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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第22章 冬来たりなば春遠からじ。
180/637

#180 冬到来、そして歌姫。


「ううっ、寒っ。こんなに寒かったっけ?」


 三日間留守にしてただけなのに、ブリュンヒルドはすっかり冬に突入してしまったようだ。朝、起きるのが辛い。

 大樹海はここから南の方にあり、冬でもそれほど寒くない。その気温に慣れてしまっていたのか、はたまた急に寒くなったのかわからないが、今朝はかなりの冷え込みだった。

 この世界は変わっていて、季節というものがはっきりある国とない国が極端だ。しかも地図上で見る限り、緯度とか経度とかに全然関係ないように思える。東方と西方でもまた違うみたいだしな。まさかこの世界って地球みたいに球体じゃないとか……。大地の下にでっかい象とか蛇とかいたりして。

 精霊の力が関係あるとも言われているらしいが、詳しくはわからない。自然界の魔素とか魔力が関係してるのだろうか。四季がある国の横に極寒の国があるくらいだし、考えるだけムダか。

 幸い? なのか、ブリュンヒルドは四季がある。まあ、故郷と同じ環境の方が親しみやすいけどさ。日本と比べるとちょっと春が長く秋が短いかな。


「エアコンとか欲しいところだけどなー」


 正直言って、「プログラム」を使えば作れそうな気はする。だけど、我慢できないほどじゃないし、暖炉だってあるし。「多少の不便は活力の源」って死んだじいちゃんも言ってたしな。やめとこう。……湯たんぽぐらいはいいよね?

 「剪定の儀」も終わり、約束通りパムは僕との子供を諦めてくれた。……なんか変な表現だが。これからはラウリ族、いや「樹王の部族」の長として、大樹海でその腕を奮ってほしい。

 ブリュンヒルドは大樹海の部族を救った友好国と認められたので、何かあったらいつでも力を貸してくれるんだそうだ。その時は遠慮なく力を貸りることにしよう。

 大樹海の支配を目論んだリベット族のその後については何も知らない。パムが「大樹海の裁きを受けた」としか語ってくれなかったし、なんか聞かない方がいい気がしたので、それ以上詮索するのはやめた。  

 寒い中バルコニーへ出てみると、ここから遠くに見える訓練場で、誰かがもう動いている。朝靄でよく見えないな。

 「ロングセンス」で視覚を伸ばしてみると、諸刃姉さんが対戦していた。相手は……ルーか。


「こんな朝早くから……」


 やっぱりあれかな。蓮月さんに負けたのが悔しかったのかもしれない。なんでもないような顔してたけど、押し並べて負けず嫌いだからな、僕のフィアンセたちは。

 そういや諸刃姉さんを連れて帰ってきたら、城のみんなに驚かれた。まあ姉がもう一人いるなんて一言も言ったことがなかったから当然だけど。

 高坂さんに「あと何人兄弟姉妹(きょうだい)が?」と聞かれたので「さあ……」とある意味正直に答えたら、何を勘違いしたのか、「血筋ですな……」と生温かい目で見られた。「望月家は女好き」みたいなレッテルが貼られたようだ。異母姉弟じゃないですよ!? それ以前にホントは姉弟でもないけど。

 当然ながらそれより驚かれたのが諸刃姉さんの戦闘力だ。その実力を見せるため、騎士団の連中との乱取りを行ったが、姉さんが1対80であっさりと勝ってしまったのである。一人とてかすりもしなかった。

 しかも80人のダメなところ、逆に伸ばすべきところを的確に指摘していったのである。どんだけハイスペックなんだよ、剣神。


「さすが陛下の姉君……」


 そんな感じで暇があれば諸刃姉さんは騎士団の連中を相手に訓練をつけてやっていた。数ヶ月後にはとんでもないレベルアップをしそうだ。まあ、悪いことではないし、ありがたいけどさ。


「おはようー」

「おはようございます、冬夜さん」


 もそもそと着替えを済ませ、食堂に着くと、ユミナとリンゼ、エルゼ、八重とヒルダ、そして花恋姉さんが席についていた。ぼーっとしていると、目覚めのハーブティーをメイドのレネが持って来てくれる。

