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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第15章 大樹海、大雪山。
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#110 スカウト、そして弁当。



「へえ、それなりに形になってきたねえ」

「そうでしょう、そうでしょう」


 街道沿いに建てられた何軒かの店を見た感想を僕がつぶやくと、横にいた内藤のおっさんがうんうんと嬉しそうに頷く。ここの現場指示はこの人、元・武田四天王のひとり、内藤正豊が全部仕切った。昼行灯みたいなナリしてやるじゃないか。見た目はくたびれたサラリーマンみたいなのに。

 まだ喫茶店と自転車屋、武器屋、防具屋、道具屋しかないけど、ちょっとした商店街に見えないこともない。

 街道から外れた場所には国民の皆さんの家が建てられ始めている。そういや、店とか家とかてっきりイーシェン風に作られるのかと思ったが、そんなことはなかった。ベルファストや西方諸国と同じようなレンガ作りの家だ。


「あまり異文化を強調すると警戒心を持たれてしまいますからね」


 とは内藤のおっさんの弁。

 ちらほらと旅人も寄るようになってきてるし、まずまずのスタートじゃないかな。武器屋とかにはこっちでは珍しい刀なんかも置いてあるし(手裏剣まで置いてあった)、喫茶店ではイーシェンの料理に加え、ロールケーキやアイスクリーム、プリンやフライドポテトなんかも食べられる。

 ちょっとした金持ちは自転車を買っていったりするし、なかなか繁盛してるんじゃないかな。

 このぶんだとなんとかやっていけそうだ。ま、あんまり国民がいないから、そんなに稼げなくてもなんとかなるけど。


《陛下。西側関所の屋島伊太郎です。関所に陛下の知り合いだという商人が訪れているのですが》


 んお? 念話が入った。西側ってえとベルファストからの商人か? 関所在住の使い魔を仲介にして、僕と連絡がとれるようにしたが、結構便利だな、これ。


《誰? その商人の名前は?》

《服飾商人のザナックと名乗っておりますが》


 ザナックさんか。リフレットからここまでよく来たなあ。


《わかった。今からそっちにいくから》


 「ゲート」を開き、一瞬にしてベルファスト側の関所へ出ると、見慣れない装飾過多の馬車と、その横にこれまた見慣れない服を着たザナックさんが立っていた。


「やあ、久しぶりですね。おっと、王様にこんな口を叩いてはまずかったかな」

「かまいませんよ。ようこそブリュンヒルド公国へ」


 この人は僕がこの世界に来て初めて親切にしてもらった人だ。王様になったってそれは変わらないからな。ザナックさんと握手して、話を切り出す。


「それで、どういった用件でこの国に? 帝国へなにか仕事があるんですか?」

「それもあります。しかし第一の目的は、この国でも商売を始めるためですよ。ここに支店を作らせていただきたいのです。「ファッションキングザナック・ブリュンヒルド支店」をね」


 ははあ。なるほど。ずいぶんと思い切ったなあ。まだ人が集まるかもわからないのに。


「いやいや。あなたが作った国です。集まらないはずがない。で、あれば先行して、いい場所を押さえておくのは損ではありません」


 そういう考えか。今の段階で服飾店が繁盛するとは思えないが、まったくないのも困るしな。今は建築や農作業ラッシュで服も汚れるし、傷むのも早いだろうから。

 「ゲート」を抜けて街道の中心部へ戻り、内藤のおっさんにザナックさんを紹介する。土地割りや建築費、それにかかる人材派遣、その他諸々を二人に相談してもらう。ここらへんは僕は門外漢なので任せておく。

 それにしても支店か。やり手だな、ザナックさんも。リフレットからここまで手を伸ばすとは。まあ、僕という伝手があったからだろうけど。

 リフレットと言えば、ドランさんやミカさんは元気かなあ……おや?

 ちょっとまてよ。今気付いたけどこの国ってまだ宿屋がないな。てっきりここは通過地点だとばかり思ってたけど、旅人や行商人が宿泊する施設は必要なんじゃないか?

 んー……宿屋か。できればこちらも食事処とかと一緒になってたり、情報が得られる場所にしたいな。それにはプロの手がいるな…。ダメもとで頼んでみるか。




「と、いうわけで、「銀月」の支店をウチの国に出してもらえないかと思いまして」

「…そりゃまたいきなりだな、おい」


 ドランさんが腕組みしながらため息をついた。ごもっとも。自分でもいきなりすぎるとは自覚している。


「宿屋は僕らの方で建てます。ドランさんたちには経営の方を任せたいんですよ。まあ、雇われ店長みたいな形ですね」

「それって支店って言うのか…?」


 ドランさんが首をひねる。まあ細かいことは言いっこなしだ。


「で、その支店の方にミカを呼びたいってのか?」

「いいじゃない、あたし行きたい! 面白そうだし!」


 「銀月」の食堂で、僕の対面に座るドランさんに横からミカさんが口を挟んだ。どうやらミカさんは乗り気らしい。


「んー…でもよう、ミカがいなくなるとウチも厳しくなるしなあ」

「あーら、そうかしら。タニアさんに手伝ってもらえばいいじゃない。今でも充分手助けしてもらってるんだし」

「ばっ、お前、あの人はだな…!」


 ドランさんが急に慌て出す。タニアさんってあれか。確か街の北側に住んでる未亡人の奥さん。何度か挨拶されたことがあるけど。なに? ドランさんとそんな仲なの?


