ⅵ 過去
この世界には数々の特殊能力がある。
特殊能力といえどもそれは、さまざまな種類があり、威力もさまざま。中には珍しいものや、戦闘に役立ちそうなものまであった。その中で、天吏の特殊能力は珍しく、そして、強かった。
それは、時々能力者である天吏でも抑えきれないぐらい強く、危険なものであった。しかし、その能力を知っているのはほんのわずか。というのも、天吏はあまり公表はしなかったし、逆に公表なんてしたら命の危険もある。そして、なによりそんなことをしたら天吏は実験のために研究者たちの手によって一生、外の空気を吸うことはできないだろう。
特殊能力者達の生きる道はたくさんある。
わざわざ、たとえ安全だとはいえ一生捕らわれの身というのも何だか気が引ける。
だから天吏は自由に生きようと思った。普通の人間のように、自由に。
普通の人間達が自由なんて断言はできなかったが、天吏の瞳には自由に映って見えた。変に遠慮されず、特別な色を塗られず、区別されない。そんなふうに生きようとしていた。
―――なのに、英雄たちの仲間入りをしてしまった
冷静に考えると、それは天吏の生きる道に反していた。
今まで一〇年間貫いてきた自由をたった一瞬で手放してしまった。
馬鹿だな、と天吏は自身を罵る。
そして、「俺のモットーは自由、だったはずだぞ」と。
これこそ、後の祭りというやつなのだろう。
―――若いうちには失敗もつきものだ
なんていう昔の言葉があったっけ、などと思いながら天吏はあくびをして後ろにふんぞり返った。
―――空が、綺麗だ
煌々と輝く月と、星。それはまるで、絵に描いたように綺麗なものだった。
そして、天吏はまぶたをゆっくりと閉じた。
そこには昔のある夏の暑い日の出来事が鮮明に焼き付いてる。
二〇五五年、夏。
今から丁度、一〇年前の日の事だ。
まだあの時、天吏は―――六歳だった。いや、六歳から七歳になる記念の日、誕生日のことだった。
あの時はまだ、天吏は一人ではなかった。
家族がいた。
平和な、ごく普通の家庭だった。
それが・・・・・・一瞬で崩壊してしまった。
そして、天吏は特殊能力を背負ってしまう。
―――天吏の人生が一八〇度回転した事件がその時、起こった
空が青かった。
そのことだけが、頭にこびりついている。
雲ひとつない快晴、そんな晴れた夏の暑い日の事。
蝉が鳴き、でもそれがちょっぴり嬉しかった。体中、泥だらけになりながら天吏は、日が暮れるまで遊んでいた。
あの日は母親になぜか「早く帰っておいで」と言われていたけれど、いつも通り近所の子供たちと夕方まで遊んでいた。
忘れていた、といえばそうだったし、途中でその輪から抜けるのがなんとなく嫌だった。
しかし、母親の言いつけを守って途中で抜けていれば―――と思うと今でも天吏は心ぐるしくなった。というのも、そう。
あの公園に鬼が、来たのだ。
それは突然の襲来だった。
あの時は今みたいな防御システムはなく、それも今までこのエメラルド地域を襲ってきた鬼達はそう強いものでもなかったものだから、射撃などで適当に威嚇して追い払っていた。しかし、あの時は違った。
ウーウーウーウー
鳴り響く警報。
しかし、遅かった。
鬼は、すでに公園に降り立っていた。
なぁご なぁご なぁご
鬼は嬉しそうに鳴いていた。
目を、その赤い目を爛々と光らせ、汚らしい液体を口からたらし、牙を剥き、足を鳴らした。
なぁご なぁご なぁご
喰らう。
柔らかい生肉を鬼は喰らった。
血が、赤い血があたりに飛び散る。
その場は騒然となった。
なぁご
二人目。
また、血が―――その場を赤く染め上げる
よく見るとその、鬼の口からは足が、子供の片足がはみ出していた。思わず、天吏はそこで嘔吐してしまう。頭が、何故かその時意味不明なことを考えていた。
―――人間って美味しいのかな?
普通とは思えない思考だった。しかし、何故かそういう思考に至ったのだ、天吏は。
なぁご
三人目。いや、四人目か?
