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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第16章 神様がみてる。
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#120 闇の精霊、そして神様詐欺。



 とにかくデカい。真っ黒い蛸のような足をうねらせて闇の精霊が立ち上がる。禍々しいその姿は見るものに恐怖と嫌悪感を与えるには充分だった。

 背中の触手を一振りすると、隣に建つ神殿の一部があっさりと破壊された。轟音を響かせながら、さらなる土煙が立ち昇る。なんて破壊力だ。


「ゴ、ア、グァ」


 開かれた大きな口から意味不明な唸り声が漏れ出す。やがてその口から吐き出すように、真っ黒い液体がボタボタと落ちた。それは地面に落ちる前に、無数の蝙蝠のような羽を生やした人型のなにかに変わる。首が長くて耳も鼻も両目も無く、上半身は筋肉質な人間、下半身は虫のような足をしている。

 それは空中を羽ばたき、都のいたる場所へと散らばっていった。人々の悲鳴があちこちで響き渡る。


「ガ、グ、ルガァァァァァッ!!」


 闇の精霊が天に向けて咆哮する。


「化け物だ……!」

「神よ……助けて下さい……どうか…どうか……!」


 周りから祈るような声が聞こえてくる。しかし残念ながら彼らの神こそあの邪神なのだ。

 もうすでにラミレスとしての記憶はないのだろう。アレはただ本能のままに悪意や破壊衝動を振りまいているに過ぎない。


「千年前は枢機卿たちが力を合わせて封印したそうですが、もう一度それをすることはできませんか?」

「無理だと思います。当時の枢機卿たちの力にはとてもかないません。今の枢機卿は魔法も使えない者が大半を占めていますし……」


 ダメか。まあ、教皇の言葉に納得できる部分もある。当時に比べ、今の枢機卿は魔法の実力がものをいうのではなく、信仰心とか、政治的手腕とか、そういったものを求められるのだろう。こういった状況には役に立たないわけだ。

 仕方ない。こうなったら僕がなんとか……。

 そこまで考えたとき、ふっと脳裏に閃くものがあった。

 これって教団の教義を変えるのに利用できないか、ということに。本物の神様に来てもらうのは無理だが、僕が神様のフリをしてあいつを倒し、「神託じゃー」とか言って、教皇になにか告げて立ち去れば、あとあと枢機卿に対しても教皇猊下に有利に動かせるのではないか、と。

 しかしこれは言ってみれば詐欺だ。みんなを騙そうとしているわけだし。いや、本物の神様の意向に沿っているなら詐欺じゃないのか……?

 自分で判断することができず、僕は教皇猊下とフィリスを住人が逃げ出した民家に連れ込み、思い付いたことを話した。


「……正直、国民を騙すのは気が引けます。しかし、今までよりはより良い状況になるのも確かだと思います。私は少なくとも、精神干渉されたり、悪というだけで人を赦すことができない教えは無くしたい」


 教皇猊下は僕の方を真っ直ぐ見てきっぱりと答えた。その目に迷いはない。


「私は今まで教皇として、いないとわかっている神を崇めよと教えてきました。罪悪感に押し潰されそうな気持ちを抑えて、これも国のために必要なことと自分に言い聞かせて。しかし、もし教えを変えることができれば、これからは堂々と神について語ることができる。あなたたちが祈りを捧げる神は実在し、我々を見守っていてくれると胸を張って教え説くことができる。そうなれはどんなに素晴らしいことか……」


 確かにそうか。神様の名を都合よく利用してしまうのは気が引けるが、やってみるか。

 国民も他国の王様が倒してしまうより、自分の信じる神が倒した方が嬉しいだろう。ブリュンヒルドとしては、教国に恩を売るチャンスなんだが、教皇個人への貸しぐらいで我慢しとくか。


