ⅸ 七星
今回から、新章です(=^・^=)
にゃおーん
猫の鳴き声で天吏は目を覚ました。
ただ、目を覚ましたといっても、ほとんど起きた心地はしなかった。頭を強く撃たれたような、そんな感じがする。そして、耳鳴りと目まい。少なくとも、万全の体制ではないことは確かだった。
嘔吐。
してしまった。
腹に強烈な刺激を与えられてしまったせいか、どうもお腹の調子が悪いらしい。あたりに臭いが立ち込め、異臭を放つ。
「あー、臭い臭い臭い。ったく、臭いよ」
そう言いながら誰かが近づいてくるのが天吏には分かった。聞き覚えのある声、多分、梓だろう。しかし、天吏の記憶には梓はそんなに話している覚えはなかった。いつも黙って、じっと目を見開き・・・・・・なんというか、不思議な少女。そんな言葉で表現できてしまうような少女だったはずだ。
しかし、と天吏は記憶をたどる。
梓、という人物、何故か自分を襲ったあの男・・・・・・パンドラと名乗るあの少年と一緒にいた。一体、何なのだ、と。
「一体何かって?わたしはね天吏くん、鬼だよ。うん、この表現は誤解を招くね。あ、ちなみに、天吏くんも鬼だから。鬼さん、だよ」
何を言っているのか、と天吏はなんとか戻った視界を調節しながら梓の気配がある方を向き、目を凝らした。たしかにそこには、ツインテールの少女がいた。そして、気味が悪いくらいの赤い瞳らしきものがなんとなくうかがえた。
合わないピント、そして、揺らめく視界。
それが、天吏の視界を邪魔した。
「まだ目、見えないのか。じゃあ、この縄を緩めても逃げだないよね」
そう言いながら梓は天吏を縛っていた縄を少し緩めた。
「少しは楽になった、でしょ?まぁ、慈悲だから」
慈悲ならこの状況をよくしてくれ、と言いたいものだった。しかし、そんな文句を言ってられないようだった。なにしろ、天吏は拘束されている身。天吏の体は今、梓の所有物となっているのだ。
「あははぁ」
笑い。そして、梓はぐっと赤い瞳を天吏に近づけた。息が、その生温かい息が天吏の鼻を優しくなでる。
「どう?噛みついてやろうか?」
「どう、して?」
ん、と梓は唸ると顔を放した。そして、弧を描くように回る。目がよく回らないものだ、と天吏は思った訳だが。
「天吏くんさぁ、あの黒猫さん達が助けにくると思っているわけ。さっきからその態度、気に喰わないなぁ。あんな慈善活動なんて馬鹿みたい。だからね、わたし。あの黒猫さんの喉元掻き切ってみたわけ。一応同族だけどさ、あの子の能力、欲しかったから。おかげで、時間を止める能力を手に入れたわけだけど。あはは。ん、天吏くん。その、今にもわたしに噛みつこうとするその顔、止めてもらえないかな。可愛くないじゃない」
赤色が、嗤った。
「でも、皮肉なもの。旧支配者を新支配者から守るのは、新支配者だもの。それに、この世には旧支配者なんて、ほんの一握りの、兄弟で子供つくってる頂点の方のお偉いさんしかいないわけだし。だからみーんな、生命維持のためのカプセルの中。生きていけないって訳。ったく、のん気なものだよねー。血を絶やさないための、ただの生産機関みたいなものだし」
あ、そうそう、と梓は続ける。
「天吏くんもだけど、この地球上で生活できるのは鬼の血が必要だから。それ以外は、この空気吸ったら即死」
「え、それは・・・・・・」
「ん、まぁ・・・・・・人間と名乗る彼らも、鬼だということ。気づいていないみたいだけど」
そう言って梓は、笑った。
その時、扉が軋む音がしてあの少年―――パンドラが入ってきた。
情けなく立った寝ぐせ、半開きの目、そこから漏れだす赤い光は少し怖かったが、少し開いた口から覗く犬歯を見るとなんとなく納得してしまう天吏がいた。そして、こう見ると普通の少年なんだな、とも思えてしまった。
「おはろ」
梓特有の朝の挨拶。今思うと、これには何か意味があったのかもしれないとか何とか思ったが、そんなこと、今はどうでもいい。
「あぁ、おはよう・・・・・・って、臭いな。どうした?料理でも・・・・・・って、え」
パンドラの赤い瞳は天吏の下半身にくぎ付けになっている。そして、
「処理、しろ。嗅覚が腐る」
冷たく言い放たれる刹那、急に臭いが止まった。
そして、
時間が巻き戻っていた。
何が何だか分からなかった。
いきなりの事で、混乱かつ錯乱が発生する。
そして、
「おはろ」
という声が耳元で響いた。
「あぁ、おはよう」
と、誰か・・・・・・聞き覚えのある声・・・・・・パンドラが天吏の前にいた。
先ほどと同じ風景。
しかし、何かが違う。そう、何かが違っているのだ。
