#190 竜の反逆、そして逆恨み。
『竜にも様々な種がいて一概には言えないのですが』
そう前置きをして瑠璃は語り出した。そもそもあの「支配の響針」で竜が支配されていたとしたら、瑠璃としては何も出来ないとのこと。しかし、上位竜の、いわゆる老竜と呼ばれる種になれば強い精神力を持っているため、おそらく支配されないだろうという話だった。
竜は成長するというよりは進化して大人になっていく。幼竜、若竜、成竜、老竜、それ以上になると古竜までに至る。
しかし老竜に至るのは上位竜と呼ばれる種のみで、下位竜、いわゆるワイバーンのような竜が進化することはない。
知能も差が激しく、若竜(僕が倒した黒竜はこれに当たる)では人の言葉を理解はするが話すことはできない。「支配の響針」の影響を受けないのは老竜、古竜の類だけ。となると、かなりの数が危険なのか。
『そもそも竜はそれほど数がいないので心配することもないのでは?』
『竜は幼竜でも単体で強く、倒される危険が少ないのだよ。故に君たち弱い獣のように数多く子を生す必要がないだけさ。それに数が少ないといってもそれなりの数はいる。放置しておくのは愚の骨頂だと思うがね』
『なんだと!?』
琥珀と瑠璃がまた言い争いを始めたのでうんざりしながらも考える。
どうも気になるんだよな。あのワイバーンだが、操られてるという感じがあまりなかったというか。自分の意思で暴れていたような……。いや、下位竜なんてそれほど賢くないから、本能のままに動いていただけなのかもしれないが。
「ともかくどうなっているか事情を聞きに行くか。ミスミドの聖域とやらに赤竜がいるらしいし」
赤竜は老竜らしいから、「支配の響針」の影響は受けていないだろう。
とりあえず瑠璃を連れてミスミドへ転移する。そのまま聖域と言われる場所へ向けて「フライ」で飛んでいく。
「確か中央部にある山岳地帯を中心に、そこから広がる森全体が聖域だったっけ?」
だとしたらもうすでにその聖域とやらに入っているな。おっとさっそくお出迎えか。
空中で停止する。向こうから一匹の巨大な赤い竜がこちらへやって来るのが見えた。あれは黒竜を倒したときに出会った赤竜だな。
横にいた瑠璃が元の大きさに戻る。空中で赤と青の竜が対峙した。
『蒼帝様におかれましては、此度の顕現、おめでとうございます』
『呼び出された理由が君たち眷属の尻拭いってのがアレだけどね。で、我々が来た理由はわかっているのかな?』
『は。一部の者がしでかした不始末、まことに申し訳なく』
赤竜が眼を閉じ、首を垂れる。そのまま僕らは下に降り、その場で赤竜に話を聞くことにした。
初めは若い竜たちの暴走にあった。ここらへんは僕らが倒した黒竜と同じである。竜とは押し並べて強く、そして賢い。ではあるが、それは時として傲慢さとなって表面化する。
自分たちが何よりも強く、進化の頂点であると。聖域に暮らしていても、何匹かの跳ねっ返りはいるようで、人里へ降り悪さをする。若さゆえの過ちと言うにはこちらへの被害が大きいが、どこの世界にも大人に逆らうはぐれ者がいるもんだ。
今までもそういったことはあったし、今回のこともいわゆる反抗期のひとつとして、さして問題にしてもいなかった。
が、今回のきっかけは、なんと僕が倒したあの黒竜からだったらしい。
「え、なにそれ?」
『あの黒竜は若い竜の中でも下っ端ではありましたが、それでも自分たちの仲間を殺されて黙っていられなかったのでしょう。すぐさま報復するべきだとの声が若い竜から上がりました』
「なに言ってんだ。最初に聖域から出てきて村を焼いたのはあっちなんだよ?」
『むろん、そんなことを言い出したのは若い竜の一部だけで、あとの者は人間たちと諍いを起こすべきではないと諌めました。そのときは奴らも不承不承の態ではありましたが、引き下がったのです』
しかし、話はそれだけでは終わらなかった。ミスミドの聖域に住む竜とは別に、世界には幾つか竜たちの住む地域がある。
そのうちのひとつがここより南西、大樹海を越えた先にあった。ちょうどサンドラ王国とライル王国の間の海にあるドラゴネス島と呼ばれる小さな島がそれだ。
ある日、聖域へとドラゴネス島から使いの竜がやってきた。ドラゴネスの竜は「竜王」の配下となった。以後干渉不要、と。
「竜王? あれ、竜って瑠璃の支配下にあるんじゃないの?」
『普通の状態であれば。つまり普通の状態ではなかったってことですね。そもそも人間たちと、なるべく余計な争いをするべきではないと定めたのは私です。こうも露骨に逆らわれたのは初めてですね』
『蒼帝様がお隠れになってすでに何千年も経っておりますからな。若い竜はその存在さえも知らない者もおりますから』
琥珀たち神獣と呼ばれる者は何十年、何百年に一度という単位でこの世に顕現する。今回、人間に召喚されたというのはあまり例をみない出来事らしいが。まあ、琥珀のときは偶然だが、それ以降はズルして呼び出していたわけだけど。
