#188 改装、そして飛竜。
「っと、こんなもんでいいか」
「ふああ……。相変わらず無茶苦茶ね……」
僕は「銀月」の改装を終えて、屋根の上から飛び降りた。
冒険者が多くなり、宿が足りなくなってきたので、「銀月」の増築改装と、二号店の建築をしたのである。
基本的に二号店は安宿で部屋数も多く、さらにギルド認定にしてもらった。冒険者用の宿というわけだ。場所も転移門近くにしてもらった。
一方、今までの本店は旅人や行商人をメインにしていくため、少し高く設定した。もちろんそれに相応しい設備とくつろぎを提供する宿に生まれ変わったので、決してぼったくりではない。
「「ちょっと改装させてください」って来たと思ったら二、三時間で終わっちゃうって……。呆れてものが言えないわ」
「すごいですねえ……」
女将のミカさんと、従業員のフルールさんがポカンとした顔で新生「銀月」を見上げている。
「あとは大きくなったぶん、従業員を何名か雇わないといけないかな」
「あ、それならあたしに当てがあるわ。リフレットの知り合いが何人か、こっちで働きたいって言ってるのよ」
ミカさんの知り合いか。なら問題あるまい。さっそく「ゲート」でリフレットの町へミカさんと共に行き、その何人かの知り合いと話をつけた。働く準備ができたらブリュンヒルドに来てもらうように頼んだので、従業員の方はこれで大丈夫だろう。
何人かはすぐにでも働きたいというので、一旦家に帰ってもらい、荷物をまとめてきてもらうことにした。公国へ帰るとき、一緒に連れて行くことにする。
待っている間、ミカさんは久しぶりに父親のドランさんと近況報告をしていた。邪魔するのもなんなのでちょっと散歩に出ることにする。
僕は久しぶりのリフレットを歩きながらこれからのブリュンヒルドのことを考えていた。
「あとは武器や防具、道具類の充実かなあ。オルバさんのところの商会もがんばってくれているんだけどな。ブリュンヒルドから馬車でだと、どうしても時間がかかるし」
一度断念したけどやはり車を作るか? いやそれならやはり列車の方が……。そもそも馬車のスピードがもっと出て、さらに積載量が多ければ……。あ、「グラビティ」を付与して車体を軽くすればいいのか?
そうか、軽くて頑丈な万能馬車の車体を作ればいいのか。オルバさんなら高くても買うだろう。簡易的な「ストレージ」も付与すれば、はるかに多い積載量になる。
何台か作ってみるか。王室専用の「安全性抜群の馬車」とかな。そういやウチの城って馬車がないや。いっつも移動は「ゲート」だからなあ。
ダンジョンの方は盛況のようだ。今のところ死者は出ていないみたいだけど、重傷者は何人か出てる。一階層降りるとダンジョンの魔獣や魔物の強さが一気に上がる。余裕を見せて、その見極めができていないと、痛いしっぺ返しを食らうことになる。
噂では「アマテラス」の方だと四階層まで突破したらしい。いくらかの財宝を手に入れたパーティーもいたようだ。これでまたダンジョンへ挑む冒険者が増えるかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、ザナックさんの服飾店の前まで来たので、ちょっと寄ってみる。懐かしいな。僕がこの世界に来て初めて入った店がここだった。
しかしだいぶ大きく改装したんだな。前の二倍は大きい店舗になってる。まあ、水着とか制服とか売れてるみたいだしな。儲けているんだろう。
「いらっしゃいませ。ファッションキングザナックの店へようこそ!」
店内へ入ると店員のお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。その店名はなんとかならんもんかねえ……。
この店はブリュンヒルドの方にも支店を出してるが、えらく看板が派手なんだよなあ。
店員さんにザナックさんを呼んでくれるように頼むと、店の奥からすぐにザナックさんが現れた。
「やあやあやあ、これは公王陛下。リフレットまでお越しになるとは。どうしたんですか?」
「あっちの「銀月」で働き手を探してましてね。ミカさんの知り合いを勧誘しに来たんですよ。時間があったのでちょっとこっちに寄ってみました」
「それはそれは。では新しい従業員用に制服の発注をしてもらえるわけですな?」
あ、そうか。忘れてた。相変わらず商売が上手いというかなんというか。
とりあえずサイズがわからないとなんとも言えないので、後日ブリュンヒルド支店の方へ注文することにした。
「そうそう、陛下に聞こうと思っていたのですが……実はロードメアの貴族様からドレスの注文をされているのですが、他に類を見ない珍しいデザインを求めていらっしゃるのです。陛下ならなにかそういったものをお知りではないかと……」
「ドレスのデザインですか。うーん……あ、何枚か紙を貸してもらえます?」
店員さんが紙を持ってくる間、僕はスマホを取り出し、ドレスでネットを検索して、ある程度のものをピックアップする。それから「ドローイング」で20ばかりのドレスを転写し、ザナックさんに手渡した。
「こ、これは確かに見たこともない……。これならば先方も満足していただけるでしょう!」
「まあ、間違いなく王家でさえも持ってない作品ですから。そこらへんを推せば納得してくれるんじゃないですかね」
おそらくそういった貴族の求めているものは、ワンオフものだろうから、王家も持っていないとなればきっと飛びつくだろう。
