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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第21章 女たちの戦い。
170/637

#170 ギルド支部、そして褐色少女。


「だんだんと寒くなってきたなあ」


 ブリュンヒルドはそろそろ冬に入る。以前行ったことのあるエルフラウ王国ほどではないが、それなりにここも寒くなるようだ。雪も降ることもあるらしい。


「寒さ対策って大丈夫かな?」

「この国の家には全て暖炉がありますから大丈夫かと。薪なども充分ですし。たた、火事には気をつけなければいけないでしょうね」


 確かに。一応火事になった時のためにと消防団も作ってあるし、ポンプによる消火もできるようになっているそうだ。さすが高坂さん、抜け目がない。町を流れる堀の水が、消火のときには役に立つだろう。一応、見回りとかさせるかな。拍子木とか持たせて。

 書類仕事を終わらせて、中庭の訓練場へ向かうと、ヒルダとレベッカさんが打ち合っていた。

 正式に婚約者になってから、ヒルダはこの城に住み始めた。今さらだが、普通婚約者って言っても一応他国の姫なんだし、結婚までは別々だと思うんだがな。

 ユミナのときの状態がなし崩しに続いて、ルーもヒルダも居着いてしまった感じだ。スゥだけはさすがに一緒に住んではいないが、週に二回のペースで泊まりに来る。

 もちろん、寝るのは僕の部屋じゃなくて、ユミナの部屋だぞ。最近はレネとも寝ているみたいだが。泊まりに来るのは構わないのだが、次の日の朝に僕を起こしに来るのは勘弁してほしい。週二で寝起きにフライングボディプレスはキツイ。

 あの痛みを思い出し、ため息をついていると、レベッカさんとの訓練を終えたヒルダが僕に駆け寄って来る。


「冬夜様!」

「お疲れさん、ヒルダ」


 「リフレッシュ」を唱えてヒルダの疲れを癒す。彼女は暇さえあればここに来て訓練をしている。さすがは騎士国の姫だな。


挿絵(By みてみん)


 ヒルダは出会った時のレスティアの鎧ではなく、ブリュンヒルドの軽装鎧を身につけていた。彼女は騎士ではあるが、ウチの騎士団の人間ではない。本人曰く、国ではなく僕の騎士だからだそうだ。まあ、あまりにも僕に近い人間がいると、団長のレインさんとかがやりにくそうだしな。


「どこかへ行かれるのですか?」

「ちょっと冒険者ギルドまでね。ブリュンヒルド支部ができたっていうから様子見に」

「あのっ、ついて行ってもいいですか……?」

「いいよ。一緒に行こう」


 来てもあまり面白くもないだろうが、町を見ておくのは悪いことじゃない。それに早くこの国に慣れてもほしいし。

 ヒルダを連れて城を出る。そのまままっすぐ城下の方へ向かうと、寒さなんてお構いなしに子供たちが走り回っていた。


「へーか、こんにちわー!」

「こんにちわ、へーか!」

「ああ、こんにちは。あまり遠くへ行くんじゃないぞ」

「「はーい!」」


 元気に挨拶をして子供たちが平原の方へ駆けていく。前から考えていたんだが、やはり学校を作ろうかなあ。読み書きはできた方がいいし、いろいろと役立つことも覚えられるだろう。まあ、教える教師がいないんだけどな。

 そういったところの人材不足は相変わらずだ。


「子供たちが楽しそうですね。良い事です」

「まあ、なんとか子供を労働にかり出すようなことはしないで済んでるよ」


 ブリュンヒルドは比較的裕福な国とも言える。食べ物で飢えることはないし、仕事もそれなりにある。だけどこれといった産業はない。自転車くらいか。農業、工業、商業、いろんな分野で手探りに試していってはいるのだが。

 農業の方はフローラに新種改良を頼んでいるから、まずはそこからかな。でもウチはさほど土地が大きいわけでもないから、それだけってのも難しいか。

 そんなことを考えていると目的地のギルドに着いた。すでに冒険者ギルド、ブリュンヒルド支部は運営を開始し、それなりの賑わいを見せている。

 一応フードをかぶって中へ入る。がやがやとした賑わいが聞こえてきた。相変わらず依頼ボードの前には人だかりができている。懐かしいなあ、この雰囲気。

 ヒルダは初めてギルドに入るのか、キョロキョロと落ち着きがなかった。


「いらっしゃいませ。初めての方ですか?」

「ああ、いや、ちょっと見学に来ただけなんだけど。支部長はいるかな?」


 受付にいた猫耳のお姉さんに曖昧に答えて、こっそりとギルドカードを見せる。この大陸に二つしかないゴールドランクのギルドカードだ。


「ごっ……! はわわ……! しょっ、少々お待ちください!」


 猫耳のお姉さんが慌てて奥の階段を登っていくのを、他の同僚たちがきょとんとした顔で見ていた。一瞬、ギルド内にいた何人かの注目を浴びたが、すぐにまたボードなどの方へ視線を戻した。数人、ヒルダを見ている者がいたが、無理もないか。目立つもんな。

