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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第18章 二人の王子。
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#140 王位継承、そして喚く馬鹿。


 二日後、王宮には王都に住む全ての貴族たちが集められていた。表向きは国王による召集であるが、実際は宰相ワルダックの召集である。

 僕らとクラウド王子、クープ侯爵も王宮へと忍び込んでいた。例によって「インビジブル」で姿を消し、謁見の間に並ぶ貴族たちから離れて様子を伺っている。

 立ち並ぶ貴族たちの先頭にはワルダックが陣取り、不敵な笑みを浮かべていた。

 玉座より一段下ではザブン王子がにやにやとした目付きで、玉座の横に座るダキア王妃に話しかけていた。

 ざわついていた謁見の間に突然ラッパの音が響き渡る。


「国王陛下の御成りにごさいます」


 伝令の声に従って、ざわついていた貴族たちが静まり、皆、その場で臣下の礼をとる。現れたリーニエ国王は50を越えたくらいの年齢で、クラウド王子に似て長身の、どこか頼りない印象の人だった。真っ赤なマントと白い衣、そして金の王冠といういかにも「王様」といった感じのその国王が、黄金の王錫を片手に玉座に座る。


「忙しいところ皆に集まってもらったのは他でもない。私はそろそろ王位を譲り、退位しようかと考えている」


 リーニエ国王の突然の言葉に、再びざわつき始める貴族たち。動じなかったのは三人だけ。言うまでもなく、宰相ワルダックとダキア王妃、そしてザブン王子である。三人とも共通した笑みを浮かべて、国王を見ていた。


「ここで皆に次の国王を発表したいと思う。私は全ての公務をその息子に譲り、王位を退く。次期王位継承者はリーニエ王国第一王子……」


 貴族たちの目がザブン王子に集まる。様々な思惑の乗った視線を浴びて、マッシュルームカットの痩せぎすな王子はにやついた笑みを浮かべていた。が。


「第一王子、クラウド王子に王位を譲ることとする」

「「「なッ!?」」」


 貴族たちの驚いた声よりさらに驚愕した三つの声が謁見の間に響き渡った。

 ここぞとばかりに「インビジブル」を解いたクラウド王子の背中を押してやる。

 真っ直ぐに玉座の前へと歩むクラウドの後を、護衛するかのようにクープ侯爵が続く。僕らはあくまで部外者だ。しばらくはここで消えたまま見守ろう。

 

「なっ、クラウド! お前っ……!」


 突然現れたクラウド王子にわけがわからず狼狽するザブンをよそに、クラウド王子は国王の前で恭しく膝を折る。


「謹んでお受けいたします、父上。これからは国王として一層の努力を惜しまぬ所存でございます」

「うむ。頼んだぞ」

「ちょっと待てよ! どうなってるんだよ、これわぁ!!」


 ザブン王子がわめく。突然の成り行きに周りの貴族たちも狼狽え始め、その中から宰相であるワルダックが前へと進み出た。


「陛下! 御言葉ではございますが、国の定めに従えば第一王子たる者が王位を継ぐのが定石。それを捻じ曲げることはたとえ国王陛下でも……!」

「なるほど、道理よな。だからこそ私はクラウドに王位を譲るのだ。言ったはずだぞ? 「リーニエ王国第一王子、クラウド王子に王位を譲る」とな」

「っ! なにを馬鹿なことを! 第一王子はザブンですわ! ザブンが国王になるのが筋でしょう!?」


 たまらず隣にいたダキア王妃が声を荒げる。それを聞いた国王陛下がおかしそうに笑い始め、やがて謁見の間に響き渡るほどの声で笑い出した。ダキア王妃が尋常ではない国王から一歩引く。


「それが筋と申すか、ダキア。よくもまあ言えたものだ」


 リーニエ国王・シュラフは玉座から立ち上がり、鋭い目付きで王妃を睨みつける。そこには頼りない国王の姿はなく、怒りに燃える目だけがあった。


「皆は知っておるだろうか。ベルファストとレグルスの間にできたばかりの公国を。ブリュンヒルド公国のことを。公王は銀ランクの冒険者であり、ミスミドに現れた悪しき黒竜を屠った。さらにレグルス帝国の反乱を鎮圧し、帝国をも救った人物。彼が我が国も救ってくれたのだ」