それからそれらのドレスに合わせた靴や手袋のデザインを描き出していると、突然ドアを蹴破らんばかりの勢いで一人の男が店内に入ってきた。誰かと思ったら、「武器屋熊八」のバラルさんじゃないか。びっくりした。熊が店内に入って来たかと……。
「ザ、ザナックの旦那! 竜だ! 竜が現れた! 早く逃げろ!」
「なッ!?」
竜!? 慌てて店の外へ飛び出すと、上空にくすんだ緑色の竜が飛び回っていた。
ゴツゴツとした緑鱗に赤い眼。尻尾には凶悪そうな棘が幾つも付いている。僕が以前出会った黒竜と同じくらいの大きさがあった。ひとつ違うのは、黒竜は四本足だったのに対し、この緑竜は二本足で前足の代わりに大きな翼が付いている。竜の亜種、「飛竜」ってやつか。
「ゴガアァァァァァ!!」
飛竜が咆哮するたびに、町中がパニックに陥る。ワイバーンは地上へ鎌首をもたげると、その口から大きな炎弾を吐き出した。
「ちッ」
「フライ」で空中に飛び出すと、僕は撃ち出されたその炎弾の正面へとまわった。手をかざし、魔法を発動させる。
「アブソーブ」
炎の塊は魔力へと還元され、僕に吸収される。無属性魔法「アブソーブ」。魔力で作られた現象を魔力に戻し、吸収する魔法だ。ドラゴンのブレス攻撃は体内の魔力を火属性の魔法に変換している。なら、それも吸収できるってわけだ。
しかし危なかったな。今のが直撃していたら町が火の海になってたかもしれないぞ。
「グルアァァァァァァ!!」
邪魔されたとばかりに怒りの目をこちらに向けてくるワイバーン。この野郎。怒ってるのはこっちだからな。
一気に加速してワイバーンへと詰め寄り、その土手っ腹に蹴りを入れる。と、同時に今度は加重魔法を発動する。
「グラビティ」
ガクンと急激に増した自分の重さに飛行能力を失い、ワイバーンが大通りに墜落する。すでに通りには誰もいなかったので被害はない。
そのままワイバーンはなんとか重さの呪縛から逃れようとしていたが、その背中にさらに「グラビティ」で体重を増加させた僕が勢い良く着地すると、ボキリと背骨を折られて絶命した。
「ったく……人騒がせな」
竜が動かなくなったのを見ると、町中から歓声が起こった。安堵した町の人々が僕と倒されたワイバーンの元へと寄ってくる。
「いやはや……やはりすごいですなあ。飛竜をあっという間に……。陛下がこの町に居てくれて助かりました」
ザナックさんが死んだワイバーンを眺めながらつぶやく。バラルさんは目を見開いて僕の方を見ていた。見物人の向こうからミカさんとドランさんも駆け寄ってきた。
「こりゃまた……とんでもないのを倒したもんだな。町が被害を受けなくてよかったが……ところでこれ、どうするんだ?」
「僕は別に要らないんで。そうですね、肉はドランさんのところに差し上げますよ。たしか竜肉は美味だって聞いたことがあります。皮はザナックさんに。レザージャケットとか作る素材になるでしょう。骨はバラルさんに。武器の素材としてはかなり役立つと思いますよ」
僕の言葉にみんなポカンとしていたが、やがてミカさんが慌てた様子で詰め寄ってきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、わかってる!? 竜って最高素材なのよ!? それをポンとあげてもいいの!?」
「僕は今のところ必要ないし。みんなには世話になったからね。恩返しってわけじゃないけど、受けとってくれれば」
この町で過ごした期間はそんなに長いもんじゃなかったけど、いろいろと教えてもらったり、世話になったのは確かだ。こんなもので喜んでもらえるなら安いもんだ。
「あ、剥ぎ取るとき尻尾の棘に気をつけて下さいね。猛毒らしいんで」
「っと、そうか。わかった」
ドランさんがさっそく剥ぎ取り用のナイフで飛竜を捌いていく。
しかし、なんだってこんなところに飛竜が現れたのか……。餌を求めるなら南の森へ行けば、一角狼とかいっぱいいるだろうに。まるでピンポイントで狙ってきたかのようだ。
レリシャさんから聞いた、このごろ頻発している竜の目撃情報となにか関連があるのだろうか。
ユーロン、ノキア、サンドラで暴れたという下位竜。このワイバーンも亜種だが下位の竜だ。下位竜が人を襲うようになっているのか? 竜たちになにか起こっているのは間違いなさそうだが……。
「なんだこりゃ?」
剥ぎ取りをしていたドランさんが声を上げる。ちょうど首を切り落とし、頭の皮を剥ぎ取ろうとしたところだった。
ドランさんが見ていたところを覗くと、ちょうど頭蓋骨の中央に当たる部分になにかが打ち込まれている。慎重にそれを引き抜くと、長さ30センチばかりの長い針だった。針、というよりは串に近い大きさだが。おそらく脳まで達していたと思われるそれは、なにやら魔力を帯びているのが感じられた。
「ひょっとして、これで竜を操っていたのか?」
怪しさ大爆発の串を眺めながら、ひょっとしたらこれも「蔵」から落ちたアーティファクトじゃあるまいな、と嫌な汗を流しつつ、「ストレージ」へとそれをしまった。あとでシェスカたちに聞いてみよう。何かわかるかもしれない。
しかし、だ。これがアーティファクトで竜を操る力を持っているのだとしたら、どこかにこいつらを操っていた黒幕がいるということになる。
ふう。また厄介事が起こりそうな予感がする。こういったときの僕の予感は、神がかり的に当たるのだ。残念なことに。