☆4
フワフワがいなくなったのは――多分満足したからだろうな。
いや、メイクラブ的な意味じゃなくて、大地を走るという大自然的な意味において。
でも、僕はどうなるよ?
正直、僕の心はズタズタのボロボロだった。フワフワのせいで。
あ、ここちょっと面白い文だった? 韻踏んでるようで?
いや、真面目な話をしようや。
僕は強烈に寂しかった。
前恋人に振られた時以上に、この胸に穿たれた深淵は何だろう?
なあ? 魂が触れ合う、って感覚わかるかな?
人といて、そういう瞬間が確かにあるんだよ。(フワフワは人じゃないって? おい、そういうツッコミは今はいらないから! TPOをわきまえろよ)
要するに、フワフワがいなくなって僕は気づいたのさ。
振られた腹いせではなく、自分にとって前恋人よりフワフワの方が遥かに……遥かにしっくりくる何かがあったんだ。
心も、もちろん躰も、ずっと……良かったんだ!
じゃ、こう言えば満足か?
魂を震えさせる愛を感じたんだよ、
おまえに、フワフワ……!
それでさ、ふと僕は思い出したわけ。
あの黒いゴミ袋――いや、〈ペテロの袋〉のことを。
あれ、何処へやったっけか? 捨ててはいなかったはず。
あれを見つけてまたその名を呼んだら、どうなるんだろう?
願いの叶う効力は一回限定とはじいさんは言ってなかった(気がする)。
あの袋にもう一度、フワフワの名を囁いたら――
わかってる。こういうのは禁じ手だ。洋の東西を問わずお伽話では、欲張った奴は散々な目に遭う。願い事は二度しちゃいけないんだ。でも――
僕はこうも思った。どうせ、自分は今、最悪な状態なんだから、これ以上最悪にはなれっこない。
だとしたら、何だってやってみて、損はないだろう?
そういうわけでさ、僕は家中を探し回って例のゴミ袋を見つけ出し――それはフワフワとあんなに熱烈に愛し合ったベッドの下に、破れた風船みたいなカンジで落ちていたよ――囁いたんだ。
「あいつを……フワフワをもう一度……俺の元へ返してください」
突然、部屋いっぱいに鳴り響く荘厳なるワルキューレの調べ……!
って、それは僕の携帯の着信音だった。
「ありがとうな! 納所! やっぱおまえは最高! 一番の俺の親友だよ!」
「翔?」
「俺だってさ、おまえが振られてどん底の状態だって知って無理言うのやめようかなって思ったんだぜ。でも、おまえなら絶対受け入れてくれるってわかってた! ホント、おまえって優しいいい奴だもの! 今回の件、心から感謝するよ!」
「おい、一体何の話して――」
「あいつの面倒見てくれて、マジ、俺、助かった! あいつにも改めて礼を言わせようと、おーい? ……あれ、悪い、今、ちょっと姿が見えないや。とにかく――この借りは必ず返すからな! じゃ!」
あまりショック過ぎてここの処、上手く整理して記すことができない。
要するに、早い話、道南のド田舎に住んでる翔のお得意のGFがサプライズプレゼントとか言っていきなり札×市へやって来て、三日間滞在することになって……
その間、同棲してたBFを泊めてくれる人が(あるいは場所が)必要だったってことらしいや。
翔はその調子の良い性格そのままにバイなんだよ。
ホント、悪い奴だよ。それはともかく。
以上を要約すると、つまり――
あいつはフワフワでも何でもなかったんだ……!
でもさ、冷静に考えりゃ、そうだよな?
俺、何やってんだろ?
体中の力がいっぺんに抜けて僕はその場に座り込んでしまった。
先刻、自分は最悪の状態だからこれ以下はないってタカを括ってたけど――
あったんだな。まだ下が。
見ろよ、現在俺が嵌ってる状況、まさにこれがそうだ。
俺はこうしてフワフワとの美しい思い出まで失ってしまった……!
俺の、俺だけのフワフワだと思ってたのに、実は友人の恋人って……
何だよ、それ?
この顛末……陳腐過ぎるだろ?
部屋に腰を落としたまま、どのくらいそうしていたのか、僕は玄関のインターホンの音で我に返った。
「宅配便です!」
ドアを開けるとダンボール箱を抱えた配達員が立っていた。
機械的にハンコを押して受け取った。何だろう? そんなに重くはない。
「?」
箱に貼られたラベルの依頼主の欄を見て僕は凍りついた。
《 フワフワ 》
野郎! 天使どもめ! やり方を変えやがった……!
今度は、今度こそ、この段ボール箱の中に本物のフワフワを詰めてきやがった……?
箱は夕張メロンだけど、見たとこどこにも空気穴なんかない。
やめてくれよ!
僕は慌てて箱の蓋を毟り取った。
中は、Tシャツ、トランクス、またTシャツ、ポロシャツ、綺麗な色の格子柄の半袖シャツ……
衣類がギュウギュウに詰まってた。
ああ、ではこの布の中に包まれて俺の真っ白いウサギが――
すぐに助けてやるからな! もう少しの辛抱だぞ、フワフワ! ガンバレ!
だが――
おい、どうした? いないぞ? 何処にも?
全部引っ張り出したけど、箱の中は衣類だけだった。
僕はほとんどパニックになりかけた。
「何してんのさ?」
振り向くと後ろにフワフワが立っていた。
フワフワは呆れたように笑ってこう言うのさ。
「それ、俺の衣類だけど?」
「おま、おまえ――」
「これからあんたと暮らそうと思ってさ、それで俺が送ったんだ。ダメ?」
猫毛を揺らして、上目遣いで、ああ、それ! その、円らな瞳で、
「俺、あんたにマジで……恋しちゃったみたいだ……」
な? 最初に断った通り〈恋愛ジャンル〉だったろ?
フワフワ曰く、いきなり俺の住所を渡されて部屋を追い出された時点でもう翔には愛想を尽かしたってさ。
だから、別れる決心をしたんだけどその日は悔しくて悲しくて自暴自棄になってとても誰とも口をきける状態でなかったそう。
その気持ちはわかるよ。俺も同じような経験をしたからな。
それから、ベランダにいたのは、単にそこが風が通って涼しくて居心地が良かったせいで――北国にもかかわらずあの日の気温は優に三〇度を超える真夏日だったっけ――他に意味はなかったとか。
まあ、そんなこんなはこの際どうでもいい。
僕も今となっては、僕を振った元恋人の名ではなく『フワフワ!』と叫んだあの日の自分の英断を褒めてやりたい気分だ。
その日、戻ってきたフワフワと存分に愛し合った後で、僕は訊いてみた。
「ところで、おまえの本当の名、何て言うんだ?」
フワフワは僕の耳元へ唇を寄せて甘い吐息と共に教えてくれた。
以下個人情報になるので――
と言うよりもさ、これは僕だけの大切な秘密にしたいんだよ。
で、削除、と。
おっと、忘れてた!
例の黒いゴミ袋……〈ペテロの袋〉な?
あれはまだ僕の手元にある。
でも、僕はもう二度と使うつもりはないから、もし、この話を読んでその気になった人がいたら――
つまり、生涯で失くした大切なものを何としても取り戻したいと切実に思っている人がいたなら、譲ってもいいと思ってるんだ。
そんな人は、どうぞ遠慮なくhttp://ncode.syosetu.com/n1443bm/4/
まで連絡して来て。
早い者勝ちだぜ?
《 了 》
最後まで読んでくださってありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたら嬉しい限りです。
ちなみにフワフワは私の妹の飼っていたウサギで……
ってそんな色っぽくない個人情報は必要ない? ごもっともです。