 しばらくすると猫耳さんが階段から降りてきて、僕にこっそりと小声で話しかけた。


「支部長室へご案内しますっ。公王陛下っ!」


 猫耳さんに連れられて、ギルド奥の階段を登り、奥の部屋へと通される。そこには知り合いの人物が待ち構えていた。


「あれ? レリシャさんが支部長なんですか?」


 そこにはエルフのギルドマスター、レリシャさんが微笑んで佇んでいた。確か彼女は西方地区のギルドマスターの一人だったはずだが。降格ですか?


「違いますよ。ギルドマスターはそれぞれ拠点になる支部を選べるのですが、私はまだ決めて無かったのです。そこに、ここが開設されると聞いてこれ幸いと乗り込んできたわけです」

「ああ、そういうこと……」


 フードを外し、勧められた椅子に座る。部屋の中は意外と綺麗に片付いていて、様々な書類や本が棚に並べられていた。魔力の込められた調度品もちらほらあるな。さすがはギルドマスターってところか。


「公王陛下におかれましては、そちらのレスティアの姫との婚約が成されたとか。おめでとうございます」

「あー……。ありがとうございます」

「あっ、ありがとうございますっ!」


 ヒルダ、声がでかいから。僕の視線の意図に気付くこともなく、ヒルダが照れくさそうに身をよじっていた。


「しかし、ユーロンの事件は参りました。あの国にあったギルドのほとんどが壊滅、なんとか生き残った者も重傷です。それでも冒険者という者は必要になるので、再建を進めてはいますが。かなり時間がかかりますけど」


 やっぱりかなりの痛手だったんだな。フレイズの情報は他のギルドマスターにまで行き渡ってはいたが、末端の職員にまで伝わってはいなかった。そこまで徹底していたら、逃げるなりなんなりできたのかもしれない。


「あれからフレイズの出現情報はありませんか?」

「今のところ、どこの支部からも報告はありませんね。陛下はまたあのようなことが起こる可能性があるとお思いで?」

「これで終わり、とは言えないと思います。それが明日なのか一年先なのか、十年先なのかはわかりませんが」


 視線を落として考え込むようにレリシャさんが顎に手を当てる。


「まあ、今は細かく注意するしか無いでしょうね。ただ、再建が終わった頃に、またユーロンに現れるのは勘弁してほしいですけど」


 レリシャさんは冗談っぽく笑ったが、実際、その可能性もあると僕は睨んでいる。あそこの空間に世界の綻びができているのは確かだ。また何かの拍子にそこが開かないとも限らない。

 奴らは人間や亜人、魔族など、知的生命体を狙う。だから町自体にはそれほど被害はないところもあったりするのだが、やはりそこで大量虐殺があったと思うと住みたいとは思わないらしい。

 流民になったユーロンの人たちは隣国へと逃げ、盗賊や山賊になる者もいれば、そいつらを倒して金を稼ぐ冒険者になる者もいる。みんなあの出来事で人生が変わってしまったのだ。


「ユーロン国内では今だにあの大来襲は陛下の仕業だという声が上がっていますね。しかし、一歩ユーロンを出れば、誰一人としてそれを信じる者はいません。他国へ出た流民の方が真実を知っています。それを語る者ほど、だんだんと信頼を失っていき、勢力を弱めていくのがわかりますね」

「まあ、好きに言わせておきます。僕はユーロンには興味は無いんで」

「民衆の支持を集めるために「仇であるブリュンヒルドを許すな!」とか、なにか嫌がらせをしてくるかもしれませんよ?」

「その時はその指導者を潰します。殴られて黙ってるほど聖人君子じゃないんで。礼には礼で、拳には拳で返しますよ」


 降りかかる火の粉は払うしかない。確かにユーロンには同情はするが、それとこれとは話が違う。嘘で塗り固められた言いがかりでとばっちりを受けるのはごめんだ。


「ギルドからも一応そういう噂を流しておきましょう。「ブリュンヒルド公王は寛大だが、自国に害を及ぼすものには容赦はしない」と」


 それはそれでなんだかなあ。余計な尾ひれがつきそうだ。ま、今さらだけど……。いかん、話題を変えよう。


「ギルドの運営の方はどうですか?」

「まあ、ぼちぼちですかね。日雇いでの雑事系はけっこうありますし、討伐系もベルファスト、レグルス方面ならそれなりに来てます。問題は上級者向けの依頼がないってとこですかね。それだけ平和ってことなんでしょうけど」


