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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第18章 二人の王子。
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#138 救出、そして母子再会。



 西方で一番大きな島、パルニエ島には島を二分して、北にはパルーフ王国、南にはリーニエ王国が存在していた。

 二つの国はなにかと小競り合いを繰り返してはいたが、大きな戦争になるほどの争いに発展することはなかった。小競り合いをしては停戦し、また小競り合いをしては停戦。互いの国力はほぼ同じで、戦争に踏み切り、たとえ勝利しても自国の被害も甚大になるであろうことを知っていたからである。

 ところが近年になってこの均衡が崩れてきた。パルーフ王国を治めていた国王が亡くなり、続けざまにその右腕というべき宰相も亡くなってしまったのだ。さらに運の悪い事に、大冷害による凶作がパルーフを襲った。リーニエも冷害による被害を受けたが、パルーフほどではなかったことから、リーニエ宰相ワルダックは今こそパルニエ島統一へと行動を開始したのである。

 以前から着々と準備を進めていたワルダックは、パルーフに対して宣戦布告をし、大打撃を与えるつもりらしい。


「しかし、宣戦布告なんて普通第二王子にやらせるか?」

「表面上は親書の受け渡しということにして、中身は宣戦布告の内容。相手が激昂してその使いである第二王子をバッサリ、という筋書きでござろうか?」

「あり得なくはないですね。それ自体が目的ではないでしょうが、私が斬られたとしても、「第二王子を手にかけた憎っくきパルーフを許すな」などとワルダックが白々しくわめくのが目に見えるようです」


 ワルダックの悪巧みを思い浮かべて、クラウド王子が自嘲気味に笑う。自分の使い道などそれぐらいにしか考えてないのだと。


「ともかく、行動を開始しよう。クラウド王子、今一度言うけれど、ここから先は完全に宰相たちと対決することになる。いいんですね?」

「わかっています。母を救い、私は宰相と戦います」


 僕に向ける視線には揺るがない決意の光があった。

 まずは力になってくれそうな前宰相のクープ侯爵の元へ行くことにする。侯爵なら他の貴族を説得して、第二王子派をまとめてくれるだろうし、なにより囚われの母の状況が知りたいとのことだった。

 ここからは迅速に行動しないとな。




「よくぞ決意して下された、クラウド王子。しかも西方諸国の協力を得た今となってはなにも怖れることはありません」


 クープ侯爵がクラウド王子に跪き、深々と頭を下げる。この人が王子様扱いされているの初めて見たなあ。さすがにこんなに王都から離れた地方だと、馬鹿王子の目を気にしないですむらしい。いかにも田舎の屋敷といった感じのクープ侯爵邸で、僕らはこれからのことを話しあっていた。


「協力と言っても、なるべくならこの国に被害を出したくはありません。武力によって制圧というのは避けたいところですが」

「そうなるとやはり宰相の拘束、ザブン王子の王位継承権の剥奪、それが鍵となりますな」


 クープ侯爵が立ち上がり、僕に視線を向けてくる。しかしこの人、本当に60歳を越えているのか? 筋肉ムキムキなんですけど。禿げ上がった頭と白い髭は年相応に見えるんだが、がっしりとした身体つきはとても老人には見えない。


「宰相の拘束はさほど問題ではないと思うんですけどね。どっちかというと、ザブン王子の王位継承権剥奪の方かなあ」

「今までの所業から廃嫡を決定することはできないのでござるか?」


 もっともな意見を述べる八重に対し、力なくクープ侯爵が首を横に振る。

 

「明確な証拠がありません。全て宰相が握りつぶしていますからな。被害にあった者も宰相やザブン王子の報復を恐れて証言することもしないでしょう。となると、あとは国王様自らが王子の廃嫡を命じでもしなければ……」


 しかしその王様はザブン王子の母親、ダキア王妃に逆らえないというわけか。どうしてだろうな。やはりなにか弱みでも握られてるのだろうか。


「最悪、王様を脅して王位を無理矢理クラウド王子に……って、これじゃこっちが悪党みたいだなあ」

「……必要であるならば、それをすることも辞しません。たとえ後世に父親から王位を奪った王子と罵られても」


 なるべくならそんな風にはなってほしくないところだが。しかし、なんとかしないと北のパルーフ王国と戦争だしな。うーん、結局シェスカたちの言った通り、馬鹿王子をサクッと殺ってしまえば全て片付くんだよなあ。


「何よりもまずはクラウド王子の母上を救出してからだな」

「エリア王妃はワルダック宰相の領地にある、ガリア砦に軟禁されています。私の手の者が潜入していますが、エリア王妃は宰相の言うような病気ではありません。しかし、あそこはあまり環境がよろしくない。そのうち本当に病気になりかねません」