「公王陛下、こちらへ!」


 クラウド王子に呼ばれ、僕らも「インビジブル」を解除してみんなの前に現れる。僕の左右には八重とエルゼが付き従い、僕を先導するように白虎モードに戻った琥珀が前を歩く。


「ブリュンヒルド公王。あの晩、私に見せてくれたあれをここで皆にも見せてはくれないだろうか」

「……いいんですか?」

「いいのだ。30年も騙された間抜けな男と思われようとも、この真実は知らせるべきだと思う」


 自嘲気味にリーニエ国王が笑う。


「わかりました」


 僕はスマホを取り出し、空中に映像を映し出す。それは映画のスクリーンのように大きなものなので、謁見の間にいる全ての人が見ることができる。


『王位をザブンに譲らせたら国王はどうするの?』

『消えてもらうさ。今すぐ死んでもらってもかまわんのだが……』

「こっ、これは!?」


 突然映し出された自分たちに、ワルダックもダキア王妃も慌てふためく。そりゃそうだ。二人で国王の暗殺を話しあっているのだから。


『私とあなたの息子が、もうすぐこの国の王となるのね』

『ああ。新しい王家の誕生だ』

「やめろ! 今すぐにこれをやめろ!」


 僕に向かって駆け寄ろうとしたワルダックを琥珀がひと睨みして押さえつける。暴かれた真実に集められた貴族たちがざわめく。


「これはその時の出来事を記録して、もう一度見れるようにできる僕の無属性魔法です。あんたたち二人の会話はしっかりと僕の使い魔が見ていたんだよ」

「馬鹿な! 陛下、これは何かの間違いで……!」


 ワルダックが懸命に言い訳をしようとする。確かにこれが忠臣の言葉なら国王もこの映像を信じなかったかもしれない。しかし、相手は自分を脅迫していた奸臣である。信じれるはずもない。


「間違い、か。30年前に気付くべきだったな。お前たちの目には私はさぞ滑稽に映っただろう。自分たちの息子を何も知らずに第一王子として扱い、その所業に悩まされる私の姿は笑えたか?」


 国王の言葉にワルダックが押し黙る。油汗を流しながら視線はキョロキョロと泳ぎ、明らかに冷静さを失っていた。

 結局、こいつの力は国王という操り人形がいてこそなのだ。エリア王妃という操る糸が切れたため、今度はザブンという新しい操り人形を操るはずだった。それが瓦解したのだ。そりゃこうなるか。


「エリアが救出された今、お前に遠慮することもなくなった。ワルダック、この場でお前から宰相の地位を剥奪する。国民を優先すべき国王でありながら、エリアの身を案じて貴様の言いなりになってしまったこの十年……悔やんでも悔やみきれぬ。私には国王の資格はない。が、貴様にも宰相の資格はないぞ」

「父上……」


 悔しそうに俯く国王をクラウド王子がなんともいえない表情で見つめる。国王の隣にいたダキア王妃の方は力無く座り込み、呆然としていた。

 元はといえばこの王妃の不貞が招いた事件だ。僕のいた世界とは違って、魔法が存在するこの世界では完全にそういったことを防ぐのは難しいのだろうな。実際、「インビジブル」で僕もここまで侵入しているわけだし。通常ならこういったことはバレたりしないものなのかもしれない。DNA鑑定なんてないわけだしな。

 現代日本から来た僕からすれば、やっぱり君主制は馴染みがないからイマイチピンとこない。生まれた時から王様のいる国で暮らしていたらまた違ってたんだろうけど。

 ブリュンヒルドも国として僕なしでもやっていけるようになったのなら、いずれ大統領とか総理大臣的な、国民に選ばれた人がリーダーシップをとっていくのもアリかもしれないな。僕はバビロンにでも引っ込んで余生を送るのも悪くないのかもしれない。

 まあ、先のことはどうなるかわからないが。あのエロ博士のように、未来が覗けるわけじゃないしな。

 とか、そんなことを考えていたら、また馬鹿が喚き出した。


「こんなのは出まかせだ! 第一王子は僕だぞ! 国王には僕がなるんだ! クラウドが国王なんて許すもんか! 暗殺を企んだのはワルダックと母上じゃないか! 僕じゃないぞ! 僕には関係ない!」

「……本当に救いようのない馬鹿だな」


 呆れ果てて、ため息しか出てこない。母親の犯罪とは無関係だと喚き散らす息子。そこからは自分のことしか頭にない我儘な幼稚さしか感じられない。馬鹿過ぎる。


「馬鹿だと! お前みたいなちっぽけな国の国王に言われる筋合いはないぞ! 僕からベルファストの公爵令嬢を奪ったくせに偉そうにするな!」

「グラビティ」

「うぐうー!?」

 