 ありがとう、と礼を言ってレネの頭を撫でてあげてたら、扉が開いてルーと諸刃姉さんがやって来た。

 ウチは七時に朝食と決まってはいるが、みんなで揃って食べなくてもいいということにしている。時間が合えばなるべく一緒にとろうとはしてるけどね。なので、七時を越えたらみんな食べ始めてしまうのだが、今日は全員揃ったみたいだ。花恋姉さんが朝食にいるとは珍しい。いつも寝てるからな。

 たまにこの面子にスゥが入るのだが、今日は来ていないようだ。

 オルトリンデ公爵邸のスゥの部屋と、この城にある「転移の間」と呼ばれる部屋は、「ゲート」がエンチャントされた姿見で繋がっている。もちろん、スゥ以外は通れないし、いつ通ったかも記録されるようになっている。

 婚約したわけだし、彼女にはいつでもこの城へ遊びに来てもいいと許可したのだが、食事はなるべく向こうで取るようにと言い聞かせている。

 やっぱり親子で食事は取った方がいいと思うんだ。公爵も寂しいだろうし。

 朝食が終わるとそれぞれ自分の仕事やら訓練やらを始める。八重とヒルダ、そして諸刃姉さんは騎士団に混じって訓練と国内の視察、ユミナとルーは内藤のおっさんと街の開発状況に関しての相談、エルゼとリンゼは訓練と品種開発した農作物のための開拓、花恋姉さんは恋のお悩み相談室と、各々自由に動く。

 仮にも国王の婚約者がやることではないが、みんな好きでやっていることだ。

 僕はと言うと、午前中は謁見してくる人がいれば会うし、なければ自由。高坂さんからざっとした国内の問題点を聞き、すぐに対処するもの、ちょい考えてから対処するもの、対処する必要のないものと分けていく。

 僕が出張ればあっさりと片付くような案件でも、高坂さんはなるべく国民の力でやろうとする。なんでも僕がやってしまうと、この国は僕に頼りきりになってしまう。いざ、僕になにかあった時、この国だけで対処できなければ意味がないのだ。

 なので、けっこう邪魔者扱いだったりする。まあ、その方が気楽だけどさ。


「こっちの冬ってどれくらい寒いのかなあ」

「そうですね。今年はそこまで寒くはならないと思いますが。今年は陛下の作られた「ホットカーペット」がありますので助かっております」


 食後の紅茶を持ってきてくれた執事のライムさんがそう話してくれた。城内は広い部屋が多く、なかなか暖まりにくい。なので火属性の「ウォーミング」をエンチャントしたカーペットを謁見の間とか執務室とかに敷いたのだ。

 それとライムさんには特別に「ウォーミング」をエンチャントしたスーツをプレゼントした。温度を調節できる優れものだ。ライムさんが一番早起きで寒い時間から動いているからな。普通に渡しても受け取ってくれなさそうだったので、ちょうどライムさんの誕生日が近かったから、それを理由に強引にプレゼントしたのだ。

 ウチの完璧執事に風邪でもひかれたら困るからね。




 さて、今日は謁見の予定はないので暇だ。いや、暇ってわけでもないのだけれど。なので、大樹海から帰ってきてから取りかかったピアノ制作の仕上げに入る。

 構造自体は難しくないのだが(どうせ僕の作るなんちゃってピアノだし、構造がわかんないところは「プログラム」で無理矢理作った)、音の調整がめんどくさい。僕は絶対音感なんて持ってないので、スマホのピアノアプリから聞こえる音とかを頼りに音階をつけていかないといけなかった。 

 さらに調子に乗ってグランドピアノなんてものを作ったものだから、鍵盤が88鍵ある。65鍵のスタジオ・アップライトとかにすれば良かったかもしれない。

 ちょっと不安ではあるが、一応全部の鍵盤をチューニングし終わった。とりあえず椅子に座り、鍵盤を押す。ドレミファソラシド、と順番通りに弾き、ドシラソファミレドと戻る。

