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開かれたドア

作者: 松永日枇木

毎日毎日、オレの日常は職場と家の往復ばかり。いい加減飽きたらどうなんだい。そんなことはわかってる。随分長いことくすぶってるなあ、そんなに怯えなさんなって。誰もお前を取って食おうなんて思っちゃいないさ。はっ、どうだかわからないがね。

 昨日なんか繁華街の裏通りを、夕方の5時だぜ、まあ5時半てとこかな、駅に行くのに近いからって、通っていったのさ。そしたらバーだかクラブだかのウエイターが俺に向かって「おはようございます」だってさ。誰と間違えてやがる。極上の笑み。あんまり自然だったので、俺も頭下げちゃったよ。それから店の名前をチェックしたよ、アラビクじゃあなかったよ。それで今夜行くつもりなのさ。この歳で初クラブデビュー。そこの美形の兄ちゃんが、割引券をくれたからさ。

 ――冷たい石の匂いがする階段を降りると、ただでさえ薄暗いというのにいきなり真っ暗闇になった。小さく低く、ウィ~ンという機械音。突き上げてくる圧迫感。どうやらエレベーターらしい。やべえかも。情けないが床にへばりついたよ。ぐわんと箱が上下して、おお、着いたらしい。

「わあ来て下さったんですねえ」って、甘い視線のあの兄ちゃん。俺に惚れるな間違っても抱いてくださいなんてお願いすんな。

 ギギイ。

外国風のいかにも重そうな扉。なんかあったら逃げらんないかも。

鈍い照明。花の香り。

耳鳴りと錯覚しそうな、訳わかんないBGM。

わお尾びれの長い金魚みたいなホステスばっかり、あ、俺カウンターでいいからって言ってんのにボックス席だよ。割引券、先に出しとくよこの分しか払わねえよなんてシケたこと言ってたら、綺麗な姉ちゃんドレスひらひらさせてやって来た。布の先っちょがちっこい舌みたいに軽く俺の髭に触れてぴくっとなって。俺初めてナンすよ、ま、初めてなんていう言葉、なんだかエロティックよね、なんておっしゃる。ねえ、なにか飲みましょうよ、なんて言う姉ちゃんの、耳から下がる長くてちゃりちゃりしたシャンデリアみたいなピアス。そんなに見つめちゃ恥ずかしいわ、とか、寡黙なかたね、なんて言う間、俺はその長くてちゃらちゃら揺れるピアスが気になって気になってピアスが長くてちゃらちゃら耳から下がるちゃりちゃりしたピアスちゃらちゃらシャンデリアみたいピアス気になって気になって思わず手が指が

     ブ チ ッ

 あっ流血の大惨事。


「……ったくっ!

 だから猫は入れるなって言ったろ!!」

 しゃあねえじゃん。動くものにはつい反応しちまうんだからさ。んなもんつけとくなってえの。

 てなことで俺は窓から投げられちまったんだが、こん時だけさ、猫でよかったのは。

 また暫く仕事場とねぐらを往復するだけの毎日さ。




おしまい。


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