 加重魔法で馬鹿王子、おっともう王子じゃないか。馬鹿を床に押さえつける。車に轢かれたヒキガエルのように地べたに縫い付けた。

 これ以上聞いてると頭がおかしくなりそうだ。こいつはまったく状況がわかってないんだろうか。ため息をついた僕に、クラウド王子が声をかけてきた。


「陛下、魔法を解いてもらえますか」

「え、でも」

「お願いします」


 クラウド王子の申し出に「グラビティ」を解除する。とたんに、ザブンが勢いよく立ち上がり、クラウドに向けて薄らと笑みを浮かべた。


「よくやったぞ、クラウド! お前も僕が国王になるのが一番いいってわかってるんだな! 今までのことは許してやるから、僕に王位を」

「黙れ」


 静かな怒りを震わせてクラウド王子がザブンの前に立つ。へらへらとした笑いを浮かべていたザブンの笑みが固まり、頬を一筋の汗が流れた。クラウドがゆっくりと上げた右手に拳が握られる。


「……おい、なんだその手は。僕を殴ろうっていうのか!? 兄であるこの僕を殴るなんて許さないぞ!」

「貴様を兄と思ったことなど、一度もない」


 バキィィィッ! と、全力で振り抜いた右拳が馬鹿の顔面をとらえ、そのままもんどりうって床に倒れる。うおう、決まったなあ。


「ザブン!」


 鼻血を流しながら倒れている息子の元へダキア王妃が駆け寄る。それを冷たい目でリーニエ国王が眺めていた。


「お前のような女でも自分の息子は可愛いか。わかるぞ。私も自分の息子が大事だからな。お前たちが他人のクラウドに冷たい仕打ちをしたのも、仕方のないことだったのかもしれんな。私もザブンが殴られても何も感じぬわ」


 ザブンの教育などはすべてワルダックとダキア王妃が行い、国王は何もさせてもらえなかったという。

 一年に数回会う程度で、聞かされるのはしでかした不始末の噂ばかり。叱りつけようとしても、ワルダックがそれを阻み、親子の情などほとんど感じたことはなかったらしい。

 これがもし、触れ合う機会も多く、愛情をもって育てていたら。たとえ他人の子とわかっても、ここまで冷たい目はしなかったのではないだろうか。


「くっ!」


 ワルダックが謁見の間から逃げ出そうと身を翻す。おっと、逃がすわけないだろ。


「グラビティ」

「うぐうー!?」


 ブルドッグが地べたに崩れ落ちる。しかし、ザブンとおんなじような反応だな。さすがは親子ってとこか?


「あんたの屋敷も調べさせてもらったよ。ずいぶんと悪どいことをしてたみたいだねえ。贈収賄、公金横領、密貿易、出るわ出るわ。あ、証拠の品はもう国王陛下に渡してあるから」

「それに追従した者もわかっておる。今さら言い逃れができると思うなよ」


 クープ侯爵がざわつく貴族たちを睨みつける。あからさまに目を逸らしたり、視線が泳ぐ奴らが何人かいた。


「……情けない。すべての責任は私にある。ここまで好き勝手にされて、なにもできなかったのだからな。私よりもクラウドが国王となった方が国民のためになるだろう。後始末を押し付けるようですまないが……」

「なにをおっしゃいます、父上。私も至らぬところがあるでしょう。そのときはどうか遠慮なく叱りつけて下さい」

「クラウド……すまん……」

 

 一人息子の手を取って顔を伏せる国王の目には涙が浮かんでいた。よかったな。これで日陰の人生を歩んできたクラウド王子も幸せになれるだろう。


「ふざけるなあ! この国は僕のものだぞ! お前らみんな死ね! おい、衛兵! あいつらを殺せ! 褒美をやるぞ!」


 鼻血を流しながら立ち上がったザブンが大声で喚く。あいつらってのは国王も含めてか? 当然ながら誰もその命令に従う者はなく、虚しくその声が響き渡るだけだった。


「なんかこうなると哀れでござるよなあ……」

「まったくよね。子育てって、ちゃんとしなきゃいけないんだって身に染みて感じるわ」


 確かに。これが自分の息子だったらと思うと……ううっ、寒気がする。


「見苦しいぞ。お前はもう私の息子でもなければ王子でもない。そのような者に誰が従う。それよりも自分のしてきた所業を省みよ」


 国王からの最終通告にザブンが顔を真っ赤にして歯をギリギリと食いしばる。ワルダックの悪事を調べるときに、この馬鹿が今までしてきたことも全部わかった。

 弄ばれた女性たちや、面白半分で殺された町人、無理やり攫われて奴隷にされた人たちがたくさんいた。泣いて許しを請う親を殴りつけ、娘をその前で辱めたこともあったという。

