#204 暴走、そして赤き破壊神。
『どうだ?』
『ちょっとバランスが違和感あるけど、動きには支障ないわ。黒騎士より反応が早いし、動かしやすいわね』
エルゼが完成した新型フレームギア、「ゲルヒルデ」を動かしながら答えた。
ゲルヒルデは装甲に晶材をコーティングしている。装甲全部を晶財にしてしまうと完全に透明装甲になってしまい、味方から非常に見づらい。晶材に塗料を混ぜてみようとも試したが、「モデリング」では混ざらず、晶材の中に塗料が閉じ込められただけだった。「モデリング」はあくまで「変形」魔法であって、「融合」魔法じゃないからな。同じ素材ならまだなんとかできそうだったのだが。
なので特殊な装甲の上に厚めの晶材を取り付けて、多層装甲としている。ゲルヒルデの赤い色は下地の装甲の色が透けて見えているのだ。
『ふっ!』
ゲルヒルデが荒野にあった巨大な岩壁に拳を突き立てて粉々に砕く。瞬間、腕部に装備されたパイルバンカーから、轟音と共に槍のような杭が撃ち出された。
杭は空中に飛んだ巨岩のひとつを一撃で粉砕すると、すぐさま腕に収納される。肘の先から杭の反対側が飛び出した。
『ん、パイルバンカーも問題ない。狙ったところに撃ち込めるわ。これなら中級種でも一撃で倒せそうね』
蝶のように舞い、蜂のように刺す。そんな言葉が脳裏をよぎる。ただひたすらに一撃で仕留める。ゲルヒルデの動きはそれに集約されていた。もちろんパワーでもスピードでも黒騎士よりも上の機体である。
『ブースト!』
ゲルヒルデの多層装甲の各所から、魔力の残滓が溢れ出る。まるでボンヤリと機体が赤く燐光を纏っているみたいに見えた。
身体強化魔法を発動させたゲルヒルデは、一段と速さを増し、突き出した拳とパイルバンカーの一撃は、残っていた岩壁を木っ端微塵に粉砕した。
『どうだ? 身体に変調はないか?』
『ものすごく魔力と体力を持ってかれるわね。放出系の魔法じゃないからかしら。連続使用はキツイかも』
機体の方には問題はなさそうだ。エルゼがブーストを解除すると、ゲルヒルデの燐光も消えた。
『マスター、データ収集完了でありまス』
上空のバビロンで、モニタリングしていたロゼッタから連絡が入る。わざわざ城から離れた荒野まで出向いて試運転したのはこのためだ。
あとはこのデータを元に調整、そして次の機体の製作に活かすことができる。
『よーし、そこまで。ご苦労様、エルゼ』
停止したゲルヒルデのハッチが開き、中からエルゼが飛び降りてきた。
「これでエルゼの機体はとりあえず完成だな」
「次は誰のを作る予定?」
「まずは戦闘をメインにした機体を揃えたいからなあ。八重とヒルダかな。どっちも剣がメインだし、比較的戦闘スタイルも似ているし」
八重は攻撃、ヒルダは防御に若干長けているといった感じか。エルゼのゲルヒルデは少しトリッキーな機体になったが、この二人の機体は侍型、騎士型といった正統派の機体となるだろう。
そんなことを考えていると、城にいる紅玉から念話が流れてきた。
《主。ロードメアの丘陵州総督から連絡が入りました》
《お、紅玉か。ロードメアの中央州にフレームギアの立ち入りが許可されたかな?》
《いえ、助けを求めております。中央州が武装したウッドゴーレムの暴走により、かなりの被害が出ているとのことで……》
《なんだって!?》
武装ゴーレムって、あの若ハゲのボーマン博士が作ったやつか!? なんでまた……! よりにもよって、フレイズの来襲が明日、明後日にもあるかもしれないっていうこんな時に!