「あたしがいない方が逆に何かといいんじゃないのー。ま、それはそれとして一国の国王様がこうして直々に頼みに来てるんだから、断る手はないわよ?」

「っ…! あー、わかったよ! 行って来い! あとで泣きついてくんなよ!」


 ヤケ気味のドランさんの承諾にミカさんがやった! と小さくガッツポーズをとった。

 そうなるとあっちの宿にも銭湯をつけたいところだけど、それにはちょっと問題がある。あれってベルファストの秘湯から持って来てるんだよね。さすがに他国のものをいただくのは外聞が悪い。

 ブリュンヒルドには水路があるからなんとかそれをお湯にすればいいか。温泉の効能はないけど、大浴場としては充分だろ。「リフレッシュ」や「リカバリー」を溶け込ませることはできるし。

 とりあえずミカさんを連れてブリュンヒルドの内藤のおっさんのところへ戻る。


「おや、ミカさんじゃないですか。ひょっとして「銀月」もここへ?」


 内藤のおっさんと話し込んでいたザナックさんが、こちらを見て笑いかけてきた。


「国営で宿屋を作ることにしたんで、店長に引き抜いてきました」

「おや、それは羨ましい。店員の制服を作るなら何卒わが店で」

「商売上手ねえ」


 ザナックさんの話を冗談だと思ったのかミカさんが笑う。多分冗談じゃないと思うぞ……。あれは商売人の目だった。

 内藤のおっさんにミカさんとも話して宿屋の場所決めを考えてもらう。一応国営なので、大きめにとってもらうか。風呂を作るスペースも必要だし。あとで部屋を用意するから城へ来てくれるように伝えて、ミカさんたちと別れた。

 城へ向かう街道を散歩がてら歩いていると、向こうから小さい自転車に乗った子供の兄妹が走って来る。


「あ、へいかー! こんにちわー!」

「こんにちわー! へいかー!」

「はい、こんにちは」


 挨拶をしながら、そのまま子供たちは僕の横を駆け抜けていく。元気だなー。自転車が気に入ってもらえて何よりだ。無邪気なあの子らも忍びの一族とは信じられないけど。

 子供たちの後ろ姿を見送って、また歩きだそうとすると、前から今度は見知った少女が手に何かを持って駆けてきた。


「冬夜様!」

「あれ、ルー。どうしたの?」


 小走りに駆けてきたルーは息を弾ませて、手に持ったものを僕に差し出した。二段重ねの重箱と水筒、か?


「お弁当ですわ。お昼にお帰りにならなかったので……」

「ああ…そういや、まだだった」


 弁当を受け取って街道から外れ、木蔭の下に「ストレージ」から椅子とテーブルを出した。受け取った弁当を広げると、ご飯に肉野菜炒め、きんぴらごぼうに肉じゃが、卵焼きに魚の煮物と、バラエティに富んだおかずが並んでいた。いささか形が崩れていたが。


「ん? これクレアさんの作ったのじゃないのかな?」

「あ、はい。そのう…わたくしが作りました。クレアさんと、冬夜様がイーシェンの料理が好きだと言ってましたので、椿さんにも教えていただいて……初めてでしたので幾分か不恰好ですけれど……」

「へえ」


 初めてでこれだけ作れれば充分じゃないかな。箸を使って肉じゃがを食べて見る。うん、普通にうまい。


「美味しいよ。初めてとは思えない」

「そうですか! よかったですわ!」


 嬉しさをはち切れんばかりに表すルー。オーバーだなあ。けっこう感情表現が豊かだよな、この子。そんなとこも可愛いと思うけど。ユミナもルーも普段はやっぱりお姫様って感じで凛としてるから、こういう部分が見えると年相応な感じがして、微笑ましく思う。


「……どうかしましたか?」

「ん、いや。可愛いなと思って」

「ふえっ!?」


 いかん、本音が出た。みるみる間に顔を真っ赤にしたルーをあまり見ないようにして、弁当を食べ進める。なんとなく照れくさい。しかし美味いな。この肉じゃがとか、かなり好みの味だ。


「あ、あの、冬夜様、は、お嫌いな食べ物とか、ございますか?」

「いや? 特にないけど。ああ、ものすごく辛いものとかはダメだけど」


 エルゼの激辛チキンはひどかった……。アレを平気で食べれる者は本人以外いまい。


「では好きなものは?」

「うーん、やっぱり和食…イーシェンの食べ物かな。ご飯に合うものならなんでも好きだけど……あ、この肉じゃがはすごい好きな味だよ。最高」

「あ、ありがとうございましゅ……」


 料理を褒めるとおさまってきた顔がまた赤くなった。忙しいな。


「昔からお料理には興味があったのですが、城ではさせてもらえなかったので……冬夜様と出会ってから毎日が楽しくて仕方ありませんわ」


 そりゃなあ、お姫様だし。料理なんかさせるわけないよな。に、してももったいないな、こんな才能を放っておくなんて。

 弁当を食べ終わって、椅子とテーブルを「ストレージ」に片付けると、連れ立って城への帰り道を歩き始めた。

 横を歩くルーがちらちらとこちらを見ながら、手を伸ばしては引っ込め、手を伸ばしては引っ込めを繰り返しているので、僕から手を伸ばしてその小さな手を握った。

 彼女は驚きながらもぎゅっと握り返してくれる。


「えへへ」


 照れくさそうに笑うルーと手をつないで城へと帰る。はたから見たら兄妹にしか見えないんだろうなあ。まあ、急ぐこともない。そのうち恋人とか、夫婦のように見えるときが来るだろう。

 僕らはこの国でずっと暮らしていくんだから。







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