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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第21章 女たちの戦い。
178/637

#178 拳闘戦、そして毒無効。

 重々しい金属の激突音が響き渡る。殴り、防ぎ、殴り、防ぎ、殴り、防ぎ、殴り……。

 まるでルールでもあるかのように交互に殴り合っている。徐々にそのスピードが速くなっていき、やがて連打に連打で返すようになり、


「やああああああああッ!!」

「はああああああああッ!!」


 ガキィィィンッ! と、盛大な音を立てて、互いに放った渾身の右ストレート、その拳と拳が激突した。

 二人ともその状態のまま一瞬静止し、お互いにニヤリと笑い合う。だからそのノリやめい。

 バッ、と同時に二人が後ろへ飛び退き、再び突進、今度は互いに上段蹴りを放つ。足甲グリーブの金属音が轟き、次いで再びガントレットで打ち合う音が響き渡る。


「やあッ!!」


 裂帛の気合いと共に放たれたエルゼの回し蹴りを、ソニアさんがガントレットで防ぐが、勢いを殺しきれず、僅かに後退する。そこに追い打ちをかけようとエルゼが一歩踏み出すが、ソニアさんは素早く身体を回転させ、重い尻尾を鞭のように放つ。

 横から襲いかかってきたその太い尻尾の一撃を躱しきれず、重い衝撃を受け止めながら、エルゼは逆に後退する羽目になった。

 今度はソニアさんがそれを見て追撃し、飛び蹴りを食らわせるが、両腕をクロスさせたエルゼに防がれる。ソニアさんはすぐさまその腕を蹴り飛ばし、後方へと一回転してエルゼとの距離を離した。

 一進一退、白熱のバトルは続き、会場もヒートアップする。


「諸刃ちゃん、この試合はどう見るのよ?」

「さあ。剣のことならまだしも、「拳」となるとね。まあ、今までの戦い方を見る限り、速さではエルゼ、力ではソニア、みたいな感じだけど、そこまで差があるわけじゃない。ただ、ソニアの方は隠し玉を持ってるからねえ」


 あの「発勁はっけい」か。使うのに一拍ほどの間が必要みたいだから、その隙を与えないようにするしかないな。

 エルゼの方も「ブースト」が使えればなあ。八重と同じくエルゼも僕のスマホで格闘技とかの動画を見て、いろいろと自分の技術に取り込んでいたけどそれだけじゃな。

 ステージ上では体力を消耗してきたのか、二人の動きがすこし鈍くなっていた。それでも互いに手を止めることはなく、拳の応酬が続く。

 エルゼの足払いが決まり、ソニアさんが後方へと転倒するかに見えたが、なんと太い尻尾でそれを防ぎ、体勢を立て直してしまった。すごいな、あの尻尾。恐竜みたいにバランスをとっているのかな。

 その尻尾の攻撃が今度はエルゼを襲う。振り回されたそれを躱すことなく、エルゼはダメージ覚悟でしっかりと受け止めた。そして逃がすものかとばかりにそれを両手で掴み、肩に乗せて背負い投げのように力任せにぶん投げた。


「だあっ!!」

「ぐっ…!!」


 ステージに叩きつけられたソニアさんに、エルゼが追い打ちの拳を振り下ろす。しかし、横に転がるように避けたソニアさんが跳ねるように立ち上がり、中腰に構えた体勢から掌底を放つ。マズい!


ッ!!」


 ドンッ! とエルゼが吹っ飛ぶ。ゴロゴロとステージ上を転がり、場外へと落ちる手前のところでなんとか踏みとどまった。

 危な! もうちょっとでルーと同じ展開になるとこだったな。

 やっぱりあれは厄介だ。見えない上に遠距離攻撃だもんな。食らったことはないけど、あの吹っ飛び方からしてかなりのダメージを受けていると思う。

 事実、エルゼは膝をつき、かなり辛そうだ。そのチャンスを見逃さず、ソニアさんの攻撃が始まる。立ち上がり、それを迎え撃つエルゼだが、先ほどのダメージが効いているのか、防戦一方。後ろに下がれば場外、このままでは押し切られてしまう。


「はあああッ!!」


 放たれたソニアさんの右拳を、エルゼが、がしっ、と左手で受け止める。掴まれた右手をそのままに、今度は左手を繰り出すが、それもエルゼの右手に掴まれた。ならば蹴りでとソニアさんが片足を上げようとしたその隙をついて、エルゼがソニアさんごと後方へと倒れこんだ。

 そのまま自分の足をソニアさんの腹に当て、思いっきり跳ね上げる。

 かなり変則気味だが、あれ、巴投げか?