すぐさまゲルヒルデを「格納庫」へと戻し、僕らは城の方へと向かう。
何かあった時のために、丘陵州総督のオードリーさんにゲートミラーを渡しておいてよかった。手紙ではあるが、リアルタイムで連絡できるからな。
城に届いたその手紙を読むと、理由まではわからないが、武装ゴーレム数体が中央州で暴れているのは間違いないようだった。
「とにかく現場に行ってみよう。エルゼ、ゲルヒルデの初戦闘になるかもしれないけど大丈夫か?」
「問題ないわ。相手は剪定の儀のときのやつでしょ? あたしのゲルヒルデなら楽勝よ」
なんとも力強い返事を聞いて、僕とエルゼはとりあえず様子を見ようと、急いで中央州の首都へと転移した。
「なんだこりゃあ……」
美しいバロック様式の建物が粉々に砕かれ、人々が逃げ惑っている。
あちこちで火の手が上がり、黒煙が高く空へ上っていた。街のいたるところで何体もの巨大な武装ゴーレムが、その拳を振り回しながら、建物を破壊している。まるでひと昔前の怪獣映画だ。
「ねえ、あれどっかに転移できないの!?」
「どっかってどこへ! どこに送ってもその国の迷惑になるだろ!」
エルゼの提案を却下する。もちろんブリュンヒルドに送るのも無しだ。海の中ってのも考えたが、アレがそんなんで死ぬとは思えないしな。そのままどこかに上陸されても困る。火山口とか行っておくんだった。
とにかくこのままではまずい。ここから数キロ先にある平原の方へ転移させよう。倒すにしろ、街中では被害が大き過ぎる。
スマホで検索すると全部で12体。1ダースか。僕はそれらを一気に平原へと転移させた。一瞬で街を破壊していたゴーレムたちが消え去る。
これでしばらくは時間が稼げる。あとはこっちから平原へ出向いて、叩き潰すだけだ。
「公王陛下!」
突然かけられた声に振り向くと、王宮の門へと続く長い階段を、オードリー州総督、それに護衛騎士を引き連れた騎士団長のリミットさんが降りてきた。
「州総督、いったいこれはどうなっているんですか!? なんで武装ゴーレムが街を破壊してたんです!?」
「暴走です。陛下のフレームギアに負けたのがよほど悔しかったのでしょう。ボーマン博士が無茶な改造を武装ゴーレムに施したらしいです。結果、失敗し、ゴーレムを制御することができなくなってしまったらしいです」
はあ!? 馬鹿か、あの若ハゲ! なにやってんだ全く!
「それでそのボーマンはどこに!?」
「行方不明です。全州総督が必死で探しておりますが、ひょっとしたらすでに死んでしまっているやも……」
僕はスマホでマップを呼び出し、ボーマンを検索した。生死を問わずである。すると赤いピンがひとつの場所にストンと落ちた。どこだここ?
「ここにいますね。生きてはいるようですが」
「ここは……使われていない倉庫です。どうしてこんなところに……? と、とりあえず身柄を確保してこい!」
「はっ!」
リミットさんの命令で、何名かの騎士が慌ただしく街中を走っていく。
街はゴーレムが消えたことでいくらかの落ち着きを取り戻したが、まだ火災などは続いている。とりあえず火を消すか。
「雨よ降れ、清らかなる恵み、ヘヴンリーレイン」
天に向けて魔力を拡散させる。すると、雨雲もないのにパラパラと雨が降り始めた。水属性、古代降雨魔法のひとつだ。濡れないように、僕らの頭上には「シールド」を張り、傘代わりにする。これで火も消えるだろう。
しかし、急にドザーッとスコールのような雨が降ってきた。やばっ、やり過ぎだ!