よく見ると、吐いた後がなかった。
「え、え・・・・・・」
思わず、天吏は情けない声を上げる。
「どうしたの、天吏君。何か?」
「い、いや・・・・・・」
思わず天吏は頭を掻こうと手を頭に持っていこうとするが、縄で縛られておりできない。状況は変わらない。ただ、時が変わった。そんな気がした。
「天吏クンも起きたことだしね、あの事を説明しようか」
そう言いながら木でつくられた椅子に腰かけるパンドラ。その何気ない顔が何故かむかついた。
その時、天吏の目には『龍刃』が飛び込んできた。それは、パンドラの隣に無防備に置かれており、もし、この縄で縛られていなければすぐにでも、獲れるだろう。
「ん、どうした」
ひび割れた唇が動く。
そんな質問に、天吏は答えはしなかった。ただ、じっとそのひび割れた唇から覗く鋭い犬歯を眺めていた。
「・・・・・・鬼」
何故か、天吏の口からそんな言葉が漏れる。意識して吐いた訳ではないその言葉は、ただの単語で、それも、自らを象徴するものだった。
「鬼、ね。人間と鬼。区別、するか?」
「え?」
突然の質問に戸惑う天吏。そんな天吏をじっと赤い、パンドラの目は見つめていた。そのせいか、少し緊張してしまう。
「いや、俺にはよく分かんない。そもそも俺、今まで自分のこと、人間とか思っていたから」
「そうだな。というか、そうだ。それが今の人間と鬼との対立だしな」
「はあ」
「この地球の支配者層の一番上は鬼だ。空気の汚染による人間の絶滅によってね。そもそも、あんなバケモノ、鬼といっても、人工的に創られたものだしな。鬼の遺伝子とその他もろもろの獣の遺伝子を組み合わせて創ったモノさ。それが暴れたせいで、純人間達は鬼や、それに準ずるものを排除しようとこんな芝居を始めたのさ。そしたらさ、都合よく国家権力に対抗する奴らを排除できるからな。けどさ、そのバケモノが繁殖したせいで、こんなになっちまったけど。
というか、あいまいなんだよな。人間と鬼との境界線ってさ。
俺にでも、はっきりしたことは分かんない。ただ、人間・・・・・・と表現してもいいのかな、まぁ、人間と名乗る彼らが勝手に言っているようにしか俺には聞こえないね」
「あ、あの・・・・・・もう少し分かりやすく・・・・・・」
「そうだな」
と、パンドラは言いながら頭を掻いた。
「俺、お前はたしかに鬼だ。梓もな。というか、ほとんどが鬼だ。けど、鬼といっても、人間より生命力が少し高く、ちょっとバケモノめいた能力、頭脳を持っている程度。だから、アメリカ・・・・・・今はサファイアか。まぁ、そこでは新しき人類なんて呼ぶ。そもそも、純粋な人間なんて一〇〇年前にだって存在はしていなかったんだ。人間はそもそも無個性。個性がなく、鬼に似た生き物だった。そもそも、ほとんどが鬼だから区別するのは難しいな。元々、人間っていう純粋なものはいない。純粋は馬鹿で、無個性だ。そんな生き物、生きていけるはずがない。
まぁ、ざっと大まかに言えば、そもそも人間なんて存在しなかったんだよ、ってね。表し方の問題だけれど」
「つ、つまり、すべては表し方の問題だと」
「ん」
「でも、純粋な人間っていうのは・・・・・・」
「あれか、あれはな、性欲を耐え、親兄弟と混じり、純粋を保ったからさ。代表例としては、王族だね」
「ハプスブルグ、ブルボン、日本の天皇一族だってそうだ」
その時、天吏の今までの概念はひっくり返された。人間、という概念。鬼、という概念が一気に・・・・・・覆された、瞬間だった。
「信じるか信じないかは個人の自由だけどな」
「いまさら、そんなこと」
にゃおーん
猫が鳴いた。
いつのまにか、天吏の足元には白猫がいた。赤い目を光らせた白猫が。
「他に聞くこと、ないの?天吏君」
梓の声が響く。
あぁ、あったなぁと天吏はぼやく。
「どうして、俺をここに連れて来たんだ」
と。
なぁご
鬼が、鳴いた。
いや、鬼という表現は誤りだ。
バケモノ、それでいい。
バケモノが、鳴いた。
「その質問は後だ。梓、天吏を守れ」
「了解」
「え、ちょ・・・・・・何?」
その時、銃声が鳴り響いた。
✝
《05》
が、闇に照らされ浮かび上がる。
ぼさぼさの黒い短髪が夜風になびいた。
空には満月が煌々と光を放っていた。その満月を少し覆い隠す雲は、なぜか少し赤い色をしていた。何だと見上げると、そこには鬼がいた。
いや、鬼という表記は誤。正しくは、ただのバケモノ。鬼、というのは自分自身だと、出雲は口の中の飴玉を転がした。
―――気づいてしまったのだろうか