 倒れこんだエルゼの首から先はステージ上から飛び出してしまっているが、ルール上、落ちなければ負けではないのでセーフだ。


「く……!」


 このままでは場外へと落とされてしまう。ソニアさんは空中で身体を捻り、エルゼの手を振りほどきながら、大きく尻尾を振り回して、ステージ上の方へ重心を傾ける。

 なんとかギリギリステージの端に着地したソニアさんだったが、いつの間にかエルゼが正面に回り込んでいた。


「やああああああああああッ!!」


 気合いを乗せたエルゼの右ストレートが放たれる。反射的になのか、ソニアさんはそれをガントレットで防いでしまった。まあ、あの体勢では避けるのも難しかっただろうが。

 結果、ソニアさんは空中へと放り出され、地面へと着地する。勝負あり。


「勝者、エルゼ・シルエスカ!」


 審判の声が高らかに響き、会場が一気に沸き立つ。歓声と万雷の拍手が二人に送られる。


「勝った! エルゼの勝ちじゃ!」


 スゥが腕を上げてはしゃぐが、正直、あれは痛み分けって感じだな。互いにK.O.できなかったわけだし。まあルールに縛られず、実際に戦ってもエルゼが勝ったと信じてはいるが。

 ステージに戻ったソニアさんとエルゼが握手を交わし、それに僕らも拍手を送る。

 これで一勝一敗。あとは八重とヒルダ、パムのうち、二人に勝ってもらえば決勝進出だな。

 負けるとしたらパムかと思ったが、それは杞憂に過ぎなかった。第三試合に出たパムが、開始わずか三分で勝負を決めてしまったのだ。ものすごい気迫と勢いで、疾風怒涛の攻めを見せ、相手を場外へと叩き落とした。

 その次の試合は八重が出て、これまたあっさりと勝負がついてしまった。早々と三勝をあげたラウリ族がルルシュ族を下し、決勝戦へと駒を進めたのである。


「どうにかなったか」


 どっちかというと、決勝で当たる二つの部族より、今回のルルシュ族の方が難敵だったので、ホッと胸を撫で下ろす。

 聖樹域から出て来たみんなに労いの言葉をかけ、念のために回復魔法と「リフレッシュ」をかけておいた。特にエルゼとルーは念入りにな。

 あと、忘れずに蓮月さんには「スリップ」をかけて盛大に転んでもらった。向こうのルルシュ族と話していた蓮月さんは盛大に転び、後頭部を地面に打ち付けていた。わけがわからない様子で立ち上がり、足の裏を確認している。土の上だからそんなにダメージはなかったろうが。


「なにやってるんですか……」

「だってさー、ルーが殴られてるの見たらなんか腹が立って」

「あたしも結構殴られたんだけど」

「君らのはなぜが腹が立たなかった。青春ドラマしてたしな」


 エルゼがぷう、とふくれる。いや、女の子同士が笑いながら殴り合ってたら普通は引くわ。まあ、あれで相手が男だったら間違いなくボコボコにするけどな。


「とにかくあと一回勝てば終わりだ。頑張って。あとこれ」


 エルゼたちにラムネのような小さい瓶に入った錠剤を渡す。以前フローラが作った解毒剤だ。体内に毒が入ってもすぐさまそれを浄化してくれる。


「ステージ上に散布される毒は出番が来るまではマスクで防いで、自分の試合が始まったらこれを口に含むんだ。こいつを舐めていれば、あの爪で攻撃を受けても毒は回らない。散布されたものも大丈夫だ。舐めてる間、10分ほどは持つから、一人三錠ほど持っておくといい」


 エルゼたちは錠剤を受け取ると、また聖樹域へと戻っていった。

 僕らも観客席へ戻ろうとしたその時、会場から大きなどよめきが聞こえてきた。

 ただごとではないざわめきに、ラウリ族たちの場所へ戻ると、リベット族がすでに三勝し、勝敗が決していた。おいおい、いくらなんでも早すぎるだろ? 何があった?


「試合開始と同時に相手のレムナ族がしかけてね。そのあといきなり倒れた。どうやら吹き矢のようなものを使われたみたいだ。それも、ものすごく細い、肉眼では捉えるのが難しいような針だ。散布される毒はマスクで防いでいたようだが、直接体内に入り込む毒はどうしようもなかったのだろう。さらに使われた毒は即効性の毒だな。生命にかかわるほどではないかもしれないが、さりとて治療が遅れると……」


 試合を見ていた諸刃姉さんの解説を聞きながら会場を見下ろすと、レムナ族の人たちにエルゼが近寄り、先ほどの解毒剤を数個手渡していた。うん、あれなら大丈夫だろう。錠剤はたくさん入ってるし、多少分けたって問題ない。


