。


「へ、陛下!」


 ん? 僕の所へうちの騎士団のスピカさんが駆けてくる。ダークエルフである彼女はとても目立つ。いや、美人だってのもあるけどさ。


「どうしました?」

「あのっ……! 桜様は記憶を無くしているんですよね!?」

「そうですが?」


 僕の背後に隠れる桜をじっと見ながら、スピカさんが口を開く。


「ファルネ様なのですか……?」

「?」


 キョトンとしている桜を見て、肩を落とすスピカさん。なんだ?


「ファルネ様ってのは?」

「あ、ああ。すみません。魔王国ゼノアスで、私が仕えていたお方です。ファルネーゼ・フォルネウス様。歌がお好きな方で……今の歌声がそっくりだったのです。それで、思わず……。申し訳ありません。ありえないことを……。ファルネ様はもうこの世にはいらっしゃらない……顔も髪の色も違いますのに……」


 寂しそうに笑うスピカさんから、よほど大切な人だったことがわかる。その人が亡くなったことと、スピカさんがゼノアスを出たことは、なにか関係があるのだろうか。


「桜様と同じ名前のこの花を見ているとファルネ様を思い出します。あの方の髪もこのような美しい薄桃色でありました」


 遠く離れてしまった人を想い、スピカさんが風に舞う桜の花びらを目で追いかける。

 そうか。そんなところにそっくりな歌声が聞こえてきたもんだから、思い違いを……って、んん?


「……ちょっと待って。「薄桃色」? ファルネ様ってのは薄桃色の髪をしていたのか?」

「そうですが……それがなにか?」

「いや、だってさっき桜とは「髪の色が違う」って」

「ええ。桜様の綺麗なと見間違えるなんて、どうかしてました」


 どういうことだ? スピカさんには桜の髪が黒髪に見えている? 薄桃色と桜色、表現の違いはあれど、淡いピンクと言う点では同じだろう。

 なにかの力が働いている? 顔や髪の色など、認識を歪ませるような魔法か?

 でも桜が魔法を使っているようには思えないんだが……。


「どういうことだ……?」

「あの……なにか……?」


 訝しげにスピカさんが僕の顔色を窺う。それを無視して、僕は隣にいたスゥに声をかけた。


「スゥ。桜の髪の色って何色に見える?」

「? 桜色ではないのか? この花の色と同じだから、冬夜がそう名付けたのだろ?」

「!? あ、ひょ、ひょっとして……! 陛下! 桜様はなにかメダルのようなものを持ってませんでしたか!?」


 スゥの答えになにか思い出したのか、スピカさんがそんなことを尋ねてくる。

 メダルってあれか? 桜を助けた時に身につけていた銀色の……。


「……これ?」


 胸元から桜が紐についた直径10センチほどの銀色のメダルを引っ張り出した。


「……それ、を……外して、もらえますか……」


 渇いた声でスピカさんが桜に声をかける。意図が分からず小首をかしげながらも、僕が促すと桜は素直に首からそのメダルを外した。


「あ、ああ……」


 スピカさんの目から大粒の涙がとめどなく流れていく。桜の前に跪き、その手を大切そうに取り、自らの額に押し付けた。


「ファルネ様……。間違いありません……この方はファルネーゼ・フォルネウス様です。生きて……生きておられた……」

「ファルネ……?」


 相変わらず首をかしげる桜の前で、スピカさんは涙を流し続けた。










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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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