 悪いことをしたという気持ちが微塵もない。反省もしなければ、後悔もない。なにを言っても自分が正しく、相手が間違っていると思っているのだろう。

 甘ったれた馬鹿野郎だ。こんな奴に情けをかける必要があるのか?


「リーニエ国王陛下。この三人をどうするおつもりで?」

「罪状から考えるなら全員死刑だ。取り繕ってもしかたあるまい。国外に恥を晒すことになるが、それも甘んじて受けよう」


 王妃に騙されて浮気された挙句、その子供を王子として扱い、宰相には国の実権を握られていた。確かにいい笑い者だな。だがそれを甘んじて受けようというのなら僕からは何も言うまい。


「なんで僕が死刑にならないといけないんだ! ふざけるな!」


 ザブンがいまだにわめき散らしている。もうその姿は見るに耐えない。いいかげんに黙れよ。


「ふざけてるのはどっちだ。今度はお前が今までやってきたことの報いを受ける番だろ? もうお前は王子でもなんでもない、ただの犯罪者だ。誰も守ってくれなどしない。いい加減に認めろ」

「うるさいうるさいうるさい!! お前! 必ず殺してやるからな! 覚えてろよ! お前の国も、女も、メチャメチャにしてやるからな!」

「…………あ?」


 ゆっくりと抜いたブリュンヒルドでザブンの右足の甲を撃ち抜く。実弾が貫通し、右足の先から血がどくどくと流れ出た。今なんて言った?

 

「ぎゃあああぁぁああぁ!?」


 撃ち抜かれた右足を押さえながら、ザブンが倒れる。うるさいな。耳障りな声を出すな。


「な、なにを……!!」

「僕の大切なものをメチャクチャにするんだろ? そんな奴を生かしておけると思うのか?」


 もう一発、今度は左足の甲に撃ち込む。


「うぎゃあぁあぁ! やめ、やめて! 痛い、痛いぃいぃぃいぃ! ころ、殺さないで……! 死にたくないぃぃ!」

「そう言った罪もない町の人を笑って殺したんだよな、お前は。自分は許されるとでも?」


 恐怖に引き攣るザブンの右腕を足で押さえつけて、その甲に三発目を撃ち込む。


「ぎゃあぁぁあぁぁあ!!」


 がくっ、と、痛みのためか、死の恐怖のためか、ザブンはあっさりと気を失った。

 その馬鹿に回復魔法をかけて傷を治してやる。初めから殺す気は無かった。ただムカつくから脅して撃った。それだけだ。こいつに罰を与えるのは僕の役目ではない。

 こいつは間違いなく地獄に行くだろうが、あっさりと死刑ではこの馬鹿に人生を狂わされた人たちは納得しないだろうな。まあ、そこらへんはクラウド王子、いや、新しいリーニエ国王に任せよう。


「すいません。余計なことをしました」


 振り返り、元リーニエ国王に頭を下げる。


「いや、ザブンには自分のしたことを償う必要がある。死刑とは言ったが、どうするかはクラウドに一任しよう。私はもう国王ではないからな」

「衛兵! この三人を地下牢へ!」


 新しい国王の声を聞き、弾けるようにやってきた衛兵たちが三人を拘束していく。ついこないだまではクラウドを無視しまくっていたのにな。


「大丈夫、冬夜?」

「…ごめん、少し取り乱した」


 公国やエルゼたちをメチャクチャにしてやるとあの馬鹿に言われて、つい頭に血がのぼった。あいつにそんな力があるわけないのに。

 ベルファストの若い騎士連中に絡まれた時もそうだったが、自分のことよりも周りのみんなのことをなんか言われると、カッとなってしまう。短気なつもりはないんだが。もっと平常心を持たないといかんな。

 拘束されて地下牢へと連行されていく三人を見ながら、僕はそんなことを考えていた。








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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
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