初めての魔法なんで、力加減を誤った。雨を止めると辺り一面水浸しになっていた。あーあーあー。すぐに止めたからそんなにひどいことにはなってないけど。
「こ、これで火は消えたと思います。あとは怪我人の救助を。僕らは転移させたゴーレムを片付けてきますので」
「あ、は、はい。わかりました。お気をつけて」
オードリー州総督に見送られて、僕らは首都郊外の平原へ転移した。目の前には再び首都へと向かおうとする武装ゴーレムの群れ。こちらへ重い足音を響かせながら進軍して来る。
よく見ると、背中に何やら怪しいものを背負っているのが見えた。正面からはよくわからないが、同じ植物のような……。融合しているようにも見えるな。あれがボーマンの改造か?
「ゲート」を開き、「格納庫」からゲルヒルデを呼び寄せる。地響きを立てて、真紅の機体がロードメアの大地へと降り立った。
「一人で大丈夫か?」
「任せなさいよ。ちょうどいい前哨戦だわ。軽くひねってやるわよ」
そう言い残してエルゼはひょいひょいっと、機体を駆け上がっていき、胸部ハッチを開いて、コクピットへと乗り込んだ。
まあ、脱出魔法も組み込んであるし、大丈夫だろう。
静かな駆動音を上げて、ゲルヒルデが起動する。
『行くわよ、ゲルヒルデ!』
ドンッ! っと背中のバーニアを吹かせながら、武装ゴーレムの群れの中へ向けて、真紅のフレームギアが一気に飛び出す。バーニアの反動で土煙が盛大に舞い上がった。おい! 僕がここにいること忘れてないだろうな!? ぺっぺっ、口に砂が入ったぞ!
『ひとぉつッ!』
跳び上がりながら繰り出したゲルヒルデの拳が、武装ゴーレムの喉元に炸裂し、そこにあった核を一気にパイルバンカーで粉砕する。
『ふたぁつッ!』
崩れ落ちるゴーレムを構いもせずに、ゲルヒルデは隣にいたもう一体のゴーレムに回し蹴りを食らわせ、上半身と下半身を真っ二つにしてしまった。動けなくなった上半身の核をしっかりと踏み潰す。
それを見ていた三体目のゴーレムが、両腕から蔦のようなものを伸ばし、ゲルヒルデの両腕をそれぞれ縛り付ける。ピンッと二体の右手と左手、それぞれの間に二本の蔦が張った。
『どっ……せぇぇい!』
ゲルヒルデがそれに構わず腕を振り回すと、あきらかに大きいゴーレムの方が引っ張られ、そのまま勢いをつけて他のゴーレムへと遠心力をつけて投げ飛ばされた。なんてパワーだよ、おい。
『ブーストッ!』
全身に赤い燐光をまとわせながら、さらにギアを上げたゲルヒルデがゴーレムたちを次々に打ち砕いていく。放たれたパイルバンカーは確実にゴーレムたちの核を砕き、その本体はバラバラに朽ちていった。
すげえな、パイルバンカー……。ロマン武器とか言う奴の気持ちがわかる気がする。いかなるものをも正面から打ち砕く、圧倒的なパワーと破壊力。そこには小細工など必要ない。真っ向からの純粋な力だけが存在する。
『砕いて砕いて砕いて砕く! あたしの正面に立つならバラバラになる覚悟を決めなさいよ!』
うあ。テンション上がってるなあ。
その両腕から飛び出す水晶の杭に、砕けぬもの無し。立ちふさがるもの全てを砕く真紅の破壊神。武装されたウッドゴーレムが次々と粉砕されて、朽ちた残骸となり崩れていく。
『粉……砕ッ!』
最後に残った武装ゴーレムが木っ端微塵に吹き飛ぶと、ゲルヒルデが勝利を誇示するかのように、右拳を高々と天に突き上げる。独壇場だな。
なにやらボーマンが改造していたようだが、歯牙にも掛けなかった。まあ、改造に失敗したって言ってたしな。
それにしても予想以上の仕上がりだったな……。しかもあれでフルパワーではないだろう。
対上級種戦の心強い味方ができた。
そんな思いを抱きながら、僕は赤く輝く機体を眺めていた。




