☆2
フワフワは、その名の通り──真っ白なウサギだった。
小学生だった僕が飼っていた唯一のペット。
本当は犬が飼いたかった。それも、でかいハスキー犬に憧れてた!
でも、家庭の事情ってやつ。小さくておとなしくて、世話し易いウサギなら、とシングルマザーで僕を育ててくれた敬愛すべき母が小3のクリスマスプレゼントにくれたんだ。
僕はフワフワが大好きだった!
さっき言った事情でさ、母は一日中働いてたから、いつも僕の傍にいてくれたのはフワフワだった。
だから、死んでしまった時はそりゃあ悲しかった。
その上、僕はフワフワにどうしてもやり残したことがあって……
もしフワフワが帰って来てくれたなら、絶対、アレだけは……
あのことだけはやり直したいとずっと思っていたんだ。
サリンジャーの超メジャーな小説にさ、主人公が落ち込んで辛い時、呟くことにしてる自分にしかわからないお呪いってのがあるんだけどさ、知ってる?
『いいよ、アリー、家に帰っておまえの自転車を持っておいで』
それ、死んでしまった弟に言ってやりたかった言葉。
言えなくてずっと後悔してる言葉なんだよ。
実際、そんな風に、僕もフワフワに許してもらいたいことが……
って、アレ、何だよこのシリアス感?
ダメだ! やっぱり僕はかなりマイッてる。今日は自宅へ帰ってビールでも飲みまくって寝てしまおう。
こうして、アパートへ辿り着いた僕は、自分の部屋のドアの前に大変なモノを発見した。
白いウサギの入った箱──
じゃなくて、
膝を抱いて蹲っている男の子だった。
「……何なんだ?」
「……」
「チョッ、どいてくれないかな? そこ俺の家……」
「……」
そいつは一言も喋らなかった。
ただ埋めていた両腕から顔を上げて僕をじーーーっと見つめるだけ。
「口が聞けないのか? とにかく──どいてくれ!」
「……」
僕を見つめる円らな瞳……
きっと、僕は気が狂いかけてる。
失恋の痛手で?
本当は交差点で外人のじいさんになど遭っていないに違いない。
だから、黒いゴミ袋ももらっていないし、ましてそのゴミ袋が魔法のソレで(最も西洋的聖書系の因縁譚)失くした大切なものが取り戻せる云々など全くのデタラメなんだ!
そう思う方が正しいに決まってる。
何故なら──いいかい? 何故なら、
僕はその頃にはすっかり信じ始めていたから。
蹲って僕を見上げるその子が、フワフワの再来であることを……!
だって、だってさ、そいつの眼差しはラビットフードを与える時のフワフワの目つきと全く一緒だったんだ。
あ、それから──これを言うのを忘れてた!
フワフワは牡だった!
そういうわけで、僕はフワフワを部屋に入れてやり、シャワーを使わせてやり、着替えを持っていなさそうなので俺の下着を貸してやり……
季節のことは記してたっけ?
真夏だったんだ。だから、トランクスとタンクトップで充分だった。
ところで、この企画のバックアップは天使たちなんだろうか?
クレームとかそういうのは何処へ言えばいいんだ?
まあ、概ね外見的に文句はないんだけどさ。
バスルームから出て来たフワフワを盗み見ながら僕は思った。天使たちのイメージ変換は悪くない。
フワフワを人間にしたら絶対こうだったはずだ、と言う線で攻めて来ていた。
円らな瞳、あ、これは既に書いたな。
名前の由来になった(っても、小学生だからね、ネーミングについては大目に見てよ)フワフワな猫毛の髪。色は陽に当たると金茶に見える黒。
天使たちもそこは自重したんだろう。白髪と赤い目じゃ目立ちすぎてアウトだろう? 僕のフワフワはアニメキャラじゃないんだからさ。
でもさ、白い毛皮の代わりにフワフワは磁器のように白い綺麗な肌をしていた。それから、タンクトップから覗いた鎖骨の美しいことったら! 撫でたらどんなにか……以下自己規制により数行削除。
年齢は見た目的には十五~二十。
やって来た際の服装は、北の国とは言えこの季節にはやや暑いだろうに、デニムのジャケット、下はジィーンズ。
だいたいウサギを擬人化して戻すこと自体、そこに何らかの意図があるのかどうか、僕には全くわからない。
きっと本来の〈ペテロの袋〉は麻布とかのはずなのに黒いポリエチレンのゴミ袋を代用したせいで転送の際負荷がかかり過ぎてこんな間違いが……と、まあ、そういうのはSF的処理の問題で、これはあくまで恋愛ジャンルだから無視していいはずなんだ。
おい! 知らなかったのか? ここまで読んで?
これはあくまで〝恋愛話〟なんだぜ!
しかも、ここで再確認しときたいんだが、タグはチェックしたよね?
Rー15のBLだぞ?
ということで、そう、断るまでもないが、僕を振った奴は男で、しかもそんじょそこらにいるタダの男じゃなく、身長185、浅黒い肌に漆黒の髪、残酷そうに笑った顔がタマラナイ、超級の美形だったさ! 〈酷薄〉って表現がピッタリのクールビューティ。
俺一人で永遠に独占できるとは思っていなかったけど、それにしても、こんなに早く捨てられるとは! なあ? 俺の何が悪かったんだ? 思い当たるとしたら前々日の夜、俺が要求した──以下削除。
フワフワの話に戻ろう。
人間化したフワフワはずっと口をきかなかった。
当然かも知れない。ウサギは鳴かないもんだから。
その夜の夕飯はスパゲティ・ナポリタンを作った。
これは小学生だった僕が最初に憶えた得意のメニューで、独りきりの食事の際、こっそりフワフワにも分けてやってたから再来したフワフワも好きなはずだった。
案の定、フワフワは美味そうに完食した。
あまつさえ、お代わりまでした。
僕がこの子が本物のフワフワだと確信したのは次の日のことだった。