その中でも竜の神獣である瑠璃は、長いスパンで顕現してなかったようだ。まあ、竜って長生きだしね。
「で、その「竜王」ってのは何者なんだ? 「古竜」の一匹とか?」
『いえ、竜人族の男だそうです。ドラゴネス島へやって来るや、その島の若い竜たちを支配して、島にいた「老竜」たちを皆殺しにしたとか。そして残る成竜たちをも力づくで従えたと聞き及んでおります』
竜人族か。間違いないな。その男が「支配の響針」を使って島の竜を支配した。支配下におけない「老竜」を同じ竜を使って殺したわけだ。
『竜王に限界を超えた力と、掟に縛られぬ自由を与えられると聞き、我が聖域に不満を持っていた若い竜たちはこぞって島へと赴き、奴らが戻って来た時には我々では押さえられない力を得ておりました。今はまだこちらへ戻って来ている者は数匹に過ぎませんが、やがてこのあたりでも暴れ始めるかもしれません』
リフレットの町やサンドラ王国ですでに竜が暴れてるのだ。もうすでに若い竜たちの暴走は始まっているのだろう。人間たちの暮らす町で好き勝手に暴れ、戯れに人々を殺そうとする、あの黒竜のようなやつらが。
『なんとも情けない話ですね。わずか数千年の間に、我が眷属はここまで馬鹿になったとは』
『返す言葉もございません……』
「なるほどね……だいたいの話はわかった。元凶はその「竜王」とやらだが、竜たちは自ら望んで人間と喧嘩をし始めている。ってことは、そいつらを退治しても文句はないな?」
『……「誇りを忘れた竜は蜥蜴にも劣る」。蒼帝様のお言葉でこざいますが、もはやあやつらは竜にあらず。いかようにご処分されてもその意に従いましょう』
『誇りと傲慢さは似て非なるもの。自らを誇るあまり、他人を見下したその瞬間からそれは傲慢さに変わる。私も最近痛い目にあったばかりです』
瑠璃が僕を見てそう言った。竜に求めるのは無理な話かもしれないが、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とはいかないみたいだな。
しかし人間たちだって馬鹿じゃない。竜がいくら強くたって、集団で立ち向かえば人間だって竜に勝てる。フレイズと違い、竜には魔法が効く。風属性の上級魔法使いがいれば、竜を地面に引きずり落とすことだってできる。
それでも被害が大きいのは確かなのだが。前に確かミスミドのガルン隊長から聞いた話だと、一匹狩るのに戦士100人は必要なんだっけか?
魔法使いがいたり、熟練の戦士がいるとかで、結果はまた変わってくるだろうけど。王都や大都市なら問題ないが、小さな町ではあいにくとそんな数はいまい。
運が良ければ凄腕の冒険者とかがいるかもしれないが、それでも難しいだろう。五人以内のパーティーで竜を倒せば「竜殺し」の称号を得られるくらいなのだから。よほど強い冒険者……五人とも赤ランクレベルじゃないと。
「さて、こうなるとあの「支配の響針」の、「使用者の精神に負担がかかる」ってのは怪しくなってきたな」
どうも精神をつないで支配するというよりは、竜たちに好き勝手にさせているというような感じがする。
この針を打ち込むことで竜としては限界を越えた力を手にしているのだろうが、寿命が削られるって副作用は知っているのだろうか。
何千年を生きる竜にとっては些細なことなのかもしれないけど。
「一番手っ取り早いのはその「竜王」とやらをなんとかすることかな。あれ? でもそいつを倒しても暴れてる竜はどうしようもないのか?」
竜王が死ねば竜たちも死ぬ、とかじゃないだろうし。逆に完全に支配から逃れるだけか。まあ、支配されていても同じことなんだろうけど。どっちにしろほっとくわけにもいくまい。
「とりあえず竜の動向を見てみるか」
マップを呼び出し竜を検索してみる。けっこういるなあ! そりゃそうか。いくら少ないと言ってもそれなりの数はいるよな。これじゃわけがわからん。もちっと絞ろう。えーっと「支配の響針」を撃ち込まれている竜……と。
「支配の響針」はマチ針みたいな形をしている。針の頭が外部に剥き出しになっていて、外見的に見極められるからたぶん検索できるだろ。
思った通り検索できたが、それでもけっこういるな……。世界中に分散してみんな好き勝手にやっている感じだ。やはりドラゴネス島には多くの支配された竜がいるな。ん?
「これは……!?」
ドラゴネス島から飛び立ったと思われる、かなりの数の一団がまっすぐ向かっている先。そこにあったのは……。
「こいつらブリュンヒルドをめざしているのか!?」
どういうことだ? まさか黒竜の敵討ちとか? だけどなんで僕のことを知っているのだろうか。
「竜王」とやらが教えたのか? ミスミドで黒竜を倒した「竜殺し」。調べようとすればすぐわかるだろう。だとしたらこの集団の目的は……。
「瑠璃。みんなが危ない。一旦戻るぞ」
『仰せのままに』
竜が逆恨みか? 上等だ。竜だろうがなんだろうが僕の国に手を出してタダで済むと思うなよ。
その思い上がり共々、ぶっ潰してやる。