 クープ侯爵の言う通りなら急がないといけないな。僕らはすぐさまそのガリア砦へ向かうことにした。

 うん、また「リコール」で今度は侯爵から記憶をもらわないといけないのだね。なんで筋肉ムキムキの爺さんと手をつないで額を合わせなきゃならんのか。

 記憶をもらったあと、女の子分が欲しくなり、思わずエルゼを抱きしめてしまった。あー、癒される……。

 殴られた。





 ガリア砦はそれなりに大きかったが、ブリュンヒルドの城よりは小さい。いかにも山城といった感じで、峠の道を塞いでいる。

 砦の端には大きな塔が建っており、その最上階にクラウド王子の母、エリア王妃が閉じ込められているという。

 岩陰から砦を窺いながら、クラウド王子が口を開く。


「かなり堅固な城です。ですが、陛下の魔法を使えば透明になって潜入できるでしょう。母上を救出したなら、一気に国外へ転移してしまえば、もう安心……」

「ターゲットロックオン、砦の兵士。「パラライズ」発動」

『ターゲット捕捉、終了。「パラライズ」発動します』


 「ぐうッ!」とか「はうあ!」とか短い叫び声がして、城門前の兵士が、ばったりと倒れる。これでほとんど無力化したはずだ。何人か「パラライズ」の効かない魔術防御力の高い奴や、護符を持っている奴らがいるかもしれないが、いいとこ二、三人だろ。


「じゃ、行きましょうか」

「………………」


 ポカンとしているクラウド王子に声をかけて僕は歩きだす。その肩を八重が軽く叩き、「気にしたらキリがないでござるよ」とわけのわからない慰めをかけていた。なんだよそれ。

 僕らは倒れている兵士を横目に砦の中へと入っていく。しかし物々しい警備だなあ。王宮よりも厳重なんじゃないか?

 入ってみてわかったが、馬丁とか料理人とか、砦の中でも動ける人間がそれなりにいた。ターゲット指定を「兵士」ってしてたからなあ。

 もっとも彼らはパニックになっていて、僕らに向かってくるようなことはなかった。なんか「伝染病だ!」とか叫んでいる。まあ、そうも見えなくもないか。

 そんな彼らを無視し、僕らは塔へと入る。階下の大部屋で何人かの倒れている兵士たちから鍵を奪い、扉を開けて、長い石の螺旋階段を上へ上へと登っていく。

 と、階段途中の中部屋の前で、メイド服を着た二十歳くらいの黒髪の女性とばったりと出くわした。あー、この人にも「パラライズ」は効かないわな。どう見ても「兵士」には見えないし。


「誰です!? 兵士を呼びますよ!」

「僕はクラウド。この国の第二王子だ。ここにいる母を迎えにきた。通してくれないか」

「クラウド王子!?」


 黒髪ロングのメイドさんはその場に跪き、顔を上げた。おや、ひょっとしてこの人……。


「失礼致しました。私はエリア王妃様の世話係をさせていただいてます、アンジェと申します。クープ侯爵の命により王妃様の安全を守っておりました」

「そうか、君がアンジェか。クープ侯爵から聞いている。いつも母のことを知らせてくれてありがとう。心から感謝している」

「そんな、もったいない……」


 やっぱりそうか。クープ侯爵が潜り込ませていた人ってこの人か。


「王妃様はこの上におります。さ、お早く……」

「なんだお前たちは!」


 上の階段から降りてきた一人の兵士が僕らを見て剣を構える。ちっ、動ける兵士がいたか。

 僕は兵士を動けなくするため、実弾の装填された腰のブリュンヒルドで足を撃ち抜こうとした。しかしそれよりも速く、一瞬で兵士の前に飛び込んで、身を低くしたアンジェさんが打ち上げるような強烈な蹴りをその顎に食らわせていた。うおお、凄っ。


「アンジェさん、武闘士ね。しかも結構な使い手みたい」


 エルゼが小さく呟く。武闘メイドか! 確かにこれくらいの実力がないと潜入なんかできないのかもしれない。


「さ、行きましょう」


 ぶっ倒れた男から鍵の束を奪い、アンジェさんが階段を登っていく。それに遅れまいと僕らも続く。しばらく登り続けると小さな扉が取り付けられた階に辿り着く。これより上の階段はない。ここが最上階か。

 アンジェさんが鍵を開けて、クラウド王子が部屋へ飛び込む。そこには椅子に腰掛け、編み物をしていた40代の女性がいた。あ、こりゃクラウド王子のお母さんに間違いないわ。目元がそっくりだ。


「母上!」

「クラウド……? クラウドなの? クラウド!」


 久しぶりの再会に、親子が涙を流しながら抱き合う。後ろからぐすっ、という声が聞こえてきたので振り向くと、八重が涙を浮かべていた。もらい泣きかよ。気持ちはわからんでもないけど。八重は優しい子だからな。

 ポケットに入れていたハンカチを八重に差し出すと、彼女は涙をそれで拭いてから、ちーんっ、と豪快に洟をかんだ。おまっ! そんなベタな!


「クラウド、こんなに大きくなって……。今日まで生きてきたかいがあったわ」

「母上、すぐにここから脱出しましょう。陛下、お願いします!」

「あいよー」

「陛下?」


 僕を怪訝そうな顔で窺うエリア王妃の前で「ゲート」を開く。一気にブリュンヒルドに行ってしまおうかとも思ったが、とりあえずクープ侯爵の屋敷につないだ。

 クラウド王子が驚く母親の手を取り、「ゲート」をくぐる。同じように驚いているアンジェさんを引き連れて、僕らもクープ侯爵邸に転移した。

 救出完了っと。これでもうクラウド王子を縛る枷はない。安心して第一王子派に反旗を翻すことができるってわけだ。

 さてさて、どう料理してやろうかねえ。スゥを奴隷にしようと考えてた奴に、容赦などする気は微塵も無いぞ。くっくっくっ。


「冬夜が悪い顔してるわ」

「またえげつないことを企んでるのでござろうなあ……」


 なんだよう。







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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


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