「で、でも大丈夫なのですか? あんな巨大な魔物に勝てるんですか!? あれは闇の精霊なんですよ!?」

「んー、なんとかなるんじゃないかな」


 フィリスの心配ももっともだが、僕の直感ではそれほどやっかいな相手ではないように思えた。

 あの精霊の得意とする分野はおそらく、というか絶対、精神干渉系だ。しかしその能力もどうやらピンポイントで発動というよりは、広範囲に浅く発動するものっぽい。だからこそラミレスは教国を建国しようと考えたのだろう。僕らみたいに魔力への抵抗値が高ければ影響を受けにくいのだろうけど、ずっと身近にいたらじわじわと浸食されるのかもしれないけどな。事実、ラミレスはそうなったのだから。

 まあ、戦ってみないとわからないけどなんとかなるんじゃないかな。問題は神様っぽく戦わなきゃならないってことかなー。まあ、外見とかは「ミラージュ」でどうにかなるんだけどさ。

 表に出ると闇の精霊が長い触手を鞭のように地面に叩きつけ、街を破壊し続けていた。やはり基本的な攻撃は物理攻撃らしいな。なら、なんとかなりそうだ。

 おっと、急がないとこの都が壊滅してしまう。僕は教皇たちから離れ、裏路地に身を隠した。その間も教皇やフィリスが街のみんなを励まし、神に祈りを捧げている。本来ならばとっとと逃げ出して欲しいところだが、今回の場合、必要なプロセスだ。その祈りに応えて降臨しなきゃならないからな。

 「ミラージュ」を使い、姿を変える。「変える」というか、「そう見えるように幻を纏う」ということだが。一応、金髪碧眼でギリシャ神話の神様のような出で立ちになってみたが。もちろんイケメンだ。


「どう?」

『確かにそれっぽいですが、何か足りないような』


 琥珀が首をひねる。いや、本来の神様はもっと地味だぞ。まあ、琥珀は神様を見たことないからな。

 神様のイメージ……なら、こうか? 僕は全身から光を放つ幻を纏った。頭の上に輪っかとか、十二枚の翼とかも考えたが、あれってどっちかというと「天使」のイメージだよな。神の使いになってしまっては意味がない。

 よしこれで、と思ったときひとつマズいことに気がついた。普通、こういう神様って空を飛んで現れたりするよなあ。歩いてみんなの前に現れるってのもちょっと……。空を飛べる魔法を覚えておくんだった。神様のフリをするのも大変だなあ! めんどい!

 仕方ない。まずは空中にこの神様の幻影を映し出そう。まったく……幻影を纏った意味がないな。まあ、どうせ戦うときは僕がやらなきゃいけないんだけど。

 教皇たちのいる上空へ幻の神様を映し出すと、おおおおお! と街の人たちの歓喜の声が響き渡った。よし、まずは街中で暴れている、あの眷属どもを蹴散らさないとな。


「闇よ来たれ、我が求むは輝きの戦乙女、ヴァルキリー」


 光の御使いを呼ぶのに「闇よ来たれ」ってのも変な話だ。神様の幻影の周りに幾つもの召喚陣を生み出し、天使の一部隊を呼び出す。以前帝国の騒動のあとに契約しておいた奴らだ。あのときは空を飛べる奴がグリフォンしかいなくて大変だったからな。


《闇の精霊が生み出した敵を倒し、街の人たちを守れ》


 念話で命令を伝えると、一斉に戦天使たちは都中に飛び散って行った。本当のことをいうと、スマホでロックオンしてから光の魔法をぶつけても良かったんだが、それだと一瞬で終わってしまうからな。住民たちも何が起こったのかわからないままになってしまうし。言い方は悪いけどこれも演出だ。

 人の命がかかってるのに不謹慎な、とか言われそうだが、どうもあの眷属らは人間を狙って襲ってはいないような気がする。ただ、無茶苦茶に暴れているだけだ。それでも危険なのは変わらないけど。巻き添えで死んでしまうこともあるかもしれないし。