もう、何人鬼に喰われたか分からない。
いつ、自分の番が来るのかも・・・・・・全く。
意識が朦朧として、今、自分が何をやりたいかすら分からなかった。
気づいた時には、鬼が目の前にいた。
息が、臭い。血の臭いと、卵が腐ったにおいが入り混じった―――そんな臭い
しかし、何故か鬼は天吏を喰おうとはしなかった。
ただ、じぃっと天吏をその赤い目で見つめている。
天吏は狐に包まれたかのようにその場に棒立ちになっていた。まるで、金縛りにあったかのように体が動かない。
なぁご なぁご なぁご
大きな目を何度も動かし、鬼は鳴いた。
しかし、鬼は天吏を喰らおうとはしない。まるで、天吏が見えていないみたいに。
―――お前、誰だ?
その時、誰かが天吏に語りかけてきた。声、でなく頭の中で。
「だ、だれ・・・・・・って」
溜息が洩れる。多分、その声の主の溜息だろう。
―――もういい。時間がないからな
その声は勝手に話を進めていく。
―――お前、生きたいか?
急にその声は変な質問をしてきた。思わず天吏は首を振って否定する、死にたくないと。
―――そうか
その声はそれだけ言うと消えた。
と、同時に鬼が苦しそうに声を荒げ、口から血を撒き散らした。
ぐごっ、ぎゃっ・・・・・・
何か潰れるような音がする。しかし、それは音は音でも鬼の奇声だった。
刹那。
破裂した。
鬼が、鬼の血が天吏を真っ赤に染め上げる。
「え」
何が起こったのか分からなかった。
ただ、鬼が死んだ、破裂したことだけは分かった。しかし、それ以上は何も分からなかった。
天吏はその鬼の血の雨を茫然として立ちすくんだまま浴びた。
全身、真っ赤になるまで―――真っ赤に
そして、気づいたら天吏は鬼のように肉を喰っていた―――人間の肉、先ほどまで一緒に遊んでいた子の肉、死肉を・・・・・・
次に気づいたら、病室らしき白い部屋にいた。
たった一人で。
誰もいないその白い部屋で、天吏は全て知ることになる。
鬼の襲来はあの公園だけではなかったらしい。そして、
―――両親が死んだということも
そこで天吏の意識はブラックアウトした。
✝
「なるほど。ということは、天吏は・・・・・・?」
黒猫が独り言を呟く。隣には、天吏が情けなく口を開けて寝ていた。
時刻は、
―――a.m.03:50
天吏が家に帰っていないという報告を受けた夜はまずはじめにこの公園に来ていた。
始めて天吏と出会った公園に。
しかし、この公園では昔、ある事件が起こっていた。それが、天吏と関係あるとは・・・・・・と再び夜は呟く。
そう、この公園は天吏が鬼に襲われ、特殊能力を身につけてしまった場所でもあるのだ。そこに彼はなぜかよく来る。
罪滅ぼしなのかそれともと推測するものの、天吏の心理を見ないと正確なことは分からないだろう。そもそも、その心の中を見たところで分かる訳もないのだが。
「あの身体能力・・・・・・鬼の力なのだろうか」
しかし、答えはない。
なぁご
鬼が鳴いただけだった。
風が吹く。
夜のひげが風になびく。その風を身に浴びて夜は目を細めた。
そして、そこには誰かがいた。
うさぎの耳のようなツインテールと赤い見開かれた大きな目―――梓だ
「誰?」
梓がゆっくりと唇を動かす。
「そこにいるのは、誰」
わが・・・・・・と夜は言おうとして口を前足で押さえる。猫がしゃべったら明らかに怪しまれる。ここは黙ってやり過ごそうとしたとき、夜の目の前には赤い目があった。
「わ・・・・・・わわわわっ」
思わず、声を出してしまう。
「―――みぃつけた」
梓がにぃっと笑った。
嗤った。
鬼が鳴いた―――なぁご、と
嬉しそうに
過去編でしたーどうでしたか?
会話が少ないせいか、読みにくいと思います。
あと、文が下手すぎて・・・・・・読みにくかったらすいませんm(__)m