「にしても吹き矢か。確かにそんな細さでは毒が使えなきゃ武器として成り立たないよな、あれは」


 投げナイフやダーツほどの大きさならまた違ってくるだろうが。しかも即効性の毒だ。一撃必殺。まあ、殺してないけど。いったいどんな毒なんだろう。

 麻痺を与えるなら神経毒なんだろうけど、思い出すのはフグのテトロドトキシンとかか。あれってそこまでの即効性はなかったよな。手足の痺れから始まって、だんだんと毒が回っていくやつだったはずだ。

 まあ、こっちの世界でフグを見たこともないし、こっちの世界オリジナルの毒なんていっぱいあるんだろうけど。そう考えるとそれを解毒できる薬を作れるフローラがいかにすごいかわかるな……。

 魔法が使えれば「リカバリー」で一発だが。とにかく油断はできないな。

 そうこうしているうちに、聖樹域に最後のステージがせり上がってくる。

 今までのとは少し広めのそのステージ上に、ラウリ族の代表五人と、リベット族の代表五人が無言のまま対峙する。

 八重たちはすでに口元を防毒マスクで覆っている。ちなみに審判もマスクをしていた。パッと見、全員マスク姿って異様な光景だな。

 試合が始まる。

 先鋒は八重。相手はいつかの猫背爪男だ。口元のマスクには短い爪楊枝のようなものが付いていた。あれが吹き矢の発射口なのだろう。

 想像だけど、マスクをしていても呼吸はできるはずだから、息を吹き矢に送ることは口で咥えてなくたって可能なはずだ。マスクに固定してあればそれで事足りる。

 八重はマスクを外し、口に錠剤を含む。これで彼女に毒は効かない。その行動を訝しげに睨んでいたが、猫背男は金属の爪を構え、八重はゆっくりと刀を鞘から抜いていく。


「始め!」


 試合開始と同時に八重が全速力で猫背男へと突っ込んでいく。いきなりのその行動に慌てた猫背男が口元から吹き矢を放つのが僕には見えた。しかし、八重は左手で目だけを庇うと、矢が刺さるのも構わずに一気に猫背男の懐へと飛び込み、ガラ空きの胴に全力の一撃をお見舞いした。


「おぐぅうはっ!!」


 わけのわからない言葉を吐きながら、錐揉み状態で吹っ飛ばされた猫背男が、ずべしゃっ! とステージ上に落ちる。


「勝者、九重ここのえ八重やえ!」


 瞬殺。あまりのあっけなさに会場が一瞬静まり返ったが、すぐに爆発的な歓声に包まれる。

 今のは吹き矢が来ることを予想していたな。なるほど、さっきレムナ族の人たちに聞いたのか。


「馬鹿な……なぜ毒が効かない!?」


 そんな声を漏らしながら、次鋒のカエルのような顔をした手長男とヒルダが対峙する。まだ先ほどの光景が信じられず、動揺しているようだが、そんなことは知ったこっちゃない。

 試合開始と同時に、ヒルダも八重と同じく一気に距離を詰め、放たれた毒針をよけもせずに受けながら、対戦相手のカエル男をぶっ飛ばした。


「ぐわらばっ!!」


 毒がまったく効かない。それは彼らにとって絶望的な衝撃を与えたようだ。三人目の男にいたってはガタガタと震えながら、斧を構えるパムの前にただ立ち尽くすだけであった。

 当然、相手になるはずもない。やはり毒針は効果がないことを確認しただけで、パムの斧を真っ正面から受けることになった。


「…………ッ!!」


 もはや上げる声もなく、ゆっくりと倒れたリベット族の男は完全に気を失っていた。


「勝者、パム! よって、今回の「樹王の部族」はラウリ族に決定した!!」


 ストレートで三人抜き。あまりにも味気ない決勝であったが、「剪定の儀」を勝ち抜いた部族へ、惜しみない拍手と歓声が雨のように降り注ぐ。

 パムがステージ上で雄叫び(雌叫び?)を上げ、それに追従してラウリ族からも勝利の声が上がる。

 終わったか。何はともあれ終わり良ければすべて良し。

 そう思ったとき、なにかざらついた気配を感じた。


「なんだ?」


 ズズズズ……っと、低い地鳴りが響き、神樹域以外の周りの木々が次々と枯れ始め、木の葉が舞い散り出した。なんだこれは!?


「ククッ……精霊の力、我らがいただく……」


 リベット族の一人がそう呟いたのを、僕の魔法モニターはしっかりと捉えていた。

 不意にズシンと響き渡る地面からの衝撃。ひとつではない、幾つもの激震が大地を揺らし、枯れた木から枯葉が数え切れないほど舞い落ちる。


「な、なんだあれは!?」


 誰かが叫んだ声に視線を森の奥へと向けると、そこには巨大な樹木の巨人が、何体もこちらへ向かって来ている姿が見えた。どうやらまだ終わりじゃないらしい。







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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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