 何年ぶりかに弾いたなー。子供の頃、ファを親指に切り替えることができなくて、練習したっけ。それで戻る時に今度はミを中指で切り替えるのができなかったりしてな。今と違って指が短かったしなー。

 懐かしくなって何回もドレミファソラシド、ドシラソファミレド、ドレミファソラシド、ドシラソファミレド……と繰り返してしまった。

 そしてその流れで誰もが弾いてみる名曲「猫踏んじゃった」を弾き始める。調子に乗っていろいろアレンジバージョンも弾く。ジャズバージョンも弾いてしまった。

 弾き終わるとどこからか拍手が聞こえてくる。振り返ると紅玉を連れた桜が拍手を送っていた。


「それは楽器?」

「うん、そう。「ピアノ」って言ってね。鍵盤楽器……まあ、打楽器と弦楽器の間の部類に入るのかな」

「もっと聞きたい。なにか別の曲を」


 と、言われてもな。んー、じゃあ、簡単なのでいいか。久しぶりだから弾けるかわからないけど、この季節にピッタリのやつを。

 軽快なテンポで弾き始める。クリスマス時期にはこれが定番だろ。こっちで今が12月かはわからないけど。

「ジングルベル」。

 150年以上も前に、アメリカの牧師さんが作った曲がまさか異世界で奏でられるとは思わなかったろうなあ。

 桜はリズムに合わせて小さく首を左右に振っていた。どうやらお気に召したようだ。紅玉も目を閉じて聞き入ってくれてるようだ。なんか嬉しくなってしまって思わず歌を口ずさんでしまった。

 歌い終わるとまた拍手をしてくれた。なんか照れるな。


「その歌、教えて。桜も歌いたい」


 瞳を輝かせて桜がそう頼んできた。珍しいな、この子がそんなこと言うなんて。普段あまり感情を出さない子なのにな。

 リクエストに応えて、今回は少しゆっくりと弾きながら、始めから歌詞をしっかりと歌う。桜がそれを追うように口ずさんでいく。一通り歌い終わり、もう一回歌おうかと言おうとしたら、「もう覚えた」と返された。…早いな。

 それならと、もとのテンポで再び軽快に弾き始めると、桜がそれに合わせて歌い始めた。おいおい、なんだそれ!?

 メチャメチャ上手い。透き通るような澄んだ声が部屋中に響き渡る。この子こんなに歌が上手かったのか。歌い終えた桜は満足そうに微笑む。


「すごいな…。ひょっとしたら桜は歌い手だったのかもしれないぞ?」

「よくわからないけど、歌うのは好きかもしれない。もっと教えて?」


 記憶が戻るきっかけになるかもしれないと、憶えている曲を弾きまくる。あまり歌詞のないクラシック系は避けて、ポップス、歌謡曲、演歌、童謡と邦楽洋楽問わず歌っていった。

 驚いたことに桜はそれら全ての歌詞を一回聞いただけで正確に覚えてしまった。よほど記憶力がいいと思われる。記憶喪失の少女が記憶力抜群とは皮肉なものだ。

 しかしこの歌の才能は彼女が生きていく上で大事な武器になるだろう。アイドルとしてプロデュースでもするか? いや、彼女の性格からしてあまり目立つようなことはしたがらないか。

 そもそもこのピアノは伴奏用に作ったんじゃないんだが。まあこれでユミナとかにピアノを教えても、飛操剣フラガラッハを自由に操れるようになるかは怪しいけどさ。

 やがて桜の美声と僕の伴奏を聞きつけたのか、いつの間にか城のみんなが集まって彼女の歌を聴いていた。

 演奏が終わると拍手の雨が僕らに降り注ぐ。桜はどこか照れくさそうに俯いていたが、仲のいいリンゼに褒められて満更でもない笑顔を浮かべていた。

 それからしばらく桜のミニリサイタルが続けられた。どこか引っ込み思案な彼女も、知り合いの前ならそれほどでもないらしく、楽しげに歌ってくれた。

 今度桜のためにスマホに入ってる曲から、何か好きそうな歌を聴かせてあげようとか考えながら、僕は伴奏を続けた。








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