 確かにここら辺は魔獣も出ないし、盗賊や山賊の類も出ない。一発ドカンと稼ぎたい者にとっては物足りないのかもしれないな。

 と、その時、階下でなにやら言い争う声が聞こえてきた。なんだ?

 レリシャさんに尋ねると、ギルドでは日常茶飯事のようなもので、一日に何回かはこう言った揉め事があるとのことだった。

 そう言えば僕も何回か絡まれたりしたなあ。


『おい、ガキ。ここはお前が来るところじゃないぜ?』

『おう坊主、女連れて調子に乗ってるんじゃねえぞ、ああ?』

『俺様が冒険者の心得ってのを教えてやるよ。授業料は財布の中身全部だ』



 …………碌なのがいなかった、な。

 基本、ギルドは冒険者同士の諍いには不干渉だ。ギルドに被害が出る場合はその限りではないが。

 まあ、暴れるなら外でやってくれ、ということなんだろうけど。そういうのを見越して、正面の通りが広いここにギルドを建てたんだろうな。

 やがてドカドカと表へ何人か出て行く足音がした。ギルドの人たちが追い出したのかな。


「おや、表で続きをするようですね」


 部屋の窓から通りを見下ろし、レリシャさんがそう呟いた。

 ああ、僕もよく言われたなあ。「表へ出ろ!」ってな。あれってギルドに迷惑がかかるというよりも、大衆の面前で恥をかかせてやろうってことなんだろうな。むろん、逆に恥をかかせてやりましたが。


「むう。一人にあんな大勢で恥ずかしくないのでしょうか。しかも相手は女性じゃないですか」


 興味を惹かれたのか、レリシャさんの横で窓から外を見下ろすヒルダ。


「しかし、実力ではあの女性の方が上のようですよ。ほら、一人やられた」

「確かに。腰の武器から斧使いのようですが、あれを使いこなすなら相当の膂力の持ち主なのでしょうね。動きもいい。訓練された動きというより、あれは自然に身についたものですね。しかし変わった格好をしてますね、あの人」

「あれは確か大樹海に住む部族のひとつ、ラウリ族の民族衣装ですね。まさかこんなところで見るとは」


 ん? なんか引っかかる言葉が流れてきたが……。あれ? ラウリ族って確か……。

 二人とは別の窓から下を覗き込んで見ると、四人もの男を地面に這いつくばらせ、五人目を相手に大立ち回りをしている褐色の肌をした少女の姿が見えた。

 ちょ! あの子って!?


「冬夜様?」


 ヒルダの声を背に受けながら、部屋を飛び出し、階下のギルド受付を通り抜けて表へ出る。その時、ちょうど少女の鮮やかな蹴りが相手の男の横っ面に炸裂したところだった。

 おおお〜、っと、周りの野次馬から歓声が上がり、少女はうっとおしそうにのびている五人の男たちを一瞥して、息をひとつ吐いた。

 そして、ギルドから出て来た僕と視線が合う。あ、やっぱりだ。この子、あの大樹海で僕に噛み付いてきた族長の孫とかいう……確か名前はパム、だったか?


「……見つけた」


 え? あれ? 今喋った? この子確か共通語喋れなかったハズだけど。

 ダッ! と駆け出すといきなりパムが僕に抱きつき、勢いで倒れたのにも関わらず、そのまま頬ずりをしてきた。

 ちょ、待って! この子マントみたいなものはしてるけど、その下は胸覆いと下帯だけなんだよ! その、いろいろ当たる! 大きいなあ、相変わらず!


「な、な、な、なにやってるんですかあ!?」


 倒れたまま視線をギルド入口の方に向けると、顔を真っ赤にしたヒルダがわなわなと震えていた。あ、なんかヤバい雰囲気です。うん、わかるよ。何回か経験してるからね。


「ちょっとあなた! 冬夜様から離れなさい!」

「何だオマエ? コイツはパムのだ。パムはコイツの子を産むのだ」

「なっ、な、な、な!?」


 さらに真っ赤になってヒルダがたじろぐ。

 急展開過ぎてわけがわかりません。説明を求めます!








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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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