 神の出現に続き、その御使いである天使たちの登場に、都の人々は歓喜に沸き立つ。

 よし、僕も移動するか。「インビジブル」で姿を消し、神様の幻影を凧のように連れて屋根の上を駆けていく。様にならないなあ。やっぱり空を飛べる魔法が欲しいところだ。風魔法かな。いや、だったらリーンとかも飛んでるよな。やっぱ無属性魔法かなー。

 神殿の手前までくると闇の精霊の大きさがよくわかる。

 幻影の神様を消し、同じ幻影を身に纏いながら、「ストレージ」から刃渡り二メートルほどの大剣を取り出す。

 フレイズの破片でできたこの大剣は「グラビティ」で軽量化してあるので片手で扱える。水晶のようにキラキラと輝きを放つ剣は、それなりに神秘的なイメージを与えるんじゃないだろうか。

 僕の方へ身体を向けてこちらを見下ろす闇の精霊。眼はないが、そう感じられた。背中の触手が僕に向けて飛んでくる。


「よっ、と」


 それを横に避けつつ大剣を横薙ぎに振るう。触手がズパンと切断され、千切れ飛んだ。不気味な黒い霧状のものが触手の切断面から溢れ出す。うわ、キモッ。

 そう思う間も無く、千切れた触手の先が雲散霧消し、触手が再生した。そんな能力もあるのか。面倒だな。

 あまり神様(偽)として手こずるわけにもいかない。「スリップ」で転倒させようかとも思ったが、ここまで巨大だと街への被害が大きいか。いっそ潰すか。


「ターゲットロックオン。対象、闇の精霊。「グラビティ」発動」

『了解。捕捉終了。「グラビティ」発動しまス』


 次の瞬間、ゴガァァァッ!! っと闇の精霊が「グラビティ」の効果に耐えられず、横倒しに倒れこんでしまった。当然、倒れた精霊の下敷きになった街の一部が崩壊、壊滅する。うああ、結局「スリップ」だろうが同じ結果じゃないか! 気まずい。一応神様ってことになってるのにぃ。

 マズいな。こうなったら派手に決めて「あんな激しい攻撃だったら仕方ないよね」という方向に……無理があるか。

 とにかく圧倒的な力で終わらせるしかない。そう思って「グラビティ」を加重していくが、効果があるのかよくわからない。こいつには表情もないしな。抑え込むことはできているようだが。なら。


「光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン」


 光の槍が闇の精霊の身体を貫通する。今度はその穿たれた穴が再び再生することはなかった。やはり闇の精霊というだけあって、光の魔法に弱いということなのだろうか。


「ターゲットロックオン。闇の精霊に合わせて「シャイニングジャベリン」を百……いや、二百発展開」

『了解。捕捉終了』


 上空に小さな光の魔法陣が次々と展開していく。神(パチモン)の一撃(二百発だけど)を食らうがいい。


「斉射」

『了解。一斉射撃、開始しまス』


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!


 シャイニングジャベリンの一斉射撃に地面が大きく振動する。光の雨のように降り注ぐ槍に、闇の精霊の身体は細かく千切れていき、やがて斉射が終わる頃にはその形をとどめてはいなかった。千切れ飛んだ身体の破片が黒い霧状に広がり、辺りに漂う。これも多分、闇の精霊なんだろう。時間をかけて復活なんぞされたら面倒だ。徹底的に排除する。


「光よ来たれ、輝きの追放、バニッシュ」


 浄化魔法を広範囲で叩きつける。眩い閃光が辺りを包み、散らばっていた黒い霧を溶かすように消滅させた。

 光が消え、闇の精霊が完全に消滅したあとにはひとり分の白骨が転がっていた。やがてそれもバラバラに崩れ、灰となって風にさらわれていく。

 あれがラミレスだったのかな。千年の時を経て、やっと解放されたのだろう。自業自得とはいえ哀れなものである。

 さて、ここからが正念場だ。頑張ってみんなを騙しますかー。








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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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