と、出雲は天吏の顔を思い出す。あの時、天吏の目の前に訪れたのは、どこかで見覚えのある鬼だった。そして、鬼使いの白猫。梓、という名の天吏の幼馴染を装っていた、少女。
察するに、この少女は吸血鬼、それも、血を吸った、その相手の能力を操ることができる能力の持主なのだろう。だから、鬼をしたがる力を持っていたのかもしれない。というのも、その能力は有名だ。何度も聞いたことがあり、かつ、最強と唄われている。
ただ、それには天吏も負けていないと思った。
そもそも、天吏は・・・・・・かの有名なパンドラの、そう、《M》の創始者の生まれ変わりなのだから。パンドラの剣、『龍刃』を操れて当然だ。
けれど、と出雲はひっかかる。
あの、梓と一緒に現れた少年はだれなのか、と。
―――誰でもいいではないか
そんな声が聞こえる。
あぁ、どうでもいい。今は、狙撃に集中しなければならない。
そして、出雲は引き金を引いた。
9mm拳銃、そう、昔エメラルド地区、つまり日本の軍、国を守る軍、自衛隊というらしいがそこで使われていた拳銃だ。そこそこの威力はあるものの、なかなか味がない。ただ、この拳銃は市場によく出回っていたし、他の拳銃より相当安いから出雲はそれを使っていた。
といっても、出雲は他にスプリングフィールドXDによく似た拳銃を持っていた。こちらは出雲特性に創られたもの。対鬼用、というより、バケモノを倒す銃弾が込められていた。
それを出雲は両手に構えた。
狙いは―――あれ
パルティト、ゲームに出てきそうなモンスターだ。雑魚の、だが。
そう、青い、物凄く柔らかそうなボディの、目がまるで魚のような、そして、先が何故が尖っている、2メートルはありそうなパルティトだった。
―――ぷにん、ぷにん、ぷにん
跳ねる音。
なんとも、馬鹿らしいその動き、そして、その大きな魚のような目がじっと出雲を見ていた。
「ったく」
舌打ち。
そして、再び銃口から弾が飛び出した。
なぁご
鳴いた、バケモノが、鳴いた。
「Sirius、Procyon、Betelgeuse」
何かが、唱えられた。
そして、次の瞬間、パルティトが情けない悲鳴を上げて消滅した。
「え、なんだよ・・・・・・それ」
唖然とする出雲の横を、誰かが横切った。
―――あははぁ
そこには、出雲と同じぐらいの少女がいた。
「お姉さん、なかなか強いね。そんな物騒な銃持ってさ。もしかして、鬼のハンターさんかな?」
赤い髪が揺れる。その赤い髪にはいろいろなピンがくっついており、長い髪は無造作に束ねられている。そして、大きな青い目。その大きな目の周りは赤く長いまつ毛が覆っており、優しい光を放っていた。
「あ、アンタは・・・・・・?」
「んー、詠唱師ですよお姉さん。星の名を唱える詠唱師です。名前は、七星。よろしくです」
そう言って差し伸べられた手は、冷たく、そして、異常に白かった。
その手を出雲は握り返す。
「どうも」
七星は少し笑みを浮かべた。
その時、だった。
草むらから音がした。
―――何かがいる
そんな直感が出雲を高ぶらせる。
「誰だっ」
出雲は吠えた。
―――カサッ
「俺、だよ」
天吏に似た声が聞こえてきた。そして、そこには天吏によく似た容姿の少年が笑みを浮かべていた。目はフードを深く被っているせいか見れないものの、それは赤かった。そして、ひび割れた唇。突き出た犬歯。
「お前は・・・・・・天吏じゃないっ」
「そうさぁ、俺はたしかに天吏じゃない、パンドラさ。けど、天吏の行方は知ってる。あ、文章になってないなぁ」
そう言いながら頭を掻く動作は天吏そのものだった。
「この人、知り合いなんですか?」
とぼけたように尋ねる七星は欠伸をした。
「まぁな、知り合いといえばたしかに知り合いだな」
「ふぅん」
あまり七星は興味なさそうだった。
「で、どうしてここに?」
「聞くことか、そこ。天吏を助けに来たんだよ、ったく」
「ほぉ、優しい先輩さんですねー」
でも、とパンドラは続ける。
「天吏クン、もう、けっこう知っちゃいましたよ。いろんなこと。まぁ、まだ、俺の生まれ変わりだとは気づいちゃいないですけどね」
「よ、余計なことしてくれたなぁ・・・・・・」
「どうも」
「褒めてねぇよ」
ニヤりと笑うパンドラに出雲は吠えた。
「いやいや」
そうだ、とパンドラは続けた。
「天吏クンはこっちだよ。会いたい、みたいだしね」
そう言って、パンドラは歩き出した。
なぁご、と鳴いた奴がいた。
拳銃・・・・・・詳しくないです、すいません。
だから、あまり詳しい表記ができない。なので、拳銃の事もふくめてアドバイス、感想などなど宜しくお願いします(^^♪